第2話:愉快な殺し屋たち
人工島とは思えない程に険しいジャングルの中をかき分け歩くこと約十分。それは堂々と木々の真ん中にあった。
いかにもアジトらしいその建物は灰色のコンクリートに覆われた大きな大きな四角い箱のようだった。まるで誰かの落とし物のように無造作に置かれてある。明らかに浮いていた。見れば《アジトへようこそ》と書かれた馬鹿っぽい立て札まである。何だこのセンス。
「いいの?殺し屋組織のアジトがこんなに堂々としてて」
「大丈夫。そもそも普通の人がこの島を見つけること自体不可能だからな。例外もいるけど」
「あーすいませんね、例外で」
「褒めてるんだよ」
「絶対嘘だよ、この人」
二人の後ろでぶつぶつ文句をこぼしながらも着いて行く。
建物の中はこれまた普通の家と何も変わらない造りでつい気が抜けた。
広くもなく狭くもない居間の中には卓袱台があり、ソファーがあり、テレビがあり。その奥にあるのれんの向こうは恐らく台所だろう。無駄な家具は一切なく、なんとも和風なその居間は、よくお笑いコントなんかで使われるようなあっさりしたものだった。
在るものは私の知っているものばかり。なのにどうして、違う世界なんだろう。本当に私の住んでいた世界とここは違うんだろうか。
「そういやテメェ、名前は何て言うんだよ」
癖毛の少年がソファーにどっかりと腰を下ろして聞く。
「……浅野レン」
「ふうん。レン、ね。俺はグンゼだ」
「よろしくな、レン。俺はアル」
えーと。癖毛の少年がグンゼでつり目の青年が、アルか。
思わず変な名前、と口を滑らしそうになった。そんなことを言ったらアルはともかくグンゼに殺されそうだ。とか思った矢先、嫌みったらしくグンゼが言った。
「しかしレン、男みてぇだな。名前と胸が」
「黙れよ癖毛。どっちも既に手遅れなんだから改めて言われるとリアルにへこむよ」
「あー悪い悪い。変えようのない事実だもんな、特に胸は」
うわ、完璧私のこと嫌ってるよこいつ。なんて嫌なやつ。
それならこっちだって遠慮はしない。偉そうに見据えてくるグンゼの前に仁王立ちで見下ろしてやった。
「なんならアンタの頭丸刈りにしてさらっさらのストレートが生えてくるか試してみようか」
「うるせえ。これはあえての無造作ヘアーなんだよ馬鹿女」
「え、じゃあわざとですかその癖毛。わざとそんな風にくしゃってしてるんですか。あ、もしかしてお洒落ですか。それはそれは気付きませんでしたごめんなさ、」
言い終わる前に頭を思いっきり叩かれた。
思わず奇声を発するがあまりの痛さに何が起こったのかしばらく理解出来ず、ただ頭を抱えてしゃがみ込む。
大丈夫か、と数秒遅れでアルが寄ってくる。
「グンゼ、いくら何でも叩くのは……」
「いや、悪い。何かムカついたから手が勝手に」
無表情でそう言うグンゼを思いっきり睨みつけ、私は立ち上がった。
文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、背後で扉の開く音がした。
やっと帰ってきたか、とグンゼが溜め息をつく。つられて後ろを振り向けば、
「あ、誰ですか。その女の子」
「……」
居間へ入ってきたのは一人の大男。身長190センチはありそうだ。夏場隣りにいられるとちょっと暑苦しい感じ。目が小さく、離れており魚のような顔だ。顔色も異様に白くて気持ち悪いし加えて年齢不詳。本当に人間か疑ってしまう。
まじまじと観察しているとまた別の声がした。
「どこで拾ってきたんだ、こんな小娘」
そう言って大男の後ろから姿を現したのは細身の男性。歳はアルより年上に見える。アルやグンゼとはまた違い、すごく落ち着いた雰囲気の人だ。斜めに流した前髪がすごく似合う。色白で中性的な綺麗な男の人だった。この人も殺し屋なのか……。
「あの、はじめまして」
これまでのいきさつをどう説明すればいいのか迷っていると、意外と気の利くグンゼが代わりに説明してくれた。別世界のことも、そして私をこのアジトに住ませるということも。
大男の方は見た目とは裏腹に意外と腰が低く、ただただグンゼの言葉に驚くだけ。だけどもう一人の方は違った。明らかに私がここにいることに反対している。
