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キーマンはドゴエル司令官?

 コーツ様に視線をぶつけ見据えるが、俺の決意とは裏腹に、彼は力なく首を左右に振る。


「良い考え? 悪いが、君の出る幕はないよ」

「たしかに俺は、このような重大な案件を相談されるほど信頼されてません。ですが、力に成れるものなら成りたいと思っています」

「何故だい?」

「それは……」

 

 正直に、自分の気持ちを曝け出すべきか悩む。

 コーツ様は射るような視線をこちらに向けている……下手な言い訳はやめておいた方がいいみたいだ。

 ここは直球勝負しかない。



「酒の一件は、俺に責任はないとおっしゃってくれますが、でも、俺が先に口に出したという事実が、どうしても心の中で引っ掛かっているんです。俺は、そういうのを無視できるほど鈍感ではいられない」

「つまり、君の我儘に付き合えと?」

「はい、そうです」

「な、なに!?」


 

 コーツ様は身体全体をびくりと跳ね上げて固まった。

 覚悟を決めて球を投げたはいいけど、相手を驚かせては意味がない。

 打ち返してもらうか、受け取ってもらわないと。

 いやそれ以前に、この球は直球どころか、自分への死球の可能性がある。


 慌てて、口調をまろやかにやんわりと変えて、ご機嫌を損なわないように気を払い、ついでに上目づかいを加えて言葉を続けた。



「ええ~っと、色々と思うところはあるでしょうが、気分転換的な世間話をするため戻ってきた。これでは……駄目ですか?」

「…………フ、フフ」

「コーツ様?」

「ヨシトは嘘が下手なようだね」

「え~っと、すみません。失礼な真似を」

「構わないさ。気持ちを切り替えるには丁度いい刺激だった。まぁ、正直なところ、考えが行き詰まっていたからね」


「じゃあ」

「ああ、気分転換の世間話とやらに付き合おう。だけど、色々と対処すべきことがあるので、時間はあまり取れないが。それでも構わないかい?」

「十分です」


 

 俺はコーツ様に向かい、一度会釈をして、彼の傍に寄った。

 机を挟んだ先に、コーツ様がいる格好だ。

 コーツ様は椅子に座ったままの状態で、俺を見上げる。


「では、何の話をしようか?」

「そうですね。今、俺がわかっているのは、こちらが贈った酒のせいで部隊が全滅したってところと~、」

「ん、全滅? 全滅などしてないが」


「あれ、そうだっけ?」

「ああ、大きな打撃を受けたが、敵の攻撃が手緩く、全滅も陣を奪われることもなかった。とはいえ、被害はかなりのものだったらしいが」

「あ、そうなんだ」


 いかん。いきなり、転んだ気がする。

(そういや、コーツ様もグレンさんも、かなりの被害が出たとは言ったけど、全滅とは言ってなかったな。情報をしっかり把握しないと)

 俺は武器となる情報を確認するため、一つ一つ質問を慎重に重ねていくことにした。



「えっとですね。休戦を破ったのは我々オブリエン側で、理由は開戦派のドゴエル様が北方の司令官に赴任したから、であってます?」

「ああ。開戦当時は季節も夏前だったからね。これ幸いと、赴任してすぐに、ドゴエル司令官は北進を開始。進攻はうまくいき、苦戦を交えながらも、カルラン砦まで進軍した」

「カルラン砦?」

「カルラン砦とは……」


 

 コーツ様は机の上にある、戦場を模した盤を見る。

 盤上には、二つの陣が北と南に分かれて、合わせ鏡のように敷かれてあった。



「え~っと、盤上にはないか。平野にある二つの陣を見てくれ。北はオブリエン軍三万の兵が展開。南はシエロン軍、同じく三万。この平野から東に離れたところに備蓄基地があるだろ。ここから、遥か南に砦がある」


 説明を交えながら、備蓄基地から南に指をずらし、盤と机の上との境界を指差す。


「ここにある砦は、現在ドゴエル司令官が占拠し、復旧作業にあたっている」

「復旧?」

「シエロン軍が砦を放棄する際に徹底的に破壊してしまい、砦としての機能が不十分なんだ。とりあえず、冬を越せるくらいには修復を進めたいらしい」

「なるほど。北は寒いから早く修復が進むといいですね」


 始まりとなる基本情報は把握した。

 続いて、グレンさんから聞いた情報を尋ねる。


「グレンさんからちょっと聞いた話なんですが、砦って難所だと聞きましたが?」

「難所以上だな。過去の歴史において、オブリエン軍はカルラン砦を攻略したことがない。進攻するも、毎回攻略前に冬が来て、撤退せざる得なかった」

「じゃあ、ドゴエル司令官大快挙?」

「そうなるね」


「えっと、砦を破った後は、連戦連勝とグレンさんが言ってましたが?」

「ああ、砦の攻防まではシエロンも精強で手強かった。しかし、シエロン国攻略への最大の壁。カルラン砦を落とし以降、シエロン軍は意気消沈したのか、敗北を重ね続ける。逆に我々は勝利を重ね続け、盤で表しているノヴァス平野まで進攻した」


 

 コーツ様は机の上に視線を落とす。

 俺も戦場を模した盤を見る。

 

 ノヴァス平野と言われた場所で、北と南に陣が別れている。


 北の陣、オブリエン側の背後には山。

 対する南の陣、シエロン側の背後には切り立った崖。

 双方ともに後退はできない。


 平野の西には川。川を渡った先は森。

 東は細い道が続き、道を上っていくと、備蓄基地。基地の周りは森。

 また、平野の東側の入り口となる道は狭い

 

