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きみの物語  作者: りいち
27/32

第27話:いなくなった人魚姫

潮の混じった夜風が髪の毛を撫でる。

うーん、と伸びをしている私に、すたすたと歩いていくグンゼ。

こんな暗いジャングルで置いてきぼりなんてたまったもんじゃないと慌てて追いかけた。


「あれ?海はこっちだよ」


「誰が海に行くっつった」


「違うの?」


「安直だな、お前は……」


「うるさいなぁ。じゃあどこ行くのよ」


「さぁねぇ」


はぐらかすばかりで教えてくれない。仕方なく着いて行くことにした。

歩き慣れているグンゼにとってはなんでもない道かもしれないけど、もともと都会っ子の私にはかなり厳しい夜のジャングル。


もちろん、女の子の歩幅に合わせて歩くなんて器用なことをする男ではない。前を歩くグンゼとの差は少しずつ拡がっていく。


「ちょっと、ゆっくり歩いてよ!」


「走れ走れ。運動不足だろ」


「ムカつく」


アルや鬼大なら絶対、合わせて歩いてくれるのに!

どこが散歩だよ!着いてきた私が馬鹿だったよ!


生い茂った葉が行く手を阻んでくる。今日は新月で、いつも以上に夜が暗い。グンゼの後ろ姿は闇に溶けてぼんやりとしか見えない。


「あ、」


しまった、と思った時には遅かった。木の棒に躓いた私はそのまま前方に転んだ。咄嗟に伸ばした両手の平では、体を支えられず顔から地面へ。


「いった……」


いくら運動不足でもこれはないわ。くそ。グンゼのせいだ。


「おーい、どうした馬鹿女」


前から聞こえてくる馬鹿男の声に余計腹が立つ。


膝が痛い。座り込んだまま返事をすると、足音がだんだんと近くなって、グンゼの姿がはっきり分かるところまで来た。


「うわー……まじで転けてやがる」


「うわーってなんだよ、うわーって」


ほら、と彼は手を伸ばした。しかし私はその手を取らず、自力で立ち上がった。こんな奴の手なんか借りるか!


「あんたが待ってくれないから転けたんだよ」


「はぁ?てめぇがどんくさいだけだろ」


「グンゼ嫌い!女の子には優しくしないとモテないんだよ!」


「ん?女?どこ?」


「死ね馬鹿!あんたなんか他人です」


「ふーん。他人、ねぇ」


このままアジトに戻ろうかと思ったけど、元来た道が分からない。昼間だったらまだなんとかなるだろうけど、この島のジャングル、意外に広いのだ。


私はグンゼを無視して再び歩き始めた。

グンゼはニヤリと笑ってから、私の後をついてくる。


「ちょっと、あんたが先歩かないとどこ行ってんのか分かんないじゃん」


「あれ、俺ら他人なんだろ?」


「……」


なんて底意地の悪い奴なんだろう。困っている私を見て明らかに楽しんでる。やっぱ性格悪いわ、こいつ。

でも私だってグンゼに負けず劣らずの頑固。

そうでしたね、とだけ言って気にせず歩き続けた。


しかし、本当にこの道で合ってるか分からないのと、後ろからグンゼが着いてきてなかったらどうしようという不安に、何度も振り返りそうになる。だけどなんか振り向いたら負けた気がする。


