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きみの物語  作者: りいち
19/32

第19話:絡み合う心情


夕方になると、みんなが帰宅し始めた。

ミナミとグンゼの喧嘩は静まったのか、2人共朝のようにいがみ合ってはいない。

みんな包帯を巻いた飛翔を見て眉をしかめる。

ミナミは、またかという表情をして溜め息を吐いた。

アルが冷蔵庫からビールを一本取り出しながら言う。



「どうしたんだよ飛翔のその傷」


「今回は随分派手にやられたな」


アルのあとにそう言ったのはグンゼだ。いつものことなのか、さほど心配した様子はない。

飛翔も下品に笑いながら、だよなァと人事のように答えた。



「でも今回はレンちゃんが付きっきりで看病してくれたから大丈夫だぜ」


「そうだよ全く。有り難く思ってよね」



グンゼがふぅんと唸った。


「だから包帯の巻き方が下手くそなのか」


「うるさいよ、キミ」


「まぁたまには役に立つじゃねぇか。たまには、な」



ほんと嫌みな男だよ。こういう男が婚期逃すんだ、絶対。

私はグンゼを睨み付ける。その時今まで意識していなかったあることに気が付いた。


「グンゼ、それ……」


グンゼの左耳に光る銀色のピアス。髪の毛の間から顔を覗かせている。そう、あれはきっと私の部屋にあったピアスと同じものだ。どこかで見た記憶があったのは、グンゼがいつも付けていたからなのか。


