エルフの森の一コマ
北方戦線の功により出世?をした良人。
しかし、同時に不快極まりない『死神』の通り名もいただく。
グレンは不遇な良人の盾になろうと尽力したが、彼の不要な才を前に自分の力では守りきれないと悟る。
グレンの心中を知らぬ良人は、今日も能天気に仕事に精を出す。
明日から長期休暇というわけで、ムアイさんにその旨を伝えるべく、俺たちはエルフの森に訪れていた。
いつもなら、三叉路のある広場で交易を行っているのだが、今回は引継ぎの話もあり、集落まで顔を出している。
エルフの森に立ち並ぶ樹木の隙間を、苔が生み出す淡い緑の光が満たす。
生い茂る深緑の葉の傘がかかる集落の中心で、ムアイさんに休日中の連絡事項を伝える。
「代わりの人にしっかり申し送りはしておきます。交易は滞りなく行われますので安心してください」
「そうですか。わかりました。ヨシトさんも休暇をしっかりとって、英気を養ってくださいね」
「そうします。っと言っても、休暇中にやることなんてないんですけどねぇ」
地球にいた頃ならば、休日はゲーム三昧だった。
しかし、コネグッドに来て以降、唯一の趣味であったゲームもできないし、暇つぶしにネットで戯れることもできないので、休日は寝て過ごしてばかり。
特にコーツ家に来てからは毎日仕事に追われ、疲れ切った体では通常の休日であっても一日中寝ておしまい。
だから、新たに趣味を見つける暇なんてなかった。それなのに、いきなり長期休暇を貰っても困ってしまう。
(これなら働いていた方がって、仕事の虫になってないか、俺。シフォルト伯爵のこと言えなくなってきたなぁ)
明日からの休日のことを考えると頭が痛い。まさか、休日の予定に悩む日が来るなんて……。
休日の過ごし方をあれこれ考えていると、ムアイさんが一つ提案をしてくれた。
「やることがないのであれば、釣り、などはいかがでしょうか?」
「釣りですか?」
「ええ。釣り糸を垂れている間は、時間が穏やかに流れて、気持ちも落ち着きますよ」
「釣りって、餌に虫使いますよね? 主にうねうねしたやつ」
「はい」
「すみません、せっかくのお勧めですが、その手の虫はちょっと……」
「そうですか。釣り仲間ができるかと思ったのですが、残念です」
「すみません……」
(って、釣り仲間に引きずり込もうとしてたのか、この人はっ)
しかしそれは、釣り仲間になっていいほどの相手だと認められている証しでもある。
(ムアイさんにはあんなひどいことをしたのに……やっぱり、あれは伝えておこう)
俺は彼に、報告書の内容を伝えることを決心した。
これはコーツ様への裏切り行為に当たるが、俺は別に心から忠誠を誓っているわけじゃない。
でも、人間性を疑われる行為。
そうであっても、やはり伝えべきだと、俺の良心が囁く。
俺は覚悟を決めて、声を出そうとした。
「あのっ」
「おや、死神の」
「ん? その声はユムかっ」
声の主を目で追うと、ユムとギジョンが立っていた。
二人の後ろでは、ユミがひょこっと顔を覗かせている。
ユミと初めて出会った時は、美しく儚げで独特な雰囲気を持つ彼女の虜になりそうになった。
だけど、何度も顔を合わせていく内に、神秘的な美しさよりも動作の可愛らしさに心が奪われ、今では愛らしさの方が優っている。
ユミに視線を送っていると、ユムが眉間に皺よせて俺を睨み、ユミを隠すように身体を動かす。
彼は森に訪れる度に、俺に絡んでくる。最初のうちは後ろめたさもあり、黙って彼の嫌味を聞いていた。
だが、何度も嫌味を繰り返されるうちに我慢するのがアホらしくなって、いつまにかユムをぞんざいに扱えるようになっていた。
「おい、ユム。いきなり死神呼ばわりすんじゃねぇよ。てゆーか、なんでそんなことお前がっ」
「フッ、エルフの耳をなめるなよ」
「何がなめるなだ。どうせギジョンだろっ」
「へっへっへ、すいやせん」
ニタつきながら、誠意のせの字もない謝罪を口にするギジョン。
あまりにも俺をなめすぎだ。機会を見て、一度キュッと絞めとかなきゃならない。
ギジョンをどうしてやろうかと考えていると、二人の後ろからユミがぼそりと呟いた。
呟いた言葉は、決して彼女の口からは聞きたくなかった言葉。
「死神? ヨシトは、死神だったの?」
「ちがう。そんな、わけ……」
死神――北方戦線の進言により、俺についた不名誉なあだ名……。
先の問題の解決により、俺の功績が高く評価されて、様々な褒賞を頂いた。
まずはドゴエルより、金貨300枚と騎士の称号。
騎士の称号は後日予定なので、まだもらっていない。
金貨の方はすでに、俺の元に届いている。
因みに、金貨1枚の貨幣価値を地球に置き換えると、俺的換算で10万円ほど。
つまり、金貨300枚は3000万円の価値がある。
いま俺は、とてもお金持ちです。
さらにコーツ様より、執事補佐という役職から、客人という立場にジョブチェンジを迫られました。
客人というのは、貴族お抱えのご意見番みたいなものらしい。便宜上、先生と呼ばれたりする。
これ自体は褒美なのか出世なのかは微妙。
商隊の隊長と執事補佐の肩書きを背負っていた時は、一応コーツ家に勤める正社員。しかも、かなり上の。
しかし、客人はコーツ様に仕えているわけじゃない。例えるなら、派遣社員的な立ち位置かな?
