第四章 『後輩少女の冒険談』
次の日の朝も先輩がお父さんを襲撃したのです。
朝食の並べられたテーブルには新聞紙を広げ、読みふけるお父さん。
日曜日の朝はどこか清々しいです。
そこへ先輩の投擲。
が、読み終わった新聞をたたむという日常的な動作で受け止められ、朝から先輩のうなり声が聞こえました。
どうやら先輩のお父さん、武術に心得があるだけで無く元はソルジャーであったとか。
後半は先輩の予想ですけどお父さんのぶち壊れたパラメーターを思えば頷けます。
家庭内では無口で真面目。
自分にも他者にも厳しい頑固おやじなのですが、殺そうとしてくる先輩に傷をつけないのは息子への愛故。
優しいお父さんだと私は思いました。
お母さんも先輩の素行の悪さに慣用的。
だからこそ刃物を振り回す先輩が今も家で生活出来ているというわけなのです。
ただ、お父さんの立場上、目立った傷が付けばそれでアウトになりかねないんですけどね。
先輩はお父さんに惨敗ながらも着実に実力を伸ばしてきているらしく、いつそういう事が起こってもおかしくありません。
そうなる前に私が先輩を改心させなければならない。
『私の先輩調教作戦の開始です!』
の前に、まずは食事です。
暗殺に失敗した先輩はトレーナー姿のまま私の隣、つまり席に付いて並べられた朝食に箸を付けます。
トースト、スープにウインナーと目玉焼き。
それらと睨めっこしたまま顔を上げない先輩。前にお父さんがいるからですね。
それでも、暗殺対象(父親)と対面しての食事はちゃんとするって先輩の律儀さが身にしみます。
そう言えば先輩との食事って久しぶりです。
向こうではいつも大人っぽい態度でしたから拗ねてる先輩との食事は新鮮です。
ウインナーをパクリ。うん、美味しい。
ああ、幸せ。
ただのトーストが甘い。スープに付けるとそれだけでハルシオンで食べたどんな料理よりも美味しく感じる。
好きな人と美味しい物を食べるって何て贅沢なの。
しかも今は兄と妹。
合法的に毎日出来るんだから最高。
幼女である私の頬はほんわりと緩む。
「レナちゃん、ご機嫌ね。思ったより早く馴染めそうで良かったわ」
「はい、(先輩の)お母さん。とっても美味しいです」
「今日はね、この子が作ったのよ。朝早くのランニングに帰ってきたと思ったらいつの間にか台所に行ってね、うふふ。レナちゃんが家に来たのがよっぽど嬉しかったのかしらね」
「せん、お兄ちゃんがですか! 凄く美味しいです」
まさか先輩が私をそこまで思ってくれていたとは。
今夜辺りにでもベットにこっそりってあれ?!
先輩は「ごちそうさま」と言うとさっさと部屋へと戻ろうとする。
「あの、お兄ちゃん。美味しかったよ。また作ってくれたら私嬉しいです」
すると、先輩は怖モテの顔を若干緩め、
「こんな簡単なので良ければ」
これはツンデレ??
