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“トイフェル・イェーガーのハンスとメアリー”

 裏稼業の依頼では無かった先ほどの電話から暫くして、再び電話が鳴った。

 出て見るとかなり慌てた様子で電話越しにも、緊急事態に見舞われている事が伝わって来た。

「助けてくれ!奴らは人間じゃない!“イェーガー”じゃなきゃ奴らは倒せない!」

 窮地を訴えるその口ぶりにハンスの裏稼業を示す“イェーガー”という単語が入っていたのは人間界に紛れた異形の者に襲われて助けを求めたのだろう。

 これだけで充分合言葉の一端を担っていた。

「場所は? 」

「ダウンタウンの外れ、32番街のピザ屋の路地裏だ!早く来てくれ!」

「10分何とか耐えてくれ…」

 そう言うと電話を切り、ハンスは準備を整える。

 人間界では簡単に自動小銃等の所持が出来ない為、模造刀に擬態した“破魔刀”と所持の許可手続きをクリアした二丁の自動拳銃を持ち愛車の大型バイクにまたがって指定された場所に向かう。

 本来なら20分はかかる場所だが、付け焼刃とはいえ、魔術で姿を消せるハンスはかなりの速度でその場所に向かう事が可能となっていた。

「待たせたな」

 助けを求める人間に襲いかかっていた異形の者達をその刃で瞬時に一掃するとハンスはそう呟く。

「ありがとう!あいつらは一体何なんだ? 」

「人間のお前には知る必用の無い事だ。報酬は? 」

「今手持ちが殆ど無い。どうすればいい? 」

「財布見せな。ついでにボディーチェックもさせてもらう」

「わかった。命を救われたんだから仕方ない」

 差し出された財布から現金と免許証を出し身分を確認する。

 こういうキナ臭い商売をしているとたまに支払いを拒む者も多くいるので報酬の取っぱぐれが無い様にハンスはいつもこの様にして回収している。

「現金は合計で1,000ユーロか…帰りの足代もあるだろうから一先ず半分を頭金に貰うが、構わないか?アンタはどうやらマフィアの若頭の1人みたいだしな」

「仕方ない…」

「残りはあとで事務所に請求書持ってくから明後日までにあと9,500ユーロ用意しておけ」

 そう言い残すとハンスは再びバイクに跨り現場を後にした。

 帰りは特段急ぐ事も無いので普通の人間と同じ様に道路を走った。

「まったく。マフィアから取り立てるってのはあんまり気分が乗らないんだよな」

 走行しながら思わず呟いてしまう。

 一般人相手ならそこまで高額な報酬を請求する事は基本的に行っていないのだが、マフィア関係で異形の者が絡んで来るとなれば話は別だ。

 そう言う反社会勢力の陰には大方の場合、それなりの能力を持った異界の者が裏で手を引いているし、安い金額で仕事をすれば抗争に使われる可能性も捨てきれない。

 反社会勢力の関係者の足下を見て高額の報酬を請求するのはハンスの事務所が襲撃される可能性をはらんではいたが、人間に事務所を襲撃されたところでどうという事はない。

 過去に支払いを渋ったマフィアから襲撃を受けた事は実際にあったのだが、言うまでも無く全員半殺しにしてそのマフィアの事務所に乗り込み、壊滅状態に追い込んでいた。

 人間界では使える魔力に限度があったが、それでも人間相手ならハンスは無敵と言って過言ではなく、軍隊の一個師を団相手にしても余裕があるだろう。

 今回の件は突発的な事ではあったし、襲いかかっていたのは“使い魔”呼ばれる操り人形だったが、異形の者が人間を襲うというのは大体の場合、裏に何かあるのが普通だ。

 人間界という場所で異形の者が騒ぎを起こせば、当然目立つし、ハンスの様な仕事をしている者が動いてくる。

 そうなると人間界に潜伏する異形の者には都合が悪い。

 こういう“使い魔”を使うのも本来なら避けるのが普通で、反社会勢力絡みなら“使い魔”を使うよりもそこに属する下っ端の人間を魔術で操って暗殺なり粛清を行う方が目立たないし、警察組織が事件現場を見聞しても“マフィアの抗争”という形で片付く。

 だが、異形の者が人間を襲えば、事件が複雑になり、捜査も大規模な物になる為、どこかしらでシュタイナー達がいた世界に情報が漏れ、討伐隊が送られてくる事になりかねない。

 もっとも、ハンスが異界から戻ってからの数年はハンスに依頼が無かった時に何度か討伐隊が送り込まれた程度で、ハンスやその同業者が殆どを始末していたのだが。

 そもそも使い魔という物を使う場合、何かしらの媒介になる物が必用となる。

 今回の場合も例に漏れず、カジノで使われるチップやトランプが媒介に使われていた。

 ハンスが使い魔を仕留めた時にバラバラになっていたが、持ち帰ったそれらをパズルの様に組み合わせて確認するが、一回のゲーム毎に使用後は破り捨てられるタイプのトランプや一番額面が小さいチップばかりだった。

