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机上の軍議

 北と南に分かれた陣。

 

 シエロン軍はアホなので、川の向こう岸で待ち受けずに勢いのあるオブリエン軍を相手に、平野で真っ向勝負しようとした。

 一応、平野に入る前に、入り口を押さえようとしたみたいだけど……失敗した時点で、下がるべきでは?

 

 首都を守るために橋を落として平野に残るよりも、川を渡った後に橋を落とす方が守りとしては良い気がするが……これは所詮、素人考えなのか?


 

 北の陣と南の陣をもう一度よく見る。

 

 東から攻めいった敵を西から迎え撃って、何故か北と南……。

 もし、シエロン軍がアホじゃないしたら?

 この配置に何か意味があるのかも……。

 

 さらに陣を見直す。

 二つの陣の西側には川が横たわっている。



(川……歴史ものの話でよく出る戦法だと……)

「あの、西に川が流れているじゃないですか。シエロン軍が川上になんですか?」

「いや、川上はオブリエン側だけど」

「え?」

「何か問題でも?」


「いえ、川上の方が有利じゃないかなって」

「ふむ……全体の地形や環境。必要な戦術によって変わってくるから、一概にそうとは言えないな。しかし、どうして川上の方が有利だと?」

「毒でも投げ込まれたら、困りませんか? たぶん、川の水を飲料や料理に使っているだろうし」

「お、恐ろしいこと言うな、ヨシトは」

 

 

 コーツ様は背を後ろに仰け反らせて、真っ青な顔を見せながら声を上擦らせる。

 よくある戦法だと思って口にしたのだが、ドン引きされてしまった。

 

 彼は俺の発言に寒気を帯びたのだろうか? 

 数度腕を擦り、話を続けた。



「そういった非人道的な戦闘行為は、条約で禁止されているからできないよ。仮に毒を使い勝利しても、後の統治に響く。相手を滅ぼすつもりなら、別だけどね」

「あ、そっか。毒ばら撒いたら、地元の住民を敵に回しますもんね。じゃあ、川を堰き止めて、決壊させて水浸しとかは?」

「先ほども言ったが、平野には木材がない。あったとしても、堰き止めるとなると大がかりの工事が必要になる。厳寒の中、そんなことできないよ」



「そっか……」

(たしかに厳しい寒さの中で、川に入って作業なんかやってられないか。おまけに北の寒さで、川自体が凍ってそうだし、水攻めは無理か。水攻め、水?)



「あれ、やっぱりおかしい。川を背に陣取ったら、オブリエン側の水の供給を断てるのに」

「断つまではできないだろうね。備蓄基地との通路を確保しているし、雪を溶かせば水は手に入る」

「でも、川が隣にあるよりかは不便って、あっ、そっか」

(川は凍ってる可能性があるんだ。雪を溶かすか氷を溶かすかの違いしかないか)


「何がそっか、なんだい?」

「いえ、疑問は自己解決したので……」

(とはいえ、やっぱりシエロン軍の動きが腑に落ちない)


 

 再度、二つの陣を見る。

 合わせ鏡のような陣。

 違いは北の陣。オブリエン側の陣と川との間に、小さな林があること。


 この林は、陣の見るたびに違和感として、ずっと目についていた。

 双子のようにそっくりな二つの陣。違うのは、後ろの景色と林があるかないか。

 その違いが気のなる、すっごく気になる。



「あの、北の陣の隣に林がありますよね」

「ああ。林がどうかしたのかい?」

「何でここに?」

「いや、そんなことを聞かれても……」


「平野には木らしい木がないんでしょう? 背後の山もそうですが、林が傍にあれば、焚き木としてはうってつけじゃ」

「まぁ、そうだね」

「なんでシエロンは、平野で唯一、焚き木とれる林と北の山をオブリエンに? シエロン側の南は相当不利じゃないですか?」

「それは南から回り込んで東を押さえようと……ん?」


 

 コーツ様は指先を南から大きく弧を描くようにして東に動かす。しかし、途中で指を止めた。

「オブリエンはノヴァス平野の地形に詳しくない。なら、シエロンは北側から回り込み、東の補給路の分断を狙うべきだ……そうすれば、オブリエン軍は焚き木の確保に補給路を使うことになり、無駄手間が増える。逆にシエロンはゆったりと暖を取れる……たしかに、おかしい」


 

 北の地形を一番把握しているはずのシエロンが、何故不利な地形を選択したのか?

 彼らは何故、南側に陣取ったのか?



