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きみの物語  作者: りいち
12/32

第12話:恋の季節になりました



 朝、目が覚めると隣りに変態がいた。



「うわぁ!」



 寝ぼける暇もなく飛び起きる。あんまり驚いたので腰から思いっきり床へ落ちてしまった。



「痛い……」



 寝起きの上に無意味なこの痛み。イライラしながらベッドの上で気持ち良さそうに眠る飛翔から布団を剥ぎ取り懇親の力を込めてみぞおちを殴った。

 うっと鈍い声を漏らし、変態は目覚める。すかさず金色の髪の毛をがっつり掴み、どういうことか説明してみろと迫った。



「よう、レン」


「よう、じゃないよ。何で私の部屋で寝てるんだよ。いい加減にしろよ変態」


「あー。昨日夜中に目ェ覚めてよォ、寒くて死にそうだったからこの部屋来て寝たんだよ」


「何ひとつ頷けないよ。何でよりによって私の部屋なんだよ」


「あぁ?だって男と添い寝なんて気持ち悪いだろォ?」


「じゃあ自分の部屋帰りなよ」


「大丈夫だって。何もしてねェから、多分」


「多分て何だよ、多分て」



 「よく寝たわァ」と呑気に欠伸なんてしながら首を2、3度鳴らす。この脳天気男が。

 ふと昨夜のことを思い出して少し複雑になる。やっぱり飛翔は私と『ルイ』を間違えて抱きしめたことなんて、全く覚えていないようでいつもと何ら変わらない顔で「そんな怒るなよ」とヘラヘラしながら言った。



「怒るに決まってんだろ脳内ピンク色のド変態が」


「レンってSだよなァ」


「相手がアンタだから余計にね」



 私は確かにイライラしていた。だけどそれは飛翔が私の部屋に不法侵入してきたことに対してというよりも昨日のことに対してイラついているのが自分でも分かった。何でだろう、理由はよく分からない。でも平気な顔して目の前で笑う飛翔に、これ以上部屋にいてほしくなかったのだ。



「……もういいから出てってよ」



 これ以上怒鳴る気力もない私は、飛翔に背中を向けてベッドに浅く腰掛けた。

 少しの沈黙を見送り、飛翔が部屋を出て行ってくれるのをじっと待つ。じきに背後で動く気配がした。出て行くのかと思いきや「レン」と低い声で名前を呼ばれる。わざと下を向き、不機嫌な顔をして振り向くと、予想外に近くに寄ってきていた飛翔。



「……近いよ」


「レン」


「なに」



 すると飛翔は無言で私の頭に手を置いた。びっくりして目を合わせると瞳をじっとのぞき込まれ、再びそらしてしまった。

 何を言うかと思えば柔らかく笑う飛翔。意外な言葉を口にした。



「昨日は悪かったな、あんなことして」


「……え」


「昨日はあれでも結構参ってたからよォ。お前が行かないでくれて元気出たわ」


「そんなこと言って、すぐ寝てたじゃん」


「まァな」



 飛翔は覚えていたのだ。間違えたことも、抱きしめたことも。

 馬鹿っぽく笑いながら「ありがとな」と言う。別にいいよ、と素っ気なく答えた私だったけど、嬉しかった。



「ねぇ飛翔」


「あ?」


「ルイって、好きな人?」


「え、」



 当たり。確実に動揺している飛翔を見て自然と笑みが零れた。口では否定したものの、無意味に首をかいたり目を泳がせたりと分かりやすいことこの上ない。第一あんな切羽詰まった声聞いたら、誰だって分かる。



「ルイはそんなんじゃねェよ……あいつは俺たちにとって特別っていうか何ていうか」


「ふーん」


「まぁ、今更話すことじゃねェよ」



 私はそれ以上聞かなかった。聞いてはいけないことだって世の中にはあるのだ。……気になるけど。








「この未確認歩行物体が。恥を知れ」


「……すみません」



 飛翔と共に居間へ行くと、ミナミが土下座をしている鬼大の頭に足を乗せているというスリリングな光景を目にした。なに、なんのプレイ?朝からどんだけ気持ち悪いことしてんの、コイツら。 するとソファーに腰かけ脚を組んでいたグンゼが私を見て片手を挙げた。



「お、やっと起きたかブス」


「アンタも朝一でその挨拶かよ。しかも爽やかな笑顔だな、オイ。ていうかどうしたの?この状況」


「あぁ、こいつら?」



 聞けば朝食中、鬼大が手を滑らせ味噌汁をこぼし、それがミナミの服にダイレクトにかかってしまったらしいのだ。それだけで土下座って……脳みそレベルが6歳で止まってるよ。



「俺の服を汚すなど笑止千万。どうやら命がいらないらしい」



 言いながら銃を取り出すミナミ。グンゼも飛翔も誰も止めようとしないので慌てて間に入った。朝から死体なんて見せられたらたまったもんじゃないよ。トラウマだよ、引きこもるよ。



