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第四章 『現実世界の氷使い』

 困惑するレナの手からナイフを受け取り、迷焦は手慣れた動作でポケットーー隠し鞘にしまう。

 

「キチガイだってのは分かってる。けど、これだけはどうしても許せないから。家に来てそうそう変な思いをさせるけど気にしないで。君に迷惑かけないよう新しいとこ探すから」


 下から聞こえる夕飯の音色をがちゃがちゃと重く歪な擦過音が掻き消す。

 迷焦が弄っているのは何てことのないタンス。

 が、聞こえるのは服のような柔らかなでは無く、がちゃがちゃと、だ。

 引き抜かれた迷焦の片手には普通と対比的な存在。エアガンの銃口が鈍く光を反射する。

 男の子なら持っている人もいるかもしれない。


 だが迷焦の場合、実践的なカスタマイズが施されている。

 銃口にピンセットで固定された針を突っ込み、BB弾にセットさせる。

 どうやらBB弾に細工をしているようだ。

 そんなんで撃てるわけ無いだろー!と本職の人は言うだろうが迷焦は気にせずそれもポケットに入れると最後にもう一本。

 ナイフを丁重に扱い、それだけは腕に貼り付けるよう持った。

 

 結局、エアガンとナイフ、そして最初のナイフに紐を括り付けたのの三点を迷焦は装備する。

 端から見れば中二病。

 殺し屋を真似て子供が作る程度の物でしか無い。

 しかし、どの武器にも武器として生命の命を奪うに足りる性能を誇り、同時に迷焦の武器への扱いが身体の一部のようにぶれが無い。

 レナはただただ迷焦のその姿を見ているに止まっていたが、取りあえずと言った挨拶程度の口調でこれからの殺人者に尋ねる。


「せん、お兄ちゃんは中二病って奴なんですか? 何かカッコイい物持って、これから任務をこなすぜ的な顔つきで」


 人差し指で眉をくいっと押し上げるレナ。

 重苦しいであろう雰囲気をぶち壊された迷焦は何というか笑っていた。


「中二病、か。本物のナイフ持った第一声がそれってやっぱり子供と言うべきか。でも、僕がそのくらいの時は既にこんなんだっから比較は出来ないんだけどね」


「先輩の幼少期ってどんなんだったんですか!」


「何でそこ食いつくの? というか先輩?! つーか子供ってこんな気安くなるもんなの?」


 ナイフを見せた後なのになぜかテンションの高くなるレナは「早く聞かせてください!」と迷焦に迫る。

 負けたように迷焦が喋り出す。


「僕も昔は普通だったんだよ......多分。でも、弟が死んでからだと思う。前の家と共に焼け死んだんだよ。世間では不注意ってなってるけど弟は、静次はそこまで馬鹿じゃ無いんだ。糞親父が殺した。少なくとも僕はそう思ってる。」


「でも、それは」


 レナの言葉を遮るように車の音が聞こえてくる。

 と、迷焦が動き出す。

 

「今日はやけに速いな。新しい家族を見たいってか糞親父。お前には血の色を見せてやる」


 とっとと部屋を出る迷焦。

 部屋に一人となったレナは長ったらしいため息を吐いた。


「変わらないですね先輩は。身内のためになるとすぐこれです。でも、そうはさせません。先輩の野望は私が止めます。せっかくハルシオンからここまで来たんですから!」


 幼女は駆け出す。

 迷焦が親を殺すところを防ぐために。

 


************


 私の名はレナ。ただし、それはこの世界での名前なのです。

 

 “ハルシオン”


 夢世界と呼ばれた場所の住人であった私はラル・チャイリと呼ばれ先輩の職場での後輩。

 ハルシオンで先輩は栞ちゃんを救うと天界へと消えていき、気づくと世界が壊れてしまいました。

 亀裂に落ち、感情粒子となった私は現実世界をさまよい、いろいろあってここにいます。

 愛の力が起こした奇跡。

 全ては先輩といたいから。

 

 最後に見た先輩の表情。

 その眼差しは私に向けられてはいませんでした。

 だがしかし、今の先輩にはハルシオンで過ごした二年半の記憶が無い。

 悲しいかな、でも、私はそれすらも利用して先輩と二度目の出逢いを果たすのです!

