第二話 最弱
「どこだよここ……」
目が覚めたらそこは周り一面緑の原っぱだった。
……そういやあの強盗どこ行った!?
周りを見回してみるがそこに誰かがいた形跡はなかった。
おかしい……。
俺は腹を斬られた筈なのにその傷痕ひとつない。
どうなってるんだよ……。
それに、あいつが言っていたスライムって何処かで聞いたことが……。
そんなことを考えていると後ろから野太く枯れたような声が聞こえた。
「おい、あんた。こんなとこうろついてちゃあぶねえど」
「さっきのおっさん!」
よかった……。
知ってる奴がいた……。
「ん?お前さ誰だべ?おでにお前みたいな知り合いいねえど」
「いやいや、さっき会ったばっかじゃないか」
「んだとも、おでは起きてからまだお前としかあってねえだ」
……?おかしい。
話が通じてない訳じゃないのに噛み合わない。
おっさんの勘違いでもなさそうだし……。
ーーふと空を見た。
……!?
俺って何時間もかけて町に行こうとしたよな……?
だったら日はもうすぐ落ちてもおかしくない筈だ。
だったらなんで来たときと日の位置が変わってないんだ!
「おい、お前。汗さすごいけど大丈夫か?そんなんじゃ最弱魔物にもやられちまうぞ?」
そうだ……スライムって……。
「おっさん!おっさんの名前って何て言うんだ?」
「おでか?おでは豚悪魔物だで」
……やはりか。
ーーーここは俺が婆ちゃんに聞かせれていた異世界だ。
そして、俺の記憶以外がループしているらしいな……。
「ありがとう。オークのおっさん。あと、頼みたい事があるんだが、町の正確な位置を教えてくれないか?」
そういうとおっさんは快く地図とコンパスを取り出して教えてくれた。
ちゃんと目印どうりに進めば一時間弱の道のりだった。
「あと、ここらは盗賊がうろついてることがあるからこれをもってくといいべ」
と、俺にナイフをくれた。
もう、あの強盗野郎には会わないように行く事にするが、他の盗賊と会わないとも限らない。
そう考え貰っておくことにした。
「なにからなにまでありがとうな」
「いいっとことだべ。気にすんな」
そう言うとおっさんはその巨体を揺さぶらせて歩いていった。
◇
「おかしいナ……」
勝馬を殺した低級魔物はさまよっていた。
「なんで倒したはずの奴が消えたんダ?」
転移術を使えるならさっさと逃げないのはおかしいし変異術なら臭いがあるはずなのニ……。
そんな途方もないことを考えていると数十メートル奥に人影が見えた。
「おっト……」
あれは聖騎士の野郎カ……。
今日は運がねぇナ……。一日で二回も聖騎士に会うなんて……。
そんなことを考えながら低級魔物は身を隠した。
しかし、聖騎士の顔や姿が見れるように慎重に隠れていた。
それは、勝馬に会う前に聖騎士に会ったときにもであった。
この低級魔物は騎士や商人の情報は自分の手で探り、ミスを最小にしていた。
「おいおイ……。どうゆうことだヨ……」
そして、低級魔物は解らなかった。
なぜ、勝馬を殺す前に出会った聖騎士が目の前に居るのかが……。
おかしイ……。完全二……。
この聖騎士が歩いていった方角とオイラが来た方は真逆だったはズ……。
帰ってくるにしたって速すぎるし、転移術は聖騎士じゃ使えなイ。
本当だったらまだ次の町にも着いてない筈なの二……。
そして低級魔物は気づく。
この世界の異常とその始まり。
そしてその利用方法を……。
ーーーそうカ……。
あの時、なんの抵抗もせずに殺られてた野郎……。
あいつが死に際……もしくは死ぬことで発動する時間転移魔法が発動したのカ……。
時間転移魔法なんざ超一流の賢者でも一年に数秒しか使えねえっての二……ここまで証拠を出されたらそう考えるしかねぇがナ……。
まあ、あの野郎が賢者を越えているとも思えねぇから、賢者に『死』を代償とした『呪い』をかけられたと考えんのが妥当だロ。
しかし、なぜオイラまでそれに巻き込まれてんダ?
あいつは呪いで時間転移してんだよナ……。
ゴブリンは何か思い付いたようにはっと顔をあげた。
……なるほどナ。
しかし殺したら戻るんじゃもう関わらないようにしたほうが身のためだナ。
……まてヨ?
その魔法……うまくやりゃあ金なんざ楽に稼げるナァ……。
低級魔物が考えながら歩いていると数十メートル前に人影が見えた。
「……キヘヘヘ!世界がオイラの味方をしてやがル!」
低級魔物は笑いながら歩を進めた。
◇
俺は勘違いしていた……。
時間の巻き戻しが行われたのが自分以外すべてに影響すると思っていた。
しかし、こいつ《ゴブリン》がここにいるってことは俺以外にも巻き戻ってるやつが居るのか!