 単純に考えたらカジノ関係者に異界の者がいると考えるのが普通だろうが、人間界でハンスの様な仕事をしている者がそれなりにいる事はそれなりに知られている。

 ハンスは人間と異界の者の混血であるが純粋な人間でもそういう仕事をしている者がいる事は人間にも認知されていた。

 いわゆるエクソシストとか悪魔払い師と言われる者がそれに当たる。

 中にはそれを名乗るペテン師も存在するのだが、基本的には本物でなければそういった仕事は務まらない。

 そう言う理由で使い魔を使う者も証拠を残さない様に気を遣うだろう。

 つまり、今回の使い魔の媒介がカジノ関係の物に統一されていたのは恐らくミスリードを狙った物である可能性も非常に高い。

 トランプの様な量産品はともかく、チップはそれぞれのカジノで異なるのだが、今回のケースで言うと、回収したチップは複数のカジノの物が使われていた。

 つまり、カジノ関係者を偽っている可能性が濃厚と考えていいだろう。

 それでもこれらを入手するとなればカジノに出入りしている事は間違いない。

 パズルの様に組み合わせたその複数のチップにそれぞれ書かれていた刻印を元に翌日はカジノを回ると、やはり客の中には疑わしい者が見受けられたが、どれも決定的な部分で欠けていた。

 結果的にミスリードを狙って媒介に使った可能性の方がより高くなったが、異界の者と思しき者がカジノに出入りしているというこの状況は他の同業者で完全な人間なら逆に疑いをカジノに向けてしまっていたかもしれない。

 その翌日は予定通り一昨日の件の報酬を請求しに依頼者の事務所に向かった。

 やはりマフィアの事務所と言うだけあって、ハンスの様な者が突然訪ねれば応対した下っ端の者はかなり怪訝な顔をしていた。

 人間相手なら素手でも問題無いので武器の類は持ってこなかったが、かなり入念にボディーチェックを受ける羽目になったが、取っぱぐれは困るので仕方ない。

 応接室の様な場所で、依頼人と再び面会したのだが、彼はハンスの力を目の当たりにしていたからか少々怯えた様子で応対してきたが、一昨日と比べれば落ち着いているので、報酬を請求すると共に、あの時、何があって何故ハンスに助けを求めたのか、事の経緯を問い詰めた。

 渡された封筒には500ユーロ札がぴったり19枚入っていて偽札でないか確認しながら話を聞いたが、襲われた事には心当たりが無く、このマフィアグループでは薬物は御法度という反社会勢力では珍しい決まりがある為、公安関係でも中々手入れが入る様な事は無いのが実情だそうで、話の通りなら抗争に巻き込まれる可能性は低いだろう。

 そして、ハンスに助けを求めたのは、過去にこのマフィアの傘下にあった組織の者が異形の者に襲われた時ハンスに救われており、それで連絡先を知っていたからだという事だった。

「マフィアの抗争に巻き込まれるのは御免だし、今回の件は特別に対応したが、ああいう連中に襲われたって事から考えて、抗争の火種は抱えていなくとも、何かやましい事はあるんじゃないか? 」

「そうは言われても、こういう組織である以上は何らかのいざこざは付き物ですが、ああいった者に襲われたのは初めてで…」

「俺が出る幕はああいった連中相手の時だけだが、連中の相手をしてる都合上はこっちも情報が必要でな。答えられないならそれも仕方ないが」

「申し訳ない」

 もし、本当にこのマフィアの若頭が言う通り、心当たりが無いのであれば結論としては使い魔の媒介になっていたトランプやチップからもう一度探る以外の方法は無い。

 とりあえずここを出てからの事は後で考えよう。

 報酬として得た9,500ユーロに関してもマネーロンダリングをしないと表向きの仕事に支障が出かねない。

 領収書を捏造してきっちりと納税していても、不可思議な収益があると税務署に目を付けられて、監査が入るのは目に見えてるし、今回の様に反社会勢力から報酬を受けたと判明した場合、公安からマークされてしまうだろう。

 そうなると“トイフェル・イェーガー”としてのもう一つの顔を隠しきるのも限界がある。

 金は事務所の隠し金庫に一旦保管し、媒介になっていた物をもう一度深く調べてみた。

 ミスリードを誘う目的でカジノ関係の物を媒介に使ったとしても何かしらの痕跡はありそうだ。

 普段ならこういう事態は自力で何とかなっていたが、今回ばかりはハンス単独でどうにか出来るか危うい。

 同業者が襲撃を受ける分には彼らもそれなりに対応出来るだろうし、異形の者と戦え無ければこういう仕事は不可能だ。

 以前、異界の地で曽祖父母から付け焼刃で伝授された魔術は人間界で使うには魔力の消耗が激しい為、ある程度の制約がかかっている。

 人間界で使い魔が使えるレベルともなれば骨が折れる相手だろうし、そうなれば協力者が必要だ。

 破魔刀と使い魔の媒介だった物を持って魔法陣を展開し、ティルピッツ城に向かいシュタイナーの元へ急いだ。

 事前連絡も無い突然の来訪ではあったが、色々とお見通しの様で応対したハユハもハンスの顔を見るなりすぐにシュタイナーの部屋に案内した。

「久しぶりじゃなハンス。突然押し掛けてくるとは大物にでも当たったか? 」

「大物かどうかは知らん。ただ、今度ばかりはいつもの様にはいきそうにない」

 普段人間界で悪事を働いた者の始末は相手が人間ではないので人間界では“殺人”にならないし、殺害したところでそこには魔力の痕跡以外は何も残らないのでハンスは一切の躊躇無く異形の者を始末して、その結果だけをシュタイナーの元に転送していたので、ここを訪れるのは数年ぶりだ。

