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きみの物語  作者: りいち
18/32

第18話:わたしの声


アジトの中は今日も平和だ。



「てめぇ!ぶっ殺す!」


「望むところだ、低脳」


「んだとコラァ!」



朝の居間では、茶碗やらクッションが飛び交っている。

争っているのは暴れん坊将軍グンゼと、無敵の勘違い男ミナミである。

むさくるしい男達が同居していると毎日小さなことで争いが起きる。それが気性の荒い殺し屋達だから尚更だ。

初めはその光景にびくびくしていた私だけど、今はもうすっかり慣れた。

残りのメンバーとテーブルにつき、大人しく味噌汁を啜る。うん、今日も赤味噌最高。

すぐ後ろでは、喧嘩を続ける煩い2人。朝飯前によくやるよ、全く。


「ねぇアル。そもそも何であの2人喧嘩してんの?」


「簡単に言うと仕事上の意見の不一致。最近グンゼとミナミ、一緒に仕事することが多かったからな」


「ふぅん。大変だねぇ、殺し屋も」


「まぁな」



私には関係ない。

だって私、今完全にニート以外の何者でもないし。



「私も何かしたいなぁ。仕事的なこと。毎日暇だよ」


溜め息混じりに呟くと、それよりも濃い溜め息を吐いた鬼大が呟いた。


「そんなに暇なら家事をしてくれると助かるんですけどね……」


その呟きは聞かなかったことにする。



すると今度は飛翔が笑いながら私の頭を叩いた。



「じゃあ俺がレンに殺しの仕方教えてやろうか」


「嫌だよ。ありがた迷惑だよ」


「何でだよ、つまんねェ」


「殺し屋なんて、私には絶対無理」



あんな思いはもう沢山だ……。



俯く私を見て、『それが出来るようになるんだよなぁ』と飛翔はぽつりと呟いた。

彼も初めは、私と同じだったのだろうか。



「レンは今のままでいいじゃん」



そう言ったのはアルだ。

そうかな、と私は首を捻った。



「そうだよ。島の外は危険だし、何があるか分からない。ここにいた方がずっと安全だ」


「でも私、一生ここにいるわけじゃないんだよ」



言った瞬間ハッとした。

そっか、そうだよな、なんて言うアルの声が寂しそうだったからとっさに笑って誤魔化した。



そうだよ、私、自分でも意識してなかった。

ずっとこの世界にいるわけじゃない。いつかは元の世界に帰らなくちゃいけない。

でも……本当に帰れるんだろうか。

そして、帰れるとしたら、もう二度とこの人達と会えなくなるんだろう。きっと。いや、絶対。

少し重くなった空気。後ろの2人は相変わらず言い合っている。



「まぁまぁ、難しいこと考えても仕方ねぇし。気楽に行こうぜ、気楽によ」



こういう時の飛翔の言葉は助けになる。楽天的な彼の良いところだ。

そうだよね、と私は味噌汁を飲み干した。










ミナミとグンゼは結局仲直りしないまま仕事に行った。

他の3人も皆慌ただしくアジトを出て行く。

それを見送ってから、たまにはいいことをしようと居間の片付けをしていた私だけど、すぐに飽きてやめた。

次に自分の部屋へ行って散らかしっぱなしの服なんかをタンスに押し込める。

その時、タンスの奥からあるものを見つけた。


「ピアスだ……」


それは、銀色に光る小さな丸いピアスだった。どこかで見覚えのあるそれを手にとってしばらく眺めてみるけど、いつどこでそれを見たのかは思い出せない。



何で誰のか分からないピアスが私の部屋のタンスにあるんだろう。



不思議に思った私は、それをベッドの脇に置いた。もしかしたら、陽炎メンバーの中の誰かのものかもしれないと思ったのだ。


みんながいない間にアジト探索をしようと立ち上がる。

いつかアルが言っていた、ボスの部屋へ続く隠し扉を見つけてやろうと思ったのだ。


飽き性の私が、一時間くらいアジトの中を歩き回ったのだけれど、残念ながらそれらしきものを見つけることは出来なかった。


再び退屈になった私は一人、鬼大の焼いたクッキーを食べながらベランダから見えるジャングルを眺めていた。あぁ、虫が鬱陶しい。

葉が擦れ合う音も、この暑さも、すっかり慣れてしまった。

何だかんだで、この世界に来て帰れるあてもないまま、2週間以上が過ぎてしまったのだ。


基本的に楽天家の私。だけど普段は考えないようにしていることも、一人になると考えてしまう。


朝、アルに放った『ずっとこの世界にいるわけじゃない』という自分の言葉を思い出して何だか憂鬱な気分になった。


お母さんも妹も、今頃なにしてるんだろう。

私がいなくなったことで、私のいた世界に何か変化はあったんだろうか。



「どうやったら、元の世界に帰れるのかな」



そう呟いた矢先、玄関の方から物音がした。何かが落ちたような大きなその音に、びくりと肩を震わせる。

みんなは仕事に行ったばかり。

まさか、泥棒?

私はそろりとベランダを抜け出し、廊下を渡って居間へ入る。

誰もいない。時計を見て、みんなが出て行ってまだ三時間しか過ぎていないことを確認する。



どうしよう……


やはり物音の原因は玄関にあるらしい。

思い切って玄関へ続く居間の扉を開けた瞬間、ハッと声を上げた。


開けっ放しにされたアジトのドア。

そこに倒れ込んでいる一人の男。




「飛翔!」




飛翔だった。

うつ伏せになって倒れている飛翔の元に駆け寄り、その体に触れる。

真っ黒なスーツの脇腹に、赤黒いものが染み込んでいるのを見て、ひっと声を上げた。

ひどい鉄の臭い。触れると生暖かいそれは、私の嫌な記憶を呼び戻す。



(駄目だ……!)