「こんな水着一枚のふしだらな女を信用しろと言うのか」
「それは……」
そう言えば私、水着のままだった。
アルとグンゼが顔を見合わせ苦笑いをする。
「大丈夫だってミナミ。ちょっと怪しいけどレンは悪い奴じゃない。本当に困ってるんだ」
アルが必死で説得すると、ミナミと呼ばれたその色白美人はまじまじと私を観察する。それはもう頭のてっぺんから足先まで。
しばらく無言のまま私を見たあとミナミは、ふっと鼻で笑った。その笑い方が明らかに馬鹿にしているようでイラっとしたが、とりあえず黙っておいた。
「まぁ、この程度の女なら問題ないだろう」
「どういう意味よ」
「もしお前が色仕掛けを使って俺たちをたぶらかそうとしている他の組織のスパイだとしても、お前程度なら問題ないという意味だが。何か」
「……」
信用されたのやらされてないのやら。
このミナミという男もグンゼに負けず劣らず嫌な性格だよ。この世界じゃ美形はみんな性格悪いのか。確かに私は飛び抜けて美人というわけじゃない極々普通の顔立ちだし、スタイルだってモデル並みにいいわけじゃない。だからってそんな言い方しなくてもいいんじゃないか。
「ミナミはこういう奴だから」とフォローを入れるアルの言葉に軽く頷き返す。
「私レンっていうの。よろしく」
とりあえず名前だけでも、そう思って自己紹介をしてみると「ミナミだ」と彼は素っ気なく応えた。
すると今度は大男が私の前に立つ。
「私は鬼大と言います」
随分と丁寧な言葉使いの鬼大。名前も見た目も一番凶暴そうなのに実は一番気が弱いらしい。
「おい鬼大、何かレンに羽織るものを持ってきてやれ」
「あ、はい」
ミナミの命令で鬼大はすぐさま居間を出る。話によれば鬼大はその気の弱さが災いし、メンバーから全雑用を押し付けられているらしい。その中でも一番鬼大をこき使うのがミナミという話だ。やっぱりただ者じゃない。
「殺し屋って、これで全員?」
「いや、あとボスと……もう一人メンバーがいるんだけどまだ帰ってきてないんだよな」
「ボス……」
殺し屋組織のボスなんて絶対怖いに決まってる。はたして私は生きて帰れるんだろうか。そう思えば思う程妙な不安感に襲われ一瞬目眩がした。
窓がないから外のようすは分からないけど、恐らく辺りはもう真っ暗だろう。
私の心配を感じとったのか、ソファーに腰かけたままのグンゼが軽く笑った。
「びびってんのか、馬鹿女」
「そんなことないよ……」
「大丈夫だって、お前が思う程怖い組織じゃねぇよ」
「だから違うってば」
間もなくして鬼大が大きなバスタオルを持ってきてくれた。綺麗に折り畳まれたそれを受け取り肩から被る。何故か少しだけ安心した。
「すみませんレンさん。バスタオルくらいしかなくて」
「いや、全然大丈夫」
本当にいい奴だよ、鬼大。
茶を入れろ、和菓子を出せ、肩を揉め、などなど次から次へと下されるミナミからの命令にも手際よく応えていく。本当に、彼の完璧と言っても過言じゃないほどの家政婦っぷりは思わず私に感心の溜め息を漏らさせた。いや、それにしてもミナミは自己中だ。
ふいに壁にかかっている時計を見たグンゼが「そろそろだな」と呟く。その瞬間、まるでその言葉に合わせたかのように居間の扉が勢い良く乱暴に開いた。扉が壁に当たる音に驚いて、つい肩をびくりと反応させる。
入ってきたのは一人の若い男。中に着ているワイシャツを除くと、全身真っ黒なスーツに身を包んで立っている。ネクタイは歪み、随分疲れた表情をしていた。加えてホスト顔負けの端正な顔立ち。金色がかったその前髪の奥に揺れる鋭い眼光に射抜かれた私は、思わずハッと息を呑んだ。
「……女じゃねェか」
ホスト顔が近づいてくる。それと同時に酷い鉄の臭いが鼻をかすめた。これは知っている、血の臭いだ。
私は思わず後ずさった。血の臭いを引き連れて歩くこの男を見て、初めて恐怖というものを感じたのだ。
「レン」
さっと手が伸びたかと思うと、すかさずアルが自分の背中に私を隠した。男は途端に顔を歪める。目が虚ろで焦点が定まっていない。
すると今度は、それまで座っていたグンゼが急に立ち上がって男の腕を掴む。凡人の私でも分かるくらい、空気がピリピリしていた。鳥肌が両腕を走る。
