武力を使わない侵略
別件の話? 何やら、嫌な予感が……。
「何でしょうか?」
「話の前に、アリサ、悪いけど」
「あら~、私だけ仲間外れ~」
「少し、仕事の話があってね」
「うふふふん、わかってます。それじゃあね、ヨシトちゃん。ディル君」
アリサ様は小さく手を振ると、扉を開けて出ていった。
彼女が居なくなると、ディルは肩から力を抜いて足を前へ投げ出す。
本当に彼女が苦手なようだ。
俺がコーツ様へ顔を向けると、彼は早速、別件の話とやらを口にする。
残念なことに、嫌な予感は的中。
俺は嫌な予感の原因であるディルを、立場を忘れ、つい睨みつけてしまった。
「どういうことですっ、コーツ様? 今の話は!?」
「とりあえず、落ち着きなさい。あと、ディル君を睨むのも止めなさい」
「あ、すみません。ご無礼を……」
「いいよ、別に。途中から仕事を奪われる君の気持ちもわからなくともないからね」
「……どういう流れで、ディル様が『エルフとの交易を引き継ぐこと』になったのか、お聞かせ願いますか、コーツ様」
「これは養父の判断だ。商売が不得手の私には任せられないそうだ」
「養父? モール様の判断と?」
(そうか、そういうことか。エルフとの交流と交易を、養子であるコーツ様に任せたくないんだ)
アルトミナを治めているのはコーツ・アリサ夫妻。
二人ともクエイク家の血とは無縁の人間だ。
そんな二人に、エルフとの交易という美味しい事業を任せたくないというわけだ。
俺は顔を顰めながらコーツ様を見つめ、いつか提出した報告書の内容に触れる。
「以前、エルフとの交易は独占した方が良いと、報告書に纏めましたが、忘れちゃったんですか?」
「忘れてないよ。しかし、独占というのは私という意味ではなく、家という意味が正しいのでは?」
「家……」
コーツ様の『家』という単語に返す言葉がない。
ただえさえ彼は、クエイク家の一部から疎まれている。
そんな状況でエルフ利権を独占しようとすれば、立場はより一層悪くなる。
俺は唇を噛んで言葉を腹に収めると、ディルに視線を向ける。
なるべく、強い視線を向けないように努めているつもりだが、自然と眉間に力が入ってしまう。
しかしディルは、フンと鼻を鳴らして、あっさりと視線を払い落とす。
「何か誤解しているようだけど、僕は君やコーツ君の立場を尊重するためにこの仕事を受けたつもりなんだけどなぁ」
「尊重?」
「本家で、エルフとの交易を誰が引き受けるのか、という話が浮上した時、僕が真っ先に立候補したんだよ。なんだかんだといっても、コーツ君もアリサも友人だからね。僕なら、僕の裁量内で二人に嫌な思いをさせないでおける」
「そう、なんですか……」
「とはいえ、現場しか知らない君にとっては寝耳に水だろうけどね。だから、腹が立つのもわかるよ」
配慮を見せる態度を見せるが、言葉の端々に相手を見下した様子が見受けられる。
はっきりいって、こいつのことが嫌いだ。
だからといって、本音を口にするわけにもいかない。
なので、ぐっと堪えて、彼の配慮へ謝意を述べる。
「申し訳ありません、早とちりしてしまい。ディル様の取り計らい、痛み入ります」
「気にしないでよ。僕としても、父上に立派なところを見せる機会ができて良かったわけだし。エルフとの交易は利を生み易いし、この程度の仕事なら失敗もなさそうだしね」
父親の目を気にするディル。
婚約の件で父親に頭が上がらないディル。
俺はこのことを記憶にしっかり刻んでおくことにした。
機会があれば、ディルの鼻っ柱をへし折るために……。
ファザコンのディルは、俺の胸に抱いた怨念に気づくこともなく、ソファから立ち上がった。
「必要なことは伝えたから、僕は部屋に戻るよ」
「部屋?」
「ああ、しばらくコーツ君の屋敷に滞在するから、ザドムの件も何かあればすぐに僕へ報告できるからね」
