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交渉の妙味と代償と

 一週間後、俺とギジョンはエルフの森の三叉路。アルトミナ、エスケード、エルフの集落へと続く広場の前で、ある一団を待っていた。


 ギジョンはムアイとの交渉の席のことを思い出したのか、ニヤニヤとしながら含み笑いをする。

「クククッ、しかし、何度思い出しても、痛快でやすな」

「痛快か? 至極真っ当な交渉を行っただけだろ?」

「いやいや、鼻っ柱の高いエルフたちに一杯食わせてやったんですから」

「一杯食わせる言うなっ。騙したみたいに言って……いや、いうほど間違っていないか」


 俺は一週間前の出来事を思い返していく……。

 

 


 再び、エルフの集落にやってきた俺は、荷馬車の幌を解くと、ムアイたちの目の前で大仰に手を振るった。


「こちらの品を見ていただきたい」

「これは……?」

「肥料と農具、その他生活に必要な道具類です。現在、あなた方に不足している物ばかりだと思いますが?」

「たしかに、そうでございますが……しかし、これら我々が受け取る理由はありません」


「誰がやると言いましたか」

「え?」

「俺は土産を届けに来たわけじゃない。あなた方と商売をしに来たんです」

「どういう意味でしょうか?」


「昨日、訪れた際にいくつか気付いた点があります。それは、人口に対して、圧倒的に物資が足りていないということ」

「ええ、たしかに」

「随分と古ぼけて道具使っている様子。しかし、一部ですが新しいものがありました。つまりは、人間と商売を行っているということですね。おそらく、物々交換という形で。例えば、エルフ酒と交換とか?」

 

 

 この仕事を受ける前にコーツ様は言っていた。

 エルフ酒――これは行商人がエルフと生活必需品を交換して手に入れたと。

 ここから分かることは。


「ムアイさん、エルフの掟では人間との交易を禁じていないんですね?」

「ええ、禁じておりません」

「ならば、我々と商売をすることも差し支えないでしょう?」

 


 俺の言葉にムアイは悩んだ様子を見せる。

 しかし、彼の態度はただのポーズのはず。

 彼は掟に反していないという理由で、水の精霊への貢物を受け取った。もちろん、プライドが邪魔をして受け取らないという方向もあったであろう。


 しかし、彼はそんな真似をしなかった。

 つまり、ムアイという男は、掟に反する行為でなければ、ある程度許容できる人物であるということ。

 

 となると、一族を束ねる長として、掟に逆らうことなく現在の困窮を改善できるのならば、断る理由がない。

 だが、ここでムアイとは別のエルフが声を上げた。


 ユムだ。


「人間との商売など有り得ない。我々の掟では、他種族との交流は必要最低限とされてある。商売などもってのほか」

 

 俺は彼の詰問に対してこう切り返す。

「商品を物々交換する。その際に、必要な交渉をする。そして、立ち去る。これは最低限の交流だろ。なにも、商売成立のお祝いに、肩を汲んで飲み明かそうぜって言ってるわけじゃないし」

「ふざけるなっ」

「よしなさい、ユム。彼の話に何ら不都合はない」

「族長っ!?」


「ヨシト殿と申されたな。あなたのご指摘通り、我々は物資が不足しております。あなたの申し出は我々にとって渡りに舟。是非とも話を進めてもらいたい」

「いえ、こちらこそ、ぜひにでもですっ」

 交渉がうまくいき、ホッと胸を撫で下ろす。

 


 ユミは掟に縋り、枠に収まっている連中と評していた。

 だが、ムアイの返答だけを見ると、少なくとも彼は柔軟な思考の持ち主で、ユミの指摘は間違っているように感じる。

 

 いや、感じていた。彼の葛藤に気づくまでは……。

 

 俺は、両手を交差して佇んでいるムアイの右手が、左手を少し強く握るのを見逃さなかった。

 彼は掟を破らなかっただけで、曲げたのだ。

 族長として、皆の命を預かる身として……。



(すみません……)

 彼への罪悪感が心の中で謝罪として生まれる。

 だが、俺はもう一度、ムアイの誇りを傷つけなければならない。

 本題は、これからなのだ。

 俺たちの目的はエルフとの商売ではない。

 アルトミナとエスケードの交易。

 それをどう再開するのか?