「血の臭いつけて帰ってくんなって、前にも言っただろうが」
「何だグンゼ、指図すんのか俺に」
「馬鹿が。テメェまだ目が醒めてねぇのか」
「あ……?」
途端、グンゼの拳が男のみぞおちに思いっきりめり込んだ。かすれた声を出して男はその場に崩れ落ちる。口から胃液を吐くとその上に自分の顔をつけて倒れた。
人が人を殴る、という光景を初めて見た私は叫びそうになった口を両手で抑え、必死に我慢した。それほど強烈だったのだ。
さすが殺し屋、他のメンバーは慣れた様子でそれを見る。
「悪いなレン、驚いたか」
何度も頷き目を見開く。倒れたままの男に視線をやれば、目を瞑ったままぴくりともしなかった。まさか、死んでないよね。
「こいつの名前は飛翔。これでも俺たちの仲間だ。無類の戦闘好きでな、一度戦闘モードに入ったら人格変わっちまうんだよ。普段はただのバカだけど」
「……大丈夫なの」
「これ位じゃ死なねえよ」
それを聞いてほっと安心した。死体なんか見せられたらたまったもんじゃない。あぁ、それにしても怖かったな。この人。
足元に転がっている肩幅の広い男を見ると、背中の筋辺りがぞくっとした。
「腹減ったな、鬼大何か作れよ」
「はい」
従順な鬼大はグンゼの言葉に文句ひとつこぼさず台所へ消えていった。
「あ、ミナミ。そういやひとつ部屋開いてたよな」
「あぁ、奥の部屋がな」
「よし。俺が案内してやるからレン、着いて来いよ」
アルが何の迷いもなく私の腕を引っ張った。思わず胸がどきりとする。男の子と手繋ぐなんて久しぶりだよコノヤロー。好きになったら責任取れよ。いや、むしろお願いします。
私の気も知らず、アルは無邪気に笑いかけてくる。少年のようなその笑顔につられ、私も思わず頬を緩めた。
「アル、どさくさに紛れて襲うなよ」
「お前と一緒にするなよ、ミナミ」
居間から廊下に出る。そこは薄暗く、いくつも扉が並んでいた。どうやらメンバーひとりひとりの部屋らしい。
相変わらず私の腕を掴んだままのアルがお構いなしに前を歩く。私より少しだけ背が高い彼のその背中が意外に広かった。
やがて一番奥にあるドアの前に立つと、アルは迷いなく扉を開けた。
「ここが今日からレンの部屋だ」
「……え」
普通の部屋かと思われたそこは悪趣味なエロポスターやビデオ、本などが散乱していた。
アルも驚いたのか、こんなはずじゃないと言うように慌ててドアを閉める。バタン、という音が響いたあと、私たちの間に至極気まずい空気が流れたのは言うまでもない。
何だかこっちが恥ずかしくなり、途端に熱を帯びてきた私。同じく顔を真っ赤にしたアルが問いかける。
「……見た?」
「そりゃ見たよ……」
「くそ、絶対アイツのせいだ……」
アルの言うアイツが誰なのか分からないけど、とにかく私たちは居間へと戻った。
意外に早く戻った私たちを見て、ミナミとグンゼが不思議そうな顔をする……ていうかまだ飛翔とかいう奴、転がってるよ。誰か移動させてやれよ。
「どうしたんだよ。二人して顔赤いぞ」
「まさかアル……お前あの短時間でレンを」
「いや違うから」
ミナミの馬鹿な妄想を軽く流し、アルは溜め息をつく。そして転がったままの飛翔を思いっきり睨んだ。
「空き部屋がエロ本で埋め尽くされてたぞ。絶対飛翔のせいだろ」
「あ?エロ本?」
その言葉に反応したのはグンゼ。少し考えるように一点を見つめたあと、何かを思い出したように「あぁ、」とこぼした。
「アル、それ違う。飛翔じゃなくて、確かボスがエロ本の置き場所無くなったとか言いながらあの部屋に移動してたんだ。すっかり忘れてたぜ」
「ボスかよ……」
呆れ顔のアルに、ヘラヘラと笑うグンゼ。
というかここのボス、エロ本どんだけ持ってんの。仮にもボスでしょ。もう会う前からイメージ最悪なんですけど。
「大体アイツ今日帰ってくるのかよ」
「さぁ、ボスは気まぐれだからな」
「帰って来ないんじゃねぇ?今朝どでかい荷物持って出てっただろ。仕事とか言ってたけどありゃ確実女のとこだな」
「あぁ、間違いない」
部下からの信用全くないよ、ここのボス。
私の部屋はそのボスとやらが帰ってきてから考えるとして、とりあえず今日のところは居間で寝ろ、とミナミから命令された。