「いつもの様にいかないというと? 」

「使い魔を使う奴が現れてね。襲われたのはマフィアの若頭で使い魔は仕留めたが、大元が割り出せない。で、これがその使い魔の媒介になってた物だ」

「なるほど。この媒介に残る痕跡から見て、これはお前一人じゃあ骨が折れそうな相手やも知れんな」

 媒介になっていたチップやトランプを虫眼鏡で観察しながらシュタイナーは言う。

「で、何か解りそう?反社会勢力の人間が何人殺られようが俺には関係ないが、使い魔を始末した事で逆恨みされても困るし」

「そう急かすな。痕跡を見た限りは使い魔を出した相手はそれなりに消耗していそうじゃから、暫く動きは無いじゃろう。使い魔を仕留めたのはいつじゃ? 」

「一昨日の夜。確か20時過ぎだったかと思う。一度昨日、可能性がありそうな場所は当りを付けて見たけど、空振りだった」

「そうじゃろうな。この魔術の痕跡から見てかなりの遠隔操作を、それも同時に複数やっている様じゃ。かなりの遠隔操作となれば人間を陰で操るよりもこの方が魔力の消費が相対的に少ないしな。それからこれを見てみ。どおやらお前に対する挑戦状みたいじゃよ」

 そう言うとシュタイナーはトランプに書かれた文字を浮き上がらせて見せた。

 人間界では何も見えなかったが、こちらの世界では青白く発光した文字がくっきりと見えた。

 その文章は


―――

 この文章が表示されたという事はこのカードが人間界から見た異界に持ち込まれたと言う事だ。

 そして、これを読んでいるのが、シュタイナーの曾孫のハンス・ガーデルマンならば、どうやら本命に辿り着いた様だな。

 この使い魔達から人間を守り倒せたので一先ずは合格だ。

 では、二つ目のミッションに移ろうか?

 ホッケーのマスクを被った殺人鬼が暴れまわる映画の舞台となった場所は何処だ?

 そこに危険な魔界生物を100匹ばかり閉じ込めた檻を仕掛けた。

 その檻はこの文字が魔力で表示されてから72時間後に解錠される仕組みになってる。

 奴らは人間には倒せないし、物理的には勿論だが、夢魔の様に精神的にも容赦無く人間を食い荒らす。

 解錠を防ぎたければそこに来る事だ。

 それから討伐隊の者が人間界に来た場合は即座に解錠されるから増援は無駄だ。

―――


 チップの表面には残り時間を示すタイマーが表示されカウントが始まっていた。

 この文章を読む限り、その場所は架空の湖で人間界には存在しない場所だ。

 仮に映画のロケ地だったとした場合でもシリーズ化されている映画だけあって場所は複数存在している。

 いくらハンスが皇帝草で力を解放していたとは言っても人間界では魔力の消耗が激しい為に、瞬間移動魔術は特に乱用できない。

 恐らくはそれを見越しての事だろう。

「コイツは厄介じゃな。魔界生物が人間界に放たれたとなれば被害がすぐに広がるし、そうなった場合、討伐に時間と要員がかなり必用になる」

「つまり、この挑戦状を無視したらこっちの世界でも色々と厄介な事になるってことか…」

「そうじゃな。じゃが、魔界生物を100匹も一度に人間界に持ち込むとなればその前に阻止された筈じゃろうから、計画的な犯行じゃろう」

「まぁ、どっちにしても俺に拒否権は無いみたいだね」

「そうじゃな…」

「に、しても架空の湖なんてどうやったらいいんだ?映画のロケ地だとしても、その映画はシリーズ化されててロケ地なんて複数あるし、72時間で全て回るのは不可能だ」

「いや、もしかしての話になるが、その文章にヒントがあるやもしれん。ワシが知る限りじゃが、魔界生物で夢魔の様に人間の夢に干渉出来る生物など聞いた事が無い。その映画に“夢魔”は出てくるか? 」

「俺も全部見たわけじゃないから何とも言えないけど、シリーズの中には別作品に出てくる人間の夢に現れて右手の鉤爪で相手を引き裂く殺人鬼とそのマスクの殺人鬼の対決物はある」