怯えている場合じゃない。飛翔が無事じゃないことは明らかだ。金色がかった頭はピクリともしない。


飛翔が死ぬかもしれないという考えが頭をよぎる。

何があったかは分からないけど、そんなことは今はどうでもいい。

恐怖で震える腕を思いっきり噛む。震えは止まらなかったけど、どうにか飛翔を居間まで引きずり、仰向けに寝かせる。


上着とシャツを無理矢理脱がすと、痛々しい傷が目に飛び込んできた。

こんな時どうすればいいか私は知らない。混乱しながらも必死で飛翔の名前を叫ぶ。だけど彼が返事をすることはなかった。

慌てて飛翔の胸に耳を当てる。弱々しい心臓の音が聴こえて少しだけ落ち着きを取り戻した。まだ間に合う。


「そうだ……し、止血!」


私は救急箱を見つける為に居間中を探し回った。棚の引き出しにそれはあった。

乱暴に開け、包帯を取り出し飛翔の傷口を覆うようにそれを体にぐるぐると巻きつける。やり方なんて分からないけど、とにかく必死だ。


「飛翔! 飛翔!」


パチパチと頬を叩くと、少しだけど反応があった。彼の額には汗が滲んでいる。

休むことなく名前を呼び続けた。

不安で堪らなくなり、焦りで涙が次々に零れた。それを拭うこともせず、静かな居間に私の叫び声だけが響いた。


「飛翔!」


う、と声を漏らす飛翔。眉間に皺を寄せ、薄く目を開ける。

やった!と私は思った。飛翔は気を失っていたのだ。


「飛翔!もう起きないかと……」


言い終わる前に、視界が強く揺さぶられた。一瞬何が起こったのか分からなかった。

殴られた。

そう確認したのは、床に落ちた自分の鼻血を見てからだった。


「俺に……近寄る、な」


かすれた声でそう言った飛翔の目が、いつものものではないことにすぐに気が付いた。彼はまだ、スイッチが入っているのだ。

私は途端に怖くなった。スイッチの入っている飛翔は何をするか分からない。

だけど傷口を抑える飛翔があまりにも辛そうに顔を歪めるから、逃げることもできない。

立ち上がろうとする飛翔に、思わず飛び付いた。

上半身だけを起こしたまま、飛翔が私を振りほどこうと腕を上げる。


「動いちゃ駄目だよ!あんた今ひどい怪我してるんだから!」


「うるせぇ!俺から離れろ!」


じわ、と包帯に血が広がる。

何が何でも止めなくちゃ。そう思った私は、再度殴られようが髪の毛を掴まれようが、飛翔の首にしがみついたまま動かなかった。


「殺すぞ……この女!どけっつってんだろォ」


「死ぬのはあんただよ!絶対行かせない!」


「んだと……いい加減に、」


「お願いだから動かないで!」


「……」


飛翔の体が止まる。


「ねぇ……ねぇ飛翔!聞こえるでしょう?私の声が!」


「何を」


「お願い、死なないで」



しばらく流れた沈黙のあと、飛翔は呟いた。レン、と。





どれくらいそうしていただろう。

とてつもなく長い時間に感じたその間、私は飛翔の首に回した両手を少しだって緩めなかった。

一瞬でも力を緩めてしまえば、飛翔は私を突き飛ばし、怪我をした体のままアジトを飛び出してしまうような気がしたのだ。

