軍議開始
今回の問題のカギとなる人物――ドゴエル司令官。
彼の気持ちを動かすことが、解決への足掛かりとなる。
(でも、その方法が見つからないんだよね~。とりあえず、説明の続きをお願いしますか。じゃあ、次は何を聞こうか……まずは、元々の問題の話かな~)
「えっと、あの~、お酒でポカやって、負けちゃったところってどこですか?」
「ポカって……はぁ~、盤を見てくれ。備蓄基地からノヴァス平野に至る、この細い道だよ」
呆れ声を交えつつ、コーツ様は平野から備蓄基地へと繋がる道の中央あたりを指差した。
「平野までの行軍中、夜が訪れて途中で陣を張った。丁度そこに、私が贈った酒が届いた。初の平野進出もあり、浮かれていたのだろう。彼らは勝利の前祝いと酔いに酔った」
「ええ~、ツッコミどころ満載で、なんて言えばいいか……」
短い話しだったが、この話だけでもコーツ様が全く無関係だとわかる。
酒はおそらく備蓄基地に届いたはず。
それを急ぎ、前線に送った人物がいる。
こいつが第一の責任者だ。
次に現場で決戦を前に、酒を振る舞った馬鹿な指揮官がいる。
こいつが第二の責任者で、大戦犯だ。
「改めて聞くと、コーツ様が悪い要素が皆無なんですけど……」
「私だってそう思う。しかし、現場は苦楽を共にした仲間たちばかり。誰かを処断するなんてしたくない。おそらくそこに、私が悪いと吹き込んだ者がいる。もしかしたら、酒を送ったこと自体が謀略かもしれない」
「そこらへんを調べるとかは?」
「無駄だろうね。庇い合うだろうから。だからこそ、現場にいない私を悪役として吊し上げたのだから」
「つまり、責任を負いたくない連中と、コーツ様をハメたい連中の思惑が一致したわけだ」
「狙ってか、偶然かは分からないけどね。まぁ、そうなる。さらに、私を大罪人と印象付けるように、ドゴエル司令官に吹聴した者がいたはずだ。おそらく、兄の手の者だろうが」
「でもさすがに、中には理不尽だと思う人もいるでしょう? 誰か一人くらい、ドゴエル司令官に何か言わなかったんでしょうかね?」
「ヨシト、ドゴエル司令官の気質を忘れたのかい?」
「あ、聞く耳持たずの脳筋だったね」
「ぶふっ、その言葉はやめてくれっ」
「すみません、つい」
しかし、これは困った。
ドゴエル司令官なる者は、相当馬鹿だぞ。おまけに、周りにいる連中も最悪のクズだ。
身内同士で庇い合い、他人に責任をなすりつける。
卑劣な貴族連中の話を鵜呑みにする、司令官。
司令官を恐れて、正しいことも口に出せない者たち。
これらの話がまかり通るとするならば、オブリエン国は大国を名乗ってはいるが、内部は腐りきってんじゃないのか?
