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仕事をさぼってエルフに会いに行こう

 書類の内容は、隣町のエスケードと交易が滞っているというもの。

 理由はアルトミナとエスケードを繋ぐ街道の途中にある森に、山賊が潜んでいて荷物を奪われるから……。


 

 俺は首を捻りながら質問をする。

「なんで、俺にこれを? 騎士団に任せる案件でしょ」

「騎士団を出せない」

「どうしてです?」

「現在、北方方面に軍を展開していて、クエイク家も北方に兵を拠出している。アルトミナを守る兵も最低限のものだからね。とてもじゃないが、森に潜む盗賊を討伐するなんて無理だ。人手が足らな過ぎる」

「北方に軍? なんで、南方国家であるオブリエン王国が北方に?」

 この疑問に、コーツ様とグレンさんが顔を見合わせる。

 何か、変な質問だったのだろうか?

 


 コーツ様が眉を顰めながら尋ねてきた。

「ヨシト、まさかと思うが、君は北方のシエロン国と戦争中なのは知らないのかい?」

「え? 初耳です。あんまり、世界情勢なんぞに興味ないんで」

「興味なくても普通は耳に入ると、いや、最近まで休戦中だったからか? とはいえ……少し、早まったかな?」

 コーツ様は頭を抱えて、如何にもがっがりとした態度を取る。

 


 事情が見えない俺にからしてみれば、今の態度はかなりイラつく。

「よくわかんないですけど、結局、俺に何の用ですか?」

 少しばかり、声色がきついものになる。すると、主に対してあるまじき態度だと、グレンさんに注意をされた。

「ヨシト、失礼ですよ」

「あ、すみません……」

「いや、いいよグレン。気分を害する態度を取ったのは私の方だ」

 コーツ様の言葉に、グレンさんは無言で会釈して少し後ろに下がった。



「さて、ヨシト。君に頼みとは、何とか交易を再開できる方法がないかと相談したかったんだ。君は機知に富むと聞いたからね」

「交易の再開ですか……」

 なるほど、機知に富むか……駆け落ち騒動で、養子という一手差したのは俺のアイデアだ。

 そういった事情をコーツ様は知っている。

 だから、今回も何か良いアイデアを振り絞ってくれるのではと考えたのか。だが、国が戦争していることも知らないお馬鹿だと知って失望した、と。

 


 だけど、こっちとしては、そんなことで失望されても困るってもんだ。

 こちとら、シフォルト伯爵のお茶くみの毎日で、外に触れる機会なんてほとんどなかったんでね。

 女中たちも、特にそのような話もなかったし、テレビもネットもない世界だと、ニュース触れる機会なんてあまりないし。

 ああ、不便な世界……。



 失ってみて初めて、いかに日本という社会が便利だったのか思い知らされる。

(日本か……みんな元気かなぁ)

 こんなことを考えるときは、ちょっとだけホームシックにかかってしまう。だけど、あまり深く郷愁に浸ると、憂鬱になってしまう。

 戻るための方法を探すなんて、俺にはできっこないのだから……。

 

 早々と郷愁に蓋をして、二人に気づかれないように振る舞う。

 そして、コーツ様の言葉に意識を戻した。

 


「そこでだ、ヨシト。盗賊を退治できる、何か良い考えを思いつかないかい?」

「いやいやいや、俺に盗賊退治なんて無理ですよ。戦争が終わるまで、交易を控えるとかできないんですか? もしくは傭兵を雇うとか?」

「交易を控えるなど有り得ない。穀倉地帯を抱えるアルトミナは問題なくても、エスケードが干上がってしまう。また、冬も近いため、備えも必要。休戦の可能性の方も今のところ低いし、傭兵もそちらにかかりきりだ。」



「それはまずいっすね~。と言ってもな~、盗賊退……ん~」

 腕っぷしに自信のない俺に、できることなどあるわけがない。

 しかし、途中で言葉を止めて今後のことを考える。

(ああ、ここで断ると、またあの大量の書類とにらめっこしなきゃならないのか……)