「えぇ、やだよ居間で寝るなんて。ミナミ代わってよ」
「ふざけるな小娘。居候のくせに図々しい」
「女の子が一人でこんな所に寝てたら襲われるじゃん」
「お前は大丈夫」
「言い切ったよコイツ、うぜー」
「俺たちにも選ぶ権利はある」
そう言ったミナミの言葉を聞き、同意したように頷くグンゼとアル。なんて失礼な奴ら。いや、別に襲って欲しいわけじゃないんだけどね。
その時鬼大がお盆を持って居間に戻ってきた。魚を焼いたようないい匂いを嗅いだ瞬間、それにつられてお腹が鳴った。
卓袱台に集まる三人につられて私もちゃっかり間に座る。
こっちの世界の料理はどんなもんかと少々心配していた私だけど、運ばれてきたのは焼き魚に煮物という極々普通の料理だった。
「なんか、私の住んでる世界と変わらないんだけど。本当にここって別世界なのかな……」
ポツリと呟けば、グンゼがめんどくさそうに答えた。
「まぁ……そのうち分かるだろ」
「……」
その時のグンゼの言葉が何故か妙に意味深だった。
気にしないふりをするために
「いただきます」と両手を合わせて煮物に手を付けた。
食べた途端、驚かされる。結構、いやかなりいける。
「うわ、おいしいじゃん」
「何ですかその意外そうな言い方」
「だってまさか鬼大が料理上手とは……」
「家事生活長いですからね……」
そう言って表情を曇らせた。哀れだよ、鬼大。
「まぁこの馬鹿は家事しか取り柄がないからな。使ってやるだけ有り難いと思え、カスが」
「アンタまるで悪魔だよ、ミナミ」
「黙れ貧乳女。俺の美しさに嫉妬か」
「うわー……」
絶対ナルシストだよ、こいつ。自己中の上にナルシストっていろんな意味で最強だよ。言い返さない鬼大も鬼大だけど。
黙々と箸を進めるみんなの傍らで一人、相変わらず転がったままの男に目をやる。
心配になり、隣に座っているアルに問いかけてみた。
「ねぇ、あの人まだ起きないけど大丈夫なの」
「あぁ、そういえば邪魔だな。飛翔のやつ起こしてやれよ、グンゼ」
アルに言われたグンゼは渋々重い腰を上げて立ち上がった。めんどくさそうに頭をかきながら飛翔のそばまで行く。何をするかと思いきや「起きろ」と極々落ち着いた声で言いながら無抵抗の彼の背中を思いっきり蹴った。 その瞬間飛び起きる飛翔。何が起こったか分からないとでも言うように目を見開いている。ただしその目は初めに見たような恐怖を感じる目ではなかった。至って普通の、ただし寝起きの目だ。
「やっと起きたか。こんな所で寝やがって」
いや、アンタのせいだよ。
「あ……グンゼ。俺、寝てた?」
うわ、こいつも馬鹿だよ。完璧忘れてるよ。便利な性格だなオイ。
呆れながら見ていると、先ほど起きたばかりの男とばっちり目が合った。飛翔は私を見て眉をしかめたあと、
「誰だ?」と問いかける。あぁ、やっぱりそれも覚えてないんだね。
「えーと、レンです」
とりあえず名前だけ言えば、男は戸惑いながら「飛翔」と短く答えた。
まだ寝ぼけているのか、それともイマイチ状況が把握できていないからなのか、頭を抱えて大きく息を吐いたあと、
「つーか、腹減った」と呟く。
「飛翔、テメェ血の臭いつけて帰ってくんなって前にも腐る程言っただろ」
「え、俺また血つけて帰ってたか?」
「そうだよ。そのせいでレンの奴がびびっちまってんだろうが」
「うわ、やべー。全然覚えてねぇ」
悪い悪い、と全く悪びれた様子もなく私に向かって言う飛翔。軽い。絶対平気で浮気するタイプだなこいつ、と私は瞬時に分析した。
謝ってスッキリしたのか、彼は軽く背中を伸ばしたあとどっかりと私の隣に腰を下ろす。居酒屋によくいる質の悪いオヤジのように片膝を立て、飯を持ってこいと鬼大に命令した。せっかくのルックスとスーツが台無しだ。
「で、何で女がこんな所にいるんだよ。しかも水着じゃねぇか。やる気満々だなァ、オイ」
「変なとこ触んな変態!」
「うわ、意外と言うなァ」
助けを求めると、見かねたアルが席を代わってくれた。飛翔はチッと舌打ちし、ふてくされたように夕食に手を付ける。ミナミとグンゼに至っては、巻き込まれたくないとでも言うようにただ黙って魚をつついていた。
