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きみの物語  作者: りいち
14/32

第14話:美女と野獣は成立しない



「大丈夫かな、あいつらで」


「大丈夫なわけがないだろう」


「……ですよね」



 影から見守るミナミ、鬼大、私の3人。グンゼ達は時折後ろをチラチラと振り向きながらもベンチの女の子の方へ歩いて行った。

 読書美人の目の前に立ち止まる3人。しかし誰も何も言い出せずにただ呆然と立ち尽くすこと数秒。さすがに女の子も気がついたのか、目の前の変な3人組を見上げると怯えたように肩をすくめた。



「な、なんですか」


「…………別に」



 おい、なんか言えよ誰か。別にじゃないよ。用あるよ。ナンパしろよ。このままじゃ、読書最中にチラチラ視界に入ってくるちょっと迷惑な人止まりだよ。

 女の子は次第に怯える様子もなく、不思議そうに3人を観察しはじめた。あの役立たず共。



「ちょっとミナミ、あの緊張して突っ立ってる奴らどうにかしてよ。殺気送って喝入れるとかさぁ」


「えー、殺気とか無理無理。殺し屋じゃあるまいし」


「殺し屋だよ、お前は」



 いつも物凄い殺気を込めて鬼大をいじめてるくせに何言ってんだよコイツも。仕方ないので適当に小石を拾って思いっきりぶん投げてやった。見事頭に命中したのは一番手前にいたアル。彼はすぐにこちらを振り向き、私と目が合う。



(さっさとやれよ。いい加減帰りたいんだよ)


(……)



 アルは意を決して女の子の方を見る。飛翔、グンゼとアイコンタクトをとったあと、やっと口を開いた。それに続いてグンゼと飛翔も腹をくくったのか便乗してきた。



「よーよー、ねーちゃん。可愛いじゃん」


「何やってんだよ、こんな所で」


「一発ヤらせろやコラァ」



 え、というような顔をして美人は顔をしかめる。手元の本をパタリと閉じて困ったように辺りを見渡した。残念ながら他に人はいない。



「ねぇ、ミナミ。あのセリフどう思う?」


「最低だ。2点だな」


「そうだね」



 棒読みの上にあのセリフ。大根役者共が。

 すると美人は逃げ出そうと立ち上がる。すかさず腕を掴む飛翔。離して下さい、と少し強気なセリフを言いながら振り払おうとするも飛翔の腕はぴくりともしない。



「どこ行くんだよ。いいことしようぜ」


「なっ……」



 卑猥なんだよ、さっきからお前のセリフ。てかあいつ本気じゃね?俺タイプじゃないとかほざいてた割には結構本気でナンパしてね?隣りの2人は呆れたようにぼけっとして突っ立っているにも関わらず、最近失恋した飛翔は意外とノリノリだ。