「シエロンの動きの意味。わかりますか、コーツ様?」

「わからない。元々、川の向こうで防衛に当たらなかったこともおかしい。だがこの動きは、川を渡り、平野の入り口を押さえるという点で、一応理に適っていた。しかし、これには意味がない……」



「現場はおかしいと思わないんでしょうか?」

「ここで盤を眺めていると明らかにおかしい。しかし、もし私が戦場にいたのなら、おかしいとすら感じないかもしれない」

「何故です?」


「勝利を重ねれば、どうしても気が緩み、敵を過小評価してしまう」

「つまり、シエロンが愚かだから、不利な陣を敷いた……現場ではそう思っていると?」

「おそらくは。仮に、気付く者がいたとしても、誰も耳を貸すまい。なにせ、相手は愚かな弱軍シエロンだから……そこに、我が方の司令官の気質を合わせると」

「下らぬ、とか言ってそう。でも、シエロンに何か策があるとしたら、ヤバくないですか?」

「あるならね。でも、彼らの策がわからない以上、こちらからも何も進言できない」

「ですよね」


 

 たしかに、『何もわからないけど、シエロンが何か企んでそうです』なんて、進言できるはずがない。

 何か、シエロン側が意図が読めそうな情報はないだろうか。

 残る疑問と言えば、シエロン側の攻撃が手緩かった理由くらい。

 


「コーツ様。シエロンの攻撃が手緩くて、部隊の全滅が免れたという話がありましたよね。どうして、シエロンの攻撃は手緩かったんですか?」

「襲ってきたのが物見兵だったんでね」

「物見兵?」

「こちらの動きを監視している兵だ。数はさほど多くない。不幸中の幸いといったところかな」

「そうですか……」


 

 何か引っかかる。

 兵力が少ないから、シエロン軍はオブリエン軍を全滅させられなかった。

 兵の数が少ないのなら、確かに全滅させられない。

 でも、もし全滅していたら?


「仮定の話になりますいけど、部隊が全滅していたらどうなってます?」

「おそらく、冬も近いことだし平野の進軍は見送り。来年の春になっていただろうね。そうなると、せっかくシエロン側の防備に空白ができたという機会を逃すことになる。そういった可能性があったので、酒の敗北は備蓄基地の件も含め……私の責任とやらは重大ということらしい」


「待って下さい。今、シエロンの防備が空白って?」


「ああ、話してなかったね。備蓄基地を確保後、シエロン軍は平野から備蓄基地に至るまでの支配権を奪われた。だから、シエロン本国から兵がこちらに向かっている最中だったんだ。その本国からの来たシエロン軍が、平野の入り口を押さえようとした」

「なるほど……でも、なんだろう。やっぱり、オブリエン側に事が有利に働きすぎませんか?」

「君の言いたいことは、わかる。だが、それが何なのか分からない……もどかしいな」

 


 急激に不穏な空気が部屋中を包んでいく。

 コーツ様は肺に溜まった不穏を、深呼吸をして追い出そうとした。だが、途中でむせてしまう。

「ス~、ごほんごほん」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。どうも、私は煙草の匂いが苦手でね。だから、つい咳込んでしまう」

「この匂い、しばらく染みつきそうですね」

「エイコーン侯爵の煙草好きにはまいったものだよ。ヨシトは平気なのかい?」

「苦手と言えば苦手ですが、咳込むほどじゃないので」

「そうか、それは羨ましい。いや、そんなことよりシエロンのことだ」

 

 

 俺たちは再び、戦場を模した盤に目を落とす。

 盤には駒が乗るだけで、そこから戦場の熱は伝わってこない。

 俺たちがどんなに違和感を覚えようと、実際にその場にいない限り、戦場に隠されたものはわからないのだろうか……。


 盤には、ノヴァス平野と表記されただけの地図。

 盤に触れても、冬の寒さなど微塵も感じない。



「コーツ様。冬の間は、戦闘は起きないんですかね? 北の方だと雪が積もって動けないと思うし」

「いや、峡谷ならともかく、広漠たる平野ならそこまで積もらないだろう?」

「えっ……?」

「どうしたんだい?」

「いえ、別に」

(動けなくなるほど積もらないのか。ということは、戦闘がある可能性が)