とにかく逃げなければ。
そう考えた。が、しかし
「そんなトロい動きでオイラから逃げれると思ってんのかよ?」
回り込まれてしまった。
殺されたときに解ってたことだがどうやらこいつは俺より数段動きが速いらしい。
まずいな……。
どうにかして撒かないと。
「おイおイ!まさかまだ逃げようとか考えてるんじゃねぇよナァ!」
ゴブリンが不適な笑みを浮かべる。
「お前の呪いなんてもうバレてんだヨ!」
呪い……?こいつ呪いつったか?
この死にもどりは誰かの呪いだってのかよ……。
「キヘヘヘ!お前を捕まえて犯罪をやった後に殺せば全部なくなる!お前のお陰でオイラは大金持ちダ!」
くそっ!不運にもここは開始位置からあまり離れていない。
こいつの足で探せば時間の問題だ。
そうなると俺はそこであいつが満足するまで死ぬことになんのかよ!
そんなの嫌だ!もう死ぬのは沢山だ!
逃げなきゃ!
俺は後方に走り出した。
「だからぁ……逃がすかっていってんダロ!」
来た!
オークのおっさんからナイフ貰っといてよかった。
これでどうにかしないと!
「とりあえず腕の一本は貰うゼ!」
低級魔物が素早く勝馬のよこに周りナイフを降り下ろす。
一方、ろくに戦うという行為をしたことがない勝馬のナイフはゴブリンのナイフを弾こうとするが空を切るだけである。
「ぐああああああああ!!」
ゴブリンは宣言通り簡単に勝馬の腕をナイフで切って見せる。しかし、それは刃の五分の一ほどしか入らず腕が落ちるのはギリギリ耐えていた。
痛い痛い痛い痛い痛い!!
誰か助けてくれ!!
そんな勝馬の願いを読んだように低級魔物が笑った。
「これで終わりダナ……まあ、お前の人生はオイラが有効活用してやるから……。」
これまでかよ……もう、死ぬのか……。
死んで、異世界に来てもこのざまかよ……。
でも、こっちで死んだらどうなるかな。
もう天国に行きてえな。
「オイラのために一生死んでクレヨ!!」
……そうだ。ここで死んだらこいつが死ぬまでずっと死ななきゃなんねぇんだ。
もう、正直死にたくなんかねぇよ……。
死ぬのってめちゃめちゃこええんだぞ……。
こいつそれがわかっていってんのかよ……。
「じゃあナ!!」
低級魔物がナイフを刺そうと振りかぶる。
もう、死にたくねぇ……。死にたくねぇよ……。
死ぬぐらいだったら……
「殺してやる!!!!」
俺は左腕でナイフを振りかざした。
「雑魚が!!今更いきがってんじゃねえヨ!!!」
低級魔物が振りかざした勝馬の懐を狙って刺そうとする。
ああ……くそ……。限界振り絞っても俺じゃ無理なのかよ……。
せめてあいつの……あのくそ野郎の後ろを取れれば……。
もう少し……生きたかった……。
瞬間、低級魔物の視界から勝馬が消える。
勝馬は解らなかった。何が起こったか。しかし、勝馬の意思とは別に先程まで降り下ろそうとしていた左腕はそのまま真っ直ぐ下り、そこにあった低級魔物の背中が赤く染まる。
「ぐぎゃあああああああ!!!!!!!????」
ゴブリンは理解出来なかった。何故勝馬が自分の後ろに居るのか、何故自分が死にかけでいるのか。
そして何より、今まで勝馬が、殺そうとしていた相手に慈悲をこう自分が。
「たす……け……。た……す……。」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!嫌だ嫌だ嫌だ!!
死にたくネェ!!!
なんでオイラがこんな雑魚にやられなきゃいけねぇんだヨ!!
なにしてんだ!くそ雑魚が!!早くオイラを助けねぇカ!!
しかし、勝馬に助けるという考えは浮かばない。
殺した。俺が。人を。人じゃないかも知れない。でも。殺した。
「うああああああああああああ」
勝馬は考えるのを止め、放っておいたら死ぬであろう瀕死体にもう一度ナイフを突き刺す。
「……タ……ス…………。」
低級魔物からすると止めの一撃。
そして勝馬はなんどもナイフを突き刺した。
殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
俺が。殺した。
「俺が殺した。」
数分後、頭が正常に動き出した。勝馬にとっては数時間とも取れるほどの内容。
殺した。でも、あのままじゃ殺されてた。何度も。何度も。
俺は……どうすれば……。
「……!……おええええ!!!」
吐くものを吐き、一刻も早く死体から離れたかった勝馬は、右腕を引きずり、這いずるような体制で数百メートル進んだ辺りで意識がもうろうとした。
……血が……出すぎてる。痛てぇし……腕熱いし、体は寒い。
俺、このまま死ぬのかな……。もう……勘弁して……くれ……よ……。……?……誰かの足音……。
その足音の方向に見上げようとする。
……あ……やべぇ……。もう……無理だ……。
そのまま、気を失った。
帽子を深く被った人が勝馬の前にたっていた。