いつか……
二日前――ザドムの町
俺は時津亭にて、半分やけっぱちでギジョンやギュン&ボルグに金貨をばら撒いていた。
「ギュンとボルグ。ご苦労さん。これ特別手当ね」
「え、ありがとうございます」
「うわ、兄ちゃん。金貨20枚もあるよ」
「おお~マジだ。ヨシト様、ちょっと俺たち出かけてもいいですか?」
「いいけど、無駄遣いすんなよ。あっ、あとお前らの今後だけど、ギジョンの隊に入れてもらうことにした。給料はコーツ様が出すって。よかったね、まともな職につけて」
「ありがとうございます。もう、盗賊なんて馬鹿な真似はしませんから」
「これはもう~、お祝いだね、兄ちゃん!」
盗賊兄弟は大金片手に、時津亭から飛び出していった。
あの調子だとあっという間に使い切ってしまうだろう。
カウンター席の内側に立つ、ゲラガさんにも謝礼として金貨の入った大きめの麻袋を渡す。
「手を貸していただいた謝礼です。よっこいっしょっと。はい、どうぞ」
「おいおい、金貨300枚はあるじゃねぇか。いいのか、こんなによ?」
「いえ、十分すぎるぐらい世話になりましたし。今後のザドムのことを考えると、金はいくらあっても困らないでしょう。ですから、遠慮なく受け取ってください」
狂乱の一夜――あの晩以降、二人いたザドムの顔役はゲラガさんだけになってしまった。
ゲラガさんはショピンの残党の動向を睨みつつ、ザドムの町の混乱を治めていかなければならない。
そのためには金が必要。
ゲラガさんはこくりと頷いて、謝礼を受け取った。
「そういや、小僧。クエイク家の連中がどんな扱いを受けるのか、何か知ってるか?」
「ええ、コーツ様から聞きました。結果的に言えば、シフォルト様の一人勝ちです」
「だろうな、あの方なら……」
「何か、思い当たることでも?」
「いや、先に詳しく聞かせてくれ」
「ええ。モールは失脚。後釜にディルが据え付けるみたいです。ディルがクエイク家の新当主というわけです」
「ディルの裏で糸を引くのはシフォルト様、というわけか……」
「帳面に載っていた貴族や富豪たちも、シフォルト様に弱みを握られ言いなりでしょう。あの人はクエイク家の利権を奪い、王国で確固たる地位を築いたってわけです」
「そうか……」
「正直、人身売買に関わっていた連中がお咎めなしってのは、かなりムカつきますが……さすがのシフォルト様でも難しいのかな?」
「いや、関わった連中は何らかの罰は受けているはずだ。シフォルト様は甘いお方じゃない」
「どうして、そう思うんですか?」
俺の言葉に、ゲラガさんは神妙な面持ちを交え顎髭を撫でると、僅かな間をおいて問いに答えた。
「……ショピンの話は聞いてるか?」
「いえ。そういえば、シフォルト伯爵がショピンのことが知りたければ、ゲラガさんに聞けって言ってたけど……」
「恐ろしい人だな。あのお方は……」
「何があったんです?」
「ショピンは昨晩、町の近くの雑木林で死体で見つかった」
「え!? まさか、シフォルト伯爵が?」
「いや、ちがうだろう。身体全身、滅多刺し。ショピンに恨みを持っていた連中の犯行だろうな。ただ……」
「ただ、なんです?」
ゲラガさんは言葉を溜めると、何かを思い出したのか、腕に鳥肌を立てる。
彼ほどの侠気を持つ者が、鳥肌を浮かべるなんて……。
「寝ずの番をしていた俺に、シフォルト様はこうおっしゃった。『ショピンは十分に生きた』、と」
「それって……」
「シフォルト様は、直接手を下してはいない。しかし、ショピンに惨たらしい黄泉の旅路を用意したのは…………小僧、気をつけろ」
「な、何をですか?」
「俺は今まで、どんな恐怖にも屈してこなかった。どんな痛みにも耐えてきた。だが、あの方の瞳には屈してしまった。ショピンの名を口にしたシフォルト様の瞳には……」
