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きみの物語  作者: りいち
16/32

第16話:陽炎は美少年が嫌い

「危なかった。もう少しで騙されるところだったよ」



 ふぅ、と額の汗を拭い、建物の影に隠れていた。行き交う人を見ながらあの美少年の姿を探したがいない。

 ほっと安心して一息つく。日焼け対策で羽織っていたカーディガンも、この暑さに耐えきれずに脱いだ。

 そう、私は逃げたのだ。キリオくんの腕を振り解き、私を呼ぶ声も無視して、何も考えず全速力で走った。



「見つけた」


「ひいっ」



 建物の影から突然現れたキリオくん。鼻が利くのか、犬か、犬なのか君は。

迷わず再び逃げ出す私を今度は彼も走って追い掛けてくる。どくんどくんと動悸が早くなった。助けて助けて助けて! 針を凶器にした作り笑顔の美少年が私を追い掛けてくるよ!



「遅い」



 彼はあっという間に追いつくと私の横に並んだ。そして私の腕を強引に掴んだ。

 何故逃げるんですか、と悲しそうな顔して言うその表情は、よく見ればまだあどけなさの残る普通の少年。



「そりゃ逃げるよ!君殺し屋でしょ!」



 町中でそんな台詞を叫んでしまった私を道行く人が不振そうに見る。少年はそんなこと少しも気にしていないのか、またあの作り笑顔に戻った。



「貴女たちと同業者ですよ」


「だから私は殺し屋じゃないって言ってるだろ。居候だよ。話を聞けよ」


「でも……」


「それに、あんな風に簡単に殺して……それに」



 そう。キリオくんはあのサングラスの男を笑顔で殺したあと、容赦なく蹴りつけたのだ。普通の人間は……普通の良心を持った人間ならそんなことはできない。それもこんな、私よりも幾分か年下の子供が。

 私がそう言っても、キリオくんはよく分からない、というように首を傾げた。



「僕は人を殺すのがお仕事ですから」


「……でももう死んでる人をあんな風に扱うなんて、酷いよ」


「え? だって死んでるんですよ」


「……」



 誰かこの子の保護者連れてきてー。私が正座させて小一時間説教するから。


 複雑な顔をしていたんだろう、私の表情を見たキリオくんに笑顔はなかった。急に真剣な顔つきになり、小さく溜め息をつくと抑揚のない声音で呟いた。



「貴女の仲間も同じことをしているんですよ」


「……」


「僕だけが悪者ですか?」



 責めるように、そして少し悲しそうにキリオくんは言う。途端、何だか自分がひどく浅はかで何も考えていない人間に思えた。

 何も言えず黙っていると、キリオくんは慌てて、ごめんなさいと謝ってくる。そしてまた、笑顔。



「さぁ、行きましょうか」


「やだよ」


「どうしてですか。一人だと危険です」


「君だって私を狙う殺し屋かもしれないじゃん」


「僕はそんな低俗な真似はしませんよ。それに僕の組織と陽炎のボスさんとは結構前から交流があるんです」


「本当かなぁ」



 怪しい、怪しいことだらけだ。そもそもこんな虫も殺したこともないような顔で殺し屋を名乗られても全くピンと来ない。美しい少年の殺し屋とは、それはそれで奇妙なんだけど。だから信じない、という思いよりも信じたくない、という思いが強かったのかもしれない。

 するとキリオくんは懐から携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。



「……もしもし」



 無表情で電話の相手と話す彼をじっとみる。あわよくば逃げ出してやろうと考えていたけど、どこか隙のないキリオくん。無防備に電話をしているようで、私への意識は緩んでいない。



「はい、今一緒にいるんです。でも、全部信用してくれないんですよ。それどころか彼女、野犬のような目で僕を睨みつけてるんですけど」


「誰が野犬だ、コラ」


「えー、でも僕じゃやっぱり……」


「聞けよ」



 キリオくんは電話口に向かってめんどくさそうに何度か頷いたあと、私に渡してきた。

 出て下さい、と言われたので仕方なく携帯を耳に近づけると、聞こえてきた馬鹿っぽい声。



「もしもし」


「あ、レンか。俺俺、俺だけど」


「オレオレ詐欺?」


「何だそれ。ボスだよ、ボス」


「分かってるよ。で、どういうこと?」



 ボスはキリオくんと同じことを説明した。他の殺し屋たちが私を狙っていること、そしてキリオくんのいる組織とは昔から親交があり、害はないないこと。



「とにかく、キリオは若いけど頭も切れるし腕は確かだ。守ってもらえ。まぁ性格に問題あるけどな……」


「アンタが言うなよ、変態。第一私のこと信用してなかったんじゃないの?」


「してないよ」


「じゃあ何で、」


「君に何かあったら、アイツらが悲しむだろう」



 ボスは当たり前のように言った。悲しむ? みんなが? そうは思えないけど……(特にミナミ他)