 山のような書類から解放されたい一心で、一応、状況を聞いてみることにした。



「あの、まず地図でも見せてもらえます。詳しい地形が知りたいし、そこから何か、いいアイデアも出るかもしれないし」

「ああ、グレン」

「はい」

 


 グレンさんは本棚に近づくと、引き出しから周辺の地図を取り出してきた。

 地図をコーツ様の机の上に広げると、ざっくりと説明をはじまる。

「東にあるのがアルトミナ。街道を進み森を経由して、先にあるのがエスケードです」

「ほうほう」

 


 地図を見下ろすと、東にあるアルトミナから北西方向へ湾曲した街道が延びていて、その途中にある森を通り、森から南西側に向かってエスケードという村の表記があった。

 湾曲した街道を見ながら、疑問が浮かぶ。

(なんで、迂回するように街道が?)

 


 地図を見直し、アルトミナとエスケードを直線距離で見てみた。そこには山や谷といった道を隔てるような表記はない。

 あるのは、盗賊団が根城とする森よりも何倍も大きい森あるだけ。



「あの、この森を通り抜ければいいんじゃないんですか? しかも、この森だと街道を通るよりも、遥かにエスケードに近いし」

 コーツ様が首を横に振りながら、言葉を返してきた。

「できればいいんだけど、それは無理だ」

「どうして?」

「そこはエルフの森だからだよ」

「エルフっ!?」

 コーツ様から飛び出した『エルフ』の単語に俺は、室内で反響するほどの声を上げた。



 突然の大声に、身体をびくっと跳ねあげ、驚いた様子をコーツ様が見せる。

「な、なんだい、どうしたんだ、いきなり?」

「エルフって、あのエルフ?」

「あのエルフが、どのエルフを差しているか分からないけど、森に棲む民のエルフだが」

「マジかっ、エルフがいるのか!?」

「ヨシト、何をそんなに……ああ、そうか、君は港町グランチェから来たんだっけ。あの周辺にはエルフがいないから珍しんだね」

「え? ええ、そうですっ。エルフなんて物語でしか知りませんので」

「そうかい。しかし、そんなに興奮するようなことかな?」

「いや、しますよっ。美女だらけのエルフでしょっ。一度は生で会ってみたいもんですよ」

「ふふ、美男に言及しないところが、ヨシトらしさを表してるね」


 

 何だろう? 少し馬鹿にされているような気もするが……今はどうでもいいかっ。

 そんなことよりもエルフだ!

 想像上の存在に会えるかもしない。

 そう考えた時点で、俺の中で答えが出ていた。



「あの、エルフの森を通り抜ければいいと思いますっ。なんなら、俺が商隊引きたいですっ」

「だから、それはできないと」

「何故ですかっ」

「随分と気負っているけど、どうしたんだい?」

「そんなことはどうでもいいでしょう。大事なのはエルフの話ですっ」

「あ、ああ、そうだね。少し長くなるが、始まりはクエイク家の三代前当主、ノイゼン様にまで話が遡る……」


 コーツ様からエルフの森を抜けられない経緯を聞いていく。

 本当に長いので、要所だけをまとめて整理する。



 昔はエルフの森を通って、アルトミナとエスケードは交易をしていた。

 しかし、ある日のこと、商隊の一人がエルフの森の水を無断で飲んでしまった。

 水泥棒に怒ったエルフは、今後、森を通り抜けることを禁止した。

 

 エルフの意向を無視して、力づくでの通行は不可能。

 エルフは手強く、生半可な戦力では敵わない。



 話を聞き終わり、早速いくつか浮かんだ疑問をぶつける。

「その後、全く交流はないんですか?」

「いや、たまにエルフの集落に旅商人が入っている。旅商人から必要最低限の物を購入しているらしい。取引は物々交換。エルフが取引の材料として使うのが、これだ」



 コーツ様は席を立つと、酒類が収まるガラス棚へと近づき、一本の酒を取り出してきた。

 酒の色は水のように澄んでいて、細見のガラスの瓶に収まっていた。

「商人は生活必需品を、エルフは酒を対価として払う」

 そう言いながら、瓶の頭にあるコルク開けてガラスのコップに酒を注ぎ込む。

「ヨシト、味わってみるかい?」

「え、いや、酒はちょっと……」

「そうかい、残念だ。素晴らしい逸品なのだけど」

 コーツ様は酒をクイッとあおった。そして、酒の味をじっくりと堪能している。

 