人を寄せ付けない雰囲気の中に隠しきれない優しさの愛嬌がある。
やっぱり先輩だ。
私は懐かしさのあまり先輩に対しての口癖を言ってしまう。
「後輩命令ですよ、お兄ちゃん」
と、先輩に「後輩じゃなくて妹だろ」との指摘が入った。
もっともな返しと同時に妹として認められた事が私には嬉しかった。
と、同時に弟もそんな感じだったと言った先輩の表情は悲しげで、苦しそうでした。
まだ、弟さんの死を引きずっているんですね。
ですが、このままでは弟さんも報われません。
そろそろ本題に入りましょう。
先輩をどう、直すか。
正確にはどうすればお父さんを殺そうとするのを止めて、前みたいな先輩に戻ってくれるのかです。
私は綺麗になったお皿を片付け、与えて貰った部屋への帰路の際から計画を練ります。
まず一。
『ハルシオンでの記憶を思い出させる』
これは条件が厳しそうですよねぇ。
そもそも記憶を失った原因が何なのか私にはわかりません。
あくまでも夢だったなら、忘れる可能性があると先輩が示唆していました。
しかし、ある書物によればあまりにも大きいダメージを負うと記憶がかけるのだとか。
感情粒子、つまり記憶が削られればそうなる可能性は高いです。
後者の場合、記憶自体を失っているので思い出しようがありません。
生命の神秘ならあるいは......これは本当に最後、願掛けってことで。
第二。
『ハルシオンで先輩がお父さんを許した道をなぞる』
これは現実的かな。
先輩との会話でそれっぽいエピソードを上げれば解決の糸口になります。
まだ、ダンボールが部屋の全体数を占めている部屋の片隅、唯一の聖域ベットにダイブし、先輩と話した思い出を蘇らせる。
実になりそうな話は初めて先輩がドリムと戦った日ですね。
先輩は初めて殺されそうになり、殺す殺されるの関係を知ったそうです。
殺さなければ殺される。
それは一方的にお父さんに仕掛けていた先輩が気づいた事ですね。
自分の親父は殺されかけてたのに反撃して来なかったと。
ようは先輩に死の感覚を教えればいいと言うわけです。
ナイフを使えば血が出る。人が死ぬ。
こっちの世界の人間の体が死にやすいってことを実感して貰いましょう。
方法がグロ過ぎてやりたく無いんですけどね。
だって先輩の手で誰かを刺して、命は減るんだぞって事を教えないといけないんですもん。
さて、どうしたもんですかねと私はゴロゴロとベットを満喫する。
日本って、この世界って何か何もかも質が高い。
幸せだー!
そこへ、がチャリ。
お母さんだ。
おしゃれをして、今にもお出かけの予感。
私にとっちゃ未知の迷宮探索並みに楽しみ何ですけど!
整備された町の風景に辺りから漂う匂いを想像するだけで楽しいです。
「レナちゃん、天気が良いから散歩でもしない? 町のことも案内したいからね」
「はいッ! 喜んで」
例外無く私は即決。
私は目指す。この地域の完全制覇を!
そんなわけで先輩のお母さんと私はコンクリートの地を蹴ってひとまず近くのショッピングモールまで向かうのです。
ほかほかとする空気がハルシオンとの季節のギャップで凄く心地よく感じられ、逆に緑樹と建物の鮮やかなマッチ、胃を惑わす食べ物の香りや楽しげに話す人の姿が故郷と重なって懐かしい穏やかさでした。
何より驚いたのは建物です。
ミニバビロンがあんなにッ!
元気に伸びまくる竹のようです。
しかもサファイア色の窓ガラスや魔法文字が光る看板。
さらには、車から守るガードレールや至るとこにいる警察官に機械のように規定の時間に職場に行く人々。
そして、至る所で生活を支える機械の存在。
徹底的に安全性や合理性を追求してるのがよくわかります。
誰かが命をかけなくても生きていけるなんてユートピアです。
ただ、その枠組みにいるだけだと人類は退化すると先輩は言っていました。
確かにわかります。こんなに平和な世界、突如起こる命の危険に対応出来るとは思えません。
まあ、お父さんは別物ですけど。
そんな事を考えているとお母さんがふと、思い起こしたように呟きました。
「ごめんね、あの子から聞いたと思うけど家にはもう一人家族がいたのよ」
「弟さんですね」
「ええ。迷焦は私たちが亡くなった家族の代用品にするつもりだと危惧していたけれど、あなたは誰でも無いレナちゃんよ。私もお父さんもそう思っているわ。もちろん迷焦もね。だから遠慮しなくていいのよ。だからたっぷり甘えてね」
「えっ、あ」
私のいつもの癖だ。
とりあえず愛想良く笑っておけば相手も悪い印象は持たない。
それが馴染んでしまっていたようです。
無理をしているように思われてしまったとは不覚。
なら、存分に好き放題しまくりだー!