「ストーップ!落ち着きなよミナミ!」


「何だレン、邪魔をするな」


「味噌汁かかってもアンタは男前だから大丈夫だよ!」


「分かりきったことを言うな小娘。しかしここでこの馬鹿をちゃんと躾しないといつか飼い主に噛み付くようになるかもしれんだろ」


「もはや何の話をしてるんだよ。完璧犬扱いだよ」


「というわけで今から躾をする」


「だから待ってって!銃で躾する奴いないよ!普通に死ぬよね!」


「鬼大の体は頑丈だから連射しても死なん」


「どんだけ丈夫だよ。逆に引くよ。そんな人間いないよ」


「こいつの場合永遠の眠りにつくだけだから大丈夫だ」


「だから死んでるよそれ。普通だよ。みんなそうなるよ」



 カチャリと銃を構えるミナミの背中にローキックを食らわせ何とか止めた。命拾いした鬼大は何度も私にお礼を言う。

 機嫌を損ねたミナミは鬼大をひと睨みするとグンゼの隣りにドカッと腰をおろした。とりあえず平穏の訪れた居間。

 鬼大はミナミの機嫌を取る為に台所へ行き、「ケーキ食べますか」とお皿に乗ったショートケーキを持ってきた。しかし……



「あ、」



 何てことだろう。ミナミの目の前でカーペットに躓いた鬼大。持っていたケーキがミナミの顔面にヒットしたのは言うまでもない。この豚ゴリラ(鬼大のこと)が。せっかく私がミナミを止めてやったのに全部バーだよ。しかも顔面ケーキってコントかよ。ドリフかよ。ネタ古いよ。何年前にタイムスリップしてんだよ。



「……」


「あああ……すみませんミナミさん……」



 カラッカラに乾いた声で鬼大は呟く。顔が真っ青だ。

 一方ミナミは顔にかぶさったケーキを拭うわけでもなく、ただ無言で鬼大を見ていた。それが余計に恐ろしい。

 隣りに座っていたグンゼは呑気に「きたねーな」と顔を歪めた。

 ゆっくりと顔のケーキを指に取るミナミ。しばらくそれを見つめたあと、再び鬼大に向いた。

 「君いい加減にしないと僕もそろそろ限界なんだけど切れちゃってもいいかな」という意味の言葉を最上級に汚い言い方で言うとミナミは立ち上がった。



「死刑だ」



「ぎゃあああ!」










 鬼大がピクリとも動かなくなるのに五分もかからなかった。爽やかな朝に似合わずデンジャラスな光景。鬼大を全力でフルボッコにしたミナミは布巾でケーキを丁寧に拭い、満足したように紅茶を飲む。

 一方鬼大は居間の真ん中でうつぶせになって倒れていた。

 すると飛翔が歯磨きをしながら倒れた鬼大に近づく。



「おいミナミィ。このデカいのどうするよォ」


「太陽が爆発する時まで海に沈めておけ」



 やっぱり鬼だ、ミナミ。



「けどよォ、おかしくねぇか?鬼大がミス連発するなんてよォ」


「確かにそうだね」



 いつもうざいくらい几帳面で真面目な鬼大だ。そして組織一慎重な男だ。ミナミを怒らせればどれだけ怖いかも一番よく分かっている。そんな鬼大が二度もミスをするだろうか。



「そういや鬼大のやつ最近何やっても上の空って感じだったな」



 グンゼまでそう言った。うん、これは確実に何かあるよ。

 私は意識のない鬼大の胸ぐらを掴んで無理やり起こす。2、3度容赦ないビンタを繰り返すと目を開けた。その顔の弱々しいこと。



「あ……レンさん」


「ねぇ鬼大。何か悩みでもあるの?相談に乗るよ」


「胸ぐら掴まれたまま言われても……」



 鬼大は私の手を離れもぞもぞと座り直す。ミナミに殴られ腫れた顔が何とも痛々しい。首をうなだれてふぅ、と溜め息を吐いた。苦労人の表情だ。うーん……なんというか



「……原因ミナミじゃない?」


「馬鹿言うな小娘。俺を悪者にする気か」


「自業自得だよ」


「黙れ貧乳。俺の美しさに嫉妬して……」


「もういいよバカ」



 私は再び鬼大に向き直る。どうしたの?と言えば飛翔も私の後ろから「どうしたんだよ」と問いかけた。

 鬼大は少し困ったような顔をしたが、グンゼの「言え、殺すぞ」の一言で口を開いた。どういう相談の乗り方だよお前。



「あの、実はですね……」


「うんうん」


「この前港町へ買い出しに行った時、公園の前を通ったら……」


「なんだ、今度はどこの子供にカツアゲされたんだ」


「今度は、って何ですかミナミさん。そんなわけないでしょう」



 殺し屋が子供にカツアゲされてたまるか。

 溜め息をつき、気を取り直して再び説明を始める鬼大。みんな興味津々で鬼大を見つめる。



「いや実はですね、その公園で女の人が男三人にしつこく絡まれていたんで助けてあげたんですよ」


「偉いじゃん鬼大」


「やるな。俺なら確実無視してるぜ」



 うん、あんたはそうだろうね、グンゼ。



「助けたあとに女の人が笑顔でお礼言ってくれたんです。その人がまた美人で……」


「つまりそれって、恋?」


「……はい」



 その瞬間、ミナミが何か企むように腹黒く笑ったのを私は見逃さなかった。

 彼は鬼大の肩に手を置き、屈託のない爽やかな笑顔で言う。



「安心しろ鬼大、協力してやるぞ」


「ミナミさん……?」



 珍しく優しいミナミに驚く鬼大。しかしすぐに笑顔になり、それはもう心の底から

「ありがとうございます」と頭を下げた。

 喜ぶ鬼大に頷くミナミ。私たち三人は分かっていた。絶対ミナミの奴、邪魔する気だ。そうとしか考えられない。だってあのミナミだよ。優しいわけがないもの。

 バカな鬼大は気付いていない。可哀想に……と私たち三人はそっと俯いた。次のミナミの言葉を聞くまでは。



「任せておけ、俺たちに」


「……は?」



 『俺たち』?




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