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きみの物語  作者: りいち
23/32

第23話:かなしいこども

「わー!すごーい」


眼下に広がるのはどこまでも続く海原。暖かい風が私の髪を撫でた。穏やかな波が、キラキラと宝石を散りばめたように輝いている。

キリオくんが連れてきてくれたカリブ本部の高台からは、それがよく見渡せる。


地平線をじっと見つめていると、隣に立つキリオくんが呟いた。


「これをレンさんに見てほしくて。僕の大切な場所なんです」


「綺麗だね」


キリオくんは嬉しそうに笑った。それは紛れもなく、14歳の少年の屈託のない笑顔。とても殺し屋には見えない。


「この海の向こうには、僕の生まれ故郷の島があるそうなんです。見えないけど……」


今度は少し寂しそうだ。

そういえば、キリオくんの家族はどこにいるんだろうか。無神経な私が何も考えずに尋ねると、明るい声で彼は言った。


「死にました」


「え、」


しばしの沈黙。言葉が見つからずに、固まった。しまった、と思ってももう遅い。

けれど悲しみひとつみせないキリオくんは、私よりもずっと大人だ。

小さな声で、聞いてくれますか?

と言う。


「小さな島の、小さな村に僕と、僕の家族は住んでいました。だけどある時、金目当てのならず者達に村は襲われた」


キリオくんの瞳には何の色も見えない。憎しみも、悲しみもない。少なくとも、今この瞬間は。


「その時、偶然その村に立ち寄った若き日のエスが、ならず者達を皆殺しにしてくれたんです。村は襲われた後でしたが。僕の母親は僕を抱いたまま、瓦礫の下敷きになっていた。エスが母の腕から僕を抱き上げた瞬間、母は安心したように息を引き取ったそうです」