先輩の家計を圧迫する勢いで。
「ありがとうございます。なら、色んなスイーツが食べたいな!」
「はい、レナちゃんのおねだり頂きました。そうねえショッピングモールまで急ぐのも良いけどどうする?」
「歩きでお願いします。その、お兄ちゃんや亡くなった弟さんの話も聞きたいですし。もちろんお母さんが良ければですけど」
「良いわよ。家族に隠し事があるんじゃ家族にはなれないものね。静次はレナちゃんと同じくらいの年頃だったかしら。破天荒でいつも迷焦を引っ掻き回してね」
それからも色々な話を聞かせて貰った。
話をしているお母さんは楽しげで、でも迷焦の気性が荒くなった事の時は少し切なげでした。
「多分償いなんじゃないかしら。そんな事しても......それにお父さんはやってないのに」
「そうですね。あれだけの攻撃を捌きながら、お兄ちゃんが後遺症を負わないよう場を納めているなんて愛が無ければ出来ません」
「そうよね。意地になっているあれも治れば。何時までも静次に囚われてたらあの子も救われないものね。もし、変えてくれるとしたらレナちゃんしかいないわ。その時はお願いね」
「任せて下さい。そう言えばお父さんは? まさか先輩と家に......」
早くもバッドエンドの予感。
しかし、お母さんはそれを片手で払う。
「いいえ、お父さんは今日もお仕事。日曜なのによくやるわねぇ。家族は俺が支えるとか調子の良い事を」
と、愚痴をこぼしていた。
やっぱりお母さんもお父さんも家族を大事にしている。
そんな二人は早く先輩の暴走が終わればいいと願っているのだ。
でも、終わらない。
なぜなら二人の事など先輩にとっては殺人者。
聞く耳を持たない。
だからこそ私は招かれたのかもしれない。
枠の外にいる私が先輩に訴えかければ。
もしかしたら、いや、必ず。
************
甘いものをたらふく食べてしまった私たち。
帰ってくると、先輩一人が昼食を黙々と口に運んでいました。
その、ごめんなさい。
私は部屋に戻る先輩の後ろをついて行き、強引に侵入するのです。
先輩はどうにかして私を追い出そうとしましたが、所詮、女の子の扱いなどわからぬ童貞。
加えて子供となっているこの体はもろいし、私はそれをマスタリーしといる。
それこそ転んだ程度で泣ける演技が出来るほどには。
だからこそ、先輩は私をちょこんとベットに座らせ作業をしなければならないのだ。
子供とはめんどくさい存在なのです。
それを逆手にとるとは天才ですか私!
幼女なんて最強じゃないですかフッハハハ。
内心で悪女の如く高らかな笑いをする私はふと、先輩が手にしているものに目線を向けます。
「ワイヤー?」
「ワイヤートラップは普通に無理。だけど小細工は出来る。何かのアクションでナイフが飛んでくるぐらいは。見たなら分かるだろうけど親父の身体能力は化け物だ。人間ですらない。魔王だ。だとすれば相応の仕掛けを施さなければいけないだろ」
「魔王って。でもお兄ちゃん、お父さんが死んだ後の事は考えてますか?」
「僕が捕まる。これもけじめだと」
「それだけじゃありません。先輩は人を殺す恐怖、いいえ、命の儚さを知ります。ナイフを刺した時の手の感触、伝う人の熱とそれがみるみる失われていく様。それが一生離れません。その苦しみを背負い続けなければいけなくなります」
「君って子供? 妙に重々しいんだけど」
あっ、私ってばつい。
でも、対抗策は考えてあるんです。
「その、昔の私の先輩、一個年上の人が同じような苦難を抱いてましたから。それがお兄ちゃんと瓜二つで」
全くです。
しかし、自分の事だとは思いもしない先輩は手をゆるめません。
「そうなんだ。で、その人は何て言ってたの?」
「僕がやってきた事は自分を正当化しようと躍起になっていただけ。自分の弟がいなくなったと認めたくなかっただけだと」
ピクリ。
明確に先輩の体が反応を示します。
それからも続けます。
「親父は攻撃を受けるだけで反撃はしなかったと。初めて殺されかけて気づいたそうです。僕は馬鹿だったって」
「僕は違うッ!」
「あっ」
先輩の怖面が私を一瞬に向けられ、それに気づいてすぐに背ける。
「ごめん、でも僕は......僕の生きる意味はこれしか無いから。」
先輩は道具を袋に詰めて部屋を出て行ってしまう。
先輩の辛そうな表情が目に見えてわかります。
「先輩。あなたは人の命を奪って耐えられるほど強くは無いです。私が阻止して見せます」
これが最終戦になりそうです。
私は二度目の先輩を見るために。
たぶん次回がラストかな。
なんかいろいろすみません。




