表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/41

小さな欲

 休憩室で、ギジョンと二人っきり……。

 テーブルを挟み、向かい合わせで椅子に座り、無言でぼーっと過ごす……なんか、気まずい。



 俺は椅子から少し腰を浮かせる。

「あの、お茶でも入れてこようか?」

「いえ、旦那にそんなことされちゃあ、困ります」

「そう……」

 椅子へ腰を戻す。


 

 気まずい……。たいそう気まずいっ。というか、なんでギジョンが休憩室に残っているんだろう?

(あ、そうだ。荷馬車用の馬の手配をこいつに任せれば……でも、今言うと、追い出そうとしてるみたいで、感じ悪いなぁ。仕方ない、何か適当な話題でも……あ、そういえば使いの人が変なこと言ってたなぁ)



「あのさぁ、ギジョン。俺って、使いの人に『様』呼ばわりされてたけど、なんで?」

「そりゃ、コーツ様直々にエルフの交渉人として抜擢されて上に、商隊の隊長でもあるんでやすよ。様の一つや二つ付くでやしょうよ」

「はぁ~、そういうもんか……」

「そういうもんでやすよ……」

「そうかぁ……」


 会話終了。再び沈黙。


(え~っと、話題話題って、なんで俺がこんなに気を回さなきゃいけないんだ。でも、だんまりのままだと気まずいし。他に何かあったかなぁ……そうだっ)



「あの、ギジョン。聞きたいことがあるんだけど?」

「何でやすか?」

「森の盗賊の話なんだけど、あいつらってどうするつもりだろ? 交易品を略奪できなくなったら、干上がっちゃうだろ?」

「干上がる前に、どっか仕事のしやすい場所に移動するでやしょうよ。しかし、なんで盗賊の心配なんぞを?」



「いや、盗賊はどうでもいいんだけど、そいつらがエルフの森を襲ったりしないかなと思って」

「できるわけないでやしょっ。エルフは皆、魔法使えるんでやすよ。盗賊風情がどうこうできる相手じゃありやせん」

「でもさ、盗賊に魔導師がいたら、対抗できるじゃん?」



「盗賊団にそんな大層な方がいるわけないでやしょっ。魔導師と言えば貴重な存在でやすよ。国家の管理下に居られる方々でやすから」

「え、魔導師って少ないの?」

「はいっ?」

 ギジョンのギョロッとした目を、一段と大きく見開き、丸い目玉がむき出しにする。



「え、何、なんでそんな顔するの?」

「旦那、本気で言ってんでやすか?」

「うん」

「……旦那は切れ者なんでやすか、馬鹿者なんでやすか?」

「ひっどい言われよう。まぁ、馬鹿でいいからさ、教えてよ。魔導師って貴重なの?」



「貴重も貴重でやすよ。この大国であるオブリエン王国であっても、300人ほどしか存在しやせん」

「少なっ!? それじゃ、魔導部隊なんか組めないね」

「部隊って……そんなことができるとしたら、魔導国家と名高い『神聖ロリオーヌ帝国』ぐらいでやしょうね。ロリオーヌには魔導師が2000人もいると聞きやすし」

「え、たった2000? 魔導国家なのに?」



「たったって……魔導師一人いれば、街一つ消し飛ばせるといいやすのに。そんな連中がポンポンいてたまりやすかっ」

「そんなにすごいの? じゃあ、戦争に魔導師が現れたらおしまいじゃん」

「心配には及びやせん。戦争に魔導師を投入することは、条約違反でやすから。彼らは、使えない最強の切り札でやすよ」

「へ~」


 

 今の話を地球感覚に置き換えると、魔導師の存在は核兵器みたいなものなんだろうか?

 使うわけにはいかないけど、牽制のために存在する最終兵器、的な?



(待てよ、ということは)

「エルフって、みんな魔法が使えるんだよね? ってことは、ユミたちが住むクレイ森のエルフたちって、全員が街を消し飛ばす力を持っているってこと? あそこには100、200のエルフがいたんだけど」



「そこは微妙でやすね。エルフは確かに皆が魔法を使えやすけど、人が使う魔法より劣ると聞きやす」

「え、人よりも? 俺の中のイメージじゃ、エルフの方が魔法が得意な感じがするんだけど」

「少し語弊がありやした。こと戦闘や戦争に関する魔法は、人間の方が優っている、という話でやす。なにせ、人は日夜、戦いのための魔導を研究してやすから」

「ああ、そういうこと。じゃあ、人間の魔導師とエルフが戦ったら人間が勝つんだ?」



「さぁ? なるべく異種族同士の争いは避けてやすから、そいつぁ蓋を開けてみないとわかりやせん」

「へぇ~、異種族同士の争いは駄目なんだ?」

「駄目というより、人間側が不利だと考えられやすから、避けてるんでやすよ。人の身体能力は、亜人の中では弱小と言われるホビットにすら劣りやすから」



「そうなんだ、人間雑魚いな……」

(この世界にはホビットまでいるのか。こりゃ、ドワーフやドラゴンの類もいそうだなぁ)


