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きみの物語  作者: りいち
15/32

第15話:美しい少年


「海に行きたい」


「あるだろ、目の前に。暇なら行って来いよ」


「……」



 朝のバタバタした時間に言った私の提案は、見事に流された。暇なのは私ひとり。他のみんなはスーツに着替えたり髪の毛をセットしたり朝食を口に詰め込んだりと随分忙しそうだ。



「おい飛翔、俺のネクタイ知らねぇ?」


「知らねェ。ちゃんと探したのかよォ」


「あぁ……っておい!お前のケツが敷いてんじゃねぇかボケ!」


「あ、本当だ」



 朝から馬鹿だ、飛翔。



「いい加減にしろよミナミ!いつまで鏡の前占領してんだよ!」


「ちょっと待て、ここの、この前髪の部分がもうちょい……」


「なぁ、もう時間ないんだけど! お前いい加減にしろよ毎朝毎朝うぜーな!」


「落ち着け。ストレスにはとりあえず牛乳を飲め」



 相変わらずマイペースなミナミに珍しく癇癪を起こすアル。

 一方用意の早いグンゼと鬼大は一足先に黒いスーツをビシッと着こなし、準備万端で立っていた。



「あーあ、私は今日も留守番かー」


「レンさん……」



 鬼大が申し訳なさそうに眉を下げた。対象に冷たいグンゼはぶっきらぼうに言い放つ。



「ほっとけ、鬼大。俺達は忙しいんだ」



 だけど組織一優しい男鬼大は、放っておけないと思ったのか、あることを提案した。



「そうだ、レンさん。お暇ならお使いに行ってくれませんか?」


「お使い?」


 めんどくさい、そう思った。だけど間違いなく私はこの中の誰よりも暇だし、アジトに一人いるよりは気晴らしになるだろう。

 少し考えてから、「行く」と短く返事をする。

 鬼大はにこりと笑うと、小さなメモ用紙に買い物リストをずらずら並べた。何でも薬の名前らしい。カタカナばかりのその紙は、何かの呪文のように見えた。どれも貴重なものだと言う。



「これらは全部、『トレード島(貿易の島)』という所にあります。そこまで私たちが送って、帰りはちゃんと迎えに行くので待っていて下さい」


「貿易の島かぁ……」


「大丈夫です、大きな島ですしいろんなものが売ってあって楽しいと思いますよ」


「ふーん……」



 鬼大は笑ってそう言ったので信じることにした。私もこの世界に来てしまったからには、せっかくだからいろいろと見てみたいし、丁度いいや。

 そしてかなりの額が入った袋を渡された。ずしりと重いそれを腰のポケットにしまう。



「それじゃあ行きましょうか。送ります」


「ありがとう」



 他のみんなはとっくにアジトを出て、それぞれの仕事先へ向かっていた。私はバイク置き場まで行くと鬼大の後ろにまたがる。広い背中だ。



「少し飛ばしますよ」


「うんっ」


 水上バイクにもだいぶ慣れた。最初は恐くて恐くてたまらなかったのに、今じゃ手離しでも余裕で乗れる。今度は運転してみたいな、と密かに思った。



 1時間ほど海の上を走った頃、トレード島が見えてきた。単調な海の上を1時間も走るのはとてつもなく長い時間に感じた。だけど一度だけ、近くでイルカの大群がハネたのを見れた時は、びっくりして落ちそうになってしまったが、それ以上に感動した。イルカって、可愛い。



 私が下りたトレード島はかなり大きな島のようだ。見渡せば、山は見えず建物ばかりが並んでいる、いわば大都会。



「それじゃあ、夕方までには迎えに来ます」


「りょうかーい」



 そう言うと鬼大は仕事へと急いだ。海を走る彼の姿が見えなくなってから、私は町へ足を踏み入れる。

 正直、驚いた。港町とは比べものにならないくらい人も店も多い。島周辺には大小様々な船が止まっているし、まさに『貿易の島』。



「東京を思い出すなぁ……」



 東京も騒がしい街だった。まるで過去を懐かしむような言い方に、我ながら少し戸惑う。だけどすぐに考えないようにした。考えたって、帰れるわけではないのだ。

 とりあえず薬屋を探そう、とメモを片手に店を探す。歩いていると、すれ違う人と何度も肩がぶつかった。それ程人が多いのだ。

 大きな荷物を運ぶ貿易商から、普通の買い物袋をぶら下げる主婦、私のようにぶらぶらしている若者。とにかくいろんな人がこの街に集まっている。よく分からない大きな建物が立ち並び、いろんな形の店があり、お祭りのように騒がしい街だ。



