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シンキングターイム

 ギジョンたちと合流して、森の外に出る。

 もちろん、ユミ、ユムの件は話していない。話せば、ギジョンから小言を言われるのがわかりきっているから。

 

 

 森の外を出ると、すっかり日が暮れていた。森の中にいると、苔の不思議な光のせいで、日没の感覚がいまいち掴めない。

 ギジョンがエルフを刺激しないように、森から一定の距離を置いたところで野営をするようにと提案してきた。

 反対する理由もないので、彼の提案を受け入れた。



 たき火を囲み、部下たちが食事の用意を始める。

 俺も何か手伝うことはないかと申し出たが、ギジョンから「隊長なんだから、大人しく座ってて下さい」と言われてしまい、何もできなかった。

 それどころか、わざわざ俺専用のテントまで張ってもらって、申し訳なさが畳みかけてくる。

 そこらをうろちょろとしても、邪魔扱いされそうなので、素直にテントの中で待っていることにした。

 


 テントの中は意外に広く、俺が立って歩いても問題ないくらい天井が高い。

 奥には机と椅子まで置いてある。

 俺は椅子に腰を掛けて、今日の出来事の重要情報を、一つ一つ丁寧に頭の中で書き出していく。



 一つ、森を通り抜けるのは不可能。

 二つ、俺の想像以上のエルフの数。

 三つ、掟に縛られるエルフ。

 四つ、土産は受け取らなかったが、水の精霊への供え物を受け取った。

 五つ、古ぼけた農具と道具。僅かに混じる新しい道具と農具。

 六つ、畑の前で眉を顰めるエルフと家畜の数。

 七つ、肥料は畑へ優先的に回している。



「五つ目のヒントには、コーツ様が見せてくれたエルフの酒も交じるな」

「何か、お考えで?」

 ひとり言に言葉が返ってきた。

 テントの出入り口を見ると、ギジョンが食事を持って立っていた。



「あ、わざわざ、すんません」

「いえいえ、これぐらいのこと。で、何か策がおありでやんしょ。森ではエルフの目があって話せなかったでしょうが、ここでなら」

 ギジョンは野菜のスープらしきものと堅そうなパンを机に置きながら、俺を覗き込むように見た。

 おっさんからそんな風にみられるのは、かなりきっつい。


 

 俺はパンをぐりぐりと引っ張り引きちぎるとスープに浸す。こうでもしないと、パンが固すぎて食べられない。

 十分にスープを吸ったところで、パンを貪りながらギジョンに答えた。



「もぐ、策ってほどでもないけどね。ギジョン、一つ質問していいかな?」

「なんでやしょ?」

「エルフの集落に家畜がいたじゃん。あれって食用? もし食用なら、数少なくない?」

「エルフはあまり肉類を取らないと聞きやす。だからじゃないでやしょうか?」

「俺さぁ、あれって食用というより、たい肥用と思うんだよね。糞を肥料として利用してんの」

「ああ、なるほど。そう考えられないこともないでやすね」


 たい肥用の家畜。だから、数が少なくて済む。

 しかし、たい肥用としても家畜の数が足りていない様子。

 これらのことは、ユミとの会話から感じ取れた。


 

 畑に栄養を回している。

 つまり、花に栄養をやるほど肥料が存在しないのだ。

 畑を見て、顰め面をしていたエルフからも、そこは読み取れる。


 

 ならば、彼らのご機嫌を取るには肥料を用意してやればいい。

 では、肥料をどう用意するのか?

(糞から作っているみたいだけど、それだけじゃ足りないなら、もっと直接的な方法で作ればいい。肥料ってたしか、リン酸だっけか? あとは窒素と、なんだっけ? カ、カルシウム? くそ、わからん……どのみち成分がわかっても意味無いか)

 

 

 成分を知っていたとしても、結局のところ作り出し方まで分からない。俺の知識は、あらゆることに対して圧倒的に不足している。



「はぁ~、ネットがあればなぁ」

「ねっと? 何でやす、それ?」

「いや、なんでもない。あのさ、ギジョン。エルフの集落って、どうも肥料が足りてない様子なんだよね。なにか、大量に肥料を用意できる方法って知らない?」

「はっ? 用意も何も、アルトミナをたくさんあるでしょうよ」

「え? あ、そっか」

 アルトミナは穀倉地帯だった。つまり、肥料は腐るほどあるということだ。

 こんな当たり前の情報がすっぽり抜け落ちているところが、俺のダメなところ。



「旦那はもしかして、足りてない肥料を使い、森を通り抜ける交渉材料に?」

「まさか、その程度で森を通り抜けられたら、とっくの昔に誰かが交渉を成功させてるよ。それに、どう足掻いたって森を通り抜けるのは不可能だと思うし」

「じゃあ、一体どうするんでやすか? エルフたちに肥料を渡しても意味が無いんじゃ?」

「それはとっかかり。というか、アルトミナとエスケードの問題はもう解決してるし。元々、森なんか通り抜ける必要なんてなかったんだよ」

「はい? そいつぁ、どういうことで?」


 

 食事を途中で取りやめ、スープとパンを机の端に追いやると、周辺の地図を広げた。

 羽ペンを手に取り、アルトミナから線を引っ張る。エスケードからも線を引っ張る。

 そして、ある場所に丸を付けた。



「ね、万事解決……ってほどでもないか。でも、とりあえずエスケードは冬を越せる」

「た、たしかに。しかし、エルフがそんなことを認めやすかね?」

「だから、そのための肥料。あとは交渉次第。でも、ムアイなら乗ってくるだろ」

「どうして、そう言い切れるんでやすか?」

「だって彼は、俺から絹の織物を受け取ったからね。そんなわけで、ちょっと頼まれてくれる?」

「なんでやしょ?」

「急いでアルトミナに使いを送って。いちいち、戻ってくるのめんどくさいんで、向こうから必要な物を届けさせようや」

 


 俺は端に追いやったスープにパンをつけて、口に放り込みながら喋る。

 そんな食事風景の何が面白いのか、ふいとギジョンが笑い声を上げた。

「は、はは、ははは、たしかに面倒でやすね」

「ん? なんで笑ってんの?」

「いえ、不真面目なお方だと」

「え、悪口? 目の前でひどくね」

「そうじゃありやせん。こんなことをお考えになる方とは思えなくて」

「それ、褒めてる? まぁいいや。手配の方よろしくね」

「へいっ」

 小気味よい返事をして、ギジョンがテントから出ていく。

 


 俺は机の上にコーツ様に提出する報告書を置いて、今日の報告と、今後のエルフとの交易を含めた対応を考えつく限り、まとめていく。

 

 しかし、心の片隅に眠る何かが、ペンを途中で止めさせる。

「はぁ、俺がやろうとしていることって、最低だよな……こういうこと考える奴嫌いだったはずなのに……いや、仕事だし、しゃーないしゃーない」

 

 仕方ないと口にしたが、この仕事は別に無理に完遂する必要のないもの。

 元々は仕事をさぼるための口実に過ぎなかったはずなのに……。

 そこから目を背けて、仕事という言い訳を使い、俺は報告書へのペン入れを再開した。

 


 

 昨晩の内にギジョンの部下の一人が、荷馬車用の馬を使いアルトミナへ向かった。

 おかげさまで次の日の昼前には、アルトミナから物資が届き、俺は再びムアイと交渉に挑むことができた。


 これにより、今回の問題が、ひとまずの解決を迎えた……。

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