「はい、わかりました」
「じゃあっと、そうだ、君の報告書のことだけど」
「エルフの報告書のことですか?」
「ああ、それ。中々よくできた報告書だけど、詰めが甘すぎるよ」
「はぁ……」
「交易のみでエルフの頭を押さえるなんて、本当に甘い。いいかい、まずは彼らの懐に顧問という形で人を置くんだ。そこを起点に彼らの持つ意識や思想に新たな、いや、説明する必要はないか。僕が引き継いだんだから、フフッ……」
厭味ったらしい含み笑いを交えて、ディルは部屋から出ていった。
コーツ様は首を傾げながら、俺に顔を向ける。
「ディル君は何を企んでいるんだろうね?」
「……おそらく、侵略でしょう」
「え?」
「エルフの思想を内部から破壊するつもりです。新たにディルにとって都合の良い思想を植え付ける。エルフの好みそうな平和や愛を口にしつつね。人間に対する嫌悪感を消した後は、移民という形で乗っ取る。もしくは……」
「今の説明だけでも、十分にディル君の企みの恐ろしさは伝わるけど、まだ何か?」
「エルフたちへ豊かな生活を提供するために、森の共同開発を申し出る。それにより、より大きな収入が得られると甘い言葉を使い、開発費用を借金という形で負担させる。しかし、エルフたちは支払いができずに、合法的に土地を……」
「どちらも武力を使わない侵略というわけか。武門のテラ家には理解しがたい方法だが……しかし、恐ろしいね」
「そうですね……」
「いや、ヨシトのことだよ」
「へ?」
「ディル君の企みを恐ろしいが、それをあっさり看破する君も恐ろしいよ」
「いえ、いまのいままで忘れてましたが、ディルの言葉を聞いて思い出したんです。そんな方法があったなって」
「思い出す? どこかで学んだのかい?」
「えっと……」
歴史ものゲームの掲示板を見てたら、途中から領地を奪う話題になって、現実にはこんな侵略の方法もあるよって書き込まれたのを見たことがある、とは説明なんてできるはずがない。
余計な口を開いた、この口を叩いてやりたいが、痛いのでやめておこう。
しかし、相変わらずの脇の甘さと口の軽さに情けなくなる。
コーツ様に深くツッコまれても、説明しがたいため、話題を逸らしつつテキトーに誤魔化す。
「なんであれ、ディルの企みは失敗に終わりますよ」
「その確証は?」
「エルフは人間ほど欲深くないし、賢いからです。ディルは人間目線でしか物事を見ていない。世界には、利だけでは転ばない厄介な相手がいることを知らない」
「なるほど。でも、そうなると君の報告書に矛盾が出ないか。君をエルフの欲を刺激して、徐々に侵食すると書いていたはずだけど?」
「あの時の俺は、ディルと同じだったってことです。ですが、エルフと交流を重ねていく内に、考えを改めました」
ムアイさんは、商売人としての着想を有している。
彼は想像以上にしたたかな人だった。
「一個体が数百年の知識を脳に収めるという脅威に触れて、ディルの考えが変わることを祈ってますよ」
「ふふ、心にもないことを……そんなことよりも、敬称くらいつけなよ。いくら、ここには私しかいないとはいえ……」
「さーせん。でも、ムカつくんで。コーツ様もそうでしょう?」
「何を言う、彼と私は友人だよ」
「アリサ様を恐ろしいって言われて、怒ってたくせに」
「はは、気付かれてたのか。軽い会話の流れとはいえ、愛する妻を悪く言われたら、さすがにね。少々、軟弱かな?」
「いえいえ、そんなコーツ様だからこそ、ディル~っと、ディル様のネタばらしをしたんですから」
「ディル君のことを嫌っているから、エルフの脅威を彼に忠告しないと?」
「ちがいます?」
「たしかに、忠告なんてするつもりはないけど、理由は別だよ」
「あら、外したか? じゃあ、なんで?」