シフォルト伯爵の瞳を思い出したのか、ゲラガさんは身体を震わせる。
恐怖に屈した恥よりも怯えが上回った。
だから彼は、怯えを素直に表す。
「ヨシト。絶対にシフォルト伯爵を敵に回すのだけはやめておけよ」
「ええ、わかりました……と、言いたいけど、もうすでにぶん殴ろうとしたしなぁ」
「はぁあああぁぁぁ!?」
キーンッと、鼓膜を震えさせる大声が時津亭に響き渡る。
客たちが驚いてこちらに目を向けるが、俺の隣に座っているギジョンがなんでもないっと手を振って誤魔化す。
「小僧、バカじゃねえのかっ? どうしたらそんなことに?」
「まぁ、色々あって。あのおっさんにムカついたんで」
「信じられねぇなぁ、全く」
「でも、殴れなかったし。すっごい怖い目で見るから」
「そうか、お前も見たのか。だったら、もう、」
「だから、次は万全を期して殴ってやろうと思ってます!」
「なにっ!?」
グッと拳を握りしめて、ゲラガさんに向ける。
やる気満々の俺の姿を見て、ゲラガさんは肺の奥底から全ての息を吐き出し、憐れむような、度し難い馬鹿を見るような目を返す。
だけど、口元は少しだけ笑っていた。
ここまで、俺たちのやり取りを黙って見ていたギジョンが、不意に笑い声を上げる。
「へっへっへ、ゲラガの旦那。これがサトウヨシトでありやすよ。恐怖の魔物を相手に、無謀の木槍を手にして突っ込んでいく」
「……ふ、ふふ、が~っはっは、バカな男だ。いつか死ぬぞ、小僧」
「そうならないように気を付けてますよっ」
俺だって馬鹿じゃない。本当の無茶をする気はない。しっかりと恐怖への距離感は心得ているつもりだ。
しかし、俺の言葉を聞いた二人は、仲良く笑い声を交わす。
「がははは、なんてバカなんだ、小僧は。若さだけでは片付けられねぇなっ」
「へへへ。全っ然、気を付けているようには見えやせんよ…………少し、いいですか、旦那っ」
ギジョンは俺へ強い視線を向けると、顔をだたして、珍しく真剣な表情を見せる。
「旦那。あなたは恐怖に対して、不感が過ぎる。おそらくそれは、あなたが恐怖に対抗できるだけの才をお持ちだからだ。ですが、このままでは何れ、命を失います。僅かで構いません。慎重という言葉を心の片隅に置いていて下さい」
いつもの、調子の良い口調とはほど遠い、重き言葉。
いつになく真面目な彼の言葉を両手で受け取り、胸に抱く。
「わかった。忠告ありがとう、ギジョン」
「へへへ、ちょいと真面目すぎやしたかねぇ」
ギジョンは口調を戻して、照れくさそうに頭をポリポリと掻く。
おっさんの照れ顔を見ていても仕方ないので、俺は席を立ち、ゲラガさんに声を掛けた。
「では、俺たちは帰ります。ギュンとボルグにはコーツ邸の裏口を尋ねるように伝言をお願いできますか?」
「ああ、構わないぜ」
「ありがとうございます。ほら、行くよギジョン」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、お待ちを旦那。何かお忘れじゃありやせんか?」
ギジョンは両手を揃えて、俺に向かいチョイチョイと動かしている。
「特別手当欲しいの?」
「当たり前でやしょ! ギュンとボルグが貰えて、なんであっしに無しなんてあんまりでやしょうっ」
「わかってるよ。別に忘れてたわけじゃないし、あとで渡そうと思ってたんだけど……」
「あともいまも同じでやしょう。さぁ、さぁ、さぁ」
「ゲラガさんに手渡す分で手一杯だったから持ってきてないよ。代わりにほら」
メモを取り出して、そこに文字を記入して、ギジョンに渡す。
「何でやすか、これ?」
「書いてある文字を読む」
「へぇ……って、だ、だだ、旦那!? 本気でやすか!?」