 彼は俺より2歳年上。つまり、17歳。

 地球なら未成年なので酒は禁止されているが、コネグッドでは15歳から大人扱いなので問題がない。

 問題がないので俺も年齢的には飲めるのだが、見えない道徳観が邪魔をする。

 もっとも、酒があまりうまいと思えないので、どうでもいいが。

 

 酒の話や道徳観は置いといて、エルフと全く交流がないというわけではないと知っただけでも収穫だ。

 何が収穫かというと、仕事をさぼる口実とエルフに会えるチャンスができたからだ。



「あの、エルフと会ってはいけないわけじゃないんですよね?」

「ああ、そうだけど」

「だったら、森を通過できるように頼んできましょうか?」

「できるのかい? 彼らは非常に頑固で、今まで多くの人間が交渉を失敗してるんだよ」

「わかりません。でも、ほら、何事もやってみないことには、ね」


「ヨシト、君はエルフに会いたいだけじゃ……」

「何をおっしゃいますっ。私はエスケードの民の困窮を見過ごせないだけですよっ。それに何よりもコーツ様のお役に立ちたいだけでっ」

「ほう、では、私の目を真っ直ぐ見て、もう一度同じ言葉を口にして見てごらん」


 

 コーツ様は心を覗き込むような目を見せる。俺は負けじとコーツ様の瞳を覗き返した、が。

「ほ、ほら、俺の嘘偽りのない気持ち、伝わるでしょ?」

「目が泳いでるよ……まぁいい。どのみち、今のところ打つ手はない。君に任せてみよう」

「よっしゃあ!」

 俺は思わず、拳を握り締めてガッツポーズを取ってしまった。

 どうしようもないくらい露骨な態度に、コーツ様とグレンさんが冷ややかな目を見せる。

 慌てて、襟を正して取り繕う。



「あ……お、お任せください。必ずや、ご期待に添えてみにゃ、みましょう」

「はぁ……期待してるよ」

 十中八九期待していない声をいただく。

 しかし俺にとって、コーツ様から期待されようがされまいが、どうでもいいこと。

 書類整理から解放されて、エルフに会えるという口実ができただけで十分だった。



「では、今から準備にかかりますので。明日の朝いちばんにエルフに会いに行ってきます」

「失礼のないようにね。さてと、私は先にこっちの方を決めてしまわないと。はぁ」

 コーツ様は書類を手にして、溜め息をつく。

 それはそれは、とても面倒臭そうな様子。

 他にもややこしいい問題を抱えているのだろうか?



「他にも厄介事ですか?」

「いや、大した問題じゃない。北方で頑張っている方々に付け届けをね」

「なんです、付け届けって?」

「兵の拠出とは別に、何か品物を送っておかないと、あとでいろいろ言われるんだよ」

「うわ~、めんどくさそう」

「まぁね。さて、何を送ったもんか。何か、良い物ないかな?」

「さぁ、俺に言われても」

 


 コーツ様は戦場で活躍する兵隊たちのために、どんな慰安の品を送ろうかと頭を悩ます。

 しかし、戦場のことなど俺とは無関係の話。

 俺はさっさと頭を下げて退出をしようとしたが、その際、エルフ酒が目に入った。


「コーツ様。北方って寒いんですよね? 南方であるこっちが肌寒くなってきたから、向こうは相当でしょう。毛布や酒類でいいんじゃないんですか?」

「なるほど、無難でいいな」

「では、俺は大事な仕事が待っているので、失礼しま~す」

 俺は声色に押し殺せぬワクワク感を乗せて、執務室から出ていった。


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