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休まる暇もなく、次へ

(ここらだと思ったけど、今日はいないのかな?)

 集落へと続く道の半ばほどで、辺りをキョロキョロと見回す。

(あ、いたいた)

 視線の先には、以前見た、同じ場所の木の袂で屈んでいるユミの姿が見えた。

 俺は脅かさないように足音を派手に立てながら、彼女に近づく。

 すると、足音に気がついたユミは立ち上がり、俺の方を向いた。



「何か、用?」

「いや、花の調子はどうかと」

「肥料を、たくさん、あげられるようになったから、来年の春には、花を咲かせられそう」

「そっか、それは良かった……えっと……んっ」

 言葉はこれ以上続かず、俺は黙ってしまった。

 


 俺はムアイにエルフの掟を曲げさせた。他のエルフたちも、それを認識しつつ生活のために受け入れた。

 エルフたちから良く思われていないのは、痛いほどわかっている。

 おそらく、ユミも……。



「え~っと、ま、あれだ。花、咲きそうでなりよりで」

 俺は気まずそうに頭をポリポリと掻き、何とか場を誤魔化そうとする。

(全く、俺は何しに来たんだか?) 

 

 本当に、俺は何しに来たんだろう? 

 ユミに会うために?

 何故?

 もちろん、惚れてるなんてことは絶対ない。

 ユミは美少女であるが、惚れるような関係ではないから。



(たぶん俺は、少しでも罪悪感を軽くしたかったのかもな……)

 

 

 エルフへの心苦しさ。

 締め付けられるような痛みを誤魔化したかった。


 万代(よろずよ)()――経緯はどうあれ、一人の女の子の願いを叶えられた。押しつけがましい優しさを自己弁護として利用するため。

 だから、ここへ……。

  

 

 俺はユミに頭を軽く下げると、後ろを向いて元の道へと戻ろうとした。

 だが去り際に、ユミが名を訪ねてきた。

「あなた、お名前は?」

「え、名前? 前に言ったんだけど……」

「覚えてない」

「そ、そうなの。んじゃ改めて、佐藤良人。ヨシトって呼ばれてる」

「……ヨシト、ありがとう」

「え……」


 彼女がくれた言葉は、俺が心より欲していた言葉。

 罪悪感が薄らぎ、軽いものとなっていく。

 

 礼の言葉を届けるユミの口元は微笑んでいた。目元も柔らかなものとなり、そこからは純粋すぎる感謝の念が伝わってくる。

 初めて見る、彼女の色のついた表情。

 無垢な色は、俺の心を鷲掴みにしそうになった。

 激しく動悸を繰り返す心臓。高まる身体の熱。

(これ以上ユミを見ていては駄目だ。囚われるっ)

 俺は目を万代花に向ける。

 

「礼には及ばないよ。何も花のために肥料を届けたわけじゃないから……」

「わかってる。でも、お礼を言いたいの。ありがとう」

「そっか、受け取っとく。じゃあ、みんな待たせてるから」

「うん、またね。ヨシト」

 

 再会を誘う言葉に、心臓はドクンと、とても強く脈打った。

「あ、うん、また……じゃっ」

 俺はユミに軽く手を振ると、足早に立ち去った。

 


 

 森の道に戻り、ユミの姿が見えなくなったところで近くの木に寄り掛かる。

「あっぶな、この程度で。耐性なさすぎだろっ」

「なんの耐性でやすか?」

「そりゃおんなって、ギジョン? なんで?」

 

 誰も居なかったはずの道に、ギジョンが立っていた。表情は腹の立つようなニヤついたものを見せている。


「ギジョン、いつから覗いてた?」

「そいつぁ、人聞きの悪い。たまたま、遠くから見かけただけでやすよ」

「何がたまたまだよ。俺が余計なことしでかさないか後をつけてきたんだろ」

「旦那が何を言ってるのか、さっぱりでやすね?」


「よくいうよ」

「へっへっへ、そんなことよりも旦那。あのエルフの子といい感じでやしたね」

「きったない笑顔みせやがって……」

「いや~、何も出ませんぜ」

「褒めてねぇ」


「で、どうなんです?」

「どうもこうもない」

「またまた~」

 ギジョンは馴れ馴れしく肘を先を使い、俺の脇腹をチョイチョイとついてくる。

 こんな親しい間柄になった覚えはないのだけど……。


 