 陣の形は合わせ鏡のように、瓜二つ。

 違いがあるとすれば、北の陣と川の間に小さな林があるくらいだった。


(双方ともにほぼ同じ条件。違うのは背後にあるものと、林の存在だけ、と。でも、この林は細い林みたいだし、あんまり気にするようなものじゃないかな? それよりも……)


 視線を平野から、備蓄基地のある東にずらしていく。



「備蓄基地にはどれほど物資が?」

「春の大攻勢のために、かなりの物資が集中しているらしい。冬の到来のため、平野の陣は維持するのみで方針が決まったようでね。問題は、そのタイミングで敗北したことなんだよ」

 


 コーツ様は、溜め息交じり声を出す。彼は備蓄基地のある場所を指で、何度もトントンと叩く。

「連戦連勝のさなか、酒の一件が唯一の敗北なんだ。その敗北は、大量の物資が集まっている備蓄基地を失う可能性があったとされる敗北。故に、ドゴエル司令官はかなりご立腹だと」


「そういえばドゴエル司令官って、どんな感じの人なんですか? グレンさんから聞いた限りでは、力任せな感じな人ですけど」

「ヨシト、口が過ぎるぞ」

「あ、すみません……あの~、それで、どんなお方なんです?」


「ドゴエル司令官は、剛毅果断、驍勇無双。武を持って全を制する傾向がお強いな」

「やっぱり、脳筋か」

「のうきん?」

「脳みそが筋肉……」

「ブフゥっ、ごほごほごほ、はぁはぁ……ゴホン、失礼だぞ。ヨシト」

「コーツ様、いま笑ったじゃん」

「覚えてないね……しかし、脳みそが筋肉とは、クフ」


 

 笑いのツボにハマったようで、口を押えて何とか笑い声を抑えようとしている。

 そこから見えるのは、貴族のコーツ様ではなく、17歳の青年コーツの姿。


 俺と二つしか違わない彼が、多くの人々の命と財産を預かる責任を負っている。

 どうすれば、そんな重責に耐えられるのだろう?


 自分だったらと思うと……体がぶるりと震える。

(やっぱ、偉くなんてなるもんじゃないな)

 改めて、平凡である喜びを噛み締める。現状、さほど平凡でもないけど……。


 

 コーツ様は、何度も小さく咳込みながら、笑いを誤魔化している。

 しかし何故か、咳込み、息を吸うたびに顰め面になる。

 鼻をスンスンと鳴らしている様子から、部屋に充満する煙草の匂いが気になっているのだと思う。

 彼は鼻を押さえながら、時折、クフッと笑いを漏らす。


 とりあえず、コーツ様が笑いから解放されるまで、今まで得た情報をまとめていこう。

 


 開戦派のドゴエル司令官が戦争を始めた。

 侵攻はうまくいき、過去に誰もなし得なかったカルラン砦を攻略。

 しかし、砦は破壊し尽され、機能していない。


 平野では、合わせ鏡のように北側にオブリエンが。南側にはシエロンが陣を敷いた。

 違いは、背後に広がる山と崖の風景。北の陣と西の川の間にある、小さな林の存在。

 双方、背後に逃げ場なし。

 

 西は川。川を渡った先は森。

 東は細い道。平野の入り口は狭い。

 東の細い道の先に、オブリエンの備蓄基地。周りは森。


 備蓄基地には物資がいっぱい。

 酒でどんちゃんやって負けたせいで、備蓄基地が奪われる可能性があった。

 しかし、シエロン軍の攻撃は手緩く、部隊の全滅は避けられた。



 さて、この中には、詳しく聞いておかなきゃいけないことが、ふんだんに混じっている。

 聞くべきところを、大雑把に区分けすると。


 1.ドゴエル司令官の性格

 2.唯一の敗北とされる場所。

 3.北と南に陣を配置した経緯。

 4.シエロン軍の攻撃が手緩かった理由。


 

 さてと、これらのどこから聞いていくべきか。


(まずは、ドゴエル司令官の詳しい人物像にしようかな? でも、聞く耳持たずの脳筋ってわかってるし、別にいっか。脳筋タイプは苦手なんだよな~……ん、待てよ。脳筋?)



「コーツ様は、笑いを堪能中、申し訳ありませんが、ドゴエル司令官のことを詳しく聞かせてもらえませんか?」

「た、堪能なんかしていないっ。全く、君は……ドゴエル司令官のことだね。また、どうして?」

「半分はなんとなく。もう半分は、期待」

「期待?」

「おそらく、ドゴエル司令官って、自分の言うことがぜった~い、的な感じの人でしょ?」


「さっきから失礼な物言いだな。私の前だからいいものの、他の者の前ではそんな物言いはやめておくんだよ」

「もちろんっす。で、そんな感じの人なんですか?」

「本当にわかっているんだか……そうだね、ドゴエル様は周囲の言葉に、あまり耳をお貸しになる方じゃない。どんな命であれ、彼の決定に異を唱えることのできる者は、まず、いないだろうね」


「と、いう、ことは……ドゴエル司令官を説得できれば、今回の件、何とかなりませんか?」

 わざとらしく韻を踏みながら、したり顔で話す。

 しかし、コーツ様は表情を曇らせてながら言葉を返してきた。



「ちゃんと話を聞いてたのかい? 彼の決定に、異を唱えることのできる者はいないって。つまり、ドゴエル司令官が今回の件を私の責任だと思っている、もしくは思わされているのならば、どうしようもないよ」

「そっか、難しいか……」


 と、コーツ様の言葉を肯定するようなことを口にしながら、俺はドゴエル司令官を納得させる材料があれば、何とかなるのでは……むしろ、納得させるしか方法がないのではないかと思っていた。




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