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冒険しない異世界の冒険~俺は異世界でも平凡な生活を求めているのに何気に出世していく~  作者: 雪野湯
狂乱の一夜

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小さなメッセージ

 不注意でぶつかってしまった女の子。

 彼女は俺の知る、学校一の人気者である桧垣ひがきさんにそっくりな子。

 


 だが、生徒会役員の肩書に相応しい自信に満ち溢れていた彼女とは違い、目の前の女の子は、背を丸めて怯えた態度を見せている。

 

 虹彩の輪を浮かばせていた美しく長い黒髪は陰り、知性の光を宿していた瞳は淀み、顔は青白い。手足にはこまかな擦り傷まである。

 服の所々には虫食いのような穴があり、袖口は糸が解れている。

 派手な衣装を着て闊歩するお姉さまとは対照的に、なんともみすぼらしい姿だ。

 

 見た目は似ているが、同一人物には見えない。

 だから俺は、もう一度彼女に尋ねた。


「君は、桧垣さんじゃない?」

「……ど、どうして、私の名前を。あなたは、一体?」

「俺はっ」


「キョウカ、何ちんたらやってんだい! 愚図でのろまなんだからっ」


 俺が正体を明かそうとしたところで、しゃがれた老人の声が響き渡った。

 声の主に目を向けると、顔面しわくちゃの如何にも性格の悪そうな老婆が、堅そうな杖を片手に、口をグニュグニュとしながら立っていた。



「キョウカ、ぼさっとしてないで行くよ。夜には娼婦どもに化粧してもらわないといけなんだから」

「は、はい、すみません。すぐにっ。ごめんなさい、私行かないと」

「え!?」

 

 桧垣さんは頭をぺこりと下げたかと思うと、老婆の元へ走っていく。

 しかし、このまま彼女を去らせるわけにはいかないっ。

「ちょいまちっ! ちょっと、ちょっと、いいかなぁ~」


 俺は手の平を二人に向けて、近づいていく。

 老婆はただ呼び止めただけなのに、こめかみにメロンの筋のような血管を何本も浮かばせる。

 杖を強く握りしめ振り上げる姿は、今にでも俺をド突き回さんとする勢いだ。


「なんだ、くそガキっ。なんかようかい!?」

「え~っと、あのですね、そこの女の子とちょっとお話がしたいんですけど~」

「ああんっ!」

 


 狂犬病でも患ってんのかと思うくらいに、歯茎を剥き出し俺を威嚇する。

 相手は年老いた婆さんだけど、下手なチンピラよりもよっぽど怖い。

 もう、「なんでもないです。すみません」って口に出して、立ち去りたいくらいだ。

 だけど、俺と同じ地球からやってきた桧垣さんを放置して帰るわけにはいかない。

 


(ビビるな、俺。ギジョンも言ってただろ、虚勢が大事だって)

 なけなしの勇気に活を入れる。

 胸を張り、気分はシフォルト伯爵へ。

「そこの女性と話があるんだ。少し時間を貸してもらえないかな?」

「なんで、お前みたいな糞ガキに私のもんを貸さなきゃならないんだいっ!」


 唾を飛ばしながら、杖で桧垣さんの尻を叩く。

 さほど強い叩き方ではないが、桧垣さんは激しく身体を跳ね上げ、小さな悲鳴を上げた。

 彼女の怯えようから、いつもどんな扱いを受けているのか、ありありと感じ取れる……俺の心を満たしていた怯えは、怒りへ変わる。


「いいから黙って彼女を渡せよ、婆さん」

「婆さん? くはははは、この糞ガキ。私を誰だと思ってんだい? ザドムの町の仕切り役のショピンと知っての無礼だろうねっ!」

「ショピン?」

(こいつが、もう一人のザドムの顔役か)


 改めて、ショピンを観察する。


 光をギラギラと反射させる派手な服を身に纏い、黄色と黒の縞の入ったスカーフをしている。十本の指全てに、でかい宝石の付いた指輪。

 全身から薄汚い金の匂いをさせる老女。

 顏に刻まれた皺からは、ケチの二文字が露わとなっている。


 

 ショピンの大声が呼び水となり、通りを行き交う者たちが足を止めて、野次馬を始めた。

 辺りの様子を見たショピンは、とんでもない難癖をつけてくる。

「ほら見ろっ。あんたのせいで、みんなが迷惑してるだろっ! 悪いとは思わないのかい!」

「ええ~、めちゃくちゃだなババア」

「ば、ば、あぁぁぁ~!? 糞ガキめ。どうやらお仕置きが必要みたいだね。あんたたち、出てきなさいっ」


 