つまりは、部長クラスからエリート派遣社員に変わったわけだけど……これって、肩書き的には出世と言えるんだろうか?
どうであれ、給金は以前より上がったからいいけど。
他にもドゴエルからの褒賞とは別に、コーツ様からも長期休暇と慰労金金貨30枚を頂いている。
ありがたい話です…………………………………………なんて思うわけがない!
俺にむりやり手柄を押し付けて、貴族連中の反感を逸らそうとしているのは明白。
だけど、断ってもなんだかんだ理由をつけて、俺の手柄になるだろうから、大人しくこれらを受けた。
ここら辺は、俺が後先考えずに口を出したためだし、ある程度は諦めよう。
ただ、褒賞とは全く関係ない、ふざけたあだ名。死神というのは、通り名だけは勘弁してほしかった。
死神の名で呼ばれるたびに、北方の三万の兵を見殺しにした事実が重く圧し掛かる。
結果的に言えば、彼らは全滅していたし、多くの命を救えた。
でも、あの時俺は、彼らを盤上の駒としてしか見ていなかった。
俺が通り名をよく思っていないことを見抜いたユムは、もう一度俺に向かい、忌まわしい通り名を口にする。
「どうした、死神? 聞くところによると、三万もの仲間の命を刈り取ったらしいな」
「三万、くそっ」
(彼らは駒じゃなくて生きた人間だった。もし、全滅していなくて、援軍さえ来れば助かっていた状況だったならば、俺は……)
反吐を吐きながら、地面を蹴り上げる。
不意の悪態に、ユムは眉をピクリとさせる。続けて、何か言葉を漏らそうとしたところで、ユミから服の端をキュッと引っ張られる。
「お兄ちゃんの、バカ」
「え!? 違う、違うぞユミっ。俺は別にあいつをそこまで傷つけようとはっ」
俺の心の痛みに気づいたユミが、ユムを咎めている。二人のやり取りを見て、俺は力なく笑いを浮かべる。
ギジョンが傍に来て、頭を下げながら謝罪の言葉を口にしてきた。
「すいやせん。そんなに気にしてるとは思いやせんでした」
「いいよ、別に。見捨てる判断を下したのは事実だし……」
気の沈んだ声を出す俺に、ムアイさんが柔らかな言葉を掛けてくれる。
「事情は詳しく存じませんが、少なくとも私は、あなたが死神などという名で呼ばれるような方でないことはわかっておりますよ」
「それは……どうなんでしょうね。二人とも、ありがとうございます」
ギジョンとムアイさんに小さく頭を下げて、ユミとユムへ目を向ける。
ユムはいまだにユミを言い訳をしている。ユミは耳を貸さずに、ムッとした表情で彼をジトリと睨んでいる。
「はは、大変そうだな。ちょっと、二人のところに行ってきます」
「助け舟でやすか?」
「ユムは妹のユミには頭が上がりませんから、よろしくお願いします」
「え? そんなことしないよ」
「へ?」「おや?」
「今のうちにユムに止め差してくる。じゃっ」
グッと親指を立てて、勇ましくユムに突撃を掛ける。後ろからは、ギジョンとムアイさんの呆れ声が聞こえてきた。
「まったく。旦那はお強いんだか弱いんだか」
「ほどほどにしてあげてくださいね、ヨシトさん」
ユミの同情を引きながらユムを責め倒して気が紛れた俺は、ムアイさんのところに戻り、報告書の件を伝えようと考えた。
ムアイさんの傍では、ギジョンが交易品の品目について話をしている。
仕事中悪いが、ギジョンには席を外してもらおう。
「ギジョン」
「おや、旦那。ユム殿には勝ちましたか?」
「もちろん。妹を盾に使えば、ちょろいもんよ」
「あまり自慢できない勝ち方でやすね」
「やかましいわ。そんなことより、しっしっ」
手を振って、ギジョンを追い払う。すると、彼は下唇をビロンと延ばして、いかにも残念といった感じで首を左右に振る。
「はぁ~、ムアイ様と何かお話を?」
「わかってるなら、しばらくどっか行っててよ」
「構いやせんが……もう少し、何とかなりやせんかねぇ」
「何とかって?」
「直接的ではなくて、もっと巧みな言い回しを」
「巧みねぇ~。じゃあ、ムアイさん」
「何でしょうか?」
「釣りがご趣味のようですが、いつもどこで釣りを?」
「集落の裏手にある泉ですよ。そこは良い釣場でして」
「そうですか。私も趣味が釣りでして、いちどその泉を見て見たいものです」
「よろしければ、今からでもご案内しましょうか?」
「それはありがたい。ぜひとも」
ここですかさず、ギジョンが割って入る。
「では、あっしは商品の在庫を調べてまいりますので、失礼しやす。お二人はごゆるりと……」
「「「…………」」」
沈黙を間に入れたのちに、俺は両手を腰に当てながらギジョンにブーたれる。
「これ、おもしろいか、ギジョン?」
「面白い、面白くないではありやせん。雰囲気づくりでやす。二人きりで話がしたいときは、これくらいの言い回しはして欲しいもんでやすよ」
「めんどくせ~。ムアイさんまで巻き込んでやるようなことじゃないだろ。すみません、ムアイさん」
「ふふっ、ギジョン殿の言い分もわかりますよ。こういったことが必要な時がありますからね」
「でやしょう」
二人は意気投合っといった感じを互いに頷き合う。正直、おっさんらの考えることはよくわからん。
「じゃ、もういいかな。ムアイさんと話がしたいんで」
「話ではありやせん。泉にご一緒、でやしょう」
「はいはい、わかったわかった。じゃ、ムアイさん」
「ええ、では、泉にご案内いたしましょう」




