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ファーストコンタクト

 翌朝、俺は町の壁外で、エルフたちへの土産を荷馬車に乗せている人足たちの仕事を見守っていた。

 一応、肩書として商隊の隊長兼交渉役をいただいている。

 15の俺が年上の方々へ指示する立場にいるのは、かなり居心地が悪い。



(そうか、こんなことになるのか……)

 山積みの書類から解放されて、エルフに会える。

 そんなことばかり考えていたので、自分がどういった立場になるのかまで頭が回らなかった。

(ここに居る大人たちって、俺のことどう思ってるんだろ? 生意気なくそガキだ、とでも思ってんのかなぁ)

 

 

 経験もない年下が上司という立場に添えられたら、俺なら嫌で嫌で仕方ない。つまり、ここに居る人達も、同じ感情を抱いているはず。

(やめやめ、考えたらへこむ。今は楽しいことだけで考えよう)

 楽しいこと、つまりはエルフに会えるということ。



(エルフかぁ。綺麗なんだろうなぁ。声とかどんなだろ?)

 エルフのことを考えていると、沸々とワクワク感が高まってくる。昂揚感が押さえられず、無意識に奇妙な歌を口ずさんでしまった。

「エルフ、エルフ。それエルフっ。エルフエルフ、はいっ」

 ちゃんかちゃんかと小刻みに両手を振る。もちろん、前で積み荷を乗せている人足たちには聞こえないような小声で。


 

 しかし、本当に気を配るべきは背後だった。

「なんだか、楽しそうでやすね、旦那」

「へっ!?」

 

 

 背後から声を掛けられて、慌てて後ろを振り向く。

 そこには冴えない風体をした男が立っていた。

 年は30過ぎくらいだろうか。背は高くなく、俺より拳一つ分は低い。

 彼は少し前かがみの状態で、口元を緩ませながら笑顔を向けている。彼の態度はどこか卑屈で、こちらを伺っているような感じがする。


「誰?」

「どうも、この隊をまとめ役をさせてもらってやす、ギジョンといいやす」

 ギジョンと名乗った男は俺に向かって軽く会釈をした。

 俺も会釈を介しつつ、自己紹介をする。


「あ、どうも。俺は良人といいます。えっと、ギジョンさんですね」

「いやいやいや、ギジョンで結構でやすよ、ヨシトの旦那~」

 ギジョンはギョロリとした目を見せながら薄ら笑いを浮かべる。

「えっと、あの、ええわかりました」

 年上を呼び捨てするのは抵抗があったため、断りたかった。だが、彼の持つ独特な不気味さに押され、返事をするのが精一杯だった。

 


「あの、ギジョン……は、この商隊のまとめ役なんですか?」

「ええ、グレン様から旦那の手助けをするように言いつけられやした」

「グレンさんが」

 手助けといえば聞こえがいいが、おそらくはお目付け役だろう。俺に何か不備がないように。

 そして、スパイと疑っている俺の行動を監視するため……スパイは合っているので、そこは何も言えませんが……。


 

 俺は改めて、ギジョンを観察するように見た。

 胡散臭い雰囲気を醸す男だが、あの厳しいグレンさんに見込まれた人。かなりの実力を持った男なんだと思う。

 

 

 ギジョンは俺が無言で見ている間も、笑顔を絶やさない。

(怪しさの針が振り切れてるなぁ、このおっさん。ま、仕事は確かな人なんだろうし、こっちは何か後ろ暗いことをしようとしているわけじゃないから、いいか)



「それじゃ、ギジョン。今日はよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。では、積み荷の方を見てきやす」


 ギジョンは人足たちの傍に寄ると、テキパキと指示をしていく。そして、あっという間に出発の準備を整えた。

 やはり、できる男のようだ。



「終わりやした。いつでも、行けやすぜ、旦那」

「……ええ、じゃあ、行きましょうか」

 

 優秀かもしれないが、胡散臭すぎて何ともやりにくい相手。

 そんな近寄りがたい男を相棒に、エルフの森へと出発した。




 エルフの森へ続く道は、長い間放置されていたため、全く整備がされていない。そのせいで荷馬車がガタガタと激しく揺れて、ケツが痛い。

 


 荷馬車にはエルフへの土産物と、たっぷりと水の入った大きな甕が乗っていた。

 この水は俺たち専用の飲料水。命をつなぐもの。

 かつて、水泥棒が発端でエルフの逆鱗に触れてしまい、森を通り抜けることができなくなってしまった。

 そんな過ちを二度と犯さぬように、こうして自分達で水を用意しなければなかった。

 

 