(よし、ある程度お金が溜まったら何もかも捨てて、この国から逃げ出そう)
俺は固く、それを誓う。
「どうした、ヨシト? 手を握り締めて? 何か良い考えでも浮かんだのかい?」
「いえ、そういうわけじゃ」
(っと、いけない。今は目の前のことに集中しよう)
誤魔化すように、盤の上にある大将の駒を手に取った。
木製の黒光りする憎らしい大将。憎らしいが、こいつをどうにかしなくてはならない。
(はぁ~、ドゴエルを説得できたら、一発逆転なんだけど。相手が脳筋キャラなら、弁を弄しても馬耳だろうし、力の信奉者には力しか……)
駒から目線を切り、机の上にある戦場を模した盤へ降ろす。
盤の上にある、ノヴァス平野の表記。
平野には、北と南に陣が二つ。
北は山を背に陣を敷き、南の後ろには切り立った崖。双方、後ろには退けない。
東側の平野の入り口は狭い。そこから先の道も狭く、行き着く先は備蓄基地。周りは森。
西は大きな川を挟んで、森が広がっている。
陣は合わせ鏡のように向かい合う。
違いといえば、北の陣と川との間に小さな林があるくらい。
林がなければ、本当に差異のない陣立て。
陣容を確認したところで、さらに、ここまでの分かった情報のみを総おさらいする。
1.ドゴエル、脳筋、馬鹿。周り、イエスマンのクズ。
2.砦、機能不全。
3.砦突破以降、連戦連勝。敗北は、酒の一件のみ。
4.備蓄基地。物資、いっぱい。
5.平野に進攻中、酒に溺れる。しかしシエロン、酔っ払いを全滅させきれず。
6.酒の怪しい動き。これは誰かの思惑か? 第一容疑者、コーツ様の兄貴。
(6番目こそ、今回の本命……いや、6番目は切り捨てよう。本当なら、これこそがカギだろうけど、ドゴエルがコーツ様の言葉に傾けるとは思えないし、調べる時間もない)
もっとも重要な情報を切り捨てるのは、断腸の思いだが仕方ない。中身が重要であっても、今すぐに役に立つ情報でないのなら意味を成さない。
気持ちを切り替えて、次に現在気になる点を考える。
1.北と南の陣の配置の経緯。
2.シエロンの攻撃は何故、手緩かったのか?
(さて、ここからどうするか? ドゴエルの説得で話を進めるなら、彼が耳に貸しそうな話題が必要。となれば、戦争の話か? 何か良い作戦でも思いつけば、先だっての失敗を帳消しにしてくれないかな? もっとも、兵法なんか知らない俺には、土台無理な話だが……)
無理な話――しかし、今のところ、役に立ちそうなアイデアが浮かばない。だとするならば、今は無理であろうとすがるしかない。
どのみち、陣立ての経緯も聞きたいと思っていたところだし、そこらの話を聞くのも悪くない。
それに、俺が何のアイデアを得られなかったとしても、今なら目の前に兵法を知る人がいる。
話をしていく内に、コーツ様が何か良いアイデアが閃いてくれる可能性がある。
俺はダメ元で、コーツ様に戦場のことを尋ねてみることにした。
「あの、机の陣って、北方のですよね?」
「ああ、エイコーン侯爵が言うには、これが現在の陣の配置らしい」
「この布陣を敷く前は、どんな感じだったんですか?」
「布陣? 何故、そんなことを聞く?」
「いや、戦場の失態は戦場でしか返せないかな~って」
「まさか、ヨシトは兵法に通じているのかい?」
「いえ、全然」
「…………」
コーツ様は、時が止まったかの如く無言のまま固まった。
そのお気持ちは、よーくわかる。
『なんなん、こいつ?』って感じだろう。
とりあえず、このままコーツ様を固まらせておくわけにはいかない。
「少し、言い訳を」
「……聞こう」
「現時点で、解決策を練ろうにも情報が少なすぎます。なので、なんでもいいから情報が欲しいんです」
「で、兵法を知らぬ君が戦場のことを?」
「ごもっとも。でも、解決策のヒントっては、ひょんなことから出てくるものだと思ってます。それに、戦場の出来事をおさらいすることで、コーツ様自身が何か思いつくかもしれませんし」
「一理あるが、全面的に私頼りな感じがするが……」
「まぁまぁ、俺たちの話は気分転換なんでしょ。話してみてください。それに、」
「それに、なんだい?」
「兵法は分からなくても、戦場に潜む心理なら素人でも分かるかもしれません」
俺は、兵の動かし方も、戦い方もわからない。
ある場面で、総攻撃か、撤退か、留まるべきなのかなんてわかるはずもない。
でも、話を聞いていく内に、何かの、何者かの意図が見えてくることならばっ……あったりなかったりみたいな?
