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きみの物語  作者: りいち
26/32

第26話:恋とか愛とか老けてるとか

カリブから戻ってだらだらと数日が過ぎた。私を狙っているらしい賊は未だ現れない。




そんなある日の夕方。場所はみんなの居間である。



「つまりな、お前ら。男は夜のテクニックが大事ってわけだ」


「くっだらねー……」


「飛翔……恥ずかしくないの?」


得意気に話していた飛翔に、私とアルが冷たい視線を投げる。


「んだよォ。てめーらが愛を語れとか言うから語ってやったんじゃねーか」



そもそもの始まりは、最近新しい彼女ができたとしつこく自慢してくる飛翔に対してアルが『お前の言う愛は軽い』と言った事が始まりだった。


「飛翔に聞いたのが間違いだったな、レン」


「うん。すごく不愉快になったよ」


「……てめぇら……」


ちょっと落ち込んでいる飛翔はほったらかしのまま、今度はミナミに訊ねるアル。


「なぁミナミ!お前はどうなんだよ」


居間の角で手鏡片手に前髪を直していたミナミは、若干鬱陶しそうにこちらを見た。


「な、恋愛について語ってみろ!」


そういえば、ミナミの浮いた話聞いたことないな、と私もちょっと興味がある。


「恋愛だと……?そうだな、まず相手よりも自分を愛し、」


「あ。やっぱもういいわ、うん」


「……失礼な奴だな」


「お前の自分愛は聞きたくない」


うん、ごもっともだよアル。

ミナミは他人どうこうよりも、まず自分だった。果たしてこいつに人を好きになるという感情が存在するかすら疑問だよ。


ミナミは不機嫌になり、近くにいた鬼大に八つ当たり。


「ちょ、ミナミさん!?私のエプロンなに焼いてるんですか!」


「うるさい。毎日気色悪いものを見せられるコッチの身にもなれ」


「あぁー!私のピンクエプロンが灰に!」



かわいそうな鬼大は灰になったピンクエプロンをゴミ箱に捨てた。


ミナミはすっきりしたのか、いやに清々しい表情でお茶をすすっている。鬼だ。本物の鬼がいる。


しかしさすが生粋のいじめられっこ。こんなことをいつまでも引きずっている家政婦ではない。

五秒後にはけろっとしていた。尊敬するよ、そのメンタル。



「グンゼは?」


ソファーでうたた寝をしていたグンゼは、アルの声に目を開ける。


「恋愛について語ってくれよ」


「はぁー?アホくさ……」


すると飛翔がグンゼの近くまで行き、これ見よがしに頬をつねる。


「シケたツラしてんなァ、グンちゃんよォ」


金髪馬鹿はそう言って豪快に笑う。


「うっせー馬鹿。静かにしろ」


「ガハハ!俺に彼女ができたのがそんなに悔しいかァ!」


「だから声でけえよ。近所迷惑だろ」


近所ないだろ。



やれやれ、とムカつくほど溜め息を吐いた飛翔は無理矢理グンゼのそばに腰を下ろした。


「グンちゃァーん」


「……なんだよ。離れろ」


「最近溜まってんじゃねーのォ」


「はぁ?」


うわ。ついにグンゼを誘惑してるよあいつ。気持ち悪いよ。


しかし飛翔の目的は違ったようだ。グンゼの首に腕を回し、ニヤニヤと笑う。


「俺実は最近モテモテなんだよなァー。彼女も俺にゾッコンでよォ」


「はっ。悪趣味な女だな」


グンゼはあくまで余裕の笑み。

続いてミナミもぽつりと呟く。