「……どこ」



 人が多すぎて薬屋なんて見つけるどころじゃない。誰かに聞こうと思ったけどみんな歩くのが早すぎてうまく声をかけられない。くそ、このままじゃお使いもできないダメ女のレッテルを貼られることこの上なしだよ。




「あの、すみませんお嬢さん」



 人の多さに酔った私は、通りを外れて建物の角で一休みしている所だった。

 突然後ろから声をかけられ振り向くとサングラスをかけた背の高い男がいた。

 道でも聞かれるのかと不安に思いながら返事をすれば、ワンピース越しに当たる腰への鋭い感触。



「え……」



 ナイフだ。

 心臓がどくんと跳ねたあと、一瞬息が止まる。

 血の気が引く、とはまさにこの事。


 歩け、と男は私に向かって低い声で命令した。震えながら言われた通り歩き始める。通行人に助けを求めようにも、私の体でナイフは見えないし、叫びでもすればたちまち背中をグサリと刺されそうだ。


 ぴたりと後ろについたナイフが緩められることはない。自分を落ち着かせようと、深呼吸を何度かした。

 指示に従って角を何度か曲がれば、だんだんと人通りの少ない路地へ。ヤバい、本能的にそう思った。



「あんた、誰……?」


「教える義務はない」


 汚い路地に着くと、今度はナイフを持っていない方の男の左腕が私の首に回る。

゛そしてナイフを喉に当てられた途端、ひやりとした冷たい感覚に背筋が凍った。それと同時に、嫌な記憶が蘇る。



――そうだ。

こんな風に私も喉を刺して、あの男を殺したんだ。



 初めて殺してしまった男の顔が瞼の裏に現れ、目の前が揺れた。

 自分の身に死が迫っている今の状況と、記憶に残るあの男の死に顔が見事に被り、カタカタと全身が震える。



「悪いが――」


 なぜか、サングラスの男はそこで言葉を止めた。

 不思議に思い、顔だけ恐る恐る振り向けば、途端に寄りかかってくる重い身体。なになになに、何ですか。



「うわっ……」



 男の重たい身体は私の背中に寄りかかったあと、ずるりと滑り落ちた。気絶? いや、違う。



「……」



 死んでる。


 私はとっさにそう思い、目をそらした。さっきまで私を殺そうとしていた男は何がどうなったのか、突然息絶えていたのだ。

サングラスのおかげで目が見えないのが救いだ。だけどもう一度見る勇気はない。

 何で? 何で急に……

 自分が助かった事実よりも、この状況をどうしたらいいのか分からない。

 そんな私に、誰かが声をかけてきた。



「お怪我はないですか、お嬢さん」


 音もなく現れたのは1人の子供。私が路地裏へ来た時は確かに誰もいなかったのに。

 15歳くらいの子だろうか。まだあどけなさの残るその笑顔は中性的で、男なのか女なのか、はっきり分からなかった。

 彼、もしくは彼女は、平然とした様子で死体に近づくと、容赦なくそれを蹴飛ばす。男が死んでいること確認してから、また笑った。

 まさか、この子が?



「お怪我はありませんか」



 そしてもう一度同じことを聞く。その質問には応えず、「どうやったの」と質問で返した。



「針です」



 にこりと笑ってその子はそう言った。

 恐れながらも、男の死体をもう一度見るとなるほど。後頭部に数十本の長めの針が深く刺さっている。

 その普通じゃない光景に思わず う、と声を漏らしたものの、吐くまでには至らなかった。



「少し飛ばしただけですよ。僕のは百発百中なんです」



 彼は少年のようだ。

 なんて綺麗な少年だろう。雪のように真っ白な肌を際立たせるかのような黒髪。小振りな鼻と薄い唇に、猫のような瞳。下手すれば女の私なんかよりよっぽど綺麗。


 だけど何の躊躇もなく人を殺した少年を見て少なからず恐怖を覚えた。

 助けてくれたのは有り難いけど、と私は踵を返してその場を去ろうとする。すぐに少年の透き通った声が追いかけてきた。



「今日は一人なんですね、お嬢さん。いつもの一緒にいる殺し屋たちはどうしました?」



 その言葉を聞いてぴたりと足を止めた。

 何で私が殺し屋たちと一緒にいるって知って……?