「だとしたらそこの可能性が高そうじゃな。相手が相手じゃ。魔力がかなり必用になるじゃろうから魔力を集めたカプセルを持って行け」

「魔力のカプセルって? 」

「空気ボンベの様な物だと考えてくれればわかりやすいかのう?魔力が弱い人間界でも簡単に摂取出来る様に魔力を圧縮してカプセルに詰めた物でな。人間が空気が薄い高山でボンベを使うのと似た様なものじゃ。破魔刀にはワシが今出来るだけの魔力を吸収させておくし、お前の脈ならここでそれなりに魔力を蓄えられるじゃろうが、万が一相手が同じカプセルを持っていたらそれだけでは不足じゃろう。それからメアリーを連れていくと良い。ここには“討伐隊の者”は連れてくるなとは書いてあるが“独りで来い”とは書いていない。予備役の軍医とは言っても彼女は討伐隊ではないし、あくまでメイドじゃからな」

「まだ、彼女はここでメイドを? 」

「あぁ。お前が人間の数年など、こっちの者からすれば数カ月くらいの感覚じゃからな。特段どうという事ではない」

 そう言うとシュタイナーはメアリーに連絡をして事の次第を伝え、机の引き出しからカプセルの入ったケースを二つ取り出してハンスに渡した。

「1カプセルで得られる魔力はかなり多いが、消耗が激しい魔術を使う場合1カプセルで足りるかどうかといったところじゃ。1ケースはメアリーに渡して持っていけ。それから時間も限られておるから今のうちにお前は一つ飲んでおけ」

「わかった」

 シュタイナーが破魔刀に魔力を吸収させている間にインターネットで調べて見るとカナダのブリティッシュコロンビア州のバンツゼン・レイクがそのロケ地になっていた。

 しばらくすると呼び鈴が鳴ったのでドアを開けると、メアリーが立っていた。

 事の次第を聞いたからか本人曰く戦闘服の様な物で身なりを整え、リュックサックを携えていた。

 相変わらず露出が多く、目のやり場に困る。

 その様な衣装もこの世界なら目立たないかもしれないが人間界では目立つので、ハンスが着ていたライダースジャケットを渡して着るように言うと、彼女は魔術を使い、その場で複製して見せた。

 時間は限られていたので、三人で協議した結果、その場所の地図を携帯端末に保存し、一か八かの賭けでそこに向かう事になった。

 破魔刀への魔力の注入が済むとシュタイナーはそれに人間の目には映らなくな様に魔術を施しハンスに持たせた。

 そして彼が展開させた魔法陣によって二人はそこに転送された。

 着いてみると観光地にもなっている様で一部には人が多くいた。

 この様な場所で魔界生物が解き放たれたらかなりの被害が出るし、そうなれば人間界だけの騒ぎでは済まされないだろう。

 成り行きとは言えメアリーを連れて来たのは正解だった様で観光客のカップルを装う事で周囲の目を誤魔化す事に成功した。

 チップに表示されたタイマーは刻一刻と時間を刻んでいて残り70時間以内にこの広大なエリアから檻を見つけなければならない。

「にしてもだ。こんな広い場所で探すとなれば時間がかかりそうだな。それにここがハズレだったら手の打ちようが無い」

「それでしたらもう大丈夫でしょう」

「どういう事だ? 」

「どうやらここでアタリの様です。やはり大量の魔界生物を閉じ込めているとなると、それなりに魔力を使う様で、人間界ではあり得ない程の魔力が漏れ出てきています」

「つまり、そいつを辿れば辿りつけるって事か…」

「はい」

 皇帝草で肉体が変化した事でハンスも魔力や霊力を感知する事は可能になっていたのだが、濃度の違いまでは完全に把握出来る程ではなかった。

 やはりシュタイナーが言う様にメアリーを連れてきたのは正解だった様だ。

 メアリーが言う漏れ出ている魔力の痕跡を辿るにつれ段々と森の中に入って行く。

 それこそ全く人の気配も無ければ、人間がイメージする魔界の森そのものの様相を呈していた。

 だが、進むにつれて人間界では感じた事が無い様な魔力を感じ、目的地に近付いている事を実感する。

 それから暫く道無き道を進んで行くとその先に何やら開けた場所に辿り着く。

 そこは森の中に突然現れた広場という様相で何者かが意図的に切り開いたのは明らかな場所で、巨大な魔術の檻が設置されていて、その中には異界の猛獣が大量に蠢き、異様な光景になっていた。

 この檻は人間の目では見えない物だろう。

 そうでなければ上空からこの場所を見た人間にすぐに発見されていたに違いない。

「なんだコイツは…」

 その異様な光景にハンスは息を呑んだ。

「これはかなり危険な生物ばかり集めていますね…もしも解放されたらと思うと背筋が凍ります」

「そんなに危険なのか?とにかくタイマーを止めないとどうにもならないな」

 そんな会話をしていると何処からか声が響いてくる。

『ここに辿り着くとはなかなかやるな。そのタイマーを停止させる方法はただ一つ、そこにある水槽から3ガロンと5ガロンの容器を使ってきっちり4ガロンの水を空の水槽に移すことだ。水槽の蓋を開けたらタイマーの残り時間は10分まで短縮される。チャンスは一度限りだ』

