第一章 『一年前、迷焦が夢を諦めた理由』前編
一年前 <武の都マルスエーヴィヒ>
『さあ~いよいよ剣帝試練も決勝戦! 数百人の頂点に立つ勝者は果たしてどちらか!』
司会の声が天空闘技場に響き渡り、観客たちを大いに盛り上げる。
この闘技場はマルスエーヴィヒの中心にそびえ立つ塔の上に作られている。
そのため遠くから塔を見ると上にかけて細くなるがいきなり円盤が刺さっているようにも見える。
剣帝試練に優勝した者には称号とガブリエルに成れる権利がもらえる。
特にガブリエルに成れるのは魅力的だ。なにせ彼らは神の記憶を引き継ぎ、人間には想像出来ない力を発揮するという。力を欲する者なら一度は憧れるものだ。
『選手入場です。まずは優勝候補にして豪腕断絶のディオロス ラナベルト!!」
会場の歓声と共に砂煙が舞、まさしく巨体の大男が背丈をも超える長大な巨剣を担いで入場する。
筋肉質な体系に2mを超える身長。極めつけに歴戦の戦士を思わせる凶顔は額の古傷をあり、より一層怖さが増す。
全身を鎧で固めるが、関節などには付けていない。一見弱点を増やしているだけのようだが、剣を振るときの行動制限をされないための行為だ。やはり熟練の剣士は一手違う。
「続きましては、なんと今回が剣帝試練初出場の期待の新人。その小さい体は俊敏な獣のよう。無道 迷焦!!」
再びの歓声に背丈150の期待の新人はびくりと反応する。初出場だけあってまだ大観衆に馴れていないのだろう。
明らかにサイズが大きい長袖のジップパーカーを羽織る少年は腰にさしてある一振りの剣で戦うのだろう。しかしディオロスの巨剣と比べるといささか弱っちく見えてしまう。
少年の顔はフードで隠れていて怪しい印象を漂わせる。
『果たして勝つのは、巨剣を自由自在に操る怪力の持ち主。ディオロスか! それとも獣のごとき身体能力と素早さを持つ迷焦か!』
会場の歓声が最高潮になり、闘技場の中央で戦う2人もそれぞれ剣を鞘から引き抜き、お互いに構える。
後は開始の合図を待つばかりとなる。この時間でいかに冷製さを保てるかも試合に大きく関わるが、その点でいえば迷焦は不利だと言えよう。だが、両者落ち着きを持ち相手の顔を見ている。
高鳴る心臓と共に試合開始の合図がくだる。
先にディオロスが突撃して来る。一度喰らえば即死並みの攻撃を持つ断絶の剣で大きく横振り。基本的ゆえの強さ。この世界で反復練習とはやればやるほど自信に繋がり、確かな手応えを感じる。その一振りはギロチンのごとく的確に巨剣を振っているとは思えない速度で迷焦の首を狙う。
巨剣から繰り出された一撃を体の重心を落とす事でギリギリ迷焦は回避。その後斜め斬りを腕めがけて行う。だが、体制が不充分なためにディオロスの小手に弾かれる。再び巨剣による猛威が迫り、剣を弾かれた反動を利用して手前にもってゆく。
ギィィィンという激しい金属音が鳴り響き、迷焦は防ぐ事こそ成功するも向こう
の壁まで吹っ飛ばされる。壁際で停止した体を迷焦は無理やり起こし、剣を構え直すが今ので勝敗がどちらかおおよその観客はきずくだろう。
『おおっーと! 先制を決めたのはやはりディオロス! あの巨剣を普通の剣と同等の速度で振れるとは流石だっ!!』
会場全体はますます盛り上がり、簡単に負けるのは許されない空気になってきた。
「ったく、どんだけ力強いんだよ。さすがパワー型最強と謳われる事はある、か」
迷焦は口から垂れる血を腕で拭い、ディオロス目掛けて走り出す。元々力業では勝てるはずもない。ならばどうするか。
「アクウィールッッ!!」
精霊竜にして相棒。迷焦は自身の剣の名を呼ぶ。剣から青色の炎のように揺らめく冷気が漂う。揺らめく光は感情の強さ。その青さは氷の属性。
この世界の神域を守護する神獣候補を剣とした物。《氷精剣 アクウィール》
青く煌めく精剣がディオロスの巨剣を捉える。青の軌跡を描いたその剣は巨剣とぶつかり力足りず、つばぜり合いとなる。迷焦に巨剣を真っ向から弾ける力はない。それでも出せるだけの力で巨剣を動かせないように押しとどめる。迷焦の狙いは別にある。