「レンは渦に呑まれて偶然この島に流されてきたんだ。行き場所が無いから連れてきたんだよ」
「へぇ……珍しい。あの渦になァ。それじゃああれか、この女は別世界の人間か」
「あぁ、別にいいだろ?」
「俺は構わねえよ。だがレンはいいのか?こんな殺し屋のアジトなんかにいて」
「……」
わざと脅すような言い方につい口を閉ざした。だけど馬鹿にされるのが悔しくて「平気だよ」と強がりを言う。大した女だ、と飛翔は下品に笑った。
「まぁ、島の外に出るよりはまだマシかもな。もし流れついたのがここじゃなかったら今頃……」
「やめろ、飛翔」
突然グンゼが言葉を遮った。はいはい、と答える飛翔にそれ以上は何も言わないグンゼ。アルも黙っている。私だけが何も分からずただみんなの顔を順番に見ていた。
「気にしないで下さいレンさん。きっと帰れますよ」
「……うん」
優しい、だけど誤魔化すような鬼大の言葉に、私はただ頷くしかなかった。一体この島の向こうでは何が起こっているのか、私がそれを知るのはもう少し先になる。
彼らの就寝は意外と早い。アル曰わく、寝れる時に早く寝ておかないといけないらしい。殺し屋も忙しいんだなと感心した。
次々と自室へ戻るみんな。壁の時計はちょうど九時をさしている。これは小学生の寝る時間だと試しに言ってみたが、小学生というもの自体が何なのか分かっていないようだった。やはり、別世界。
「私やっぱり居間で寝るの……?」
「あぁ、じゃあな」
素っ気なく答えるグンゼにさっさと居間を出て行く殺し屋メンバー。
すると優しい鬼大が毛布を持ってきてくれた。
「レンさん、これ使って下さい」
「私は捨て犬か」
薄情な奴らの去り行く背中を見ながら毛布をぎゅっと握り締める。
すると今度はミナミがやって着て、私にTシャツ一枚と短パンを貸してくれた。男物でサイズは少し大きいけど、水着よりはだいぶマシだ。というかこういうものはもっと早く持ってきて欲しかったよ。
「着替えろ」
「あ、りがとう。あのさミナミ」
「部屋は貸さん。じゃあな」
「……」
ぽつんと一人居間に残された私はさっさと着替えて仕方なくソファーにごろんと転がった。固いし寝心地悪いし何か毛布も埃臭い。絶対押し入れとかの奥に入ってた奴引っ張り出してきたんだよ、あの家政婦。
いつの間にか怒りの矛先は鬼大へ。八つ当たり?そんなの知らない。
そのうち馴れると思っていたが、あまりにも埃臭くていつまでたっても眠れなかった。仕方なく毛布をソファーから蹴落とし、縮こまって寝ることにした。くそ、もしこれで風邪引いたらアイツら全員訴えてやる。
ちょうどいい感じにうとうとしてきた頃、再び誰かが居間に入ってくる気配がした。「おい、」と声をかけられたので、ぱっと目を開ければそこには灰色の髪の美少年が。
「あ、グンゼ……」
「そこ、どけ」
「は?」
こいつ私を居間へ残した挙げ句ソファーまで奪おうとするなんて信じられない。
絶対やだ、と言って顔を伏せれば次の台詞は至極意外なものだった。
「どけよ。部屋代わってやるから」
え、と間抜けな声を出して顔を上げれば早くしろ、と怒られた。とりあえず起き上がってソファーから降りれば、入れ替わるように今度はグンゼが横になる。
「俺の部屋、手前から三番目。今日だけ貸してやるよ」
「いいの」
「但し余計なもん触るんじゃねぇぞ」
「うん」
私は笑顔で部屋へ向かう。居間を出る瞬間、立ち止まって振り向いてみた。グンゼは仰向けになり、もうすでに目を閉じている。
「グンゼ、」
「……」
「ありがとう」
「……おやすみ」
呟くようなその返事に、私は小さく頷き返し居間を後にした。
もうみんな寝ているのか、廊下では物音ひとつ聞こえなかった。言われた通り手前から三番目のドアをそっと開ける。電気がついていない薄暗いその部屋はベッドがひとつと、びっしり本の詰まった大きな棚だけというすごくシンプルなものだった。
私は迷わずベッドに潜り込む。
(あ、グンゼの匂い)
心地良いその匂いは私の心を幾分静かにさせてくれた。次第に瞼が重くなっていく。
なんだ、意外といい奴じゃん)
そしてゆっくり、夢の中へと墜ちて行った。