第29話:山の天気は変わりやすい
氷柱島は一面雪景色。
視界を遮る建物もない。
晴れ渡った青空に、真っ白な雪がきらきら光って綺麗……
「寒いよ」
「……寒いな」
ボスの手紙には、用意してくれたホテルの地図が書いてあった。
アルはそれを頼りに氷柱島の入り口に飛行船を停めた。
すぐ近くみたいだから歩いて行こうと言った、アルの言葉を恨んでやる。
「おォーい。もう30分は歩いてんぞー」
「もうすぐ……もうすぐ着くんだ……大丈夫……だいじょ、ぶ……」
「グンゼ隊長、アルの精神が責任感に押し潰されてもう限界です」
「よし、捨てていけ」
「アルすまん。隊長の命令だ。とりあえず服を脱、」
「やめろ変態」
飛翔の頭を叩いて、無抵抗のアルから引き離した。
アルは相変わらず同じ言葉を繰り返し、飛翔とグンゼのやり取りなんて耳に入っていない様子。
みんな、防寒用の服を着ているとはいえ、普段からぬくぬくと南国で過ごしている身には辛い寒さ。イライラするのも仕方ない。
「ミナミさん、寒くないんですか?さっきから黙ってますが」
「うるさい。埋まってろカスめ」
寝起きだからなのか、ミナミはいつも以上に機嫌が悪い。
だけど意外に寒さには強いようだ。みんなとは違い、平気そうに見える。
「ていうかさぁ、人いないの?この島」
いくら歩いても見えるのは雪の絨毯の他に林や小川だけ。
「氷柱島はリゾート地ですからね。住んでる人は少ないんじゃないですか?」
「どこがリゾートだコラァ!リゾートなら俺んちの方がリゾートだろォ!ピチピチギャル100人の話はどこいった!あァ?!」
「いや誰も言ってないよ」
「アジトを俺んちって言うな」
「レンちゃァん、俺と温め合おうぜェ」
「ひとりでやってろ」
はぁ、とミナミがため息を吐く。
「アル、地図を見せろ」
今にも灰人化しそうなアルがミナミに地図を渡すと、ミナミは足を止めてじっと見つめた。
「なんて適当な地図なんだ。ボスめ……まさか俺達を遭難させて一気に片付ける気か」
「いや、俺ら死んだらあいつ他に友達いねーから」
グンゼ……はじめから友達ではないと思うよ。
ミナミはぶつぶつとひとり言を呟きながら地図片手に進んでいく。
みんな仕方なくその後ろをついて行った。もはや期待なんてしていないが、こんなだだっ広い場所で立ち往生するのも嫌だ。
「なぁレン、レン」
一番後ろを歩く飛翔が小声で私を呼ぶ。
「なに?」
「あれ、見ろよ」
飛翔が指差した先には、一匹の山吹色した小動物。少し離れたところで、こちらを伺っている。
「え!可愛い!キツネだ!」
ガッと飛翔に口を押さえられる。
静かにしろとのことだった。
「あれキツネっていうのか。捕まえてみんなに見せようぜ」
「えー、無理無理。あんたトロいもん」
「うるせーなァ」
「でも可愛いね。こんなに近くで見たの初めてだよ」
「ほら、レンも来い。挟みうちににするぞ。静かにな」
「えー」
渋々ながらも飛翔についていく。なんだかんだで楽しんでいる自分がいた。
前を歩くみんなからこっそり離れ、雪を踏みしめながらそっと近づく……。
「もうちょいだ。あとちょっと」
「こわくないよー、おいでー」
「あ!」
丸い目をしたキツネはあと少し、というところで尻尾をむけた。
そして飛び付いた飛翔の腕をすり抜け、いとも簡単に逃げてしまった。
雪の上にダイブした飛翔が悔しそうに喚く。
「あはは、ばーか」
「んだよォ、チッ。アジトで飼おうと思ったのによォ」
「いや無理だろ」
「まぁいいや、戻るか」
「そうだね」
ふと後ろを振り向く。みんなに着いて行こうと。
しかし、
「……みんな、どこ?」
「え、」
「……」
ええぇえ!!?
お、置いて行かれたぁぁ!!
「馬鹿!あんたが!あんたのせいで!この馬鹿!」
「いてっ!叩くなよ!大丈夫だって。ほら見ろ」
そう言って飛翔が顎をしゃくる。
すると、雪の上にはみんなの足跡がついていた。あぁ、良かった。
「早く行こう。追いつかないと」
「へーへー」
いつまでも雪の上に座ってる飛翔の腕を引っ張り無理矢理立たせる。
それにしても置いて行くなんて、薄情な奴等だよ。
「あれ?」
進んでいる途中で、足跡がだんだん薄くなっていることに気づいた。
そして数メートル先では完全に途切れてしまっている。それを見た瞬間、一気に青ざめた。なぜ……?
「あー……。多分これのせいじゃね?」
「は?」
「この、今降ってるやつ」
「……」
雪、降り始めちゃいました。
え、いつの間に?そういえば、さっきまで青空だったのにもう曇ってる。
「やばいよ。これやばいパターンだよ。ねぇどうすんの?てか何でそんなに冷静なの?」
「なんとかなるだろォ」
「ならないよ。なるわけないだろ。知らない土地なんだよ。いやー!」
「ちょ、落ち着けよ」
「うわーん!飛翔のせいだぁ!寒いよー!お腹すいたよー!」
「おい走んな馬鹿。遭難した時は下手に動くと……」
私が走り回って地面を踏み外したのと、飛翔が叫んだのはほぼ同時だった。
地面があると思っていたそこは、どうやら崖になっていたらしい。雪で視界が悪く、見えていなかった。
「レン!」
私は悲鳴を上げることも忘れ、生まれて初めて死を覚悟した。