 俺はギジョンのことなど相手にせずに、広場へと歩いていく。置いていかれまいと、ギジョンは慌てて追いかけてきた。

「待ってくだせいよ~」

「うっとうしいなぁ」

「何やら、ご機嫌斜めでやすね?」

「それはお前がうっと……たしかに、ちょっとイラついてるかも」

 ユミとのやり取りで感情が昂ぶり、静まらない思いをずっと引きずっている。昂ぶった感情に恐れと恥を抱いて、イラついている。

 

 

 俺の雰囲気を察してか、ギジョンは口調を真面目なものに変えて質問をしてきた。意外に細かな変化を読み取れる奴だ。

「どうしたんでやすか? あのエルフの子がなにか?」

「ユミは悪くないさ。ただ、あの子から笑顔向けられて、焦っただけ」

「はぁ?」

「女の子から笑顔を見せられてだけで、緊張して、ドキドキして、どうしようもなくなった。そいつが情けなくて、イラついてんの」

 俺はぶっきら棒に言葉を出した。

 ギジョンは俺が吐露した思いに対して、理解しかねるといった表情を見せる。



「だから、イライラと? いまいち、わかりやせんね?」

「笑顔を見せられただけで舞い上がるって、情けなくないか?」

「あ~、なるほど。旦那はまだお若いから。年取れば、そんなこと気にならなくなりやすよ。あっしなんぞ、商売女からちょいと水を向けられただけで、うまい酒が飲めやすし」

「若いから、意地張ってるとか格好つけたいとかじゃなくて……そういった部分もあるかもしれないけど、この程度のことで舞い上がるのは問題だろ」

「何がでやすか?」

「…………っ」


 彼の問いに答えることなく、俺は歩く速度を速めて広場へと向かう。

 ギジョンはぎょろっとした瞳を細めながら首を捻っている。俺の言っている意味が全く理解できていない様子。



 だからといって、これ以上説明できるはずもない。

 俺は一応曲がりなりにも、スパイとしてコーツ様の元へいる。そんな人間がこんな調子では何かとまずい。



(何とかして、耐性付けないとな~。なにせ、女と話す機会なんてほとんどなかったからなぁ)

 地球にいた頃は、クラスの隅で男友達と下らない話で盛り上がってた地味な男子生徒。

 女友達もいないし、俺の周りにいた奴も彼女なんていなかった。


(今考えると、ほんっとに女っ気ないな俺……あったとすれば、長い学校生活の中で、一度、人気のあった女子の委員会の活動を手伝ったくらいか)

 


 彼女は学年、学校で可愛いと噂される子だった。たしか名前は、桧垣さん。

 桧垣さんは人柄も良いらしく、一部の女子を覗いて、彼女のことを悪く言っているところを聞いたことがなかった。



(同じ教室で二人っきりになった時は、ちょっとドキドキしたな。はぁ~、こんなちっちゃなこといつまでもを覚えてるなんて、彼女の下の名前すら覚えてないくせに……でも、そんな俺が、エルフの美少女相手に、結構普通の会話をしてた。これは、成長しているのではなかろうか?)


 情けない青春の一コマを、成長という言い訳に換算できたことに満足して、グッと拳を握り締める。

 

 隣では、一喜一憂の表情を見せていた俺を、生温かな目でギジョンが見ていた。

 感情の揺らぎを何もかも見透かされているようで腹が立つ。


 


 広場に戻ると、ちょうど取引を終えていたらしく、エルフたちは荷物をまとめて集落へと戻っていった。

 俺たちも荷物を交換し終えていたため、エスケード側の運び屋たちに軽く挨拶し、帰り支度を始めた。

 


 ギジョンが部下たちに簡単な指示を終えて、俺に報告にくる。

「全て、問題なしでやす」

 ギジョンはニコニコと笑顔を向けながら、両手を擦り合わせている。

 どうも、さっきから態度が胡散臭く気持ち悪い。


 気持ちを隠さずに、あからさまに眉を八の字にしてみせるが、彼はとぼけた様子でひらりとかわす。

「どうしやした、旦那? あっしに何か?」

「いや、別に。じゃ、もう帰るだけ?」

「ええ、そうでやすよ」

「そっか」

 


 俺は広場を見回す。

 初めて訪れた時は、ここには静寂しかなかった。

 しかし今は、喧騒がある。

 それは、良いこと? 悪いこと?