「一体どこから話してやがる!? 」

 だが、返答は無い。

 録音された音声なのかそれとも無視しているだけなのかは不明だが、とにかく今は指示に従う他ない。

 容器を手にしようと動くとメアリーが間に割って入って来た。

「こんな簡単な算数の問題でハンス様を試すとは、完全に愚弄していますね」

 そう言うなり、彼女は容器を手にして手早く指示された内容を手早くこなし、タイマーを停止させた。

 彼女は簡単な問題でハンスを愚弄していると怒りを露わにしていたが、もしもハンス単独だったら実際の所ここまで手早く行動できたかと言われたら疑問ではある。

 もっとも、手順さえ間違えなければ確かに簡単な算数の問題なのかもしれない。

 タイマーは残り9分で停止したがまだ黒幕を倒していないので解決したわけではない。

 タイマーが停止すると再び声が響く。

『思ったより早かったな。その女はハンスの愛人か? 』

「お前は誰だ!下らない話をする舌などない!」

『そう焦るな。ここまで合格するとはなかなかやるじゃないか?褒めてやるよ。それじゃあ最後のミッションといこうか?最後のミッションは俺様を見つけ出して倒す事だ。制限時間は24時間もあれば大丈夫だな』

「探せなどと言うなら自ら姿を現してはいかがですの!」

 メアリーの抗議の声も虚しく返事は無かった。

「ったく…相手は何を考えてるんだか…」

「とにかく今は早く相手に繋がりそうな手掛かりを探しましょう。こんな無礼な相手など相手にするまでも無い卑怯者でしょうから」

 ハンスという存在が仕えている主の曾孫であるからなのかメアリーはハンスに仕掛けてきた相手に対して怒りを露わにしていた。

 ティルピッツ城にいた時期に彼女には色々と世話になったし、恐らくあの城の使用人の中では最も彼女との時間が長かっただろうが、この様に憤慨する姿は初めて見た。

 正直な話、彼女の形相は非常に恐ろしく、例えるなら子供が恐れる母親の怒りの様な感覚に近い。

 一先ず周囲を軽く調べるが、犯人に繋がる手掛かりの様な物はなかなか見当たらない。

「しかしそれにしてもだ。今度の相手は一体何を考えてんだか。人間界の映画と絡めて色々仕掛けてるあたり、次はハイジャックでもしておかしくないのに“自分を探せ”とは」

 仕掛けられていた檻の周辺を調べながらハンスは文句を言っていた。

「本当に何を考えているのか解りませんわ」

 犯人の考えはわからなくとも、メアリーの怒りは先にも増しているのは声色で何となくわかった。

 辺りが暗くなり時間が無いこの状況では焦りからかいまいち考えがまとまらない。

(…待てよ…映画にも水の量を計って爆弾のタイマーを止めるって描写あったよな…だとしたら…)

 犯人の思考は全く理解できないが、もしも人間界の映画のワンシーンを模倣してこういう仕掛けで誘いこんで来ると言う事はもしかするとこれもそういう話なのかもしれない。

「メアリー?もしかしたらなんだけど、何かの映画でテロリストが復讐の手段に何か使って自滅するって描写とかわかる? 」

「何故今そんな話を?そういった映画はだいたいの場合どれも結末は似たり寄ったりで、犯人はかなり近くで―」

「それだ!」

「どういうことでしょうか? 」

「犯人はこのそばにいる!もしも近くにいたのに制限時間以内に発見できなかったとなればこっちの評判はガタ落ちだ。それにさっきの魔獣の檻だって万が一間に合わなかったらひいじいさんの仕事にも影響が出る」

「つまり“復讐”の為にこれらの事を? 」

「あぁ。たぶん俺があっちの世界にいた頃に起きた武装蜂起の関係者が一番濃厚なんじゃないか」

「もしそうであれば我々以外の気配を探せば可能性は高そうですが、その檻の中の生物が放出している魔力を遮断しなければ難しそうです」

「逆だよメアリー。人間界で魔力が弱いなら供給源になる物を作ればいい」

「つまり時限装置が簡単な算数の問題で解除出来るようになっていたのは解除される事を前提にしていたと? 」

「だろうな。樹木に擬態する魔術ってあったりする? 」

「その様なものは子供でも出来ます」

「だとしたら話が早い。まずここに来た時に声の主がメアリーについて何も言わずに問題を出したのに、次に話をした時にメアリーの事を俺の愛人だとからかったのは最初、メアリーが俺の影に隠れていて見えなかったからだとしたら? 」

「つまり、見える範囲から逆算すれば何処かの樹木に擬態した相手のおおよその位置が判明すると言う事になりますわね」

「そう言う事だ」

 言うよりも早く身体が動き、隠していた破魔刀を引き抜いて可能性のある場所に斬りかかると、刀身に込められた魔力が放たれて木々が吹き飛んだ。

 それと同時に砂埃の中から影が逃げ出してくるのが月明かりに照らされてハッキリと見えた。

「ひぇぇぇ。いきなりこんな攻撃かますとは驚いた。殆ど人間とは言っても、さすがはシュタイナーの曾孫か…こっちも少々甘く見過ぎてたようだな…」

「お前は?どこかであったか? 」

 こちらが疑問を投げかけたその刹那、メアリーが割って入った。

「ハンス様、お下がりください。ソイツはあちらの世界でもお尋ね者になっている極悪人の“リチャード・ズムウォルト”です。以前ご主人様に捉えられて死刑囚として塀の中に入れられていましたが、先の武装蜂起の混乱で行方不明になっておりました。もっとも、例の究極超兵器“災い滅ぼす紺碧の炎”で死亡したと思われていましたが、まさか人間界に潜んでいたとは…」

