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エンシェントエルフ

 来た道を戻り、エルフたちに囲まれた広場を目指す。

 その途中で、ギジョンが集落でのやり取りについて尋ねてきた。


「本当に、このまま帰っちまってもいいんでやすかい?」

「あれ? 俺が余計なことしないように監視するのが役目なのに、そんなこと言っていいの?」

「そいつぁ、一体全体なんの話で?」

「とぼけなくてもいいよ。グレンさんの差し金だろ」

 


 この言葉にギジョンはゲヘゲヘと笑い声を上げるばかり。

 肯定する言葉は決して出さずに、こちらに悟らせる態度を取るだけ。

 したたかなおっさんだ。

 しかし、ただの監視役である彼が、このようなことを口にするということは、俺に対する評価が少し上がった、ということだろうか。

 


 ギジョンは下品な笑い声をピタリと止めると、改めて同じ質問をしてきた。

「で、いいんでやすか、帰っちまって? 何か、お考えがあったんでやんしょ? もしかしやしたら、森を通り抜ける策を思いついたんじゃ?」

「森を通り抜ける? ははは、無理無理。掟を守るのが生きがいみたいな人たちっぽいし」

「へ、そいじゃ、先程のあれは何のために?」

「ムアイがどこまで許容すんのかなと思って。それと、森を通り抜けることは、別に諦めていいんじゃないかな?」

「いや、駄目でしょうよっ」

「ギジョン、俺たちの目的忘れてるだろ?」


「覚えてやすよ。アルトミナとエスケードの交易を盗賊の連中が邪魔をするから、エルフの森を抜けて交易を再開しようって話でやしょ」

「ほら、目的忘れてる、っていうか間違ってる?」

「何を間違っているってんでやすかっ?」

「そう興奮しないでよ。森を出たら詳しく話すから。ここで話すと誰に聞かれているともわからないし」

 


 そういって、周囲を見渡す仕草を見せると、ギジョンも周りにエルフの気配がないか気を張った。

「誰も、いやせんよ」

「そうみたい……いや、あれは?」

「どうかしやした、旦那?」

「あの子、まだいるのか」


 

 俺は足を止めて、森の奥を見た。

 道から外れた先にある木の袂に、エンシェントエルフの子供がまだいる。幼いエルフはずっと屈んだままで、同じ場所から動いていない様子。


「悪いけど、ギジョン。先に行っててもらえる」

「へ、いいでやすが……もしや、あの子に森を通り抜ける手掛かりが?」

「うんにゃ、ただの好奇心」

「はぁ゛っ?」

 ダミ声の混じる返事。

 彼の耳触りの悪い声を聞いて、評価が逆戻りした気がするが……気のせいだ。



 

 俺はギジョンたちへ、先に広場である三叉路まで行っているように指示をして、森の奥の不思議なエルフの元へ向かう。

 ギジョンからは「妙なことしないで下さいよ」と不要な釘を刺された。

 それには、丁寧にテキトーな返事をしておいた。



 

 俺はエルフの子を驚かせないように、わざとらしく足音を立てながら近づく。

 しかし、すぐ後ろにまで来たというのに、こちらを振り向く気配はない。


 気付いていないわけではないだろうが、無視をされている? 

 どうにも、こちらから話しかけるしかなさそうだ。



「もしもし、ずっとここに居るけど、なにしてんの?」

 声を掛けると、幼いエルフは立ち上がり、俺の方を振り向いた。

 俺はその子を、いや、彼女を見て思わず息を呑んだ。


 森に溶け込むような長い緑色の髪。ピンと跳ねたまつ毛。

 瞳にも森の色が溶け込み、濃密な新緑を映し出す

 表情には色はなく、どこか希薄で、手を伸ばせばかき消えてしまいそうな儚げな雰囲気。


 だけど、指先が隠れてしまうくらいダボついた紺色のローブと、ウサギのたれ耳ような髪飾りが愛くるしさを表して、夢幻のような存在を微かに和らげる。


 彼女は一度パチリと瞬きを見せて、言葉を漏らした。


「あなたは、だれ?」

 