 ショピンが号令をかけると、人ごみに中から二人の大男が現れた。二人とも丸太のような太い腕を持っていて、俺が逆立ちしても勝てそうにない。

 どうしたもんかと悩んでいると、人ごみの中から、あの忌まわしき通り名が飛び出してきた。


「おい、あのガキ。死神ヨシトだぜっ!」

「え、あれが? うそだろ」

「嘘じゃねぇよ。さっき時津亭でゲラガと双剣のアーサーの話で盛り上がっているところ、見たばかりだからな」

「双剣のアーサーとも知り合いなのかっ、死神はっ!?」


 俺を見て、死神死神と野次馬たちが唱和していく。

 その度に、気分が落ち込み沈む。

 しかし、不快であるはずの死神の名が思わぬ効果を表す。


 死神の名を耳にしたショピンが、俺をうかがうような態度を見せているではないか。

 まさか、嫌っていた通り名に助けられるとは……でも、これはチャンスかも?

 

 だからといって、くっそプライドの高そうな婆さん相手に強気に出たら、面目を保つために絶対に退かないだろう。

 ここは、相手を立てつつ、うまく事を運ばないと。


「ショピンとかいったな」

「な、なんだい」

「騒ぎ立てたのは申し訳ない。しかし、私はその子に興味をもってな。少しばかり話をさせてくれないか? 頼むよ」

 と、言いながら懐から金貨一枚を取り出す。


 ショピンは金貨を見たかと思うと、すぐさま奪い取り、カチりと噛みつく。

 金貨が本物であると確認したババアは、庶民ではなかなか手にすることのできない金貨を持つ俺を、本物の死神ヨシトと認識したらしい。

 ショピンは態度を急に改めて、両手を擦り合わせながら、上目づかいを見せてくる。



「まさか、ホントにあの死神ヨシト様とは。ふぉふぉふぉ、失礼しました」

「いや、気にはしていない。そんなことよりも彼女を連れて行ってもいいかな?」

「ええ、もちろん。ですが、キョウカは開き前ですので、何卒そこはご理解を」

「開き?」

「おや、御存じでない。開きとはまだ娼婦としての仕事をしてない女のことを言うんですよ」

「ああ、なるほど」

(そっか、桧垣さんはまだ)

 

 桧垣さんに視線を送ると、そこには地球にいた頃の影すら見えない、ビクビクと体を震えさせる痛ましい姿の少女。

(まだじゃないっ。ひどい目に遭ってきている。なんとかしないとっ)


「わかった、彼女には手を出さない。あくまでも話をしたいだけだ」

「ふぉふぉふぉ、そうですか。しかし、たかが話をされるために金貨を?」

「不満か?」

「いえいえ、ちょっと不思議に思っただけです」


 たしかに、金貨一枚。地球換算で10万円払ってお話したいってのは、妙な話だ。

 だからといって、詳しい説明なんてしてやる筋合いはない。

 しかしショピンは、訝しむように皺くちゃの眉間に皺を増やしてこちらを見ている。


(くそっ、鬱陶しいババアだな。こうなったら、毒も食らわばだっ)

「不思議かどうかはお前の判断することではない。まさか、死神名を冠する私に何か疑念を抱くのか?」

「いえいえ、滅相もない」

「だったら、口を閉じていろ。次、余計な口を開けば、シエロンの連中と同じように生きながら鋸で首を引いてやるぞ」

「ひ、ひぃいぃぃ、申し訳ありませんんん」


 死神の名。そして、コネグッドの残忍耐性の低さと重なり、鬼のように怖かったショピンが丸く縮まりかえっている。

 ついでに、周囲にいた野次馬とショピンを守るように立っていた大男たちも、俺を化け物を見るような目で見ている。 

 正直、もうどうにでもなれだっ。


 

 俺は小刻みに震えている桧垣さんの手を強く握りしめた。

「行くよ」

「は、はい」

 

 去り際に、ショピンから恨みを買わないように一言を入れておく。

「ショピン。私は彼女のことを気にった。今後、君の店を贔屓にするよ」

「ふぉ? それはそれはどうも、ありがたいことです」


 これがどれだけの効果は生むか分からないが、何も言わないよりマシだろう。

 俺は桧垣さんの手を引き、人ごみをかき分け時津亭を目指した。



 

