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きみの物語  作者: りいち
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第11話:人違いの後の虚しさ


 花火のあと、アジトに戻ると消したはずの居間の灯りが窓から漏れていた。



「まさか……泥棒?」


「まじか」


「殺し屋組織に泥棒する馬鹿はいないだろう」



 ミナミは呆れながら堂々とドアを開けた。そして玄関に脱ぎ捨てられた靴をほら、と顎で指す。飛翔のものだった。

 居間へ行けば、上半身裸で首からタオルをかけた風呂上がりの飛翔がソファーでくつろいでいる。金色の濡れた髪はオールバックにされ、益々ホストっぽい。そして鍛え上げられた身体に少しどきりとした。違う、私は変態じゃない、落ち着け私。



「よー、帰ってたのか女ったらし」



 アルがニヤニヤしながら手を挙げれば、あっ! と飛翔はこちらを見る。



「どこ行ってたんだよ、俺をのけ者にして」



 拗ねたような顔した飛翔が眉間にシワを寄せる。

 花火してたんだ、と答えれば益々悔しそうな顔をした。どうやらここの住人はみんな花火が好きらしい。


 ミナミはシャワーを浴びに居間を出た。鬼大はまだ家事が残っているらしく、台所へ。グンゼは疲れたから、という理由で自室にこもってしまった。

 するとアルが冷蔵庫からビールを取り出してきた。ぷしゅ、と蓋を開けて一口飲んだあと、再び飛翔に向き直る。



「今日はどこの女と遊んでたんだよ」


「一番目の女んとこだ。前に会わせたことあるだろ、黒髪の」


「あぁ、覚えてるよ。いい女だよな。軽くて誰にでも股開いてそうで、お前にぴったりだよ」



 皮肉混じりのアルの言葉に首を傾げて唸る飛翔。「それがよォ」と、飛翔にしては少し深刻そうな面持ちで呟いた。

 私もなんとなく話を聞きながらテレビをつけた。ここの世界のテレビは殆どが砂嵐しか映らないけど、時々ニュースも映るらしい。

 テレビの音が響く中、飛翔の口から溜め息が漏れた。



「ヤッちまったんだよなァ」


「いつものことだろ」


「いやいや、殺っちゃったのよ」


「ヤッた?」


「違う。殺った」


「……殺した?」


「そうそう、それ」

 飛翔の軽い返事に対し、「はぁ!?」と声を荒げたのはアルでなく私。うるせーな、と心底めんどくさそうに耳を塞ぐ飛翔。



「だって……今殺したってアンタ……」



 もうテレビなんかそっちのけ。

 人が死んだという事実よりも、それを軽く受け止める飛翔にぞくりとした。だって、仮にも彼女でしょ?

 アルは缶ビール片手に重い溜め息を吐いた。



「……何でまた。一番気に入ってた女じゃないか」


「……まァな」


「何かあったのか?」



 暫く沈黙が流れた。言葉を濁すように唸ったあと、飛翔は溜め息混じりにこう応える。



「殺し屋だ、って初めてちゃんと言ったんだ」


「それで?」


「それでも初めは普通に受け入れて笑ってたんだけどよォ、その後女が入れてくれた飲み物に、毒が入ってた」



 飛翔はその時、すごく寂しそうな表情をした。それを見た瞬間、私まで泣きそうになってしまった。

 きっと飛翔は信じてたんだ。殺し屋の自分でも受け入れてくれるって。でも……



「俺を殺そうとしやがった。だから殺した。悪いか」


「……」


「3年も付き合った女だぜ。こいつなら他の奴みたいに軽蔑したりしないって思ったんだ。笑うだろ」



 自嘲気味に笑ったあと、すぐに無表情になる。

 やるよ、アルは短く言い、まだ一口しか飲んでいないビールを飛翔に渡した。受け取った飛翔は迷うことなくそれを一気に胃の中に収める。

 疲れているからなのか、元々そんなに強くないのか、飛翔の頬はすぐに赤くなった。そして静かに目を閉じ、ゆっくりと体を倒す。あっという間にソファーを占領した。目を閉じたまま、飛翔は蚊の鳴くような声で呟いた。



「ルイに会いてえなァ……」


「……」



 その名前を聞いた途端、私はなぜかどきりとした。

 横にいるアルを横目で盗み見すると、彼は複雑そうな顔をしたあと「馬鹿だな」と言う。そしてそのまま、黙って居間を出て行ってしまった。

 残された私はどうしようかと飛翔を見る。さすがにこの男も上半身裸で寝たら風邪を引いてしまうだろう。何かないかと見渡せば飛翔が脱ぎ捨てた上着があったので、それをかけてあげた。



「どーも……」



 腕で目を覆っているのでどんな表情をしているかは分からないけど、飛翔はそう言った。「おやすみ」と小さく言って戻ろうとした瞬間、いきなり腕を引っ張られ、バランスを崩して床に膝をついてしまう。

 混乱した私は思わず腕を振り払おうと力を入れた。だけどそれよりも強い力で押さえつけられ、そしてそのまま抱き締められる。



「ちょっと馬鹿、痛い……」


「ルイ」


「飛翔……?」


「行くなよ、ルイ」



 私は『ルイ』じゃない……。そう思ったけど、口に出して言えなかった。

 今だけでいいから、と哀願するような声を聞くと無理に振り払う力もなくなってしまった。

 飛翔の腕の中、自分の心臓がいやに大きく鳴っている。まだ濡れたままの彼の冷たい髪の毛が額に当たる。抵抗することをやめ、どうすることもできずにじっとしていると、次第に規則正しい寝息が聞こえてきた。何だこいつ、寝ぼけてたよ完全に。

 酔いのせいか眠気のせいか私を『ルイ』だと勘違いしている飛翔。一瞬でもどきりとした自分を恨んだ。馬鹿馬鹿しい、と思い直し何とか飛翔の腕から逃れる。アホ面下げて眠る彼はいつもと変わりなかった。



「おやすみ、飛翔」







 きっと、飛翔は殺し屋ということで今までにも沢山の差別や侮蔑の眼差しを受けてきたんだろう。そのたびに傷ついてきたに違いない。

 確かに殺し屋なんてやっていい仕事じゃない。ひどい仕事だよ。だけどいつか、アルが言ってた。



『飛翔だってそうだよ。仕事の時だけ人格を変えるのは、そうでもしないと人を殺せないからだ』



 その言葉を思い出し、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

 飛翔は何故殺し屋を選んだのか、他のみんなだってこの仕事を選んだのには理由があるはず。

 人格を変えてまでしなくちゃいけない仕事なのか、私には分からない。だって私は飛翔じゃない。アルでも、グンゼでもない。淋しいけど、自分じゃないことは分からない。多分、一生。



 そして何より、みんながいう『ルイ』とは誰なのか。みんなにとってその人は、どういう存在だったんだろう。さっきの飛翔の態度を見ると、ただ者ではない気がする。



「私、本当に何も知らないんだ……」



 それを寂しいと思ってしまう自分が、哀れで可哀相だった。







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