コーツ様は俺の言葉を受けて、口元を静かに緩める。
「戦場に潜む心理……ふふ、面白い。わかった、君に乗せられてみよう。シエロン国内部に入ると、酒の件を除き、オブリエン軍は連戦連勝を重ね、ついにはシエロン国の首都を臨めるノヴァス平野へまで辿りついた……」
布陣を敷くに至るまでを、まずは簡単に説明してもらった。
内容はこうだ。
ノヴァス平野に、東より攻め入ったきたオブリエン軍を迎え撃つべく、シエロンは西から迎え撃った。
シエロン軍は自国の首都へと通じる、西の川に架かる橋を落として、南側に陣を敷いた。
オブリエンは相対するように、北に陣を構えた。
簡易的な説明であるため、情報は少ない。
しかし、これだけでも、疑問に思うことが山ほど湧いてきた。
「とまぁ、こんな感じだけど」
「そうですね。質問をいくつか。あ、最初に断わっておきますが、兵法なんて全然知らないんで、的外れなこと言っても気にしないで下さいね」
「ああ、わかった。気にしないから、遠慮なく質問をしてほしい」
「ありがとうございます、では早速……何故、シエロンは渡河をしてまで、平野でオブリエン軍を迎え撃ったんでしょう。川の向こう岸で待ち受ける方がよくありません? そうすれば、川を渡ろうとして、進軍が鈍るオブリエン軍をきゅいって捻れますよ」
「エイコーン侯爵の話では、平野に侵入されるのを嫌がって、東側の侵入口を抑えようとしたらしい」
「ああ、侵入口は狭いし、悪くない手ですね」
「まぁね。だが、シエロン軍は侵入口に間に合わず、オブリエン軍が先に平野の入り口に到着。そこへ、一足遅れてシエロン軍が現れた。オブリエン軍とシエロン軍は平野の入り口近くで激突」
「おお~、燃える展開」
「ヨシト、不謹慎だよ。気持ちは分かるが」
「す、すみません」
「まったく……ま、結局だ、勢いのあるオブリエン軍は、侵入口の頭を押さえようとしたシエロン軍を蹴散らして、平野への侵攻に成功した」
「そうですか。でも、そうなると、シエロン軍は西に押し戻された格好になりますよね。どうして、東西ではなく、北南に陣が?」
「シエロンは一旦退いたと見せかけて、平野南側から回り込み、東側の分断を狙ったんだよ」
「どういうことです?」
「東側の道の先には、オブリエン軍の備蓄基地がある。基地がある限り、我が軍は物資に困ることがない。だから、補給路を是が非でも押さえて、補給を断ちたかった。けれどまぁ、失敗に終わったから、北と南の陣に分かれたんだけどね。あ、もちろん、補給路は確保してあるよ」
「はぁ、なるほど……シエロン軍が橋を落とした理由は?」
「オブリエン軍に橋を渡られ、シエロンの首都を危険に晒さないためだ。もっとも、こちら側としては、目の前の敵を放置して橋を渡るようなことはできないが。シエロン軍から見ると、念のためと言ったところだろうな」
「橋は架けなおせないんですか?」
「川幅が広すぎる上に、平野には材料になる木がない。持って来ようとすると東の備蓄基地周辺からになるが、かなりの量の木材が必要だ。しかし、季節は冬に差し掛かろうしている。こちらはまだそう寒くはないが、北のノヴァス平野周辺では、雪が積もっていると聞く。さらに、そこに至る道も細い。だから、運搬は厳しい」
「そしたら尚のこと、シエロン軍は橋を落として、川の向こう岸で待ち受けるべきでは? 何かできない理由があっても、せめて首都を守るように、川を背にして陣を張るべきだと思うんですけど? 背水の陣的な感じになっちゃうけど」
「背水の陣? あれ、ヨシトは兵法に明るくないと言っていたよね?」
「明るくないですよ。うっっっすい知識があるだけで」
「ほぉぅ」
コーツ様は目を細めて、俺を見つめる。何か妙に思われているみたいだ。
考えてみたらコネグッドじゃ、本、ゲーム、ドラマ、アニメ、映画といった娯楽を通して、日常に必要のない知識に触れる機会がない。
だから、専門的な用語を一つ知っているだけでも、奇妙に映るのかもしれない。
(話の腰を折られたら困るので、テキトーに誤魔化しておくか)
「あれですよ。シフォルト伯爵の話し相手をしてたら、そんな話があっただけです」
「シフォルト伯爵が、奉公人の君と、そんな話をねぇ」
疑念の混じる言葉使い。
顰められる眉……誤魔化すどころか、余計に不審に思われている。
こういった失敗が多い気がするが、俺は誤魔化すのが下手なんだろうか?