「おやおや?お譲ちゃんよく知ってるね?お陰で自己紹介の手間が省けたよ」

「“お譲ちゃん”とは失礼な輩ですわ!目的は一体何なんですの!」

 ハンスを守る為にメアリーは魔術防壁を展開しながらもズムウォルトを睨みつけていた。

「メアリー、ここは俺を信じてくれないか?まだひいばあさんの足下にも及ばないが、こういう輩の始末は俺の仕事だ。それに医者の君に戦いは似合わない」

「しかし…いくらハンス様でも…」

「大丈夫だよ…ここは人間界だ。いくら魔力の供給源を確保しているとは言っても4分の3は人間の俺に地の利がある。君は魔術防壁で自分の身の安全だけ確保していればいい」

 メアリーが間に入った事で破魔刀を鞘に納めてしまっていたが、彼女の肩に手を置きそう言い聞かせるとハンスは魔術防壁の外に出た。

「えーっと。ズムウォルトって言ったっけ?アンタは何の目的でこんな事を?ひいじいさんに対する復讐って話なら本人にしてもらいたかったね。巻き添え食らって正直迷惑だしお陰で虫の居所が悪い」

「察しが良いな。貴様の言う様にシュタイナーへの復讐が目的だ。それにしても俺様を目の前にしてその余裕は正直驚かされるな、よっぽど舐められてるのか? 」

 そう言うと彼は何処からともなく歪な形の剣を取り出し臨戦態勢を取った。

「死刑囚なら殺しちまっても誰も文句は言わないだろう?そういう事だ」

 言うが早いかハンスは両手に拳銃を持って魔弾を次々と放った。

 だが、相手もそれなりの者でなかなか当たらない。

 それでもハンスの魔弾の威力は凄まじく、かすめただけでもダメージを着実に与えていた。

 一方のズムウォルトもいくら魔力の供給源を確保しているとは言っても人間界では出せる力に限界がある様で言葉とは裏腹に余裕を失い始めていた。

 刺し違える覚悟か一気に詰めよって来たズムウォルトの剣を拳銃で受け流す。

 剣を受けた事でバラバラに壊れたが、直撃は何とか防ぎ、破魔刀を抜く事に成功した。

 両者共に態勢など気にする余裕など無く激しく打ち合い刀身が火花を散らす。

 その様子は傍から見ていたメアリーには異界の地の者同士の決闘にすら見えたかもしれない。

 殆ど人間である筈のハンスのこの攻撃はズムウォルトにとっては想定外の事態だっただろう。

 鍔迫り合いを重ねるにつれてズムウォルトの顔に焦りの色がいつしか濃くなっていた。

 だが、ここが人間界で、ハンスに地の利があるとは言ってもこれだけの激しい戦闘ともなればさすがに疲弊していた。

 それでも尚、状況がハンスには有利である事に変わりは無く、決着はあっけなく着きズムウォルトの身体を破魔刀が真っ直ぐに貫いていた。

 一方のハンスもズムウォルトの剣で脚に傷を負ったが、それはズムウォルトの最後の抵抗でしか無く深く斬り込めるものでは無かった。

 ズムウォルトがこと切れると、その身体は灰とも砂ともわからない物になり、ハンスに傷を与えた歪な形の剣だけがその場に残り、後は風に吹かれて消えてしまった。

 それを見届けるとハンスも身体の力が一気に抜けてしまった。

 激しい戦闘で身体中に傷を受けていたが、それ自体はたいしたものでは無かったのだが、ズムウォルトの最期の抵抗で脚を酷く負傷していたのでその場に倒れ込んでしまっていた。

「メアリー、いるかい?ズムウォルトは始末したけど脚を負傷した…悪いが助けてくれ…」

情けなく彼女を呼ぶとすごい速さでハンスの元に飛んできた。

「私ならここにおります。すぐに治療に取り掛かりますのでお待ちを…」

 だいぶ消耗してダメージを受けていたし、ここまでの傷を負うのはハンス自身初めてだったが、メアリーの魔術療法は傷にかなり効いた

「ハンス様は本当に無茶をなさいます。いくら地の利があって相手が実力の半分も出せない状態だと言う状況で、油断を誘う為とは言っても、力の解放を完全にせずにやり合うとは…」

「全部お見通しだったか…」

 そう。

 この戦闘ではズムウォルトが魔力の供給源として魔界生物の檻を設置して確保していたとは言っても、異界の地で自然供給されるそれに比較するとやはり弱い。

 だが、それでも異界の者が人間界で戦闘に及ぶ場合において、相手が完全な異界の者でないならば普通は充分だっただろう。

 だが、ズムウォルトのその目論見は甘かった。

 ハンスの持つ特殊な脈が成せる業なのか、魔力のカプセルで体内に補給していた魔力に加え、彼の体内には膨大な魔力が蓄えられていた他、魔界生物が放出している魔力を利用出来る条件はハンスも同じだった。