 時折、大きく揺れる荷馬車。

 しかし、乗り心地に目を瞑れば、長閑に流れる時間は悪くない。

 周囲には草原が広がっていて、なかなかの見晴らし。

 書類に追い回される日々から解放され、何も考えず頭の中を空っぽにできる時間が、こんなにも素晴らしいとは思いもしなかった。

 ただ、ここ最近肌寒くなってきたので、遮蔽物のない道は風が真っ向からあたって、少しばかり寒いのが難点。


 

 肌を擦りながら、馬車の周りに視線を移す。

 道中、ずっと俺だけが荷馬車に乗りっぱなしで、ギジョンを含めた五人の部下が荷馬車を囲むように歩いている。

 これらの構図が、ひじょ~に申し訳ない感じにさせる。

 俺は罪悪感に押され、ギジョンに話しかけた。



「あの、俺も歩いた方が……」

「え、何を言ってんでやすか? 部隊を率いる隊長が」

「ええ、まぁ、そうなんだけどね」

「そんなことよりも、旦那はエルフのこと理解してるんでやすか?」

「ん、どういうこと?」


「出発前、エルフに会えるとはしゃいでいやしたでしょ」

「ごめん、それ忘れて、お願い」

「わかりやした、そのことは忘れやす。しかし、旦那はちょいとエルフに誤解があるようで。どんな連中だと思ってんでやすか?」

「そりゃ、美男美女で、耳が尖ってて、手先が器用で弓が得意。アホみたいに長生きで、何百年だか何千年だかを生きる。そして、プライドが高いかな?」

「概ね間違ってませんが、そこのプライドが高いが問題でやして」


「そんなに高いの?」

「ええ、それはもう。ですから、旦那。腹が立っても、何卒腹に収めてくださいな。他の連中にも強く伝えておりやすんで」

「そっか。俺が腹立つことないと思うけど、相手を怒らす可能性があるから気をつけとくよ」

「エルフを怒らすって、何をするつもりで?」

「別に何もしないよ。ただ、俺の態度って悪いらしいから」

「そうでやすか。とにかく、お気をつけください」

「は~い、わかったよ~」


 口調軽く、子どもっぽく返事をすると、ギジョンから表情が消えた。

 冗談のつもりでやったのだけど、残念ながら伝わっていないようだった。



 

 半日ほど荷馬車に揺られ、ようやくエルフの住む森とやらが視界に入ってきた。

 森の名前はクレムナイムド・クレイドクレイとやたら長い。

 そういうわけで、略されてクレイの森と言われているらしい。


 

 森の中に入ると、途端に周囲の雰囲気が一変した。

 ここまで続く道は、何の変哲もない草原の風景だったが、森は全く違う。

 揺蕩う空気からして違うのだ。

 

 清涼で澄み渡る空気。

 森を満たす清澄な空気は、木々に生い茂る、一枚一枚の葉から漏れ出す息吹そのもの。

 

 森の外は、冬の到来が知らせるような乾燥した肌寒い風が吹いていたが、森の内部は暖かく、潤いに満ちていた。

 苔むした木々が視界霞むまで広がり、碧色の景色が途絶えることなく続いている。

 ボキャブラリーの貧困な俺に、この美しき自然に満ちた森を例える言葉は一つしかなかった。



「屋久島っぽいな。行ったことないけど」

「旦那、やくしまってどこでやすか?」

「えっと、俺の住んでた場所にある、島の名前」

「そこにもエルフが?」

「いや、いないけど。いたら、面白いんだけどね」

「はぁ……」


 

 ギジョンと取りとめのない話をしていると、いつのまにか森の中央付近に着いていた。

 そこは大きく丸い広場で、隊を休めるのにうってつけの場所。

 円状の広場からは、三方へ道が延びている。

 一つは俺たちが来た道。もう一つは西へ。つまりエスケードへと続く道。

 そして、最後の一本、北側へ続く道。


「西の道はエスケードへ、か……ふむ」

「どうかしやしたか、旦那?」


「うん、ちょっとね。えっと、こっちの北側の道が、エルフの集落へ?」

「ええ、そうでやす」

「誰だ、お前たちは!? ここで何をしている?」


 

 俺たちが話しをしていると、最後の一本の道の奥から声が聞こえてきた。

 俺は驚いて、声の方へと振り向く。



「人間ども、ここが我らエルフの領域と知ってのことだろうな」

 

 透き通るような声を響かせ、光のように煌びやかな長い金髪を振るいながら、一人の男が集落へと続く道の真ん中に立っていた。

 