 エルフもそうだが、地球のお伽噺に出てくる種族の名前が、どうしてコネグッドで聞けるのか、正直不思議でならない……ならないが、以前も考えたように、調べるのはメンドーなのでパス。

 ただえさえ、面倒事に巻き込まれてるのに、これ以上ややこしいこと増やしてたまるかって話だ。

 

 そういったことには一切触れずに、自然な会話を繋げる……自然だと思ってはいたんだけどね、この時点までは……。

 

「しっかし、魔導師が貴重とはね~? シフォルト伯爵のところにいた頃は、何人もの魔導師が普通に出入りしてたから、そうは思わなかったなぁ」

「ああ~、だからでやすかっ。旦那にとって魔導師の存在は普通でやしたんですね。なるほど。で、こんな当たり前の質問を」

「え、ああ、そうそう、そうなんだよ」


 

 俺は馬鹿か。何が自然だ。

 自分がコネグッドと異なる世界の住人だってことを忘れて、なんて尋ね方をしてたんだ。

 何が常識的な情報で、何が非常識的な情報か分からないんだから、知りたいことはもっと慎重に尋ねないと……。


 地球人であることを隠す必要はないけれど、証明する手段がない状態では、変な奴と思われないように努めといた方がいい。

 何かあるたびに、馬鹿者扱いされるのは辛いし。



(え~っと、言葉を選んで、話を締めなきゃ)

「いや~、シフォルト伯爵のところじゃ普通だったからなぁ…………って、あれ? でも、なんでシフォルト伯爵のところには、魔導師が当たり前のように出入りしてるんだ?」



「シフォルト伯爵は高名な大貴族でやすよ。肩書こそ伯爵であらせられやすが、その名は四海に轟き、大公爵、王族でやりやしょうと、おいそれとあのお方には口が出せやせん」

「あ、そうなんだ。そっかぁ、只者ではないと思っていたけど、ダンディなおっさんってだけじゃなかったんだなぁ」

「旦那にとって元主でやしょ。なんで知らないんでやすか? しかも、事もあろうにおっさん扱い。旦那は一体、何様なんでやすか?」

 

 

 ギジョンがじ~っと、訝しんだ(まなこ)を向けてくる。

 言葉を選ぼうと思った矢先にこれだ。

 あまりの脇の甘さに、情けなくて泣けてくる。


「いや、俺は何者でもないですよ。ただの世間知らずですっ」

「主のことも、魔導師のことも知らないとはぁ、世間知らずにしちゃぁ」


 

 いけない。

 このまま、ぐいぐいツッコまれたら、返答に窮してしまう。なんでもいいから、話を終わらせないと。

「もういいじゃん、その話は。仕方ないだろ、俺は自分のこと以外興味ないんだから」

「自分のこと以外……なるほど。旦那は、そういった性格で…………覚えておきやす」

「え? うん、覚えておいて……」


 

 ギジョンは苦虫を噛み潰したような顔を見せたかと思うと、何かを諦めたような素振りを見せて納得した。

 自分でもひどい言い訳だと思うのだけど、なんでこんなので納得できるんだろうか? 加えて、この奇妙な態度は?

 しかし、気になるからといって尋ねると、墓穴を掘ること間違いなしなので、ここで口にチャックを入れた。



 だけど、ギジョンはチャックを閉じる気がないらしく、別の話題を振ってくる。彼が口に出した話題は俺にとって、少しばかり苦手なもの。



「そういや、旦那。エルフの話の際に、どうしてユミ様の名を? そこは普通、ムアイ様の名前が出るところじゃないでやすか?」

「ん? 何が言いたいんだ、てめぇっ」

「おお、声が本気じゃないでやすか? で、どうなんでやすか?」

「この野郎、人が牽制しているのに……単純に、エルフの中で一番仲が良いからだよ」

「良いとは?」

「お前の考えているような『良い』じゃないからな。そりゃ、ユミはすっごい可愛いし、『良い』関係になれたらいいなぁって思うところはあるよ。でも、大変そうだからパス」

「はいぃ?」


 いの音を、上へ曲げ延ばす感じで聞き返してくる。どこかにそんな警部がいた気がするが……?

 それはさておくとして、隠すような話じゃないから会話を続けた。



「ほら、エルフと人間じゃ生きる時間が違うから、後先のことを考えると、『良い』関係にならない方がいいと思うんだよね」

「そんな先のことまで考えているんでやすか? 男と女の関係になってからでいいでやしょ」

「悪いけど、俺はギジョンほど物事を軽く考えられないんで……」

「はぁ~、旦那ぁ。女を、知らないでやしょ?」

「なっ?」


 