「これ以上待ってたらアイツ本気で危険なことしそうだよ」


「そうだな。よし、そろそろ行け」



 ミナミの合図に鬼大は「は、はい」と裏返った返事をし、公園へ飛び出した。ガッチガチに緊張している。できるのかな、本当に。

 チンピラ3人に取り囲まれている美人を前にして、鬼大は叫んだ。



「や、やめなさい!」


「……」



 ここでも敬語かよ。お母さんかよ。



 キョトンとする美人。助けにきてくれた鬼大を見ると少しだけ安堵の表情になった。



「嫌がってるでしょう、その手を離しなさい!」


「んだとコラァ」


「テメェ俺らに指図すんのかァ?あァ?」


「調子乗ってんじゃねぇぞ」



 鬼大相手だと物凄く演技上手いよ、コイツら。ていうか演技じゃないよね、これ半分本気だよね多分。

 鬼大も3人の迫力に一瞬怯む。しかし怯える美人を前にいつものように土下座するわけにはいかない。ずい、と一歩踏み出して近付いて行った。

 そして思い切って美人の腕を掴んでいる飛翔の顔を軽く殴る。これは台本通り。あ、でも飛翔ちょっとムカついてる。



「つ、強ぇ」


「ち……畜生、覚えてろよ!」


「え、えーっと……あ、あばよ!」



 だぁーっと走り去る3人。あばよ、はないよ。あばよ、は。ていうか全員棒読みだし。

 戻ってきた3人はひどく疲れた顔をしていた。芝居とは言え、いつもこき使っている鬼大に殴られた飛翔はかなりご立腹。



「後で殺す……」


「まぁまぁ、見てみようよ」


「あぁ、鬼大が振られる瞬間を見逃しては大変だぞ」



 わくわくしているミナミ。あとは鬼大次第だ。コッソリ見るといい感じに2人で話している。



「あの……この間も助けて下さいましたよね」


「は、はい」


「ありがとうございます」



 にこりと笑った彼女に鬼大ノックアウト。言え、言うんだ鬼大!



「あのっ、実はですね、あなたのことが……」


「え?」


「す、すすす」


「す?」


「好き……になりました!」



 美人は驚いた顔を見せた。そりゃそうだろう。少しの間鬼大を見上げる。



「そらフラれるぞ、今にフラれるぞ。フれ!さぁあの身の程知らずの馬鹿にビンタを食らわすんだ!」


「うるせーよミナミ」



 ミナミがいやに興奮している中、私たちは息を殺して2人に集中する。鬼大の心臓の音が聞こえてきそうだ。やべ、私まで緊張してるよ。

 そして美人は言った。



「私なんかで良ければ……」


「ほ、ほんとですか!」



 まじかよ!え、え、オッケー?まじ?あの美人が鬼大なんかに?

 驚いて言葉を失う私たち。一番ショックを受けているのはもちろん彼。



「なんということだ……」



 そう、ミナミである。100パーセント振られると思っていたんだろう。失恋した鬼大に罵声を浴びせる予定だったんだろう。この世の終わりとも言えるような表情で俯くそのオーラはどす黒い。鬼大の周りはピンク色だというのに。

 するとアルが納得したように何度か頷いて言った。



「まぁ鬼大は本当に性格いいからな。日頃の行いのおかげだろ。組織一優しい奴だもんな」


「俺は認めん!人間は見た目だ!顔に決まっている!」


「そしてお前は組織一性格悪いな、ミナミ」


「性格なんて後付けでどうにでもなるじゃないか!」


「お前のその性格は死んでも直らないと思うぞ」



 幸せそうに話す鬼大と彼女を見て一件落着といった感じで帰る準備をする一同。どうにもこうにも怒りの収まらないミナミは、帰ろうとする私の首根っこを掴んだ。いててて、指指、首に指食い込んでるから。

 なによ、と振り向けば、そこには悪魔の笑みを浮かべる男が。



「そういえばレン、俺の部屋に忍び込んだことあったよな」


「えっ」


「しかも高級洗顔まで勝手に使ったよな」


「う……」



 くそ、今更そんなことをネチネチと。執念深さまで組織一だよ。

 帰らねーのか、というグンゼの言葉を無視してミナミは私にあることを命令した。



「えー……嫌だよ。可哀想だし何より面倒だよ」


「そうか……そういえば最近新しくナイフを買ってな。切れ味を試し……」


「やりますよ、やればいいんだろ」



 はぁ、と深い溜め息を吐き、私はミナミの命令通り公園へ。仲良く話す2人に近づいた。

 先に気が付いたのは鬼大。私を見るその目までデレデレしている。あらあら、鼻の下伸ばしちゃって。しかしまぁ近くで見ると本当に美人だよ。まさに美女と野獣だね。

 鬼大が彼女を紹介しようとしたその前に、私は口を開いた。



「……誰」


「レンさん?」


「誰よ、その女。ブスね」


「えっ……」



 途端に凍りつく昼下がりの公園。女の子も鬼大も私の放った言葉を聞いてカチンコチンに固まっている。言っておくけど、全てミナミの考えた台詞です。決して私の意志じゃありません。私は所詮マリオネットです。