「彼が交易に失敗すれば、交易権が私に戻ってくるだろ」
コーツ様は自身の胸に手を当てて、ニヤリと笑みを浮かべる。
彼の意外な一面に、俺は笑いが我慢できなかった。
「クフッ、ははは、ひっどいなぁ。友達なんでしょ?」
「ああ、友達だよ。だけど、私はアルトミナの領主だからね。領地の利を損なう輩は許せない、というわけだよ」
「そっか。なるほどね。領主としての視点か。俺には絶対持てなさそうだなぁ」
「さて、どうかな?」
「え?」
「君は報告書を提出した時と比べて……いや、やめておこう」
「なんですか? 気になるじゃないですか」
「私はヨシトと違って、余計な話をしないんだよ」
「ウグ、痛いところを……」
「はは。さて。そろそろ、君も行動を開始した方がいいんじゃないの? 時間に制限があるんだろ」
「はい」
「ヒガキだっけ? 救えるといいね」
「必ず救いますよ。では、失礼します」
言葉に覚悟を乗せ、一礼をする。
俺は絶対の意志を心に宿し、ザドムへと向かう。
いざ、狂気と享楽の町ザドムへ……と、行きたかったが、道中で思いもよらぬ連中と再会した。
「死神様。どうか、俺たちを手下にしてくださいっ」
「ヨシト様のためなら、なんでもします!」
初めてザドムの町を目指した時に出会った、盗賊A&Bが往来で跪いて、面倒くさ~いお願いをしてきた。
俺とギジョンは馬上から二人を見ながらコソコソと話す。
「旦那、どうしやす?」
「どうもこうも忙しいから、いや、待てよ」
「どうしやした?」
「こいつらにザドムの町の下調べを頼むのも悪くないな。」
「よろしいんで? 使えるとは思えやせんが」
「大丈夫、大したこと頼むわけじゃないから。本当はゲラガさんに人手を頼もうと思ってたけど、こいつらみたいな無関係の奴の方が都合がいいし、丁度よかったかも」
「ショピンと敵対してるゲラガの手の者を使うと、バレたとき角が立ちやすからね」
「そういうこと。あ、下調べはギジョンにも頼むつもりだからね」
「へ、どのような?」
「説明はこいつらの話を聞いてから一緒にするよ」
俺は馬から降りて、盗賊たちに近づいた。ギジョンも後を追うように馬から降りて、俺の隣につく。
傍に来ても盗賊二人は、口をつぐんだまま跪いている。俺からの言葉を待っているようだ。
(俺を死神と呼んだってことは、どっかで俺のことを知ったってことか。どうせザドムだろうけど)
「さて、まずは名前を聞こうか」
「は、はい、俺はギュン。こっちが弟のボルグです」
「ボルグです。兄がいつもお世話になっていますっ」
「ほぼ初対面だよっ。はぁ~」
頭の悪そうな会話に、こめかみを押さえながら二人を見た。
どうやら二人は兄弟らしい。
ギュンと名乗った男は、初めて出会った時に剣を振り回していた盗賊。角刈りの筋肉質で、普段は力仕事に従事していそうな体つきだ。
弟のボルグ。長髪で前髪が目元近くまで覆っている中肉中背の男。ナイフをベロで舐めてた変態盗賊。
兄より背が低く、背も体型も俺とそう変わらない。
ギュンに視線を送りながら、彼に問いただす。
「どうして、俺の手下になりたいの?」
「俺たちは幼いころから貧しくて、」
「ちょっと待った。その話長い?」
「まぁ、それは……」
「三行で」
「さ、三行? え~っと、うだつが上がらないので、ヨシト様の下で、一旗あげたい」
「うん、わかった。いいよ」
「「え!?」」
軽い返事に盗賊兄弟が驚いた声を上げる。
隣に立っているギジョンも、同じく驚いた様子で耳打ちをしてきた。
「そんなに簡単に決めていいんでやすか?」
「人で足りないからね。それにさっきも言った通り、大したこと頼むわけじゃないから」
盗賊兄弟に向き直り、彼らに手下になる条件を提示する。
「手下にしてやってもいいが、ある依頼を完遂できたらの話だ」
「依頼ですか?」