(良いことだとしても、隙間を縫った方法だからなぁ)

「やっぱこんな方法、好きじゃないなぁ」

 漏れ出た一言。

 たった一言だったはずなのに、ギジョンはそこから微細な感情の動きを読み取ってくる。



「旦那は、何を後悔してるんでやすか?」

「俺ってさ、こういうルールの穴をついてどうこうする奴が嫌いなんだよね。なのに、俺がそれをやっちゃった」

「お言葉でやすが、ルールの不備をついて仕事を成功させるのに、なんの問題が? むしろ、一目置かれる立場だと思いやすが?」



「そうかもしれないけど、そういう奴っていけ好かなくね? 誰もが決められたルールを守り、ルールに無い部分は自身の良心と照らし合わせて行動する。俺は今回、成功のために、自分の良心とエルフの心を踏みにじった。おかげで、非常に気分が悪い」



「旦那のそういう感覚わかりやせんね。誰もが成功したいと思って、行動してるんでやすよ。その中で、その方法を見つけ、手繰り寄せることのできる才を持ちながら、不満に思うなんて、あっしからすれば贅沢な話でやすよ」



「贅沢、なのかなぁ……?」

「仕事がうまく言ったら、普通は喜ぶもんでやすよ。ところが旦那は……旦那はこの仕事うまくいって、嬉しくなかったんでやすか?」

「嬉しい、か……」


 

 エルフの情報を元に、解決策を構築する。

 情報を分解し、再度必要なものへと組み立てていく様は、複雑なパズルを解いているような感覚に似ている。

 考えている最中は面倒で面倒でとてもダルい。だけど、答えが見つかった時は……嬉しくないと言えば嘘になる。

 口元が緩む、答えに辿りついたことを喜んで……だが、そこでユミの言葉が耳に響いた。



「良くない顔」



(……そうか、俺は楽しんでいたのか。自分の心を自ら穢しているというのに……)

 


 俺は仕事をさぼる口実と、エルフに会いたいという邪な動機でこの仕事を受けた。

 仕事自体がうまくいくかどうかなんて興味なかった。

 

 しかし、グレンさんやギジョンに馬鹿にされていることに気付いて、意地になった。

 一発かましてやろうと……。

 

 

 情報が集まる中で、解決策が見えてきた。

 だけど、見えた解決策はエルフの心を踏みにじるもの。

 誰かの心を荒らすなんて、俺は嫌だ感じていた。だが同時に、そこに至る過程を楽しんでもいた。

 

 そして、答えを見つけた。

 その時には、エルフの気持ちよりも、本当に辿りついた答えが可能かどうか試したい気持ちが上回っていた。



(たしかに、良くない顔だな。肝に銘じておかなきゃ)

 

 どうやら俺には、自分の着想が現実として叶うかどうか試したいという強い欲があるらしい。

 危険な欲――放っておけば、いずれ、大きな災いとなって降りかかってくる。


(となると、あの時の報告書まずったなぁ)


 

 一週間前、テントで書いた報告書には、思いついたアイデアをたっぷりと書き込んである。

(ほんと、思いついたら何でも言っちゃうところは自重しないと……)


 

 頭を少し下げ、胸を軽くポンと叩き、ユミがくれた忠告と今回の反省を収める。

 しっかりと、学んだこと、受け取ったことを心に沁み渡らせて顔を上げると、ギジョンの方へ振り向いた。

 そして、帰りの指示をだそうとした時だった。

 アルトミナへと続く道から早馬がやってきた。

 早馬は俺たちを目の前に来ると、手綱を思いっきり引いて、その場で止まった。

 馬の嘶きがエルフの森全体に広がっていく。


 

 エルフに対する非礼を目にしたギジョンが、ドスの利いた声を上げる。

「おい、お前、ここはエルフ方の森だぞっ。そいつをぉ騒ぎ立てるたぁ、どういう了見だっ」

「も、申し訳ありません。しかし、グレン様から火急の要件でっ。ヨシト様、すぐに屋敷にお戻りください。お家の危機でございますっ!!」


「へ? お家の危機?」



 突然舞い込んできた、新たなトラブル。

 それには、俺のある何気ない発言が深く関わっていた。




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