 彼女が発する言葉は、どんなエルフの声よりも心に響いた。

 里で見た窈窕たるエルフたち。しかし彼女の前では、彼らの美しさも凡庸な存在であるかのように映ってしまう。

 彼女の持つ美は、単純な美しさとは違う、厳かで気高く尊いもの……。



「は、初めまして、おれは佐藤良人と言います。えっと、こちらの長であるムアイさんに会いに来たんです」


 これほどの美しい女の子なんて見たことも話したこともないため、緊張のあまりに声が上擦った。

 それに元々、女性と話す機会など、仕事の必要最低限のこと以外ではほとんどない。だから、余計に緊張する。


 彼女は、スッと一歩前に出て、俺を見上げた。

 俺の顎先よりも背が低いのに、彼女の持つ神秘的な雰囲気に気圧されて、背中が後ろへと畏まった。

 彼女はちょこんと首を少し傾け、俺を観察する仕草を見せながら、耳に優しげな言葉を発する。



「わたしは、ユミ。あなたは、人間? でも、何か違う……不思議な存在」

「え?」

 

 ユミと名乗ったエルフの女の子は、独特な口調で、言葉の一節一節をゆっくりと丁寧に伝えてくる。

 彼女の言葉の中身に、俺は動揺を隠せなかった。

(この子……俺が別の世界の住人だと感じているのか?)

 見ただけで俺の正体に勘づいた彼女は、エンシェントエルフとかいう特別な存在なだけあって、ただ者じゃないようだ。


 

 俺は、自身の正体を別に隠す必要はないと考えている。だが、周りの人間に自分が違う世界の住人だと吹聴したことはなかった。

 何故かというと、証拠と呼べるものを一切所持していなかったためだ。どうせ、誰にも信じてもらえない……そう、思ったからだ。

 下手に口を回せば、狂人扱いされるだろうし。

 だから、俺が『コネグッド』とは違う世界『地球』からやってきたなどとは誰にも言ったことはない。

 これはシフォルト伯爵さえ知らぬこと。



 なのに俺は、ユミの前で、自身が何者であるのかを自然と口に出した。

「俺は、こことは違う世界から来たから……」

「そう……ごめんなさい。わたしは、力になれない」

 ユミは視線を少しだけ下へ移した。

 彼女が見せた小さな所作は、俺の心に奇妙な罪責感を湧き立たせる。



「え? あ、いや、勘違いしないで。俺は別に自分の世界に戻る相談をするために、エルフに会いに来たわけじゃないし」

「じゃあ、何をしに?」

「この森の通行許可を取りにね」

「でも、駄目だった」

「まぁね」

「彼らは、掟に縋ってるから」

「縋っている?」

「そう、縋っているの。エルフは人と違い、柔軟に物事を捉えられない。だから、掟という名の枠に、収まっているの」

「やっぱりか……」

 


 掟、掟とそこに拘っている感があったので、さほど驚きもしない話。だが、掟に縛られているという情報を確かな形で得られたのは運が良かった。

 あと一押し、何か情報があればこの件は何とかなりそうだ。

 

 無意識に口元が緩む。

 漏れ出た不覚の笑顔を、ユミから不思議な表現で指摘される。



「良くない顔」

「え?」

「あなたは、楽しんでいる……」

「楽しんでいる? 何を?」


 

 ユミはチラリと俺を見たかと思うと、フイッと後ろを向いて、再び同じ木の袂で屈んだ。

 先程の言葉が一体なんだったのか尋ねてみたい。でも、あの様子では、問いただすのは無理みたいだ。

 俺は、屈んでいる彼女の近くまで寄る。

 彼女の視線は下を向いている。何かを見ているのだろうか?



