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ヨシト報告書――エルフとの交易及び交流

 アルトミナとエスケードの交易再開、二日前。

 執事長グレンは執務室に呼び出され、コーツからヨシトの報告書を手渡された。



「旦那様、これは?」

「ヨシトが提出した報告書だよ。目を通してみてくれ。かなり興味深いものだから」

「……では」


 グレンは報告書へと目を通す。



 

 ――ヨシト報告書――エルフとの交易及び交流について。



 家畜数の調査。


 エルフの集落は肥料が不足している。原因は家畜不足。家畜が不足している理由を調査する必要性が急務。


 家畜不足の原因が彼らの力によって解消できないものであれば、この情報は私たちにとって有利に働く。

 肥料の供給量を制御することで、彼らの食糧自給の根幹を握りことが可能。




 交易内容の拡充。

  

 エルフたちは長年質素な生活を営んできた。そこで、彼らに利便性豊かな商品を提供する。

 しかし、急激に行うことなく、ゆっくりと侵食するように。


 一度、生活の質を上げてしまえば、簡単には戻れない。

 我々の商品なしでは、生活の水準を保てなくなるような基盤を作り上げる。


 


 エルフの掟と彼らの交易品。


 エルフの掟には最大限の敬意を払うこと。掟に対して注意を払えば、おおよそ問題なく交流が可能。

 掟の内容に関しては、ムアイ族長にて改めて詳しく尋ねる予定。


 交易品は酒や薬が中心。

 どれも貴重で大量生産は難しいので、エルフの名を前面に押し出し、付加価値をつけて販売すること。


 尚、エルフとの交流は我々が独占すること。これは彼らの掟を利用すれば、さほど難しいことではないと思われる。

 



 グレンは報告書に目を通していく。

 ざっと目を通しただけでも、コーツの言う興味深い内容が見て取れた。

 コーツはグレンが報告書から視線を外したのを見届け、笑顔を浮かべる。


「おもしろいだろ? ヨシトは交易を通してエルフを侵略するつもりだ。これは武門のテラ家出身の私にはない発想だよ。彼の発想は商家のクエイク家に似ているね」

「ですが、彼はクエイク家とは」

「ああ、ヨシトの推薦はシフォルト伯爵によるもの。伯爵の後ろには母、フィネルリアの影がある。つまり、クエイク家とは関係ない。彼は何者なんだろうね?」



「シフォルト様からは何か?」

「もちろん、尋ねたよ。しかし、あの方は風にそよぐ柳のようなお方。おいそれとは答えてはくれない……でも、彼の正体の手掛かりとまでは言わないが、報告書を読んで、少し疑問に感じたことがある」



「疑問とは?」

「彼の発想と言ったが、下地となる知識を備えているのではないかな? 報告書からは、彼の持つ独自の価値観以外に、核となる知識の片鱗を感じる」

「ヨシトは、何らかの教育を受けていると?」

「かもしれないね。もし、そうならば、彼が事務仕事をそつなくこなすのも頷けるというもの……本当に、彼は一体、何者なんだろうね?」

 

 

 明らかに一般の庶民とは違うヨシトの存在に、コーツは警戒心を抱いていた。だが、同時に、別の思いも抱いている。


「彼が何者であれ、利用できるものは利用しよう」

「旦那様?」

「シフォルト伯爵はヨシトを『話せる相手』だと言っていたが、私はそうは思わない。彼はかなり『使える男』だよ」


「『危険な男』、かもしれませんよ」

「そうかい? 私の目からは、彼は単純な存在にしか見えないけど。とはいえ、シフォルト伯が何故、ヨシトを私の下に寄越したのかは考えるところだね。もっとも、あの方の思考は常人には届かぬ場所にあられるから、考えても無駄かもしれないけど」


「…………」


「まぁ、グレンの言うとおり、報告書から通してみた彼の印象は全くの別物。容赦なくエルフの心臓に剣を突き立てている……たしかに『危険な男』かもしれないな。だが、そこが悪くない」

 

 

 コーツは口の端を少し上げる。彼の顔を見たグレンは、心の中に秘めておくはずだった言葉を漏らした。

「あまり、ヨシトに期待なさらぬように」

「期待?」

 奇妙な忠告に、コーツは一瞬悩んだ様子を見せたが、すぐに笑顔見せて言葉を続ける。


「彼のことは使えるときにだけ使うさ。必要とあらば擦り切れるまでだけどね。一応、グレンも彼の動向には目を光らせておいてくれ。もう、下がってもいいよ」

「かしこまりました、失礼致します」


 