ぎゅっと目を瞑り、祈るように飛翔を抱き締めた。

こんな風に誰かを抱いたのは初めてだった。


「いてェ……」


飛翔がポツリと呟く。

思わず顔を上げると、そこにはいつもの飛翔がいた。


「痛てェよ、レン」


私は慌てて体を離す。飛翔は眉をひそめて脇腹を軽く抑えた。


「飛翔……」


不安そうな顔をしていたのだろう。私と目が合うと、彼は弱々しく笑った。

安心感からか、また涙腺が緩くなる。柄にもなく顔を覆って泣きながら呟いた。良かった、と。


「俺、またスイッチ入っちまってたな。ごめんな、レン。怖かっただろ」


「当たり前だよ馬鹿!」


「でもお前、逃げないでくれたんだな」



飛翔はそう言って私の頭を優しく撫でた。その大きな手が余計に涙を誘う。

金色の髪を飛翔が片手でかきあげる。


「傷は……?痛いでしょ」


「あァ。でもこれくらいで死にゃしねえよ。慣れっこってやつだな」


「何でそんなひどい傷?」


「仕事でちょっとヘマしてな。俺が殺す筈のターゲットが別の殺し屋を雇ってやがった。油断してかかったらこの様だ」


自嘲気味に飛翔は笑った。

そんな風に笑われたら、いつもは図々しい私でも、何も言えなくなってしまう。


「死に物狂いで島に帰ったが途中で意識が飛んじまったみたいだ。お前がいてくれて助かった」


そう言ったあと飛翔は何かに気付いたのか、それ、と私の顔を指差した。

私は慌てて鼻血の痕をゴシゴシと拭き取る。

これはスイッチの入ってた飛翔がやってしまったこと。仕方ないこと。

だから飛翔は悪くないのだ。

そう言いたかったのに、どっと胸に押し寄せてきた悲しみのせいで声に出せなかった。



「俺がやったんだな、それ」


「……」


「悪い。でも本当に、覚えてねぇんだ」


「分かってる……」


私は俯いた。まだ鼻血の痕が残っていたら嫌だったから。

ふぅ、と息を吐いてから飛翔は話し出す。



「殺しの時、昔から俺は自分の感情を閉じ込めちまうんだ。そうすれば何も感じずに人を殺せるから」


「知ってるよ……」


「殺しの間は別の俺が出てきて仕事をしてくれる。その間俺は自分の様子をただボーっと眺めてるんだよ。テレビを見てるみたいにな。だから気付いた時には目の前に死体が転がってる。んで……いつも思うんだ。『あぁ、また俺がやったんだな』って」


「だからよく覚えてないんだね」


「あぁ。スイッチが入ってる時は何も聞こえねえし何も感じねえ。だけど……」


「だけど?」


「レンの、俺を呼ぶ声は聞こえたよ」


「……」


「お前が俺を呼んだんだ。お前が、俺を連れ戻してくれた。ちゃんと、届いてたよ」


私は何だか嬉しくて、でも素直にそれを言えなくて、飛翔の怪我のことも忘れて口元を少しだけ緩めた。

すると飛翔は照れ隠しのように笑った。



「ありがとな」



殺し屋なんてやめちゃいなよ。

そう言いたかった。本当は。

だけど、何も言えなかった。









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