「飛翔に新しい女か。無節操男め」


「はァ?自分しか愛せねー奴に言われたくねーなァ」


「俺より美しい女は存在しない」


また始まったよミナミの病気が。しかも微妙にこっち見んのやめてよ。私女ですけど。一応女ですけど。


「じゃあ、飛翔の新しい彼女見せてよ」


「おっ、レンちゃん気になる?ちょっと待ってな」


そう言いながら、飛翔は自分の携帯を見せてきた。

そのディスプレイに写っているのは一人の女の子。癒し系で可愛い。


「おおー!飛翔にはもったいないね!釣り合わないよ!」


「そう褒めんなってー!」


「……馬鹿にしてるんだよ」


頼むから気づけよ。


どれどれ、と画面を覗きこむ残りの4人。

ミナミは特に何の感想も述べず、鬼大は羨ましそうに溜め息を吐く。アルは唇を尖らせ、グンゼは眉をしかめて言った。


「こんな純粋そうな女が飛翔と付き合うなんて……」


あ、ショック受けてる。


「まぁ〜なんつーか、俺の魅力?やっぱ俺にかかりゃ女はイチコロだわ」


その言葉にカチンときたのだろう。グンゼの表情は余裕から一変した。


「ま、その程度の女は俺なら十秒で落とすな」


「あァ〜残念。俺8秒だったわ。出会って8秒」


「いや、やっぱ5秒あれば楽勝だわ」


「あれ、俺2秒だっけか?確か2秒くらいだったわ。よく覚えてねーけど5秒はかかってない、うん、確実に」


「はっ。嘘こいてんじゃねーよハゲ」


「んだとポンコツ。寝癖直して出直してこい」


「あぁ?馬鹿の金髪むしりとるぞ」


「上等だよ。表出ろや」


「もううるさいよお前ら。どんだけ負けず嫌いなんだよ」


私がそう言うと、二人はメンチを切り合ったまま静かになる。本当にどっちもどっちだよ。


ミナミに関しては既に興味を失ったのか、手鏡の中の自分に夢中だ。ナルシストもここまでくればおめでたい。


「ちっ。なんで飛翔ばっかり……」


「男の僻みはみっともないよグンゼ」


「僻んでねーよ。今世紀最大の美青年目の前にして何言ってんだてめー」


「そう思ってるのアンタだけだよ癖毛」


「口に指突っ込んで奥歯ガタガタ言わしてやろうか」


「どうもすいませんでした」


「フン」


お前どこの王様だよ……。とは言わなかった。奥歯ガタガタ言わされたくないし。


「じゃあグンゼ、てめーの愛を語ってみやがれ」


「はっ。愛だの恋だのくだらねぇ」


するとここで鬼大が口を挟んだ。


「何言ってるんですかグンゼさん。グンゼさんだって昔はルイさんと……」


そこまで言ってから、ハッとした顔をする鬼大だがもう遅い。

居間はしんと静まり返った。


鬼大も悪気があったわけじゃない。うっかりってやつだ。


みんなグンゼを見る。彼は無表情だった。恐ろしいくらいに。

そして、数秒遅れて笑顔を作る。


「……なんだよ。言えよ続き」


「いえ、あの…決してわざとじゃ、」


「変な奴だな。別に気にしてねーよ」


するとグンゼは頭をがしがしと掻きながら立ち上がった。

どこに行くのかと問えば、寝る、の一言。


「ここじゃ馬鹿共がうるさくて眠れねーからな。晩飯できたら起こしに来いよ」


誰も返事もしないうちに、グンゼは居間を出てしまった。


残された私達は互いに顔を見合わせる。気まずい空気。



「グンゼの奴、切れるかとおもったぜ」


「でもなんか、気まずそうだったね」