「どうもー、初めまして。鬼大の彼女でーす」


「レ、レンさん?!」



 顔が真っ青だ、鬼大。ごめんよ。今度お菓子奢るからね。

 信じられない、という風に彼女は鬼大を見た。付き合って数分で信用がた落ちの鬼大。慌てて否定するも効果なし。もう一度言う、ごめんよ鬼大。



「また浮気?ほんと困った男ね、あんた」


「ななな何を……レンさん……」


「ほら、その焦りがいい証拠だわ」


「いやいやいやいやいや。ないないないない」



 疑いの目を向ける彼女に涙目の鬼大。罪悪感が私の頭の中をぐるぐる回る中、第2の刺客がやってきた。その人物は私たち鬼大を見て、こう言った。



「……父ちゃん」


「……」



 そりゃ無理だよ……ミナミ。








 やれってか。私に母親役をやれってか。



「え、えーっと……お父さんって今……」



 彼女はミナミと鬼大を見比べてあたふたしている。当たり前だ、鬼大にも私にもこんなデカい子供がいるわけない。ていうか嫌だ。これはさすがに無理があるよ、ミナミくん……。

 しかしミナミは相変わらず「父ちゃん」を連呼している。しかも無表情で。こんな気味の悪い子供がいるか。



「ミ、ミナミさん!?何を言ってるんですか!」


「やだなぁ父ちゃん。そんな他人行儀に話さないでよ、ねぇ母さん」


「え、」



 私に振るなよ。無茶振りだよ。でもここで黙ってたら確実にあとで文句を言われるので取り敢えず話を合わせた。



「そ、そうよ鬼大!ミナミは私たちの可愛い子供じゃないっ」


「……」



 最早言葉を失って呆然とする鬼大。説明を求める彼女の声も届いていない。

 すると彼女は、今度は私たちの方を向いた。



「君が鬼大さんの子供って、本当に……?」


「あぁ。そうだが何か」


「でも、どう考えてもこんな大きな子供……」


「これでもまだ十歳だ。文句あるか」


「じ……じゅっさい?」



 そんなわけないだろ。最早何を言ってるから分からない。

 そんなことも気にせずにミナミは彼女に向かって言い放った。



「このダメ親父は遊び人の飲んだくれだ。今すぐ別れろ」

「そんなっ……」


「……」



 なんだこの設定。

 鬼大ももう諦めたのだろう。ミナミに「謝りなよ、父ちゃん」と命令され、彼女に頭を下げていた。どこまで言いなりなんだ、お前。これが何年間もマインドコントロールされてきた結果か。根っからの下僕だよ、可哀想に。