「え~っとですね。話し戻しますけど、現時点でオブリエンは連戦連勝で、勢いがあるわけでしょ。そんなオブリエン軍を平野で迎え撃つなんて、無茶苦茶すぎやしませんか?」
「……まぁ、そうだね。でも、それが連戦連勝の理由でもあるからなぁ」
「ん、どういうことです?」
「先程も話したと思うけど、備蓄基地となる場所より、遥か南にある、カルラン砦の攻防まではシエロン軍は精強だった。しかし、ドゴエル司令官により砦が落とされて以降、シエロン軍は意気消沈したのか敗北重ね、ついにはノヴァス平野への侵入を許した」
「シエロン軍は弱くなった、と? そんなことあるんですか?」
「最強の壁であったカルラン砦が落とされたことで、士気が下がったのだろうね。それが敗北を呼び、その敗北が士気を下げ、また新たな敗北を呼ぶ。戦場ではよくあることだよ」
「まぁ、負けこんでたら、だんだん勝てる気が無くなりますからねぇ」
ゲームでも負け続けると、勝てる戦いでも弱気になり、悪手を連発して勝てないことがある。
そんな感じなんだろうか?
人の生き死にが懸かっていることと同じにしては失礼だけど。
盤上に視線を移し、話に出たノヴァス平野を指差す。
「あの、ノヴァス平野には今まで来たことないんですか?」
「ああ、これも繰り返しになるけど、今まではカルラン砦を攻略できずにいたからね。ほとんどの場合、攻略中に冬が訪れて、戦闘の継続が困難になってしまっていた」
「継続が困難? どうして? 寒いから?」
「ま、正解だ。正確に言うと、カルラン砦は峡谷で冬になると、雪で身動きできなくなる。砦を攻略する以前の問題になってしまう」
「今だって、もう冬になろうとしてますよ。いや、北方はすでに厳しい寒さのはず。なら、平野だって、雪が積もったら動けないのでは?」
「動けない? いやいや、今回の相手は砦のある場所じゃない。条件は同じだ。とはいえ、お互いに睨み合いがやっとだろうけど」
「条件は同じ? でも、ここは相手の領域ですし、雪と寒さに慣れているシエロンの方が有利じゃないですか?」
「指摘の通りだけど、悲願の平野入りだ。ここで撤退すれば、もう一度平野に訪れて、陣を敷き直さなければなくなる。加えて、今退けば、シエロン軍は平野への侵入を防ぐため入り口に砦を築く」
「なるほど、ねぇ……」
シエロン軍は、ここより遥か南にあるカルラン砦までは精強だった。
しかし、砦を突破されて以降、オブリエン軍は連戦連勝を重ねて、シエロン国の首都を窺える、悲願のノヴァス平野へと進攻。
悲願の平野入り――オブリエンのから見ると、ようやくたどり着いた場所というわけだ。
冬が来るからといって、退くわけにはいかない。
何より退けば、シエロン軍から平野の入り口に砦を築かれてしまい、侵入することすら難しくなる、と。
俺は盤上を視線を向ける。
相対する、北と南の陣。
俺には二つの陣の配置が、とても気になって仕方がなかった。