「それで……キリオくんはエスに拾われてカリブにいるんだね」


「はい。僕は当時1歳くらいで、母の記憶はほとんどありませんが、エス曰く優しい目をした女性だったと」


自慢気に話すキリオくん。

私はなぜか泣きそうになってしまった。


「母は自分の命を犠牲にしてでも僕を生かしてくれた。こんな誇らしいことありません。僕はエスが拾ったこの命を、大切なものを奪われた人たちのために使うんです」


キリオくんが、なぜ進んで殺し屋をやっているのか分かった気がした。


カリブは殺し屋専門の殺し屋。


彼は母親の弔い合戦をしているのだ。

きっとそれは、死ぬまで続くのだろう。


「前にレンさんは、僕に教えてくれましたね。レンさんの世界にある、ホウリツということを」


法律。あぁ、そんな話もしたような……。あのとき私は一方的に、キリオくんの意見を否定したっけ。


「僕はあれから考えたんです。もし、この世界にホウリツというものがあれば、僕の母は殺されなかっただろうかと」


「……どうだろう。分かんない。法律は、絶対じゃないから」


殺されていなかったかもしれないし、殺されていたかもしれない。

警察や法律があったって、人は人を殺す。暗いニュースは毎日新しく入れ替わる。

もう私には、何が正しいか分からない。


「でも、私にだって、これだけは分かるよ。キリオくんのお母さんは、キリオくんのことをすごく愛してたんだね。その真実は、誰にも殺せないよ」


キリオくんの瞳が猫のように丸くなった。そして私を見つめる。

何をするかと思えば、その細い腕に抱き締められた。


「レンさん、」


「え、どうしたの、いきなり……」


「レンさんはどうしてこの世界に来たの」


「いや、どうしてって……事故?」


パッとキリオくんは体を離す。そして私の目を再び見つめたあと、いたずらっぽくニヤリと笑う。なんて魅力的な表情をするのだろう。

その彼の視線は、ゆっくりと地平線の向こうへ。


「僕もいつか、レンさんの世界に行ってみたいな」



キリオくんの横顔は、今日一番の太陽だ。








高台から中へ戻ると、銀色の廊下に腕組みしたツナミさんが立っていた。

キリオくんが深い溜め息を吐く。


「ストーカーですか」


「馬鹿か。ジョーから呼び出しだ」


ツナミさんの言葉に益々険しくなるキリオくんの顔。


「やだなぁ、面倒だよ。多分また任務のことで説教だし。ツナミさん代わりに行ってきて下さいよ」


「断る」


「はぁ、せっかくレンさんがいるのにな」


名残惜しそうな表情を見せてから、キリオくんはその場を立ち去った。


私はツナミさんと二人きりなり、若干気まずい。

それは相手も同じなようだ。


「……キリオが戻って来る前に、中を案内するよ」


「あ、はい」


早足のツナミさんに置いていかれないよう追いかける。その間も組織内の方々からツナミさんへの挨拶は途切れることはなかった。

どんだけ人数多いんだ、カリブ。



「キリオくん、まだ子供なのにしっかりしてるね」


「ま、性格歪みまくりだが頭はいいな。あいつはカリブ期待のホープだし。相当あんたになついてるな」


「ええ、有りがたいことに」


「あいつ、ガキの頃から殺しの英才教育ばっか受けてっし才能もある。あの歳で今の地位まで上り詰めたのは異例だよ。カリブは上下関係が厳しい実力主義だから、あいつを蹴落とそうと企んでる奴は組織内にゴマンといるけどな」


「なかなか……過酷だね」


「あぁ。だから心休まる時っつーもんがねぇのさ。大抵殺し屋になる奴なんてのは元々ならず者や盗賊の端くれだ。俺もカリブに入る前は、盗みを繰り返して気ままに生きていた。だがキリオは違う。殺し以外の生き方を知らねえし友達もいねえ。だから余計に、仕事以外で関わってくれるあんたが嬉しいんだろう。俺は、あいつのあんな子供みたいな表情、初めて見るよ」


ツナミさんは、何だかんだでキリオくんのことを気にかけているのだ。見せない優しさってやつだね。感動的だよ。


「私も、キリオくんといると弟ができたみたいで嬉しいよ。いつか私の住んでる世界にキリオくんを連れていって、思いっきり遊びたいな。殺しとか、仕事とか、そういうのがない所で」


キリオくんは男の子だから、スポーツ観戦なんか好きかもしれない。遊園地とか、ジェットコースターとか、ね。

私が妄想を膨らませていると、いつの間にか立ち止まっていたツナミさんが、少しだけ笑った顔を見せた。


「それ、あいつの前で言ってやってくれよ」









「ツナミ様!」


エレベーターに乗り込もうとした時だった。

慌てた様子で走ってきた一人の少年が、ツナミさんの前で急ブレーキをかける。

キリオくんより少し年上だろうか。鋭い目をした少年だ。

彼は私の存在など視界に入っていない様子で、ツナミさんをじっと見つめる。


「なんだ、ゼロ。騒々しいな」


「ツナミ様!次期の幹部会で、キリオが総隊長に昇格するというのは本当ですか?」


「あぁ。俺の推薦だ。不満か」


「あいつに集団行動はどうかと。それもいきなり隊長なんて。いくらツナミ様の推薦でも隊員は戸惑います。」


「そうは言ってもなぁ……」


ツナミさんは困ったように頭を掻く。


「他にもそう思っているメンバーは何人もいます。もう一度考え直して下さい。では」


それだけ言って彼は早足に去っていった。

なんか、堅そうな子だな。


エレベーターに乗り込んだあと、私はツナミさんに尋ねた。


「総隊長ってなに?」


「え?あぁ、うちの形態だ。上からボスのエス。次にボス直属、幹部と続く。その下が一軍から七軍までで構成されている。一番下は見習い。総隊長はその一軍から七軍まで全てをまとめる役。ほとんどのメンバーはその軍に振り分けらるているが、今までキリオだけは特別枠だった」


「特別枠?」


「逸材だからな。どの軍にも属さず、好きに仕事して下さいってやつだ」


なるほど。キリオくんは特別なのか。だからあんなに自由な子に育ったんだな。納得。


「ま、あいつももうすぐ15だ。チームワークは学んだ方がいい。あいつはどうも協調性に欠けるし。これからのカリブの将来を見据えてだ。で、俺をはじめとする幹部達で話し合った結果、キリオを全軍総隊長のポストに置くことにした」