 すると電話は一方的に切られた。後に残るのは規則的な電子音のみ。仕方なく携帯をキリオくんに返すと、信じてもらえましたかと彼得意の笑顔を浮かべて尋ねてきた。



「まぁ、一応」


「それは良かった。じゃあ行きましょう」



 少年は再び、私の手を握った。










「レンさん、何にしますか」


「………ミルクティー」


 キリオくんは、オレンジジュースと私の分のミルクティーを店員に伝える。かしこまりました、と少し堅そうな店員が頭を下げて去って行った。

 ここはとある喫茶店。涼しい店内にはあまり人は居らず、何故か私はこの美少年と文字通りお茶をしている。向かい側に座る彼は何が楽しいのかニコニコと頬を緩める。それが作り笑いだということは分かっていた。


「写真で見るよりずっと可愛いですね」


「写真……ね」



 一体いつそんなものを撮られたのか。グンゼたちと町を歩いている時だろうか。どうであれいい気分はしなかった。


 丸い目をした美しい少年。瞳の色は黒かと思っていたけど、よく見たら少し青がかっている、不思議な色だ。まるでモデルのようだと思った。聞けば歳は14だと言う。



「本当に殺し屋?」


「はい。但し、殺し屋専門の殺し屋です」



 彼が言うには、キリオくんの属している組織は何でも普通の殺し屋とは違い、悪党のみを相手とした殺し屋組織らしい。いわば必殺仕事人的な。



「世の中には殺し屋に大切な人を殺された人が沢山います。人を騙してお金を奪い、他人の人生を弄ぶ人が沢山います。僕はそういう人達を殺す為に殺し屋をしているんですよ」



 蛇の道は蛇、ということか。誇らしげに語るキリオくんを見ると何とも言えない気持ちになった。

 だけどやられたらやり返す、というのがどうも共感できない。結局は喧嘩を繰り返す子供と同じなのだ。



「レンさんは別世界の方なんですよね。ボスさんに聞きました」


「あ、うん……」



 するとキリオくんは途端に目を輝かせた。どんな世界か知りたがっているようで、教えて下さいとせがむ様はまさに少年。 どう説明していいか迷っていると、耐えきれなくなったのかキリオくんの口から次々と質問が飛び出してきた。



「人はどんな暮らしをしているんですか?」


「えーっと……いろいろだよ。仕事したり勉強したり。でもこの世界みたいに殺し屋はあんまり……っていうかかなり珍しい」


「殺し屋が珍しい? 何故です」


「何故って、捕まるからだよ」


「誰にですか?」


「警察とか、国に。人を殺すのは法律に罰せられるんだ」


「法律?」



 私が答える度に首を傾げる彼は、本当に何も分かっていないようだった。まずい、法律についてなんてこれ以上質問されてもよく分からない。 とりあえず人を殺せば偉い人から罰を与えられること、そして私の国では銃なんかの凶器も持っているだけで罪になる。大ざっぱに説明すればキリオくんは益々眉をひそめた。



「凶器を持たずにどうやって自分の身を守るんですか」


「え、」


「その法律とやらが守ってくれるんですか」


「いや。そういうのは警察が……つまりそういう市民を守る仕事の人がいるんだよ」


「見ず知らずの他人を守る仕事があるんですか」


「いや、えーと」


「自分の命を他人任せにしているんですか?」


「……」


「自分の大切な人さえも、他人に?」


 私には、答えられなかった。

 勿論キリオくんは純粋に疑問をぶつけているんだろう。だけど何故か、自分の考え方や自分の世界を責められている気がした。信じられない、と目を丸くして私を見るキリオくんから思わず目をそらす。

 すると店員がやってきた。事務的な動きでオレンジジュースとミルクティーを私たちの前に置くと、一礼して離れていく。逃げ場を見つけたようにミルクティーを口にしたあと、私は自然と呟いていた。