 時津亭を目指したはいいが、場所がわからない。なにせ、俺は絶賛迷子中なので。

 だけど、桧垣さんはザドムの地理を把握しているらしく、彼女に案内されて何とか時津亭へ戻ってきた。 

 ちょっと、情けない……。


 店に入るとすぐに、ゲラガさんと目があった。

 彼はすぐに何か起こったことを察したようで、二階の部屋へと案内してくれた。

 部屋にある椅子に腰を掛けて、もう一度桧垣さんかどうか確認する。



鳴布句なるふく高等学校一年。桧垣きょうかさん、ですね」

 状況が飲みこめず震えている彼女に優しく尋ねる。

 下の名前は今日初めて知ったので漢字は分からない。


 名を尋ねると、桧垣さんはこくりと頷いた。彼女は、俺に問い返してくる。

「あの、あなたは?」

「俺は佐藤良人。桧垣さんと同じ学校の生徒です」

「で、ではっ、地球の!? でも、ごめんなさい。私、あなたのこと知らなくて」

「まぁ、しゃーないですね」


 桧垣さんは学校の有名人。

 一方俺は、生徒A。桧垣さんが俺のことを知らなくて当然だ。


 俺は桧垣さんからコネグッドへ来た経緯と、今に至るまでの話を聞いていく。もちろん、俺のことも交えながら。


 彼女から聞いた話は、俺と同じような状況だった。


 突如、コネグッドへ飛ばされる。

 街道を見つけて、道なりに進み、人がいそうな町を探す。

 途中でショピンに拾われ、娼婦たちの化粧や着付けの係りとして働かされる。


(当てもなくふらふら歩いてた俺とは違うな。だけど、拾われた相手が悪すぎる)

 

 桧垣さんの服装に目をやる。

 ところどころ糸が飛び出して、年ごろの女性とは思えぬひどい格好だ。


(ゲラガさんが道具のようにしか見ていないと言ってたけど、本当にそうみたいだな)


 ショピンが美味しそうに金貨を噛む姿が頭に浮かび、反吐が出そうになる。


 吐き出そうな息を堪えていると、桧垣さんがおずおずと俺に尋ねてきた。

 そこには、かつて生徒会の役員として、堂々と胸を張り、知性と気品を兼ね備えていた彼女の姿はない。



「佐藤君は、コーツ様の御屋敷に勤めているんだよね?」

「うん。あ、死神とか変な噂たってるけど、基本デマなんで気にしないで下さい」

「ええ……あの、それで、元の世界に変える方法とかわかる?」

 

 怯えを見せながら、懇願する瞳。

 桧垣さんは、地球へ、日本へ戻りたがっている。

 だけど、彼女が望む答えを有していない。


「ごめん、知らない」

「そっか、そうだよね。知ってたら、とっくに帰っているよね……」


 会話はピタリと止んで、沈黙が部屋を満たす。

 何かを話したくて、桧垣さんを連れ込んだものの、お互いに状況を話しただけで、ほかに話すことが浮かばない。

 


 何を話そうか話題を選んでいると、桧垣さんが小さく声を上げた。

「あ、あの、」

「ん?」

「わたし、化粧や着付けができるから先延ばしになってたけど、来月には開きが待ってて」

「え?」

「い、いや、何言ってるんだろう、私っ。なんでもない、忘れて。ごめん、そろそろ戻らなくちゃ!」

 彼女は席を慌ただしく立ち上がり、部屋を出ていこうとする。


「あ、あの、待って。えっと、送るからっ」

 どうすればいいのかわからず、とりあえず呼び止め、桧垣さんを伴い一階へ降りる。

 入り口前まで来ると、桧垣さんは申し訳なさそうな表情と合わせてか細く呟く。

「ごめんなさい。ここまででいいから……」

「いや、最後まで送るよ」

「ううん、それは駄目。駄目なのっ」

 

 頑なに拒否する桧垣さんの態度に、俺も強く出られない。

 何とかしなくちゃという考えは、頭の片隅に浮かんでい入る。

 しかし、俺は状況をすべて受け入れきれず、軽い混乱状態だった。

 

「わかった。桧垣さん、それじゃ」

 俺は宿に戻り、一度思考をはっきりにしようと考えた。

 桧垣さんは小さな動作で手を振る。俺も軽く手を上げて応えると、後ろを振り向いた。

 すると……。


「え……?」

 クイッと袖口を掴まれた。

 すぐに身体を前に直すと、桧垣さんはしどろもどろになりながら頭を下げた。

「ご、ごめんなさい、私。ごめんなさいっ」

 桧垣さんは何度も謝罪を口にして、走り去っていく。

 俺は何もできずに、ぼーっと走り去る彼女を見つめること以外できなかった。



 その後、宿に戻り、桧垣さんと話をしていた二階の部屋で横になった。

 桧垣さんのことで頭がいっぱいで、他に何も考えられない。

 俺は何を考えるべきか、何をするべきか、ずっとずっと悩み続け、答えを掴むことなく一晩を明かした。

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