「危ないですよ、一人で歩いていたら」


「あんた……」


「ねぇ、レンさん」




 何で名前……!



戸惑いを隠せず言葉を失った私を見て、少年は花のように笑った。










 何で私の名前知ってるの?

 思った言葉を口にするのが恐くて、私はただ美しい少年を目の前に突っ立っていることしかできなかった。

 相変わらず人通りのない路地裏で、静かに生ぬるい風が吹く。

 終始笑い顔の少年は動揺する私をじっと見つめたあと何事もなかったかのようにふいっと顔をそむけ、倒れている死体の頭から針を抜き取った。

 生々しいその光景に思わず目を背ければ、それに気付いた彼は真面目な顔で謝ってくる。抜き取ったあとの針についた赤黒い血をハンカチで丁寧に拭き取ると、腰に備えていた小さなポーチにしまう。



「何故僕が貴女の名前を知っているか、気になりますか?」


「……そりゃあ」


「知ってますよ。僕だけじゃなく、色んな人間が貴女をね」


「はぁ?」



 立ち話も何ですから、と少年は近くの喫茶店へ行こうと提案してきた。だけど私だって見知らぬ人殺しについて行く程馬鹿じゃない。

 首を横に振って「説明して」と強い口調で問いかけた。心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらい、うるさい。

 少年はゆっくりと口をひらく。



陽炎かげろうを知ってますよね」


「陽炎……?」


「貴女のいる殺し屋組織の名前ですよ」



 あの殺し屋たちに名前なんてものがあったことにまず驚いた。だって誰も教えてくれなかったし。まぁ私も聞かなかったけど。




「世の中には殺し屋組織というものは沢山あります。ですがその中でも陽炎はトップクラスの組織。なのに、構成員数は他の組織より格段に少ないから尚更有名なんです。注目も集まるし、その分敵も増える。知らないんですか?」


「いや、全然……」



 ……そんなすごかったのか、あいつら。



「そしてここ最近、陽炎のメンバーらしき人物達と一緒に女が一人港町を歩いているという目撃情報が多数入っていました。今、あの組織に女のメンバーはいないはず。ただ者じゃない、と。」


「……」


「陽炎を潰せばそれだけ評価が高くなる、そう考える組織は多い。だけど一筋縄じゃうまくいかないし、逆に潰されてしまう可能性だって十分にある。そこで陽炎に女がいるということで、貴女を捕まえ利用しようとしているんです」


「私を利用って、陽炎の情報を引き出すってこと……?」



 正解、少年はそう言って首を傾げた。


「それも死なない程度に貴女を拷問しながらね」



 全く……なんてことだよ。いつの間にか私とんでもないことになってたよ。



「僕はある人に陽炎のメンバー達が仕事の間、貴女の護衛をするよう頼まれました」


「ある人?」


「貴女たちのボスですよ」


「え、」



 ボスって、あの? いいとこあるじゃん、ボス。でも『貴女たち』っていうのが引っかかるよ。私別に殺し屋じゃないしね。あくまでただの居候だしね。そう言ったが笑って流された。くそ。






「さぁレンさん、行きましょうか」


「どこに?」


「この町、案内しますよ」



 同じくらいの背丈の少年はそう言って私の手を何の抵抗もなく握った。恐るべし美少年。そのさりげなさで何人の女の子をたぶらかしてきたんだ。お姉さんもういろんな意味でドキドキだよ。

 この突然の展開に戸惑っている私とは違い、迷うことなく汚い路地を抜ける少年の背中。実に頼もしい。



「君、名前は?」


「僕はキリオです」


「えーっと、キリオくん」


「はい」


「ちなみに君の職業は」


「殺し屋です」


「……」





 もうやだ……。









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