ちょっと待ってて、と私は居間を出た。そしてベッドの脇に置いたままのピアスを握り締めて再び居間に駆け戻る。

グンゼは不思議そうな顔をしたままソファーに寝転んでいた。


「これ、グンゼのでしょ」


グンゼの目の前にピアスを突きつける。

彼はそれを見つめたあと、どこにあったんだと低い声で呟いた。

何故だろう。このピアスを見せた瞬間、空気ががらりと変わった気がする。

誰も何も言わない。



「私の……タンスの奥だけど」


「……ふぅん」


「グンゼのピアスでしょ?」


「いらねぇ。俺のじゃない」



無表情のままグンゼは私に背中を向けた。むっとした私は、横向に寝た彼の前に再度ピアスをちらつかせる。



「絶対そうだよ!だってあんた今同じやつしてるじゃ、」


「いらねぇっつてんだろ!」



途端に叫ぶグンゼ。私は驚いてピアスを落とした。コロコロと転がったピアスは近くにいたアルの足元で止まる。

グンゼの声はどこか切羽詰まってるようにも感じた。

何も言えずに私はただ一言ごめんと呟く。悪いことをしたのかなんて分からないけど、それしか言葉として出て来なかったのだ。


しん、と静まり返る居間。

捨てておけ、とだけ短く言うと、グンゼは立ち上がって居間を出てしまった。



残された私はただ呆然とソファーの前に立ち尽くす。不穏な空気を破ったのはアルだった。

アルは足元のピアスを拾うと、しばらく眺めたあと、苦笑いをした。


「気にするな、レン。グンゼにもいろいろあるんだよ」


「そう……」



私は何だかその場にいるのが耐えられず、黙って居間を出て洗面所へ行った。

顔を洗って鏡に写った自分の顔を見るとなんとも情けない顔をしている。


馬鹿みたい。


何も知らないのに、ずかずか入り込んで。

別に私が、陽炎ってわけじゃないのに。










いつもの夕飯の時間になってもグンゼは部屋から出て来なかった。

鬼大がグンゼの分の器を冷蔵庫に片付ける。

みんな特に何も言わなかった。グンゼが部屋から出て来ないのは私のせいだとも。

私は終始上の空で、オチのない飛翔の馬鹿話も頭に入ることなくただただ器の中の野菜を口に運んでいた。


「おいレン、人の話聞いてんのかよォ」


「うるさいよ。脇腹刺されたばっかのくせに元気過ぎるよ」


「俺ァ不死身だからなァ!」


「はいはい、おめでとう」


するとそんな私を心配したのか、アルが顔を覗き込んでくる。


「レン、大丈夫か?」


「大丈夫だよ!……ありがとう」


「そっか。ならいいけど」


「……」


「なぁレン。飯食ったらちょっと」


「え?」








ご飯を食べ終わったあと、アルに連れられてアジトの外に出た。

星空が綺麗だ。私は上を見上げたまましばらくじっとしていた。

真っ暗なジャングルも、今は怖くない。生温い風が頬を撫でた。


アルはポケットからあのピアスを取り出すと、私に見せるように手のひらを広げた。

恐る恐る、なに?と聞けば、彼はゆっくりと話し出す。



「気になったままじゃ、眠れないだろ。グンゼにも接しにくいだろうし」



優しいアルはそう言った。

私は正直に頷く。


「気になる、すごく」


だって、グンゼがあんなに怒ったんだ。

それに、捨てとけと言い放った時の彼はすごく悲しそうだった。



アルは手の上のピアスを見つめる。何かを思い出すかのように目を細めたあと、口を開いた。



「もう3年になるかな。ルイがいなくなったのは」



『ルイ』

その名前を聞いた瞬間、私の胸がざわつく。みんなが度々口に出すその名前。そしてその名前を言葉にしたあと、みんな必ず辛そうに俯くんだ。

だから触れてはいけない名前なんだと思ってた。

私だってそれくらい分かる。



「陽炎には昔、ルイっていう女のメンバーがいたんだ」


「その人も殺し屋なの?」


「あぁ。ルイは元々ボスが連れてたらしい。俺が陽炎に入った時にはもういたよ」


「アルより先輩ってこと?」


「そうなるかな。俺は3番目のメンバーだから。先にいたのはボスにグンゼにルイ。他の奴らはその後に入ってきたんだ」


アルは続けた。



「ルイは俺たちの中心だった。特別だった。あんな女は世界中どこ探したっていないよ」


「……」


その言葉に僅かな嫉妬を感じた自分が嫌だった。何に対しての嫉妬なのかは分からないけど。



「……じゃあ、そのピアスはルイさんのもの?」


「これは、グンゼとルイがいつも付けてたやつ。どったがどっちにあげたものかは分からないけど」


「大事なものなんだね……」



グンゼは捨てろと言った。

でもそんなこと本当は思ってないんだ、きっと。

そして私は、一番気になっていることを聞いた。


「ルイさんはどこに行ったの?」



アルの目に悲しみの色が浮かぶのを確かに見た。


「ルイは……3年前のある日、仕事に出たきり戻って来なかった」


「……」


「俺たちは探し続けたよ。だけど半年経った頃、ボスが言ったんだ。ルイは死んだって」


「死んだ……」


「どこからの情報なのかは教えてくれなかったけど、俺たちを集めてそう言い切ったんだ。だからもう、ルイのことは探すなと。みんな納得したのかは分からないけど、少なくとも納得したふりはした。この仕事やってたら、死はいつも隣り合わせだからな。みんなそれを分かって殺し屋をやってる。そんな俺たちだからよく心得てることがある。人は簡単に死ぬ。自分達だけは例外なんて、有り得ないって」


「……」



のほほんと毎日を生きていた私は、死を意識したことがない。愛犬が死んだ時も、おじいちゃんが死んだ時も、悲しみはしたもののどこかで他人ごとだった。

死について深く考えたこともないし、考える必要のない生き方をしてきたから。

でもみんな違うんだ。どんなに馬鹿やったって、いつも死を身近に感じてる。


いつかグンゼが言った言葉を思い出した。



『相手残して一人逝くのも耐えられねぇ』




あれはつまり、言葉のまま、そういう意味だったのだ。

悲しい生き方だ。私は思った。

深く考えずに生きた方がよっぽど楽に決まってるのに。どうして彼らは、そういう生き方を選んだのだろう。

殺し屋というのは、なんて切ない生き物なんだろう。



「ルイは死んだ。みんなそれを分かってるからルイの話を避けるんだ。だけど、グンゼは今でも信じてる。口には出さないけど、ルイが帰ってくるんじゃないかって思ってるはずだ。本人は気に入ってるだけだって言うけど、あのピアスを外さないのが何よりの証拠なんだ」


「グンゼは、ルイさんのことが好きなんだね」


「……グンゼだけじゃないよ、ルイのことが好きだったのは」



アルの言葉に重みを感じた。

あぁ、彼もその一人だったのか。


アルが手のひらのピアスをポケットにしまう。そして彼はいつもの愛嬌ある笑顔を見せた。



「俺はグンゼをルイから手放してやりたいんだ。いつまでも引きずってちゃいけない。グンゼはまだルイの影に縛られてる。もしかしたら一生そうかもしれない」


私は何も言えずに俯いた。

グンゼの中で生き続けてる誰かがいる。

忘れて欲しいとは思わないけど、救われて欲しい。

死んだと聞かされた時の彼の……彼らの心は、どれだけ辛かったのだろう。

私には分からない。

だけどそれでも、分かりたいと、思う。



「俺さ、レンならできると思うんだ」


「なに?」


「レンならさ、グンゼの心の中に入っていける気がする」


「そんな……私なんていつもグンゼに馬鹿にされてばっかだよ。それに、別世界の人間だし」


「関係ないよ」


アルは繰り返した。


「別世界とか、関係ない」


そう言われると、何も言えなくなってしまう。だけどアルが言うような自信は私には全くといっていいほどなかった。


「レンだからそう思うんだ。これが他の女ならこんなこと言ったりしないよ」


私は何だか照れくさくて、うれしくて俯いてしまった。


「グンゼを救ってやってほしい」


「でも……どうしたら」


「特別なことなんてしなくていい。レンのそのままでグンゼのそばにいてやってくれ」


「それは……」


ん?とアルが首を傾げる。


「私に、グンゼを好きになれってこと?」


自分でもびっくりするような言葉を口走っていた。

慌てて『今の無し!』と訂正するが、アルの表情は固かった。

少しの沈黙を見送ったあと、彼は言う。



「それは、レンに任せるよ。レン自身の気持ちが最優先だろ。でも、」


「でも?」


「もし本当にそうなったら……俺は後悔するかもしれないな」


アルが切なげに笑うから、出てくる言葉が見つからなかった。

ねぇアル。それってどういうこと?