「あの、仮に戦闘が始まり、平野で両軍がぶつかり合ったら、どうなります?」

「両軍が? その仮定はありえない。オブリエン側から動くことはない。春までは陣の維持を第一とする。と、ドゴエル司令官が厳命しているからね」

「ドゴエル様が? じゃあ、勝手なことできないですね」

「ああ。だがまぁ、追い詰めれたシエロン側は動く可能性はあるけど」

「シエロンが?」


「兵力は拮抗。補給路を確保しているオブリエン側は物資が豊か。しかし、雪上での戦闘は不慣れ。対するシエロン側は、雪上での戦闘はお手の物。だが、物資が足りない」

「ああ、オブリエン側は兵糧攻めができるので、わざわざ打って出る必要がないってことですか?」


「そういうこと。シエロン側の備蓄がどの程度残っているか分からないけど、底をつくとしたら、シエロン側のみ。だから、オブリエン軍は待つか、襲ってきたシエロンの攻撃を防戦すればいいだけだ」


「あれ? 待って下さい。物資が足りないシエロンが本国へとつながる橋。補給路を自ら断つっておかしな話では? 橋を落としたのって、自分達を無視して渡河されないための『念のため』でしょう?」

「……たしかに妙だな? 念のため程度で補給路を断つのは割が合わない」


「やっぱり、シエロン側に何か策があるんじゃ……」

「その策がわかるなら苦労しない。そもそも、策があるかどうかもわからないからね」

 そう言いながらコーツ様は、チラリと机に載る置時計を見る。

 タイムリミットが迫っている。


 

 俺はもう一度、情報を洗い出す。

 何故、シエロンは不利である南に陣を引いたのかという理由に触れる情報を……。


 二つの陣の違いは、背後の山と崖の違い。そして、林があるかないか。

 目を皿のようにして盤上を見るが、何も見えてこない。

 

 視線を西に流れる川へ移す。

 シエロンは川下にあり、川を使った策略は使えそうにない。

 ならば、飲み水を供給を断つために、川を背に陣取るべきではなかったのか?

 たしかにオブリエンは補給路を獲得しているが、それでも手間が掛けさせられる。




(あ、忘れていた。川は凍りついている可能性があるんだ。シエロン側も氷を溶かすか雪を溶かすとかしないと、水は手に入らないんだっけ。双方とも、手間がかかるのは変わらないんだった)


 

 

 頭をコツッと叩いて、盤を穿つように見つめ続けるが、シエロンの意図は見えてこない。

(くそ、わかんねぇ。戦場に潜む心理なんて格好良いことほざいたけど、やっぱり素人にはそんなもの見えるわけがなかったんだ)


 

 俺は、目に寄せていた力を抜いた。

 コーツ様は、俺の表情の変化を読み取り、置時計へ視線を向ける。



「かなり長い間、世間話をしてしまったね。そろそろ、終わりにしようか。君も仕事があるだろう?」

「……はい」

「もし、シエロンの策とやらがわかったら教えてくれ。私は私で考えておくよ」


 

 コーツ様は話題を閉じた。

 そして、頭を押さえながら、戦場を模した盤を眺める。

 


 時間切れだ。

 結局、彼の力には慣れなかった……。

 

 俺は静かに頭を下げて、頭を元の位置へと戻す。

 コーツ様はこちらを見ていない。盤を見たままだ。

 俺も最後にチラリと、盤を見た、


 平野の北と南の二つの陣。平野より東。離れた場所にある備蓄基地。

 それらを順に目で追う。

 そこで、今まで知り得た端的な情報が浮かんでくる。


 1.砦の機能不全。

 2.物資が満載の備蓄基地。


(待てよ、これらの組み合わせって)



「コーツ様?」

「もう、十分だよ。あとは私で何とかするから」

「最後に一つだけ。一つだけお聞かせください」

「……なんだい?」

「万一、平野で展開する軍を破れ、備蓄基地を奪われたらどうなります?」


「備蓄基地には、春の大攻勢に向けて物資が集まっている。シエロンは大量の物資を手に入れ、南進。備蓄基地より先には、少数の兵しかいない。防備は無いに等しい。だが、カルラン砦にはドゴエル司令官率いる部隊がいる。だから、そこで進攻は止まるだろうけど」


「もし、止まらなければ?」

「せっかく手に入れた北方の領地は全て取り返されるどころか、逆に攻め込まれる可能性が出てくる」


「そうですか……」

「しかし、そのためにはノヴァス平野のオブリエン軍を破らなければならない。万が一破られたとしても、シエロン側も無傷ではない。進軍する兵力が残っていないだろうね。だから、杞憂というものだよ」

「杞憂、ですか……」


(そうか、俺の考えた最悪の出来事はあくまでも、ノヴァス平野でシエロンが圧勝しないと無理だ。たしかに、ありえない……でも、もし、圧勝する方法があったとしたならばっ!)


 

 ……だが、ここまでだ。俺にそんな方法がわかるはずもない。

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