 肌は雪のように白く、碧眼の持ち主で耳は尖っている。

 彼の姿は物語でよくいるエルフの容姿そのもの。

 服装はさほど凝ったものではなく、簡素な仕立て。

 薄手の緑の服。腰には短剣を従え、弓を持つ姿は森の狩人といった感じだった。



「旦那、上を」

 ギジョンに言われて、上を見る。

 するとそこには、木々の上から弓に矢をつがえている数人のエルフの姿があった。


「いつの間に……」

「あまり、良い雰囲気じゃないでやすね」

「そうだね。にしても……」

 

 

 道に立っているエルフも、木の幹に立っているエルフもすべて男。彼らは皆、長耳金髪碧眼の白い肌で端正な顔立ちをしている。

 人間とは比べようのない美しさ。

(スッゲェな。個人的には白銀の髪とかが好みなんだけど、いないのかな? どちらにしろ期待が持てるからいいか)

 エルフの女性の美しさに期待を抱き、無意識にニヒッと薄ら笑いを浮かべてしまう。


 心に正直かつ純粋な素晴らしい笑顔に魅了されてしまったのか、道に立つエルフが声を尖らせる。


「おい、何を笑っている?」

「あ、ごめんごめん」

 俺は慌ただしく荷馬車から降りると、プライドが高いと噂されるエルフたちのご機嫌を取ろうと、すぐにお世辞を口にした。

「みなさん、カッコいいねぇ。いや、美しいってのが正解の表現かな」

「何を言っている人間?」

 渋い面を見せるエルフ。褒めたつもりが、余計に警戒心を持たせてしまったようだ。

 

 俺たちのやり取り目にして、ギジョンが慌てて前に飛び出した。

「ちょっと旦那は黙ってくれますか。あっしが話しをつけやすんで。すいやせん、エルフの旦那、じつは」


 

 俺の返事を待たず、ギジョンはエルフと会話を始めてしまった。

 何度かのやり取りで、エルフは嫌悪感を抱く表情を見せつつも、集落への向かうことを了承したようだ。

 道に立つエルフが、無言で木々に立つエルフへ手を振るう。

 すると、彼らは音も無く姿を隠していった。


 

 ギジョンが俺の傍に戻ってきて、状況を伝える。

「旦那。とりあえず、エルフの長どのと面会ができやす。くれぐれも失礼のないようにお願いしやすよ」

「え、ああ、気を付けるよ」

 ギジョンは俺の軽い返事に対して、笑顔絶やさず、眉間に少し皺を寄せる態度を見せた。



 

 エルフに案内されて、森の奥へと入っていく。

 道は一本道で迷いようがない。ただ、四方ともに、景色に変わり映えが無いので、道から外れると迷って飢え死には必至。

 だから、万が一のために、何か目印になるものがないかと森の中を見ていた。


 

 森をくまなく見ていると、奇妙なエルフが目に入った。

 奇妙だと感じたのは、先程までに出会ったエルフとは違い、髪が金色ではなくて、周囲の自然に溶け込むような、美しい緑の髪をしていたからだ。


 緑髪のエルフは道から外れた森の奥で、こちらに背を向けた状態で屈んでいる。

 身体が小さいため子どもだろうか? 性別はここからでは距離があるためわからない。


 

 俺は足を止めて、森の奥にいる不思議なエルフを見つめた。

「あの子は?」

「どうしやした、旦那」

「いや、向こうに木の袂で、子どものエルフっぽい子が屈んでいるから」

「あれは……おお、珍しいでやすね。エンシェントエルフでやすよ」

「エンシェントエルフ?」


「エルフやハイエルフの祖であるエルフでやすよ。あっしも詳しくは分かりやせんが、ほとんど生き残りはいないとかなんとか言われてやすね」

「エルフ、ハイエルフ言われても、種類の意味が分かんないんだけど、とにかく珍しいエルフなんだ……せっかくだし、拝んどくか」

 何やら、レアでめでたい感じがするので両手を合わせて、エンシェントエルフとやらを拝んだ。



「俺の周りがいつまでも平穏でありますように」

「旦那~、一体何をやって、」

「おいお前ら、そこで何をしている。族長に会いたくはないのかっ?」

 ギジョンの言葉が終わるよりも早く、案内役のエルフが声を荒げた。どうやら、不興を買ってしまったらしい。

 慌ててギジョンがエルフに頭を下げている。

「すいやせん。なんでもないです。さ、はやく行きやすよっ、旦那っ」


 ギジョンの声もまた、きついものになっている。

 そこから、これ以上手間を掛けさせるな、と言っているのが伝わってくる。


 俺は軽くギジョンとエルフに頭を下げると、口を結んで、集落に着くまで一言もしゃべらずに歩き続けた。


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