「それはキリオくんが……殺し屋だからだよ。人を殺すことに抵抗を感じてないから言えるんだよ」



 彼は何も言わなかった。というより彼が何かを答えようとする前に、私は再び口を開いていた。



「守ってもらえないと生きていけない人もいるよ。誰かにすがりたいって思うよ」


「……」


「君だって、守ってくれた人がいるはずだよ」


「僕は……」



 キリオくんの顔が曇る。何かを言おうとしたけど、慌てて呑み込んだような印象を受けた。

 やっぱりこの世界は、私の世界とは根本的ななにかが違う。どっちが正しいのか、どっちが歪んでいるのか分からないけど。



「……気分を悪くされましたか」


「え?」


「すみません。そんな風に貴女を怒らせるつもりはなかったんです」



 やばい、美少年を泣かせてしまう。私は慌てて否定した。こっちこそごめん、と何度も謝る。彼はすぐにまた作り笑いをした。


「やめましょうか、こういう話は」



 そう言って、オレンジジュースを一口飲んだ。










「何でこのガキがアジトにいるんだ……」


「お邪魔してます、グンゼさん」



 只今夕方。そしてここはいつものアジト。お使いを終えた私はキリオくんにアジトまで送ってもらったのだ。アジトにはまだ誰も帰っていなかったし、ここまでしてくれたキリオくんを無碍に帰らすわけにもいかないと思い2人で寛いでいた矢先、グンゼが帰宅した。

 グンゼはキリオくんを見た瞬間、余計に目つきを悪くする。事もあろうか、キリオくんの胸倉を掴んで睨みつけた。それでも顔色一つ変えずに動じないキリオくんはすごいと思う。