 ただでさえ人間界という場所では異界の者は力が弱まるという悪条件にある上にハンスは人間の血をひいている事で制約が少なく、地の利はハンスに大きくあった。

 そういった条件ではどう考えてもハンスの方が圧倒的に有利だし、もしも全魔力を解放していたらいくら異界の武器が相手でも負傷などあり得なかっただろう。

 だが、ハンスはそれをしなかった。

 実際、ズムウォルトもハンスがいきなり全ての魔力を解放してこなかった事で油断をし、慢心からそこに隙が生じていたのは事実だ。

 もしも、その隙が生じていなかったら戦闘は相当長引いていたかもしれない。

 それを見込んだハンスの作戦勝ちと言って良いだろう。

 ただ、それと引き換えにこれだけの傷を負ったのは想定外の事態ではあった。

 それでも、メアリーがいた事で誤算も何とかなっていた。

 彼女の医療魔術は非常に高度な物で、人間が行う外科手術の比ではない。

 人間が事故などで手足の指を切り離された場合、再び結合させる事は物理的には不可能ではないのだが、神経の断絶などの後遺症が残る事も少なくなければ、完全に元通りにするのは不可能と言って良いだろう。

 それに対して彼女の医療魔術はどんなに酷い傷でも99%以上の状態まで回復させる事が可能だった。

「私がいなかったら一体どうなさるつもりでしたの?いくら人間界の武器ではない物を相手にしていたとは言ってもここまでの負傷は―」

「傷の代償にそこに転がってる剣が手に入ったんだからあんまり責めないでくれよ。破魔刀とやりあえるだけの物ならそれなりに強力な武器なんだろう? 」

「えぇ。恐らくアレは先の騒乱で行方不明になっていた“ファング・プテロダクティリィス”という剣でしょう。私も本物は見た事が無いので真贋のほどは断言出来かねますが」

「ドイツ語で“翼龍の牙”とは大仰な名前だな…」

「もしも本物でしたらかなりの物でそれ故に使い手を選びます。恐らくはご主人様と同等の熟練者でようやく扱える代物かと」

「それじゃあいくら良い武器を持っていても、使い手の腕が追い付かなかったのも勝因の一つかもな…」

 メアリーの医療魔術で傷はすっかり癒えたが、ズムウォルトとの戦闘でそれなりの時間を費やしていた事もあってか、傷が癒える頃には周囲はすっかり明るくなり始めていた。

 治療が終わって立ち上がり、抜き身のままだった破魔刀を鞘に納めて、その場に残されていた剣を回収する。

 何度も打ち合った事でその刀身に傷はいくらか見られたが、間近でしっかりと見ていくとその剣は所々に切り欠きが施され、先端から中ほどまでは両刃の剣なのだが、そこから鍔元まではショーテルの様に大きく湾曲した片刃で、刀剣としては歪な形をしていたが、その名前に恥じない程の禍々しい輝きを放っていた。

「一先ずコイツはひいじいさんの所に持ってくしかなさそうだな。そこの魔獣の事もあるし」

 ハンスは魔力のカプセルを口にし魔法陣でメアリーと共にティルピッツ城に向かった。

 シュタイナーの元へ着くと一先ずは事の成り行きを説明して戦利品の歪な剣を渡した。

「まさか、これをあやつが持っていたとはな…だいぶ傷は付いてるが恐らくは本物の“ファング・プテロダクティリィス”じゃろう。念のために詳しい鑑定は行う事になるじゃろうが」

「とりあえず魔界生物の檻がいつまで耐えるかわからないんだし、そっちの後始末は早くしてくれよ。そこまで俺も面倒見きれん」

「それなら安心せい。統合組織で後始末をするように段取りはもうしておいたからな。それからお前達には協力費って事で報奨金が出る事になってるが、ハンスはユーロでの支払いの方が良いかのう? 」

「通貨単位はユーロの方が良いんだが、俺を誘い出す為にズムウォルトが使い魔で襲ったマフィアからだいぶ巻き上げててね。マネーロンダリングして隠さないと俺が完全な人間じゃないから出来てる裏稼業が表沙汰になると今回みたいに二つ返事での協力は無理になるどころか廃業の危険もあるから―」

「それなら安心せい。こっちで色々根回しを出来る限りしておくからな」

「なら、この先も色々と後始末は任せるよ」

「あぁ、そうじゃ。今回の件もあるしこの先どうなるかと言う問題も多い。メアリーを向こうに連れて行きそのまま秘書にするといい」

「いや。人を雇う余裕なんて俺には無いんだが。それにメアリーにも都合ってものがあるんじゃないか? 」

「給料なら今まで通りこちらから彼女に直接支払うし、特別手当も付けるから安心せい」

「で、メアリーはどうなの? 」

「私ですか?ハンス様にお仕え出来るのならばどんな条件でも構いません。」

「とは言ってもな…俺はインキュバスの血もひいてるからその辺の問題が―」

「お忘れですか?私は“サキュバス”の血筋の者です。ハンス様がこちらにいた頃、私が一番側にいたのはその為です。もっともこちらの世界の者にとっては夢魔の持つ催淫効果などこちらの者には香水程度の物でしかありませんが」