ギジョンの驚き具合は、ゲラガさんの興味を惹いたようでメモを覗き見る。
「ほほぉ、随分と太っ腹だな。金貨500枚とは」
金貨500枚――何もしなくても二十年は余裕で暮らせる大金。
ギジョンは突拍子もない額に驚いて、椅子から半ば転げ落ちている
「ほ、本当に、貰ってもいいんでやすよね? あとでメモに書いただけとか言いやせんよね!?」
「言わない言わない。アルトミナに戻ったら、渡すから。どうぞどうぞ、受け取ってよ」
投げやりに手を振りながら、金貨500枚という大金を渡す約束をする。その態度に不審に抱いたのか、ギジョンは首を傾げる。
「旦那、何かあったんでやすか? ギュンやボルグに金を渡してた時もそんな感じでやしたし」
「ああ、それね~。ホントはさぁ。おれ、金貨五千枚ゲットでこの国から出ていこうと思ってたんだよ」
「はっ? なんでまた?」
「なんやかんやで有名じゃん、俺って。このままこの国に居たら、余計なトラブルに巻き込まれそうなんだもん」
「お気持ちはわかりやすが……それではヒガキはどうするおつもりだったんでやすか?」
「それだよ、まさにその件。金に余裕があるから、桧垣さんが自立できるくらいまで手助けする用意はあった。だけど……だけどぉ~、コーツのア・ホ・が~!!」
カウンター席のテーブルに爪を立てて、悔し紛れに引っ掻いていく。
不快な引っ掻き音が鳴り響き、店にいる連中が耳を押さえ悲鳴を上げる中で、俺はコーツとのやり取りを話していく。
――コーツ邸(過去)
狂乱の一夜が明け、俺は桧垣さんともにコーツ邸へ戻る。
ゲットした金貨五千枚は、シフォルト伯爵の部下の手を借りて、自室へと搬入した。
桧垣さんは今後の手続き等があるらしく、グレンさんに連れられて事務所へと向かっていった。
俺は部屋に満たされる大金を見ながら、にやける顏を何度も正そうと格闘する。
(駄目だ、我慢してても顔が崩れる。本気で嬉しいと人間こうなるんだね)
欲望Maxの気色の悪い顔を、机の上にある小さな鏡に映す。
(キモッ! でも、それがいい)
意味不明な納得感を両手に抱きしめて、スキップしていると、ドアをノックする音が響いた。
なんだろうと思い扉を開くと、コーツ様が呼んでいるとの伝言。
部屋に散らばるお宝に後ろ髪を惹かれつつも、執務室に向かった。
執務室に入り、机を挟んで椅子に座っているコーツ様を見下ろす。
俺の顔はだらしなく崩れっぱなしだ。
「ヨシト、随分と嬉しそうだね?」
「そりゃあ、もうっ。金貨五千枚ですよ、一生遊んで暮らせるんですよ。俺、今、おっ金持ち~、ヘイッ!」
両手で蛇の構えを取りながら、意味不明な踊りを舞う。
まさに、有頂天。
馬鹿になった俺の姿を、コーツ様は冷め切った目で見つめている。
しかし、俺はそんな目など気にしない。
金持ち喧嘩せずってやつだ。
俺の余裕たっぷりの態度に、コーツ様は呆れた声を漏らす。
「はぁ~、金は人を変えるんだね。ヨシト、君は大金を持ってどうするつもりなんだい?」
「どうするって、そりゃ……」
「私の屋敷から出ていくつもりだろう?」
「え、あ、お見通しで。止めるつもりですか?」
「君は現在、客人という立場だ。私には止められない」
「んふ、職種の変更をしたのは失敗しましたねぇ、コーツ様~」
もし、執事補佐の役職のままだったら、コーツ様の家来ということで、勝手なことはできなかった。
下手すりゃ、金貨五千枚も取り上げってこともあったはず。
「ウキキッ、策士策の溺れるとは、まさにこのことですねぇ」
「たしかにね。いや、まいったまいった」
俺が猿顔の笑いを見せてからかっているというのに、コーツ様は余裕の表情を見せたまま。
そこからは、別に強がっている様子は感じない。