「テメェ人んちに何勝手に上がり込んでんだ」


「やだなぁ、僕はボスに頼まれてレンさんの護衛をしていたんですよ。貴方たちが頼りないから」


「ふざけんなクソガキ」


「ふざけてるのはそっちでしょう。レンさんの写真が出回ってますよ。彼女が命を狙われてることも知らずに1人で歩かせるなんて呑気な方々だ」


「何だと……」



 胸倉を掴んでいたグンゼの手が外れた。彼は私を見て、大丈夫なのかと柄にもなく心配の言葉をかける。



「大丈夫。キリオくんが守ってくれたからね」


「……そうかよ」


「あれ、グンゼさん?ヤキモチですか」


「殺すぞ女顔」


「僕がそれ気にしてるって知ってるくせに何て陰険な大人だ。モテませんよ」


「腹黒いクソガキよりマシだと思うがな」


「うるせぇな、オッサン」


「誰がオッサンだ、誰が」



 あれ? 何かキリオくん急にキャラ変わったよ。爽やかボーイから腹黒毒舌ボーイになったよ。しかも顔は笑ってるし。

 それにしてもグンゼも大人気ないよ。相手は幾つも離れた少年だっていうのに。



「やめなよグンゼ。キリオくんが可哀相だよ」


「はっ。可哀相? こいつが? 頭おかしいんじゃねぇの、お前」


「お前に言われたくないよ。美少年を虐めるなよバカ」


「俺だって美青年だろうが」


「バカの相手は疲れるよ……」


「ほんと大変ですね、レンさん」


「テメェらちょっとそこ並べ。順番に殴ってくから」



 うわぁ、本気でお怒りモードだよ、オッサン。

 すると玄関から明るい声が聞こえてきた。どうやら誰か帰ってきたらしい。

 居間の戸が開き、最初に現れたアルはキリオくんを見て数秒言葉を無くした。その後ろにはミナミと飛翔がいる。みんな固まっていた。



「お久しぶりです、陽炎のみなさん」


「何でこのガキがアジトに……」



 見事にグンゼと同じ反応だよ。あのミナミでさえも心底うんざりしたように俯いた。

 すると唯一飛翔だけが笑顔でキリオくんに近づいて行く。



「何だ何だァ。相変わらず可愛い顔してんなァ、キリオちゃんよォ」


「汚い手で僕に触れるなよ、変態。エロ菌が移るだろ」


「性格も相変わらずだなテメェは……」



 やっぱりこれがキリオくんの本性なのか。でもなぜか憎めないのは何故だろう。顔か、顔が可愛いからか。



「ちょっとみんな、キリオくんにお茶菓子のひとつでも出しなよ」


「お前がやれよ」


「うるさいよ癖毛。さっさと動けよ」



 ぎゃあぎゃあと言い合いの耐えない私達に、いかにもうんざりするミナミ。

 下らない、と小さく言い残し、居間を出て行ってしまった。



「やめて下さい2人共。どうぞお構いなく。僕はクッキーと紅茶だけでいいですから」


「全然お構いしてるじゃねぇか」



 グンゼの鋭い眼孔が再びキリオくんに向けられる。それを笑顔でスルーする美少年。その笑顔が眩しいよ。

 自分は関係ない、とでも言うようにごろんと床に寝転ぶアル。それを無理矢理起こし、お茶菓子を出すように言った。何で俺が、と途端に顔を歪めるアル。



「めんどくさいな。それに菓子なんてあったっけ? なぁ飛翔」


「あー……確か2年前の羊羹なら」


「僕を殺す気ですか」


「それくらいで死ぬタマじゃねェだろォ」


「ていうか、捨てろよ」



 あーあ、完全にキリオくん呆れてるよ。ごめんね、馬鹿ばっかりで。

 キリオくんは小さく息を吐く。笑顔が消え、少しだけ目を伏せたあと低い声で言った。



「此処は本当に、相変わらずですね」


「……カリブも似たようなもんだろ」


「はは、流石に2年前の羊羹はありませんよ」



 カリブ、とはキリオくんの属している組織の名前らしい。陽炎と同じくらい強く、人数は陽炎の倍以上いるのだとアルが説明してくれた。



「カリブのトップとボスが昔から仲が良いんだ。だからほんと稀に俺らもカリブの奴と同じ仕事場を任される時がある」


「じゃあキリオくんとみんなが知り合いなのも仕事がきっかけ?」



 私の質問にはキリオくんが答えた。えぇ、と短く頷いたあと、僕が12の時です】をと付け加えた。そんなに前から知り合いなのか。



「ほんとお前あの頃から最悪だったよな」


「人聞き悪いこと言わないで下さい、アルさんまで」


「いや、俺12のガキに『足引っ張るなよ、童顔』なんて言われたのあの時が初めてだったからな」



 そんなこと言ったんだ……可愛い顔して。何て恐ろしい子。



「俺ァてっきり女かと思ってよォ、ナンパしちまったぜ」


「あぁそういえばそうでしたね。人生で最も不快な瞬間でしたよ、飛翔さん」


「だって本当に女顔……」


「ははは。殺しますよ」



 あくまで笑顔は崩さないんだね。そして飛翔、アンタもその軽さは相変わらずだよ。



「つーか早く帰れよ、お前」


「グンゼさんはひどいなぁ。一泊してけよ、なんていう寛大さはないんですか」


「あってたまるかクソガキ」



 私は大人気ないグンゼの頭を一発叩く。この年頃のお子様は繊細なんだからもっと丁寧に扱うもんだよ、無神経め。



「いいんだよキリオくん、グンゼなんか気にせず泊まってよ」


「は? おい馬鹿女、何を……」


「ありがとうございますレンさん。でも僕お風呂は一番風呂じゃないといけないって決まってるんです」


「あ? だから泊めねぇっつの」


「それに敷き布団じゃなくてベッドがないと」


「それなら飛翔の部屋で寝るといいよ」


「はァ? なに言っちゃってんだレンちゃんよォォ!」


「飛翔さんのベッド……か」


「テメェも嫌そうな顔すんなァ!」


「僕、アルさんの部屋なら使ってあげてもいいですよ」


「いやいや、何で俺の部屋? 貸さねえよ、絶対貸さねえからな」


「アル、いいじゃん一泊くらい。大人気ないよ」


「そうですよアルさん。僕の若さに嫉妬ですか」


「何で俺の方が悪者に……しかも意味わかんねえし」



 キリオくんが泊まることに大ブーイングのみなさん。私は楽しくていいと思うのに、心の狭い奴らだよ。

 少しも気にせず当然の如くあれやこれやと注文をつけるキリオくん。すごいよ美少年。こいつらを転がすなんて将来大物になれるよ。


「とりあえず、喉が渇いたんでオレンジジュース……」


「おい飛翔、今すぐカリブ本部に連絡しろ。このガキ迎えに来てもらえ」


「了解」








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