第13話:ベッタベタ大作戦
居間で作戦会議が始まった。いかにしてその相手を鬼大に向けさせるか。
すると飛翔が頭をかきながら不機嫌そうに言った。
「だいたいなァ絡まれた女を助けて好きになるなんてベタすぎんだよ、ベッタベタなんだよ。綿菓子食べたあとの指よりベタベタだぞタコが。その上美人だと?どこのガキの妄想だコラァ。んなうまい話あるわけねェだろ気持ち悪ィなテメェはよォ。しかも何でそれが鬼大なんだよ。何で俺じゃねェんだよォ。俺にも出会いくれよォォォ!」
「落ち着いてよ飛翔くん。鬼大くん既にだいぶダメージ受けてるから。あと後半若干僻み入ってるから」
随分な言われようだ、鬼大。軽くへこんだ彼は「私なんて綿菓子以下ですよね」と意味不明なネガティブ発言をしていた。
そんな悩める鬼大を余所に、ミナミが飛翔に耳打ちをする。
「あまりキツい事を言うな。これで鬼大が諦めてしまったらどうするんだ」
「あ?それならそれでいいじゃねェか」
「馬鹿が。それじゃあフラれる様が見られなくなるだろう」
「……ほんと鬼畜だな、お前」
やっぱりね。幸か不幸か、2人の会話は鬼大の耳に届いていないようだ。早く気付いて鬼大。あんた今悪魔に心臓握られてるよ。
「私はどうすればいいんでしょう……」
「うーん……」
腕を組んだままじっと考えること数分。するとそれまで黙っていたグンゼが口を開いた。
「要するにその女に鬼大のいいとこ見せればいいんだろ」
「確かに。鬼大のいいところか……料理がうまい」
「家政婦の才能がある」
「何でも言うことをきく」
「存在がネタ」
「……」
ちょっと涙目の鬼大。
それにも関わらず容赦なく話を広げていく。もはや楽しんでいる。
「弁当作って持ってけばいいんじゃねぇの?」
「いや、いきなりキモイよ」
「『何でもします』って言ったら下僕くらいにはしてくれるんじゃねェ?」
「そんな歪んだ関係見たくないよ」
「いっそ一発芸でもすれば」
「確実スベるよ」
「本当に協力する気ありますか、あなた達」
ねぇよ。
「じゃあさ、いっそ誰かが不良役してその女の人に絡めばいいんじゃない?それでもう一回鬼大がそれを助けたら『え……運命じゃん、ウチら』的な展開にならない?もうよくない、それで」
「ぶっちゃけレン、めんどくさくなってるだろ」
「あぁ、うん。……で?」
「即答かよ」
だって何言っても鬼大ネガティブなんだもん。何かイラッイラするんだもん。ぶっちゃけ人の恋愛とかどうでもいいんだもん。むしろ私だって彼氏欲しいんだもん。
みんなもめんどくさいのか、言い出しっぺのミナミですら『それでいいんじゃね?』的な返事をして爪を研ぎ出した。
「……じゃあ誰か不良役したい人」
「ミナミでいいだろ」
「断る。キャラじゃない。飛翔やれ」
「何で俺なんだよ」
「顔がソレっぽい」
「……ドレ?」
取りあえず不良役一人決定。するとふいにグンゼと視線が合う。彼はやばいというようにすぐ目をそらした。逃げようったってそうはいかないよ。
「はい、グンゼも不良役ね」
「あぁ?寝言は寝て言え。殺すぞブス」
「あんた適役だよ」
着々と役が決まる中、玄関の方でドアの開く音がした。アルが仕事から帰ってきたのだろう、居間の扉がガラッと開いた。
「……何やってるんだ?」
居間の中央に集まってあれやこれやと話し合う私たちを見て顔をしかめた。
「あ、三人目の不良役が帰ってきたぞ」
「本当だ、不良役だ」
「ふ、不良役?」
四の五の言わせずアルも不良役に決定。これで役者は全て揃った。
アルに詳しく説明すると、仕事疲れも手伝ってか彼は心底イヤそうにうなだれたあと「寝たい……」と一言零す。鬼大は申し訳なさそうに頭を下げた。
アルも来て突然やる気満々になったミナミは立ち上がった。
「さぁ、早速練習だ。愚民共」
「誰が愚民だコラ」
「……ほんとに大丈夫ですか」
「大丈夫だってば」
2人乗りの水上バイク3台が海の上を爽快に走る。鬼大の後ろにミナミ、アルの後ろにグンゼ、そして飛翔の後ろに私。
基本めんどくさがりやの私達はろくに練習もせずにアジトを出た。勿論向かうは鬼大の意中の彼女がいる港町。ミナミがやけにウキウキしているのは気のせいじゃないはず。
「ちょっと飛翔、真っ直ぐ走ってよ」
前で運転する飛翔の背中にしがみつき、文句を垂れれば隣を走るアルが恐ろしいことを口にした。
「気を付けろよレン。飛翔無免許だから」
「はぁ!?」
「うっせェなァ。余計なこと言うなよ、アル」
チッと舌打ちするとハンドルを思いっきり切った。途端に傾く機体。あまりに乱暴な運転に私は思わず叫び声を上げた。飛翔はケラケラと下品に笑う。
「この野郎!ちゃんと運転しろよ!」