「そう言う事だったか…なら問題は無さそうだ」

「なら、決まりじゃな」

「では、主従契約の術式を―」

「いや、そんな物は必用無いだろう?これからは相棒として頼むよ。それから相棒になってもらう以上、その畏まった態度は俺にはやめてくれ」

「そう言うわけにはいきません。どうしてもと仰られるのであれば尚の事、魔術で契約を結んで頂きます」

「そこまで頑なに言われたらぐうの音も出ないな…。仕方ない。その魔術契約とやらに“人間界でパートナーとしての関係を持ち互いに対等な立場で接する”という条件を入れてくれよ」

「承知致しました。では―」

そう言うとメアリーは魔法陣を掌に出し“契約魔術”の術式を始めた。

「この魔法陣の上に手を」

言われるがままメアリーの掌の魔法陣に手を翳すとそこから電気の刺激にも似た様な感覚が伝わり、脳内に様々な情報が流れ込んできた。

「これは? 」

「私とハンス様を繋ぐ物です。終了までは刺激があるでしょうが、その間だけご容赦ください」

 しばらくかかるとは言われたが、実際に掛かった時間はものの数分だろうか?

 思ったよりも早く術式は完了した。

「以上で契約魔術は完了です。ハンス様が御所望された通り、人間界に行ってから効力が発生いたします」

「わかった。話は変わるんだけどこのカプセルはどうする?」

「それはお前にやるから持って行って構わんよ。むしろ何かの時に必用になるじゃろうからな」

「わかった。じゃあこれからも後の始末はひいじいさんに任せるから俺は人間界に戻るよ。マフィアから巻きあげた金の事もあるからね」

「そうか?まぁゲルダにも顔を見せてからでも遅くは無かろう?ついでに食事も済ませて行くと良い」

「まぁ。そうだな。ひいばあさんに顔を見せないで帰るわけにもいかないもんな」

 まだ契約魔術の効力が出ている訳ではないし、これからはハンスの元に行く事になるのでメアリーは他の使用人達に話をする都合もあってか使用人の詰め所に向かった。

 今回の一件でろくな食事をとっていなかったのでシュタイナーの計らいは正直ありがたい物ではあったし、ゲルダの作る食事はハンスの口に非常に合う物なので助かったと言って良いだろう。

 食堂に向かい三人で食卓を囲い今回の経緯をゲルダに報告した。

 メアリーと城を出る時にはシュタイナー夫妻はもとより使用人総出での見送りで人間界に戻った。

 人間界に戻ると契約魔術が効力を発動させたのか、右手の小指に一瞬、刺激が走った。

 見て見ればそこにはうっすらと指輪の跡の様な感じで幾何学模様が記されていた。

「あぁそれ?契約魔術の刻印で契約が有効な間は残るわ」

 指を見ていたハンスにメアリーが軽く言ってのけた。

 確かに“契約”には“対等な立場で接する”という条項を盛り込んだのはハンスなのだが先ほどまでの畏まった態度から突然ここまでフランクに接されると正直な話、驚いてはいた。

「つまりこれがある限りは契約が有効って事か」

「そういうこと」

「とりあえず、人間界では戦闘服みたいな露出の多い恰好は控えてくれよ。表の仕事での事もあるし」

「わかったわ」

 ズムウォルトの事件の後始末は本当に手早く終わった様で、人間界の報道では森の一部に開けた場所が出来たのは隕石の衝突と言う事で現場から数千キロ離れたハンスの事務所のテレビにも映された。

 シュタイナーがどんな根回しをしたのか不明だが、事件の解決に協力した事で異界から大金が送金されても、税務署から怪しまれる事も無かったし、お陰で暫くは経理作業で電卓を弾くのがだいぶ楽だった。

 メアリーを相棒に迎えた事で表の仕事はもとより裏の仕事も受けられる数が増え、以前のように事務所の家賃で手いっぱいになる様な事態は無くなっていた。

 そして何より、彼女が相棒でいてくれる事は精神的にも安心出来たし、以前にも増して仕事が楽になった。

 基本的に表の仕事は事務所の番をメアリーに任せてハンスだけが行く形を取ってはいたがいつしか彼女もハンスと共に現場に向かう様になっていた。

 表も裏も色々な仕事をこなして行くうちにあっという間に時間は経っていた。

 裏の仕事の後始末はシュタイナー任せであった事に変わりは無いが、契約魔術の効果など関係無くメアリーとは相性が良く、たまに喧嘩をする事もあったが、まるで長年連れ添った夫婦の様に息が合い、いつしか二人の名は評判になっていた。

 表の世界では“便利屋のハンスとメアリー”。

 そして裏の世界では“悪魔狩人ハンスとメアリー”として。

 今日も電話で“合言葉”が伝えられ、二人はバイクで現場に向かい人間の背後で暗躍する異界の者と戦う。

 彼らの名はこの先もずっと、都市伝説の様に語り継がれるだろう。


 ―――“トイフェル・イェーガーのハンスとメアリー”として―――

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