「うん、完全に気にしてたな」


「これも全て……」


「はい。私のせいです……」



グンゼ……







「起きろハゲ」


「……誰がハゲだコラ」




夜、食事の用意がされたので部屋で寝ていたグンゼを起こしに行けば、彼は物凄く不機嫌そうに顔を歪めた。

ちなみにグンゼに八つ当たりされるのを恐れて誰も行きたがらなかった結果、なぜか私が押し付けられた。



グンゼはもう一度眠そうに目を瞑る。

そういえばこいつ、昨夜も帰ってくるの遅かったな。今朝も早くから仕事だったみたいだし。

単純に疲れてただけなんだろうか。


「……人の部屋に勝手に入るんじゃねーよ、非常識な女だな」


「あんたに常識を語られたくない」


「で、なんか用か」


「はぁー?あんたが夕飯できたら起こしに来いって言ったんでしょ」


「あぁ……もうそんな時間か」


「そうだよ。みんなもう食べてるよ」


起きなよ、と言うがグンゼは体をベッドに預けたまま動こうとしない。


「……めんどくせー」


「すぐそこじゃん」


「そういうことじゃねぇよ。あいつらに気使われんのがめんどくせー」



あぁ……さっきの。


少し間が空いた。グンゼは寝転んだまま黙って点状を見つめている。

私はわざと明るい声を出した。


「まぁ〜……みんな何だかんだで優しいから心配してるだけだよ!」


「別に、」


グンゼはそこで一呼吸置く。言葉を探るように。


「別に、俺は、心配されることなんてねーんだ。強がりとか、そういうことじゃ、なく」


「うん……」


「アイツを……ルイを、失ったのはなにも俺だけじゃ、ないし」


「……」


「冷静に考えられるようになったんだ。特にここ最近は」


「……どうして?」


私は尋ねた。

グンゼがゆっくりとこちらに視線を移す。私とグンゼの目がぴたりと合った。

静まった部屋。私達の間に流れた生温い空気。

グンゼの薄い唇が、少しだけ開いた。その瞳は真っ直ぐに私を見つめている。


「……さぁ。何でだろうな……」


「……」


思わず、知らないよ、と先に目をそらした。

それからもう一度グンゼを見ると、彼の視線は何事もなかったかのように私から外されている。そしてゆっくりと身体を起こした。









グンゼも交えてのいつもの夕食。

晩御飯はシチューだった。こっちの世界のシチューはちょっと甘い。

意外と普通なグンゼの様子に鬼大を初めとするみんなもほっと一安心。




急にピロリロ、と電子音が鳴る。

飛翔が得意気に携帯を取り出した。


「お、彼女からメールだ。早く会いたいってよォ」


いちいち報告いらないんですけど。



「電源切っとけカス」


「そうだよ飛翔。もしくはあんたが出ていけよ」


「何だよレンちゃんまで〜」



でも飛翔、とアル。



「殺し屋だってこと、その子は知ってんのか?」


飛翔は何でもないという風に答える。


「いや?言ってねー」


「……懲りないな、お前も」



本当だよ。



「別にー?結婚するつもりじゃねーし。その場が楽しけりゃいいだろォ」


「もし彼女に結婚したいって言われたらどうするの?」


「んんー。さあ?適当に流す」


「みんな、最低だよこの男」



みんなは言った。

口を揃えて、知ってる、と。



この仕事をしている限り、みんなの中には結婚という選択肢はないのかもしれない。


でも、いつまで?