 

 私は小さい体で先輩の後を追う。

 先輩はハルシオンでは並外れた運動センスを持っていました。

 例え向こうほどでは無くても先輩の手慣れた武器の扱いや動作かある程度の実力がある事はわかります。

 そして、それはこの世界の、しかも平凡な父親一人簡単に殺せるくらいだと。

 今の世界は十四歳。

 四年もの間殺すために修練してきたその結晶こそがハルシオンで見せた運動センスとそつなくこなせる武器の扱いの源であるならば早くいかないと先輩のお父さんが危ないです。

 

 しかも、先輩の武器。

 丁寧に持ったナイフはわずかながらに刀身が揺れていました。

 だとすると、柄から抜けるように仕込まれたもの。もし、柄でキャッチされても刀身で必ず殺せるよう。

 徹底し過ぎです先輩。

 あの頃の優しさはどこに消えたのですか!

 先輩は道端に生える花ですら踏むのを避けて歩くような人だったのに。


 やっとなれてきた小さい体で階段を駆け下りる。

 すぐに先輩の背中が映る。

 その手には先ほどのナイフが握られており、扉が開かれたら殺る気だ。

 しかも、あのナイフは刀身が抜け出すタイプの奴。

 先輩のお父さん駄目です。今来たらあなた死にますよ!

 私は叫ぶよりも早く先輩を止めようと妙に長い玄関までの通路を走り、と。


 突如、私のお腹に柔らかい何かがぶつかり、行く手を阻んだ。

 というか押さえられます。

 顔を上げると先輩のお母さんが私を子供のように優しく腕でフォールドしちゃってます。

 あ、今私、子供なんだった。

 って違う。今そんな感想はいらないです。


 先輩の過ちを止めようと足を体を動かしますがお母さんは私を離しません。

 私の体はちょっと前まで昏睡していた病弱な体。そりゃ敵いません。

 わなわなと体を動かす私を見てお母さんが優しく微笑みます。


「ごめんなさいねぇ心配かけちゃって。あの子ちっとも変わってないのよ」


「いやいや、あなたの旦那、絶賛暗殺されようとしてますよ!! 何、我が子の成長を見守る的な顔をしてるんですか! 刃物持ってるんですよ」


「何って反抗期な息子が唯一、お父さんとのコミュニケーションを微笑ましく見守るのよ」


「駄目だこの家族ー! 息子の犯行を見守るとかどんな母親ですか。先輩の家族って何か曲がってますよ!」


 泣き目になって先輩に届かぬ腕を伸ばしてしまう私。

 先輩が犯罪者として捕まったら私との一つ屋根の下で愛を育もう計画がおじゃんにぃぃぃ!

 


 がチャリッ。

 玄関の扉が開き、先輩の後ろ姿の隙間からたくましい男性がちらりと見える。

 その頃には既にナイフが投擲されており、戦闘になれた世界で暮らす私ですら危ういいきなりの奇襲。

 一般人の父親にとって戦闘とは言わば仕事。

 殺される危険なんて考慮しない。

 そんな世間の違う物に対処出来るはずが無いのだ。

 

 そんな私の認識をぶち壊したのは本当に一瞬だった。

 お母さんの「だって今まで一度も成功してなのよ」の言葉に共に何かを叩きつける音が混じり、見れば床に倒される先輩と奥で鬼神と如きオーラを放つお父さん?がいた。

 

 先輩が負けた?

 一瞬の間、先輩のナイフはお父さんの手で器用に弾かれました。

 引き抜いた二本目のナイフなんかお構いなしにお父さんはそのまま背負い投げで先輩を無力化、ってえええ!

 化け物ですか先輩のお父さんは!

 というか怖い。

 お母さんも何事も無い様子。

 

「まあ家の恒例行事なのよね~。お父さん、この子が家族になる子よ」


 何が何だか。

 脱力した私はお母さんの腕の中で崩れ、へなへなと床に座る。

 助ける必要無く無いですかこれ。


 そして、お父さんの怖いこと怖いこと。


「よろしく。家は見ての通り騒がしいがそれ以外は普通だ」

 

 と、お父さんは挨拶してくれたが、あなたが普通じゃ無いですよと言いたくなってしまったのはここだけの話。

 結局のところ先輩はこの四年間、幾度となくお父さんにあしらわれているのだとか。

 その後食事の後も先輩は紐つきナイフと軽い身のこなしで攻めるも被害無く無事敗北。

 お母さんが普通にしてられる気持ちもわかります。

 

 ですが、このままでは先輩は変われません。

 死んでしまった弟さんを悔やむばかりで前を歩まないのではこの先良いことはありません。

 私との幸せのため。

 私は先輩が残した思い出話を手がかりに、未来を変えてやります!





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