「鬼大さん……」


「すみませんでした……」




 こうして鬼大の恋は散っていった。








「満足満足」


「そうですか……」



 帰りの水上バイクの上。夕暮れの海はほんのりオレンジ色に染まっている。

 私はもちろん飛翔の後ろには乗らず、グンゼの後ろへ。本当は安全第一のアルの後ろが良かったんだけど、クソ飛翔が先に乗っていたのだ。

 もちろん帰りも鬼大の後ろにはミナミ。鬼大の背中がいつもより暗いのに比べ、ミナミは明るい。

 思わず溜め息をついた。いつも雑な扱いをしている鬼大だけど、さすがに今日のは悪いと思った。すると運転しているグンゼが笑い混じりで言う。



「まぁ、鬼大らしいっちゃ鬼大らしいけどな。いい暇つぶしになったし」


「でもなぁー……せっかくうまくいったのにやっぱり悪いよ」


「ふーん……」



 するとグンゼはブレーキをかけた。急に止まった機体は少し前のめりになる。

 少し前を走っていた2台もどうしたことかとブレーキをかけた。



「悪い、ちょっと忘れもんしたから先帰っといてくれよ」


「忘れもの?」


「ちょっとな」



 ハンドルを思いっきり切り、機体を揺らしてUターンする。突然のことに私もわけがわからずただグンゼの背中にしがみついているだけだった。

 みんなの姿が見えなくなった頃、どうしたの、と聞いた。



「たまにはいいことしねぇとな」


「え?」


「このままじゃ罪悪感感じたままになんだろ」


「もしかして……誤解ときに?」


「あぁ」


「でもどこにいるか分かんないよ。公園にはもういないだろうし」


「女の持ってた本に図書館の判が押してあった。この街に図書館はひとつだ。それに返却日は今日」


「何でそんなことまで分かるの?」


「この世界じゃ本は金と同じくらい貴重品だ。特に歴史に関しての本は一般には貸し出しされない。あの女が持ってたのはただの小説だがそれでも貸し出しはその日限りと決まってる。間違いなく図書館にはいるだろう」



 本が貴重品なんてやっぱり私の世界とは違うんだな、と久しぶりに感じた。理由はグンゼにも分からないらしい。分からないことだらけだと彼は笑った。



 そして街唯一の図書館へ行った私たち。小さい図書館だった。誇り臭くて薄暗い空間、それがこの世界の本に対する関心を表しているようだ。

 人はあまりいなかったので、グンゼの読み通りあの美人はすぐに見つかった。しかし、隣りには見知らぬ男がいる。2人は本を読むでもなく、楽しそうに談笑していた。

 顔の割れている私たちはコソコソと俯きながら彼女の後ろに座る。前の会話が耳に入ってきた。



「今日ナンパされてさぁ。そしたら来たよ、昨日の大男。相変わらず不細工だったけど」



 ん……?

 美人の口から出たとは到底思えないその台詞に、私とグンゼは同時に顔を見合わせた。すると美人の横にいるいかにも軟派な男が下品に笑う。



「本当かよ。お前のこと待ち伏せしてたんじゃねぇ」


「やめてよ気持ち悪い」



 美人は顔を歪めてそう笑った。ふぅ、と溜め息を吐き、頬杖をついて男を見る。



「告白されたのよね」


「はぁ!?……お前それで?」


「死ぬ程貢がせて捨ててやろうと思ったんだけど邪魔が入ってね。ま、いいけど」



 この女……。私は沸々と湧き上がる怒りを抑えるのに必死だった。グンゼを見ると、彼は至って無表情。帰るぞ、と短く言って席を立つ。慌ててそれを追った。



「ち、ちょっと。このまま帰るなんて悔しいよ。鬼大があんな風に言われてるんだよ」


「鬼大の見る目がなかったって事だろ。ミナミもたまにはいいことするな。本人は気付いてねぇけど」


「でも……」



 図書館を出る時、最後にもう一度美人の方を振り向いた。意地悪く笑う彼女は、もう美人には見えなかった。隣りの男も益々馬鹿っぽく見える。グンゼの方が100倍男前だし、鬼大の方がずっと優しいんだ。



(くたばれ)



 心の中で呟いて、図書館を出た。



「無駄足だったなぁ」



 呑気に欠伸なんてしながらグンゼは呟く。太陽は沈み、オレンジだった空はすっかり霞んだ暗い色になっていた。



「酒でも買って帰るか」


「酒?」


「あの馬鹿、慰めてやらねぇとな」



「……」



 そう言ってグンゼは歩いて行った。その背中を見て思う。普段冷たく見えて実はみんなのことを一番考えてるのはグンゼなのかもしれない。

 その証拠に彼は「この事は誰にも言うなよ」と鬼大を傷つけないように私に念を押した。



「何ぼさっとしてんだよ、早く行こうぜ」


「あ、うん」


「ったく、トロいぞブス」


「死ねよ」



 前言撤回。やっぱりムカつく。







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