いつかは誰かと、って考えたりしないんだろうか。



すると何を勘違いしたのか、飛翔は私のそばににじりよって来るといきなり肩に腕を回してきた。触んな変態。病気が移る。


「レンちゃん嫉妬してんだろォ」


「おめでたい思考回路だよ」


「安心しなって。レンちゃんのことも…」


「おい飛翔。レンから離れろ」


アルが私の腕をぐっと引っ張る。しかし飛翔は離さない。痛い痛い。どっちも痛い。


「邪魔すんなよアル」


「さっさと彼女にメール返せよ」



アルが言うと、飛翔はそうだそうだと言って手を離した。良かった、やっと解放されたよ。


「ありがと、アル。でも腕痛いよ」


「あ、ごめん。痣なってないか?」


今度は優しく手をとってくれる彼に若干胸キュンしていると、ミナミが呟いた。


「全く、飛翔の色ボケにも困ったものだ」


「あぁー?うるせえな、老け顔」


「なっ!?老け……!?」


ミナミは信じられないというようにそのまことに美しいお顔を歪ます。

飛翔はけらけらと笑いながら更に続けた。


「だってお前、老けてんじゃねえか、なんか、雰囲気とか、言動とかよォ」


「なんだと貴様。世界一美しい俺に対して無礼な奴だ。大人のオモチャみたいな面しているくせに」


「いや、意味わかんねーよ。てめぇこそ、世界一のイケメンに向かって大人のオモチャだと?」


この組織、世界一何人いるんだよ。


巻き込まれないよう鬼大はさっさと洗い場へ避難。

私とグンゼとアルは完全無視してシチューを食べる。


その傍らで二人の言い争いは続く。


「だいたい下品なんだ、お前の全てが。だからお前と付き合う女は全員頭が軽い」


「軽いのは頭じゃねーよ!ケツだよ!」


「いやそれダメだろ」







バカだね…、そう呟くとアルとグンゼは無言で頷く。ムサイ男二人が何を言い合っているのやら……。


「でもさぁ、実際誰が年上なの?年順に教えてよ」


「んー、俺もだいたいしか分からないけど」


「アルはこの前21になったんだよね」


「あぁ。なぁ、グンゼも俺と同じくらいじゃないのか?」


「ん、まぁ多分な」


そうか。グンゼは誕生日を知らないから、歳が分からないんだ。


なんか、余計なこと聞いちゃったかな……。


しかし、グンゼはさほど気にしてないようだ。あぐらをかいて、いつもと変わらぬ声音で言った。


「ボスは分からねえが…アルは21、俺も推定20代前半だろ?あと、飛翔も自分の年齢知らねえらしいがだいたい23、4くらい。鬼大は25。ミナミは19。まぁー、こんなもんだろ。」


「ちょっと待って……ミナミが19?」


「あぁ。一番年下だぜ。まぁこの世界、年齢は関係ねぇからな」


「うそ……私と一個しか変わらないなんて」


あのデカイ態度。世の中全てを斜に構えた目付き。落ち着きすぎている見た目。

何よりもだいぶ年上の鬼大をいじめる冷酷さ。


「確かに老けてるわミナミ……」


「おい、聞こえてるぞ小娘。殺されたいのか」


「ですって、グンゼ」


「いやテメーだよ」




飛翔とミナミの喧嘩は、鬼大が持ってきたお茶を飲んでとりあえず落ち着いた。

そのままミナミはお風呂へ。

飛翔は彼女と電話すると言って部屋へ籠った。

鬼大は明日の朝御飯の仕込みがあると台所へ行き、アルは読みたい本があるとかで部屋へ。

居間には私とグンゼが残った。


「あんたは寝ないの?」


「あー?眠たくねぇ」


「まぁ、あれだけ寝たらね」


「お前はいいな。毎日毎日人んちでぐうたらできて。家事のひとつでもしてみやがれ」


「……」


う、言い返せない。


黙っていると、グンゼは少し声を落として言った。


「じゃあよ、」


「ん?」


「散歩でも、行くか」


「珍しいね」


「たまにはな。別に嫌なら俺一人で行くけどよ」


早々に立ち上がったグンゼの腕を、咄嗟に掴んでしまった。


何故だろう、このまま置いていかれてしまうのがこわいと思ったのは。


少し驚いたように私を見下ろすグンゼ。灰色の髪の毛が、安い蛍光灯に照らされて白っぽく光った。


私は腕を掴んだまま、それを見る。グンゼも何も言わない。

一瞬、居間の時間が止まったのかと思った。


「なに必死に掴んでんだよ」


「あ、ごめん」


「ほら、行くぞレン」


「……うん」


私はグンゼと共に、アジトを出た。














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