 

 再開に対する問いは、ムアイの方から飛び出してきた。

「一つ、よろしいか?」

「何でしょう?」

「あなた方は、アルトミナとエスケードの交易が分断され、困っていると聞き及んでおります。ですが、私どもと商売をしても、あなた方が抱える問題の解決にはならないでしょう?」

「そうですね……じつは、今後商売していく上で、エルフの方々が求める物資は、我々だけでは用意できないのです。そこで……」




 次に、俺が出した言葉に、ムアイの表情が曇ったの言うまでもない。

 俺は彼が見せた表情を思い出し、目を閉じて顏を歪めた。俺の様子を察したギジョンが、気づかう声を掛けてくる。

「どうしたんでやすか? ご気分でも?」

「いや、別に、あっ!」

 俺はある方向を見て、誤魔化すように大きく声を出した。

 声に釣られたギジョンも、同じ方向を見る。


 

 向けた視線の先にあるのは、エスケード側へと続く道。

 俺たちの目に、エスケードからやってきた荷馬車が映った。

 荷馬車が広場まで来ると、ギジョンの部下やエスケードの運び屋たちが、荷を卸して、互いに荷物を交換していく。


 

 彼らの仕事振りを目にして、ギジョンがにわかに湧き立つ。

「しっかし、旦那。考えやしたね。まさか、ここでエスケードと荷物のやり取りをするとはっ」

 

 俺が考えた、エスケードとの交易の再開方法。

 それは森を通り抜けることではなく、森の中で行うということ。

 


 俺たち、アルトミナとエスケードは、エルフに必要な商品を卸すという理由で、森に入る。

 そこでエルフとの取引を終え、本題へ入る。

 

 俺たちが求める本題とは、アルトミナがエスケードから必要な物資を受けとり、エスケードがアルトミナから必要な物資を受け取るということ。


 

 つまりは、エルフとの商売を隠れ蓑に、このエルフの森の広場にて、交易を行っているのだ。

 これならば、森を通り抜けるわけではないので、エルフの掟を破ったわけにはならない。


  

 ただし、この方法には一つだけ欠点がある。

 唯一の欠点は、一回の取引量が少ないため、根本的な解決にはならないということ。しかし、少なくともエスケードは、今年の冬が越せる。

 俺は時間を稼いだ。役目としては十分だろう。

 あとはコーツ様に丸投げだ。何とか傭兵なり手の空いた兵隊なりを集めて、盗賊が根城にする森を征伐に行けばいい。

 もっとも、その前に盗賊団が干上がるかもしれないけど……。


 

 

 背後から足音が聞こえてきた。集落からやってきたエルフたちだ。

 彼らは、エルフの造った酒や薬などを携えて、アルトミナやエスケードの商売人たちと物々交換を始めた。

 

 エルフたちは新しい農具や生活必需品を手に取ると、口元が緩み嬉しそうな表情を浮かべる。

 だが、目の奥の光はどこか悲しげに見えた。

 彼らの瞳が淀んでいるのは、掟を曲げた後ろめたさのためだろうか。



 俺の頭が無意識にもたげていく。すると、頭上から声が聞こえてきた。

「満足か、人間」

 俺の目の前に誰かが立っている。相手を目にしなくても、誰かわかる。

「ユムか。なんか用か?」

「私は、お前が嫌いだ」

 


 短い一言だけを残して、彼は集落へと消えていった。

 ギジョンはを片眉を上げながら、俺を慰める。

「なんでやしょうね、一体? 旦那、あまり気にしちゃなりやせんぜ」

「いや~、無理だわ。俺の性格上、ああいう単純な一言が一番つらい」

「旦那……」

「それより、ギジョン。ちょっとここを任せる」

「え、どこへ?」

「野暮用が残ってるんで、じゃ」

 

 俺はギジョンの肩をポンと叩いて、集落へと続く道へ入っていった。

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