「びびってんのかァ、レンちゃんよォ」
「無免許が運転すんな!」
「堅いこと言うなよ。実技は完璧なんだからよォ」
自慢気に言ったあと、「筆記はクソだけど……」とポツリと零した。センスがあっても頭が馬鹿じゃどうしようもないね。残念。乙。
調子に乗った飛翔はスピードを更に上げ、蛇行運転で海を横断する。それに合わせて私の悲鳴も更に大きくなる。あっという間に他のメンバーが見えなくなった。
「ストップストップ!止まれっつってんだろ!チンピラァー!」
「……どっちが」
「無免許男ー!殺されるー!」
「大丈夫、まだ俺スイッチ入ってねェから」
「入ってたまるか」
帰りは絶対飛翔以外の後ろに乗ろうと決めた私だった。
港町についた私たちは水上バイクを止め、地面に足をつけた。飛翔のふざけた運転のせいで気持ち悪い。
「大丈夫か、レン」
「ありがと……」
うなだれる私の背中をさすりながらアルは言った。他のメンバーはポケットに手を突っ込んだまま、少し離れた所から声をかけてくるがどれも棒読み。心配してる風には見えない。なんて薄情なやつらだよ。
「大丈夫かァー」
「お前が言うな……」
飛翔をひと睨みし、背中を伸ばす。相変わらず元気のいい太陽が反射して、海がキラキラと光っているのがよく見えた。いい街だな。
こっちです、と緊張した面持ちで鬼大は歩き出した。そのあとを着いていく私たちだが、どうもこう暑くてはやる気も出ない。ダラダラとだらしない足取りで鬼大について行った。
「まだかよォー。その公園ってやつはァ」
「まだ5歩しか歩いてないんですけど」
「見ろよあの女すげぇ胸。あれにしろよ鬼大」
「それあんたの好みでしょ、グンゼさん」
「俺、腹減ったんだけど」
「昨日の夜冷蔵庫の中のものつまみ食いしてたの知ってるんですよ、アルさん」
「おい鬼大、俺の肌はデリケートなんだ。こう暑くては日焼けしてしまう」
「はいミナミさん、日傘です」
ミナミには逆らえない鬼大。どこに隠していたのか、真っ黒な日傘を素早くミナミの頭上へ広げた。長年の家政婦気質が祟ったね。殺し屋っていうか、わがままタレントのマネージャーだよ。
店が立ち並ぶ明るい通りを外れ、人気の少ない小道を歩く。古い石段を上ると公園があった。さほど広くもなく、遊具も何もない、ただ赤いベンチがいくつか置かれている。公園というより、広場だった。
青々と生い茂るそこには足を踏み入れず、近くの建物に身を隠す私たち。
「……いた」
鬼大が小さく呟いたその言葉を聞き逃さなかった。一斉に顔を覗かせるメンバー達の間に私も無理矢理入る。
おぉ、と思わず声を漏らした。公園のベンチに座ってひとり本を読む美人に目を奪われたのだ。赤縁のメガネをかけ、焦げ茶色の長い髪の毛を肩まで垂らし、鼻が高く清楚な感じの美人。晴れた日の午後に公園のベンチで本を読むって……どんだけ完璧だよ。
彼女を見ながら口々に意見を述べる一同。
「うん、なかなか可愛いな」
「そうでしょう!」
「悪いが、俺ァタイプじゃねェなァ」
「俺もだ。ああいう大人し目な女は付き合ったら絶対言いたいこと全部溜めるタイプだ。それで勝手に悩んで悩んで悩んだ挙げ句、後々から辛いとか言って泣き出すめんどくさいタイプだぜ。別れる時だって『ずっと我慢してきたのに』とか言いながら……」
「要するにグンゼはそういう女と昔付き合ったことがあるということだな」
グンゼの昔話を途中で区切り、ミナミはニヤリと口角を釣り上げた。それはそれは悪そうな顔で。
「よし、不良共。あの女の純情という名の膜を突き破ってこい」
「目的変わってますけど」
「放送ギリギリだよ、その発言」
とりあえず不良役3人を全体的に見回す。今日は仕事がないのでスーツではない。
「……」
だっらしないスウェットにパーカーを羽織ったアルは不良というより、女の家に転がり込んでいるヒモ男。黒のタンクトップにダボダボのズボンを履き、腕に入った入れ墨を惜しげもなく見せつけているグンゼはテキ屋の兄ちゃん。趣味の悪いアロハシャツにビーチサンダルというチンピラスタイルは飛翔。こんな統一性のない不良グループがあるか。
「……ほんとセンスないよ」
「うるせぇブス。俺たちは服なんてどうでもいいんだよ」
「普段はスーツだしな」
「はっ、まァいいじゃねェか」
本当にいいんだろうか。鬼大を見ると緊張しているのかずっと地面とにらめっこをしているし、ミナミには「何でもいいから早くしろ」と無責任に言い放たれた。
私は軽く溜め息をつき、もう一度3人を見る。まぁいいか。ある意味適役だよ。
「何で俺がこんなこと……」
「貴重な休みが……」
文句を言いながら3人は美人に近付いて行った。