「じゃあすごい事なんだね」


「あぁ、あの歳で総隊長になる奴はまずいねぇだろう。キリオ以外は」


でもなぁ、とツナミさんは溜め息を吐く。


「キリオのことをよく思ってない奴は確かに多い。荒れるぞ、こりゃ」


ツナミさんも大変だ。苦労が顔に出ている。

陽炎はそういうのがないから全員特別枠みたいなもんだけど。まぁあいつら誰かに従うようなタマじゃないしな。あ、一人いたわ家政婦。

ていうか、元気かなあいつら。


「さっきの子は?」


「ゼロか。あいつもまだ16のガキだが、一軍の特攻を務めてる。自分より年下のキリオに越されて気に食わねえのさ。あんたんとこははいいな、気楽で」


「そうだね。あいつら基本的に自分以外には興味ないから」


「だろうな」



順調に上っていたエレベーターが急に止まった。ドアの向こうにいたのは、キリオくん一人だった。


「レンさん、ツナミさん。どうしてここへ?」


驚いたように目を丸くしている。

答えたのはツナミさんだ。


「お前こそ、もう話は終わったのか。俺は今から中を案内しようと思ってたところだ」


「そうですか、ご苦労様でした。ここからは僕が引き受けるのでツナミさんはとっとと仕事にでも行って下さい」


「てめぇ……」


いつか、殺す!と叫びながら去っていくツナミさんの背中を笑顔で見送るキリオくん。


再びエレベーターに乗り込み、今度はゆっくりと降り始めた。


「レンさん、疲れたでしょう。カフェでお菓子でも食べませんか」


「食べる!」


キリオくんはまた嬉しそうに笑う。この子、以外に尽くすタイプだな、と思っていると、またエレベーターが止まった。まぁ、これだけ人がいるんだから当たり前か。


しかし、乗り込んできたのは先程


ツナミさんに抗議していたゼロだった。彼はキリオくんを見ると、鋭い目に光を宿す。敵意ムンムンといったところか。

一気にエレベーターの中がピリピリとした雰囲気になる。

ゼロが言った。


「ふん。いい気なもんだな。女を連れ込んで呑気にデートか」


む。嫌な言い方だよ。絶対こいつ性格悪いよ。

それに対して、キリオくんは冷静に返した。


「この人は陽炎からのゲストだ。お前が失礼な口をきいていい相手じゃない」


「恐いねぇ。さすが次期総隊長は迫力が違うわ」


「僕に嫉妬するのは勝手だけど、自分の実力不足も自覚したらどうだ」


ゼロの目付きが変わった。物凄い剣幕でキリオくんを睨む。平和主義な私はハラハラしながら二人を見つめることしかできない。


「調子に乗ってんじゃねえぞ、キリオ。絶対引きずりおろしてやるからな」


エレベーターが止まり、ドアが開く。キリオくんは私の手を掴み、出ようとした。そして去り際に、彼得意の綺麗な笑みをゼロに見せる。


「キリオ様、だろ。二度は言わない。次は殺すよ」


ゼロが言い返す暇もなく、ナイスなタイミングでドアが閉まる。

私はほっと息を撫で下ろした。


「ごめんなさい、レンさん。嫌なところ見せちゃいましたね」


すぐにいつものキリオくんだ。

私は首を横に振って笑った。

何だか別人みたいだった。とても14歳には見えないその貫禄。

少し怖いと思ってしまったのも、事実。


キリオくんはずっと、こういう環境で生きてきたんだ。

遊ぶことも知らないまま、彼は順調に歳と殺しの経験を重ね、大人になっていくんだろうか。



(……そんなの嫌だな)


そうは思っても私にはどうすることもできない。これが、キリオくんの生き方なのだから。彼もそれを十分受け止めている。


だけど…



『僕もいつか、レンさんの世界に行ってみたいな』




悲しみを含んだ瞳でそう呟いた彼の言葉も、真実だと思うんだ。






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