そう聞きたかったけど、何だか怖くてやめた。


アルがピアスをポケットにしまいこむ。

アジトの中に戻ろうとドアを開けた時、彼は笑った。


「冗談だよ」


「……」



夏の夜は暑い。

けれど、それよりも熱い何かが、私の胸を刺した。そう、確かに。









居間には誰もいなかった。

各々、部屋に戻ったのだろう。まぁ部屋で何してるのかは知らないけどね。

アルと私も部屋のドアの前で別れた。

おやすみと言って。


「……」


ベッドに入って目を閉じる。

だけど少しも寝れる気なんてしなくて、少し迷ってから立ち上がる。

目指したのは隣りの部屋。グンゼのいる部屋。

ドアの前で何て声をかけようか考えていた。静かな廊下に一人、無意味に緊張して突っ立っている私。

元気?と声をかけてみようか。それともちょっとシリアスっぽい感じがいいかな。あぁでも寝てるかもしれないし……起こしたら絶対機嫌悪くなるタイプだしあいつ……。


一人でブツブツと作戦を練っていると、急にドアが開いて言葉をなくす。どうやら私は黙って考え事ができない人種らしい。

出てきたのは当然グンゼ。それも、ものすごーく不機嫌な顔で。

やばい、と思ったのも束の間、彼は低い声で言った。



「うるせぇ」



間違いない。正解。

私は苦笑いを浮かべて、ですよねと答えた。


「人の部屋の前で何ブツブツ言ってんだ。ガキはさっさと寝ろ」


「何その言い方!人がせっかく心配してきたのに……」


「心配?」


「そうだよ……」


グンゼは頭を掻くと、あぁ、と私を見ずに言う。



「ピアスのことなら気にすんな。お前には関係ねぇよ」



関係ない。

グンゼの放ったそのたった一言が、一瞬にして私という存在を宇宙の果てまで飛ばしてしまった。

私は、そっか、と視線を足元に落とすことしかできない。傷ついた顔は見せたくなかったのに、情けないくらい声は小さかった。


それに気付いたのだろうか。グンゼは続けてこう言った。心配してくれてありがとな、と。


「グンゼ」


「あ?」




「私、グンゼのこと嫌いじゃないよ」


「はぁ?いきなり何を……」


「だから、」



『だから』、その先に続く言葉が見つからない。

私がいるよ、なんて口が裂けても言えない。

だってそれを言うには、私はグンゼのことを知らなすぎる。

それに、どういう気持ちでそんなことを言うのかも自分自身分からない。


「その……」


戸惑う私に、ゆっくりと沈黙を破るグンゼ。


「アルに何か聞いたのか」


「え……」


顔を上げて見たグンゼの顔は、怒ってはいなかった。

うん、とゆっくり頷けば、ふぅんと彼は唸る。


「ルイさんのこと、少しだけ」


「あいつはお節介だからな」


「アルもグンゼのこと心配してるんだよ」


「お前もお節介だしな」


「……うるさいな」


そこで初めてお互い笑顔になった。


「俺なら大丈夫だ。お前じゃねぇんだし、何年も前のこと思い出してめそめそ泣いたりしねぇよ」



私は、何故か余計に切なくなってしまった。

じゃあ、ピアスは?

クローゼットの奥にあったあの写真は?

写真の中、グンゼとアルに挟まれるようにして笑っていた女の子はきっと、いや間違いなくルイさんだ。



「泣いても、いいと思うよ」


私は小さく呟いた。グンゼは何も言わない。


「どれくらい時間が経ったって、ルイさんとの事がなかったことになるわけじゃないんだよ」


「だって、キミは、生きてるんだから」


「だから、泣いても、いいんだ、よ」




途切れ途切れになった私の下手くそな言葉をグンゼは黙って聞いてくれた。

この言葉が彼の心に届いたのか、それとも表面を撫でただけでしかないのか、それは分からないけど、最後に彼は言った。



「いくら泣いても、あいつは戻らなかった」



……少なくとも私には、その言葉がグンゼの、ルイさんのいなくなったこの3年間の叫びに聞こえた。

目頭の奥がじんと熱くなる。何故だろう。自分じゃないのに。


もう平気だ、そう言って笑ったグンゼの顔が、私には泣いているように見えたのだ。








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