「俺っち、なんでもやりますよ」
「よしよし、素直でよろしい。じゃあ」
俺は懐からディルからせしめとった調査費の金貨を取り出して、二人に五枚ずつ渡した。
「まず、これを受け取れ」
「へ? ってこれ、き、金貨じゃないですか!? しかも五枚も!」
「に、兄ちゃん。お、おれこんな大金見たの初めてだよ」
「ふふ~ん。お前たちには、その金を使ってザドムの町で遊んできてほしい」
この言葉に、二人は目をパチクリとさせる。
彼らの驚きをよそに、遊ばせる意味を説明していく。
「お前たちには今から、一人あたま最低でも10件の店で遊んできてもらう。できるな?」
「やったね、兄ちゃん。ヨシト様太っ腹だっ」
「ちょっと黙ってろ、ボルグ。あの、遊びってのはやっぱり、アレですよね」
「そうだよ」
「それって、いつまでですか?」
「明日の夕方までには」
「無理ですよ。身体が持ちませんって」
「なんだよ、遊ばせてやるってんだから、喜べよ。なぁ、ボルグ?」
「そうだよ、兄ちゃん。ただで女遊びができるのに……」
「バカ言え。明日の夕方までに十件だぞ、十件! 玉から気が抜けちまうぞ!」
兄貴の方はこれが如何に無謀な依頼だとわかっているらしく、取り乱している。しかし、弟の方はただで遊びると素直に喜んでいる様子。
俺はふんぎりのつかない兄貴に、覚悟を迫る一言をぶつける。
「ギュン。遊ぶだけ手下になれるんだぞ。不満か?」
「そう、なんですけど……体が持つかどうか」
「大丈夫大丈夫、二人とも若いんだから。ところで、二人は字を書ける?」
「いえ、俺も弟も字はさっぱり」
「そっか~、ギジョンは大丈夫だよね」
「ヘイ、まぁ……って、まさか!?」
「はい、金貨五枚。これだけあれば、お店十件回れるよね」
満面の笑みを浮かべながら、金貨をギジョンの胸に押し付ける。
しかしギジョンは、せっかくの大金を目の前に、手を触れることなく、首をプルプルと振るばかり。
「無茶ですよ。あっしはそこの二人ほど若くないんですからっ」
「グダグダ言わない。きついんだったら、弟君にノルマ回していいから、お前も行くの」
新たなノルマ加算に弟ボルグは嫌がるかと思いきや、弾んだ声を上げた。
「え、俺、もっと遊んでいいんですか? ギジョンさん。俺、ギジョンさんの分もハッスルしますから。任せといてくださいっ」
「だとよ、ギジョン」
「……憐れでやす」
「弟よ、バカだと思ってたけど、ここまでとは……」
喜びの余り、はしゃぎ回るボルグを、俺は生暖かい目で見守ってあげる。ギジョンと兄ギュンは、彼に待ち受ける過酷な試練に同情している。
まずお目にかかることのない大金と、女遊びをして来いという一見楽勝な任務に狂喜乱舞するボルグを、ギュンが一生懸命になだめ続けている。
ギジョンは遊びという名の地獄を前に、うなだれながら小声で話しかけてきた。
「旦那、具体的には何を?」
「値段の大小いろんな店を回って、システムやサービスを調べておいて。たぶん、あまり違いはないと思うけど。まぁ、念のための調査かな?」
「何をお考えかわかりやせんが、任務は理解しやした。あっしは店を回るたびに、あいつらから聞いた店の内容を記録すりゃあいいんでやすね?」
「さすがに飲み込みが早い。でも、記録係だけじゃないからね」
「わかってやす……はぁ~、遊びが仕事ってのはつまらないもんでやすね」
「仕事ってそんなもんでしょ。じゃ、俺は先にゲラガさんに会いに行くから、ギジョンはあいつらと一緒にね」
「はぁ、わかりやした。落ち合う場所は時津亭で?」
「うん。じゃあ、腰を痛めないように気を付けて」
「痛めたら、別途治療費を要求しやすからねっ」
歯軋りを交えながら、俺を睨み付ける。
そんなギジョンの嫌味をテキトーに受け流して、俺は一足先にザドムへと向かった。