 心臓にダイレクトに突き刺さる問い。

 しかし、俺の年で、女を知っている方がおかしいはず。

 気を静めて、問い返す。



「………………それが、なにか?」

「旦那は一度、女慣れしておいた方がいいでやしょうね。付き合う付き合わないの前に、そんな先のことを考えているんじゃ、一生縁がありやせんぜ」

「こ、怖いこと言うなよ」



「まぁ、縁のあるなしはともかく、少しは女のことを知っておいた方が、旦那の将来のためになりやしょうし」

「は、将来? なんでギジョンが俺の将来を心配をすんの?」

「そりゃあ、旦那にはこれからどんどん出世していただきやせんと」

「ん? それって……ギジョン、俺からお零れ与ろうとしてる?」

「へっへっへ、さすが旦那。察しが良いでやすな」


 

 きったない顔に、晴れやかな顔を乗せて答えてきやがる。こんなにも腹が立つ朗らかな笑顔は生まれて初めて見る。



「ったく、察しも何も隠す気ないじゃん」

「このような話を隠さずとも、許容してくれるお方でやすからね。だから、あっしは旦那のこと気に入ってんでやすんよ」

「おっさんから言われてもなぁ。気持ち悪いだけだよ……でも、ギジョンには悪いけど、俺は出世する気なんかないから」

「なんですと?」


 

 彼はテーブルから身を乗り出して、眼前にまで顔を近づけてくる。どんだけ、人からお零れを貰う気満々なんだ?

 だが、この態度は、俺のことをかなり評価してくれてる表れでもある。

 色々と経験豊富そうな彼から期待されているかと思うと、悪い気はしない。


(っと、ダメダメ。もう、俺には人生のプランができているのに)

「ギジョン。とりあえず、席に戻って。こわいから」

「おっと。こいつぁ、失礼」

「あのね、言っとくけど俺はすでに、一応の人生設計を立ててるから、ギジョンが俺に何かを期待しても無理だからね」

「どのようなっ?」


「え~っと、コーツ様って、賃金の支払い良いじゃん。仮に、このままコーツ様の下に勤めていたらぁ、20年後には、贅沢さえしなければ一生暮らせる分は稼げるわけだよ。35にして楽しい隠居生活。最高だね」

「……本気で言ってんでやすか?」

「うん、本気だよ」

「旦那……」


 

 ギジョンはいきなり声のトーンを落として、凄みを帯びた声を漏らす。元々、普通にしていても気味が悪いのに、暗く落ちた声が不気味さに輪をかけてくる。

 俺は少しでも不気味さから逃れるために、椅子を後ろにずった。



「な、なに?」

「旦那は15という年で、商隊の隊長を務めておられるお方でやすよ」

「でも、肩書だけじゃん」

「肩書きであっても、自分が15歳のころと比べれば天と地の差。なにより、旦那は肩書き以上の働きをされたではありやせんか。旦那はもっと上に行かれるお方でやすよ」

「いや、無理。責任とか重いの嫌だし」


「旦那っ!」

「は、はい、なにっ」

「世の中には、機会を得たくても得られない連中がごまんといやす。その中で、旦那はシフォルト伯爵とコーツ様のお目を掛けられた。さらには、コーツ様に認められるだけの実力を振るいやした。おかげで普通の者とは違う、良い立場に居られる…………旦那は、全てを捨て去ると?」

「それは……」


 

 たしかにギジョンの言うとおり、俺はかなり恵まれている。

 シフォルト伯爵に出会わなければ、のたれ死んでいたかもしれない。

 

 でも、そうならなかった。

 

 彼の屋敷では、新参者でありながら、伯爵の御付きの奉公人として目を掛けられた。

 コーツ様の下では、何とか難題を片付けて、仕事ぶりが評価された。

 うまくいけば、執事補佐という名の事務職から解放されて、引き続き商隊の隊長兼交渉人として、ちょっと高めの給金で働いていけそうだ。


 それに何より、今の俺には15歳という身でありながら、ギジョン以下数人の部下がいる……。


 心に生まれる、小さな欲。

 小さな存在でありながら声は大きく『もっと、もっと』っと騒いでいる。


(……いや、だめだっ、高望みしては。だいたい俺は、駆け落ち騒動に巻き込まれた身。安全とは言い難い立場なんだ。恵まれているどころか、貴族の気まぐれで命を奪われるかもしれない。これ以上は余計なことをせずに、大人しくしてないとっ……だけど……)


 俺は口を閉じたまま、じっとテーブルを見ていた。その間、ギジョンは何も語りかけたりしない。

 無音の時間が休憩室に満ちる。

 このまま、音のない時間が延々と続くのではないかと思ったところに、ノックの音が割り込んだ。


 音ある世界に戻してくれたノックに、救われた思いがする。

 俺は平凡な生活を求めているはずなのに、ありえない欲を抱いてしまったから。

 

 


 ノックに返事をすると、扉が開きグレンさんが入ってきた。

「そろそろ、御客様がお帰りになられます。ヨシト、準備を。ギジョン、裏手に馬の用意をしてありますので、隊の方々へ届けてください」

「へい」


 

 ギジョンは席を立ち、グレンさんの横を通り抜ける。彼はぺこりとグレンさんに頭を下げて、休憩室から出ていった。

 グレンさんは俺を見て、小さく首を縦に振る。

 返事に応じるように俺も席を立ち、グレンさんの後ろに着いてコーツ様が待つ執務室へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