 

 グレンはコーツへ頭を下げて、ドアから出ていく。

 その足で自室へと向かい、部屋に入ると、よく整頓された机を前にして椅子へと腰を掛けた。



 昨晩、グレンはギジョンから直接、ヨシトという男の評価を聞いていた。

 椅子から机を越しに、昨晩目にしていた光景を見つめる。





「何か、ヨシトの行動に変わったところはありましたか?」

「特に怪しい素振りはありやせんでした。演技にも見えやせんし、何らかの意図があってコーツ様の下で勤めているとしても、さほどの脅威にはならないかと」


「あなたの目から、ヨシトはどのような人物に見えました?」

「口のきき方や態度には問題がありやすが、根は真面目でやすね」

「それには同意します」

 グレンの目からも、ヨシトはそのように映っていた。ヨシトは仕事に対して不平不満を口にするものの、常にきっちりと必要な仕事を終わらせている。



「他には?」

「なかなかの慧眼の持ち主でしょうかね。ただ、小さすぎやす」

「というと?」


「いちいち細かなことを気に過ぎでやすね。あっしらのことを気に掛けたり、エルフ側の事情を察したり。取るに足らぬことに気を取られ過ぎでやす。はっきり言えば、気構えがそこらの庶民と変わりありやせん」

「庶民ですか? 一介の民にしては、奇妙な想像力を持っているようですが」



「そうでやすね。そいつは才能でやしょう。しかし、せっかくの才能を使いこなせる器ではありやせん。今のような商隊の隊長程度であれば問題ないでやしょうが、それ以上となるとヨシトには務まらないでやしょう。とてもじゃないでやすが、人の上に立つ器とはいえやせん」

「才をある庶民ですか。難儀なことです。しかし、ギジョン。あなたは彼を買っているよう見えますが?」



「へっへっへ、お見通しで。買っているというか、利用価値があると」

「利用価値?」

「あっしはもう36になりやす。どう転んでも、将来に目がありやせん。もちろん、今の生活でも十分でやすが、野心が完全に消えたわけではありやせん。ですので、ヨシトに着いていけば、何か面白いことがあるかと」

「彼はあなたにとって、利用できる存在と言っているのですか?」



「ヨシトは難儀な才能ゆえに、大きな困難で出くわすでやしょう。つまりは機会にも多く出くわすってことでやす」

「それを利用しようと? しかし、彼が困難に負ければ、いえ、困難にぶつかればぶつかるほど、彼の器は……」



「ええ、ひび割れ、やがては砕け散ってしまうでやしょう。ですが、あっしには何のリスクはありやせん。こんな分がいい賭けはありやせんので、たっぷり賭けさせていただきやすよ、ふぇっへっへっ」


 

 薄汚いギジョンの笑い声が、グレンの自室に浸み込んでいく。グレンは耳障りな笑い声を遠ざけるべく、ギジョンを部屋からやんわりと追い出す。

「ギジョン。報告は十分です。引き続き、ヨシトの動向には注意を払ってください」

「へい。では、失礼しやす」




 昨晩のギジョンの報告は、グレンにとって不快なものでしかなかった。

 机の向こうでは、いまだにギジョンの影が薄笑いを浮かべている。

 グレンは目を閉じて影を消すと、ギジョンのやり取りとコーツとの会話を合わせ、ヨシトのことを考える。


(権謀術数に長ける貴族。老獪なギジョン。彼らはヨシトを食い物にしようとしている。ヨシトもそれを分かっていて、上手に対処しているつもりでしょうが、所詮は普通の少年。結果は分かりきっています)

 

 

 ヨシトに待ち受けるものは、惨めな人生か……死。



 グレンはヨシトの未来に思いを馳せると、胸が締め付けられた。

 15歳の少年が、自身よりも遥かに大きな存在によって弄ばれているのだ。


 しかし、コーツに仕える彼にとって、優先すべきは主の利益。ヨシトのことなど、気に掛けるような出来事ではないはず。

 はずなのだが……。


(私も、年を取ったということでしょうか……)



 15歳という少年が悪意を持って利用され、心を引き裂かれようとする様は、年老いたグレンに複雑な感情を呼び起こす。


(私にできることはありません。私はコーツ様に仕える身……ですが、コーツ様に不利益を被らない限り、ヨシトには配慮を致しましょう)


 コネグッドにおいて、ヨシトに味方する者など、誰一人いない。

 そのような中で、グレンが唯一、ヨシトに温情を傾ける存在となった。


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