 横から覗き込むようにして、視線の先にあるものを見た。

 そこには何の変哲もない一本の草が生えているだけ。

 植物に詳しくない俺には、雑草にしか見えない。



「ユミ、これ何?」

「これは、万代(よろずよ)()。長い時間を掛けて、蕾をつけ、花を咲かせるの」

「花ねぇ。ただの草っぽいけど」

「栄養が、足りないから。だから、この子が、花を咲かせることはない」

 そう言葉を出すとユミは、両手を万代花にかざす。 

 両手はほのかな緑の光を燈して、光は花へと降り注いだ。



「それ、魔法? 何してるの?」

「栄養が、足りないから、この子に元気を分けてるの。でも、これじゃ維持するのが、精一杯」

「じゃあ、栄養をあげればいいじゃん」

「無理。この子には、たくさんの栄養が必要。でも、栄養は畑に使ってるから」

「畑? ああ、栄養。そっか、肥料のことになるのか。肥料、肥料? ほぉ、肥料ねぇ……」

 


 俺は意識せずに、顔の筋肉が緩み崩れていくのを感じた。

 何故ならば、今回の問題を解決する策の、最後の情報が埋まったからだ。

 それどころか、そこから先にあるものまで見えてきた。

 


「良くない顔」

「え?」

 ユミが俺の顔見ながら、再び同じ言葉を口にした。

 俺は慌てて、両手で顔を覆い隠す。そして、何度が揉みしだいで、ユミに顔を向けた。



「俺って、そんなに悪い顔してたか?」

「悪い顔じゃない。良くない顔」

「何が違うの、それ?」

「すぐに、気付く」

「気付くって、何を?」


「そこで何をしているっ!!」


 

 背後から突然、怒気の混ざる声が響く。驚き後ろを振り向くと、ユムが眉を釣り上げて立っていた。

(やっば、相当怒ってる)

 慌てて言い訳を口にする。

「えっと、何でしょうかね? 小さな女の子が道外れの森にいるから、気になって~」

 

 何とか言い訳を振り絞るが、ユムの表情は変わらない。

 せっかく、打開策を打ち出せそうなのに、ここでエルフを怒らせてしまっては元も子もない。

 とにかく怒りを収めてもらう方法を考えないと。

 


 俺があれこれと言い訳をひねり出そうとしていると、ユミが予想もしてなかった驚きの事実を口にした。

「お兄ちゃん、怒らないで」

「はぁ? お、お兄ちゃんっ!」

 声を裏返しながら、指先をユミとユムの間を何度も往復させる。



「え、じゃ、お兄ちゃんもエンシェントエルフなの?」

「お前にお兄ちゃん呼ばわり筋合いはないっ」

「いや、そんなつもりじゃ。で、エンシェントエルフ? なんか、雰囲気ちがうけど」

 緑の髪を持ち、儚げで今にも消え入りそうな雰囲気のユミとは対照的で、ユムは金髪長髪碧眼のザ・エルフ……ジ・エルフか? そこはどうでもいいか。

 とにかく、活力にも溢れていて、とても血のつながりがあるようには見えなかった。

 

 

 ユムは俺に鋭い視線を投げつけると、鼻を鳴らして疑問に答えた。

「フン、ユミは先祖がえりだ。種としての血が定まったハイエルフとは違い、エルフの中には極まれに、エンシェントエルフが誕生することがある」

「はぁ……」

 説明を受けたが、エルフの血筋など全く知らない俺には、いまいちピンとこない。



「ユミ」

 ユムはユミの傍に寄ると、目線を合わせるように少し屈んだ。

「何かされてないか?」

「何も。お花の話を、してただけだから」

「本当だな?」

「うん」


 

 兄弟の会話のやり取りを傍で耳にしながら、俺は思いました。

(事案扱い……世界は変われども、男の扱いは変わらないな、とほほ)

 このような不当な扱いを受けるのは、誠に遺憾であります。

 しかし、逆の立場なら、疑われるのは仕方ないと思う部分もあるので、納得せざるを得ません、と。


 

 ユムは妹に変わった様子がないことを確認すると、こちらを睨みつけ強い語気で言い放った。

「ここに居たことは見なかったことにしてやる。早く立ち去れっ」

「……はい」

 俺は小さく返事をすると、逃げるようにそそくさと立ち去った。



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