へんなグレンさん
滞っていたアルトミナとエスケードの交易を蘇らせ、さらにはエルフとの交流を復活させた良人。
主コーツは、それを大きく評価した。彼を『使える男』として……。
また、老獪なギジョンも、良人を利用としようと企んでいる。
そのような中で、執事長グレンだけが良人に温情を傾ける。
しかし良人は、グレンの想いを知らない……。
お家の危機という知らせを受け、俺とギジョンは荷馬車の商品を隊員たちに任せて、一足先にコーツ邸へと戻ることにした。
伝令に使われた馬は疲れて切っていて、使い物にならなかった。
だから、足となる馬は荷馬車の馬を使った。
荷馬車用の馬は、コーツ邸に着き次第、代わりを手配するつもりだ。
それまで悪いが、隊員たちにはエルフの森の周辺で待機してもらうことになる。
――馬をかっ飛ばして、アルトミナへ。
荷馬車で半日かかるところを、僅か六分の一の時間で到着した。
おかげさまで、太陽はまだ中ほどにある。
「はぁ~、つ、着いた~。オエッ、ぎもぢわるい」
「大丈夫でやすか、旦那? 顔、真っ青でやすよ」
「あ、あんまり……馬が、あんなに、揺れるもの、オエッ、なんて、知らなかったわ……オ、オエッ」
ギジョンに馬の扱いをお願いして、俺は彼の後ろに乗っていた。というか、必死にしがみついていた。
一応、俺も馬に乗って歩くくらいのことならできる。どうしてかというと、シフォルト伯爵のところにいた頃に、乗馬の練習を少しさせられていたからだ。
しかし、急ぎ帰らなければならないとなると、乗馬の上手い人間の後ろに乗せて貰う方が圧倒的に早い。
「おえ、うう~。と、とにかく、裏口に回ろうか」
「肩、貸しますよ、旦那」
「ごめんね、ホントごめんね~」
「いいでやすよ、これくらいのこと」
ギジョンの肩を借りて、屋敷の裏口へと回る。
裏口に回る理由は、屋敷の使用人風情が堂々と正面玄関から入るわけにはいかないからだ。
裏口から屋敷へ入り、使用人の休憩室のある場所まで来る。
すると、隣の給湯室でグレンさんと給仕長のおっちゃんが、来客用の食器を用意しているのが目に入った。
俺たちは給湯室に顔を出して、グレンさんに話しかける。
「グレンさん~。戻ってきましたよ~。おふふふ~」
「どうしました、気分が優れないようですが? ギジョンまで連れて?」
「どうしたも何も、火急の要件が~、お家の危機が~とか言うから、急いで帰ってきたんじゃないですか~?」
「ええ。たしかに、旦那様はあなたから知恵を拝借されたく、急いで呼び戻すようにと使いを送りましたが。火急の要件とは……? ましてや、お家の危機など……ギジョン、使いの者はどのように伝達を?」
「早馬で駆けつけてきやして、エルフの方々を騒がし、大声でお家の危機と……あっ!?」
「なるほど、そういうことですか」
二人は何か合点がいったらしく、互いに頷き合う。俺には何が何やらさっぱりだ。
「あの、どうしたんですか? 何がなるほどでそういうこと?」
「少々お待ちを。給仕長、申し訳ありませんが、持て成しの方をお願いしても?」
「ええ、もちろんです」
給仕長は絢爛な茶器を乗せた台車を引いて、給湯室から出ていった。
彼が出ていくとすぐに、ギジョンが扉を閉めて鍵をかける。
誰も立ち入れないことを確認したところで、グレンさんは俺の質問に答えてくれた。
「常識的に考えて、大声でお家の危機など言いませんよ。ましてや、取引相手の居る場所で」
「え、あ、そうか、たしかに」
グレンさんの言うとおりだ。なんで、わざわざ大声でお家の危機など言う必要があるんだ?
あるとすれば、それはいたずらに煽り立てたい奴がいるってことだ。
奴とは、おそらくコーツ様の敵。
コーツ様には敵が多い……らしい。
俺の知る範囲では、テラ家の跡目争い。
駆け落ち騒ぎで、クエイク家とアスル家に泥を塗ったと、いまだご立腹の連中。
元テラ家のコーツ様が、クエイク家でデカい顔をしてほしくないと考えている連中などなど。
特に跡目争いの件のおいては、事故死に見せかけた暗殺でも起きそうな勢いだ。
ギジョンは俺たち以外誰もいない場所でありながらも、小声でグレンさんに尋ねる。
「どうしやす、グレン様? 使いの奴を締め上げやすか?」
「いえ、それは私の役目です。もっとも、使いの者はそのように伝えるよう、指示を受けただけでしょうが。指示した人間は、すでにどこかへ。一度、屋敷に勤める全ての者の素性を洗って見ないといけませんね」
きな臭い話をする二人。
俺がこれを聞いててもいいものだろうか?
あまり関わり合いを持ちたくないので、話から逃げ出すことにした。
「あ、あのぉ、じゃあ、お家の危機とかデタラメなんですよね? 俺、一旦自室に戻ってもいいですか?」
「いえ、出鱈目ではありません。お家の危機であるのは確かです」
「え、マジで?」
「はい。ですから、知恵を拝借したいと、旦那様があなたを呼び戻されたのです」
「そう、なんですか……」
お家の危機はデタラメではなく事実。そして、その件に関して知恵を借りたい……。
これって、首を突っ込んではいけない案件なのでは?
「あの、何が起こっているか知りませんが、たぶん俺には無理です。あ、そうだっ。隊の人たちに荷馬車用の馬を届けないと。急いできたからなぁ~、ではでは~」
愛想笑いを浮かべながら、給湯室から出ていこうとする。
だが、まぁ、無理。
「ヨシト、旦那様の命ですよ」
「ですよね~」
「ともかく、御客様がお帰りしだい、旦那様からお話があります。私が呼びに来るまで、あなたは休憩室で待機していて下さい」
「はい……」
仕える身分である俺に拒否権はなく、諦めるしかなかった。
……しかし、なんでこうも俺の周りでは厄介事が発生するのか。
自分の運の無さを呪い、溜め息をつく。
その溜め息が耳に入ったのだろうか? グレンさんがドアから出ていく間際に、一度足を止めて、こちらを振り向く。
俺は何か小言でも言われるのではないだろうかと身構えた。
(やば、怒られる?)
「ヨシト、今回の件について、あなたが何も気負う必要はありませんから……」
「はぁ?」
グレンさんは何のことかよく分からない話を残して、給湯室から出ていった。
「ギジョン、今のどういう意味?」
「さぁ? テキトーにやれってことじゃないでやすか?」
「グレンさんがそんなこと言う人に見える?」
「見えやせん」
「でしょ、なんだろね?」
俺たちは互いに首を捻り、グレンさんが置いていった言葉に頭を悩ませた。