「……」


ジャングルをかき分ける足音に耳をすます。あれ、足音してなくね?え、まじでいなかったらどうしよう。あいつのことだから平気で見捨ててどっか行きそうだよ。


「ねぇ、ちょっと……!」


不安が最高潮に達した私は思わず振り返った。


「ん?」


急に声をあげた私を少し驚いて見るグンゼ。


「なんだ……ちゃんといるじゃん


「何がだよ」


「ねぇ、他人だけど一応聞くよ。この道で合ってんの?」


「合ってますよ、赤の他人さん」


「あっそ」


ほっと安心した瞬間、今度は何かを柔らかいものを踏んだ。

びっくりして奇声を上げれば、ふらついて後ろに転びそうになった。


「何やってんだ、一人で」


呆れたようなグンゼの声。


「だって!なんか踏んだよ!暗くて見えないよ!もう嫌だ!こわい!おうちに帰るよ!」


グンゼは、ぎゃあぎゃあと喚く私を迷惑そうに一瞥する。


「もうすぐ着くからガマンしろよ。それか一人で戻れ」


「鬼!だからあんた彼女できないんだよ!」


「お前な……」


するとグンゼの手がすっと伸びた。不器用な、その手が私に向かって差し出されている。


「……他人だけど、手繋ぐか」


あまりに意外な行動に、私の思考は停止。グンゼの表情は……暗くて見えないや。


「……他人だけど、手繋ぐ」


こんな暗いジャングルで、唯一安心させてくれるものが何か、本当は分かっていたのかもしれない。


おそるおそる握ったグンゼの手は、夏だというのに冷たかった。









グンゼに引っ張られるようにしてたどり着いたのは、小高い山だった。どうやら進んでいる間、気づかぬうちに道は緩やかな坂になっていたらしい。

山に上がった途端、潮風が一層強くなった気がした。

パッとグンゼの手が離れる。


「聴こえるか?」


「……あ、」


風の音に混じってどこからか聴こえてきたのは……笛の音。


それは空気を撫でるような、優しい音。でもなぜか、泣きたくなるほど儚げだった。


「一体誰が?だって、この島には私達意外にいないんだよね」


「あぁ。俺にも分からねえ。だが、新月の日には必ずこの笛の音がする。ずっと何年もだ。それも海の方からな」


「本当だ……」


山から見る海はいつもとかわりない。相変わらず、行ったり来たりを繰り返すだけ。

船や、人の気配すらない。


「な、不思議だろ。まだガキの頃、ボスに聞いたら、あいつはこう言った。人魚がいるのかもな、って」


「え、人魚?」


「お前、知ってんのか?人と魚が合体した生き物だってよ。俺は見たことねぇが」


「私だってないよ。だって人魚は、空想上の生き物だよ。私の世界でもおとぎ話になってたもん」



グンゼはそれを聞くと、少し残念そうに呟いた。


「そうか……俺はボスに聞いてはじめて知ったが。存在しねぇのか」


う。なんだか、子供の夢を壊してしまったみたいで心が痛いよ。ていうか、グンゼのくせにちょっと可愛いじゃんか。


「で、でも!分かんないよ!もしかしたら本当にいるのかもしれないし!いない、って証明できた人だっていないんだから!だから、ね!」


「なに必死になってんだ、お前」


「……」


あんたの為だろ。



でもまぁ、笛の音を聞きながら黄昏るのも悪くないかもしれない。

私とグンゼはその場に座り、潮風に体を当てた。


「ルイとさ、」


「え?」


ふいに出たその名前。過剰に反応したのは私の方だ。グンゼから、ルイさんのことを話すなんて。


「ルイと、発見したんだ、この笛の音。俺たちはまだ子供だったし、他のメンバーもまだいない頃」


「そう、なんだ。そんな昔……」


「アイツが、どこから聴こえるか調べようっていって、海まで行って調べたけど、暗いしこえーしで結局音の正体は見つけられなかった」


真っ暗な海を見つめるグンゼの目。その瞳の奥には、何が映っただろう。幼い日の、二人だろうか。


「ルイはもう、天国から見つけたのかもな……」


グンゼがルイさんの名前を呼ぶたびに、胸が締め付けられるようだ。

それがなぜか自分でも、分かっているようで分からない。

先ほどグンゼと繋いだ自分の右手をぎゅっと握りしめた。


「グンゼはもう、ルイさん以外は考えられないの?」


「どうだろうな。あいつが生きてた時、ルイ以外は好きにならねぇって、あいつと約束したことがある。死んだって聞いた時は尚更そう思った。なかったことにはできねぇよ。今はまだ」


「そう……そうだよね」


あれ、なんでショック受けてるんだ私。


「アルはさっさと次の女見つけろとか言うけど、飛翔も女とっかえひっかえしてるけど、あいつらもあれで昔はルイのこと好きだったんだ。まぁ口には出さねえけどよ。分かるだろ、そういうのって」


「あー、特に分かりやすそうな二人だね」


じゃあ……どうしてアンタだけが、今でも縛られてるの?

ずっと身動きがとれないまま、笛の音を聴き続けてきたの?

一人で……。


「そういや、お前はいねぇのかよ。元の世界に」


「いません」


即答できるのが悲しい。


「はっ。寂しい女」


「余計なお世話だよ!」


ちっ。嘘でもいるって言っとけばよかった。


「まぁお前はまだガキんちょだしな。元の世界に戻って、」


「戻れるのかな」


思わず口をついた言葉。何気なく言っただけなのに、声に出すと重くなってしまった。

しまったと思い、慌てて明るく言い直す。


「ほら、あの、だってこの世界も結構楽しいしね!キャラ濃いし飽きないし!」


「ふーん……ていうかお前、こんなとこにずっといたら結婚どころか彼氏もできねぇぞ」


「できるよ本気出せば」


「いや無理無理。絶対無理。そうでなくてもお前みたいなブス無理なのに」


「あんたって24時間休む間もなくムカつくよ」


「仕方ねぇからそん時は俺が貰ってやるよ」


「はいはい……え?」


「なんだよ」


今、こいつ、なんて?