心の中に、言い知れぬ不安というやつが集い始める。
「なにか、企んでます……?」
「企んじゃいなよ。偶然が味方してくれたんだ」
「はい?」
「君はキョウカを連れて出ていくつもりだろ?」
「ええ、そりゃ」
「残念。それは無理だ」
「はぁ、どうして?」
「だって彼女は、私の家の女中だよ。私の大切な部下だ。それを勝手に連れ出しては駄目だよね」
「…………え……はぁあぁぁぁぁぁぁ!? なにそれ!?」
「なにって、君がグレンに紹介したんだろ?」
「あ……くそっ!」
そうだった。当時、俺には金もなく、桧垣さんの居場所を作れそうにない俺に、グレンさんが気を利かせてくれて……。
「やってもうた。って、人質ですか? やってることディルと変わんねぇじゃん!」
「失礼な。別にキョウカを奴隷扱いするわけではないし、正当な賃金の下に働いてもらうだけだよ。ただ、過酷な環境からようやく救い出された同郷の士を、君は放っておけるのかなってね」
「そういうのを人質って言うんだよっ!」
「そうなんだ、覚えておくよ。はははははっ」
――時津亭
「ってことがあってねっ」
「はは~ん、コーツ様にしてやられたわけでやすね」
「そういうこと。いつか、痛い目に遭わせてやるからなぁ、コーツめぇ」
「恨むのはわかりまやすが、人目憚らぬ場所で呼び捨てはちょいとまずいでやすよ」
「へいへい、わかってま~す。でもまぁ、一年契約って話だから、俺をずっと縛り付ける気はないみたいだけど……はぁ~」
カウンターにのべ~っと身体を預けて、溜め息とともに口から魂を抜けさせる。
大金ゲットと自由を獲得したと思った矢先に、お預けを喰らってしまった。
しばらく立ち直れそうにない……。
「旦那、元気だしやしょうや。あっしはまだ旦那と組めるんで嬉しいですぜ」
「おっさんに嬉しがられても嬉しくないっ。はんっ、帰るか!」
勢いに任せて、ぐっと胸を張る。
オチはともかく、桧垣さんは救えたんだ。
一年後には俺も桧垣さんも自由だし、お金だってたんまりある。
そう悪い結末じゃない。
「では、ゲラガさん、失礼します」
「おう、いつでも遊びの来い。そん時こそ、いい店紹介してやるよ」
「はは、そういえばそのためにここに来たんだっけ。ちゃんとした覚悟を決めたら遊びに来ます。じゃ」
軽く手を振って、ゲラガさんに背を向ける。
すぐ後ろからはギジョンがついてくる。
帰ろう、アルトミナへ。
いつかコーツに一発かまし、シフォルト伯爵をブッ飛ばすために。
今回の長いお話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
今回で完結……理由としては、PCが故障している間読み返してみて、完全に初期のコンセプトが崩れてしまったことを悟ったからです。
問題発生→解決の単純構造にするはずが、やたら長い話になってしまった。
最初の三話の雰囲気こそが私の理想でした。
伯爵の書斎だけで話を展開すればよかったのに、余計に世界の幅を広げたのが敗因ですね。
一応、次の話で修正を掛けようと通しで書いてみたのですが、単純な話なのに5万文字越え。
そこから推敲しても、おそらく4万文字はあるかと……。
もはや軌道修正は難しそうなので、話も一応の区切りが付いたことですし(一応とは呼べないかもしれませんが)、閉じることにしました。
次に話を作る機会があれば、単純明快で短い話を繋いでいくようなものを作りたいと思っています。
後書きの最後までお読みいただき、ありがとうございます。
付け加えですが、シフォルト伯爵が何を目指しているか……。
彼は王国に見切りをつけています。
王国の大規模改革もしくは簒奪を考えています。
そのために必要な人材を集めています。