「え、貰って、って、グンゼが?」


「あぁ?」


「はっ……笑える」


「んだとコラ。この俺様がお前みたいなブスに同情してやったのに」


私は正直、焦ってしまった。本気じゃないって、冗談で言ってるんだってわかってるのに、すっかり焦って、どうしてもグンゼの顔が見れず背伸びをするふりをして意味もなく立ち上がった。


「い、やだよ!私にだって選ぶ権利あるし、それにグンゼは」


「……なんだよ」


「ルイさん以外は、好きにならないって……決めたんでしょ。なのに、そんなこと言っちゃだめじゃん……」


「……」


グンゼはその時確かに何かを言おうとその唇を少しだけ開いた。

私もグンゼが何か言うのを待ったけど、結局グンゼは言葉を呑み込むように目をそらし、暫く黙ったあと、ただ一言呟いた。


「アホか……本気にするんじゃねえよ」


その時のグンゼは、いつもとどこか違った。

ライオンに喉元を噛まれた鹿のように弱々しく、無抵抗に見えた。




彼はいつだって、自分の背負った運命に心臓を握られている。





帰るか、と彼が言う。私は思わず黙ってその後ろを着いていった。

いつの間にか、笛の音は止んでいた。



再びグンゼの背中を頼りに、ジャングルを歩く。

心なしか行きよりもゆっくり歩いてくれたけど、もう彼が私に向かってその手を差し出すことはなかった。




(本気にしたよ……。ちょっとだけ)




胸が痛い。

何でこんなに、苦しい思いをしてるんだろう。

たかが、グンゼのことなのに。




―ルイ以外は好きにならねぇ―




彼がそう言った時に光ったのは、グンゼの耳についてるピアス。
























「……ボス?」


「えっ」


「……よう、久しぶり」



アジトに戻ると、居間にはボスがいた。なんで?いつの間に帰って来たんだろう。

ボスはこの暑い中いつものスーツ姿で突っ立っている。何をしていたのか。

始めこそ動揺を見せたものの、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。黒い髪の毛に黒い瞳。何だか闇が深みを増したような人だ。


「なんだ。全員寝たんだと思っていたが。どこ行ってたんだ、お前達」


「いや、ちょっと散歩に」


「なんだ、まさか野外プレイ……」


「あんたバカヤロウですか」


冗談冗談、と言いながらボスは口角を上げた。笑っているはずなんだろうけど目が笑っていないので何か不気味だ。笑うの下手だな、この人。


「ボスこそどうしたんだよ。まぁお前が急に帰ってくるのはいつものことだが」


「ん?いや、まぁちょっとな」


そう言葉を濁すボス。

大体、こんな夜更けにこっそり帰って来るなんて少し引っ掛かる。


するとボスは、その手に黒い鞄を持ち、またアジトを出ようとした。


「ちょっと待てよ。また出掛けるのか!?」


「あぁ。仕事が溜まってるんでな。悪い」


「なんだよ……」


グンゼがひき止める。

幼い頃から陽炎にいるグンゼにとって、ボスは育ての親でもある。

もしかすると、グンゼもグンゼで寂しいのかもしれない。


「まぁどうでもいいが、給料さえ置いて行けば」


……前言撤回。金目当てかよ。


「……だから誰にも会いたくなかったんだよ。俺は忘れ物取りに来ただけだっていうのに」


ボスがこそこそしていた理由はそれか。

盛大に溜め息を吐くボスだが、グンゼは頑として引こうとしない。


「お前、先月も払ってねえだろ。二回分だぞ、コラ」


「忘れてた。というか、忘れていたい」


「ざけんな!あ?……おい!」



思わず感嘆の溜め息を吐いてしまった。

ボスは一瞬でわたしたちの間をすり抜け、玄関を出ていた。

慌てて追いかけるも、彼はもう既に暗いジャングルの中に消えてしまった。


「うわぁ、すごいねボス。見えなかったよ」


「チッ。逃げ足だけは早いな、あの変態」


「こら!聞こえてるぞグンゼ!」


姿は見えないのにボスの声が響く。私もグンゼも辺りを見渡したが、ヤシの木達が風に揺られているだけだ。再びボスの声がした。



「あ、そうそう。それとお前ら、この前カリブ本部にお邪魔したらしいな!あそこはえげついない仕事をしているからあんなデカイ建物が建てられるのであって、決して真似したりだとか、あんな大きなおうちに住みたいだとかエレベーターが欲しいとかわがまま言ったり、俺の悪口を言わないように!」


「いや、明らかに一番気にしてんのお前だろ。そんなことより金……」


「近々また帰ってくる!俺は忙しいんだよ!じゃ!」


「……殺す」



もうボスの声はしなくなった。

再び静寂に包まれるジャングル。



「ボス、行っちゃったね」


「アホらし……寝るか」


「そうだね」


私達は夜のジャングルをあとにする。

それぞれの部屋の前まで行き、グンゼは素っ気ない声で、おやすみと言った。


「おやすみ、グンゼ。いい夢見ろよ」


「はっ。てめぇもな」



夜は静かにふける。

何事も、隠して。















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