迷焦の剣を抑え込んでいるディオロスの巨剣がなんと凍り始めたのだ。剣に触れている場所から急速に凍り出したまらずディオロスは地面を思い切り蹴り飛ばし、後方へ待避する。
支えを失う迷焦の体は前のめりに倒れようとするが剣を地面に突き刺し、狙っていたかのように魔法を使う。
「氷の大地となれ!」
この世界での魔法は想像して形に出来れば詠唱なんてものは必要ない。しかし一秒でも早く自分がどの魔法を発動させたいのかを記憶から呼び起こすために魔法名を言うのだ。
その魔法名は別に正式な名前ではなくともいい。何かに関連付ける。使う側がパッと想像出来る言葉を魔法名にすればいい。
剣から膨大な量の冷気が放出され、辺り一体を一瞬にして氷の世界と化す。
『な、なんとフィールドをアイススケートリンクにしてしまったぞぉ! ......別に魔法はありだけどそこは剣同士のぶつかり合いが見たい気もします』
(司会の人うるさい。こうでもしないと勝てないっつーの)
迷焦は獲物を狙う獣のごとき瞳でディオロスを捉える。迷焦は今、楽しいのだ。ディオロスを超えればさらなる高みに行ける。それがどうしようもなく嬉しいのだ。
「ようこそ僕の世界へ」
迷焦は氷の世界を駆け出した。一方のディオロスは動かない。迷焦は勝機とみた。迷焦と違いディオロスはこの氷の世界で上手くは動けない。だからこそこれで終わらせる。
空中に氷の塊を無数に作り出し、唯一迷焦が補助なしで使える創造魔法で槍の形に生成する。
そして一斉に氷の槍が雨のようにディオロスを襲う。爆音が闘技場に響き渡り、破片の一つが迷焦の頬をかすめる。砕け散る氷の音。まき散らされる氷の破片が辺りを飛び交う。
(足下が氷では槍の雨を防ぎきることは出来ない。つまり少なからずディオロスは弱っている)
その荒れ狂う現象地に迷焦は突っ込む。そしてボロボロになっているはずのディオロス目掛けて剣を走らせた。
その剣はディオロスの首を斬______らなかった。迷焦は驚きの余り目を見開いた。そこにいたのは傷こそあれど悠然と巨剣を振るう歴戦の戦士の姿がだった。
「がはっ、」
まともに攻撃を喰らい宙を舞う迷焦は、氷の大地を踏み砕き、前進してくるディオロスの姿を見た。
(踏み砕かれちゃつるつるな大地も関係ないか。むちゃくちゃだぞくそったれ)
迷焦は巨剣によってその体を引き裂かれた。
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石畳の床に簡単な仕切り。迷焦はベッドで寝ていた。保健室のようなこの部屋は傷ついた選手の治療を行うためのものだ。
意識が目覚めた迷焦はまず、自分が敗北したのだと悟る。次に腹を触り、負ったはずの傷がないことを確認した。
この世界で最も難しいとされる魔法が治癒、蘇生魔法だ。なにせ半端ないほどの集中力を要求され、元通りに治すのは困難と言われる。
あれほどの傷を治したのだから世界に20といないと言われる上級者なのだろう。
確認し終え、迷焦はため息をついた。
「称号貰えなかったなぁ。ちくしょー。最終試練に挑戦出来ないじゃん。なんだよあの巨人野郎! 僕にも身長分けろよ!」
溜まったストレスを発散し、とりあえず落ち着く迷焦。
その瞳には涙があふれる。彼はこの戦いのために血を吐くほどの努力をしたのだ。しかし後一歩のところでまた遠のく。
迷焦はしばらく寝込み、夕方になる頃に武の聖地を出た。
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翌朝<サンレンス 王立統制院仕事場>
普段通りに仕事場に着いた迷焦は普段とは違う疲れた顔を見せる。
その様子を見かねた後輩のラルがいたわりの声をかける。
「先輩大丈夫ですか? ディオロスとか言う男にちょっきんこされた傷がまだ痛むんですか!」
しかしそのいたわりは迷焦に敗北の瞬間を記憶から呼び起こさせる。
迷焦は弱々しくその場に崩れてしまう。
「ラル、トドメをさしちゃだめよ。確かに完璧に負けてはいたけどいろいろと小細工をしてたのよ」
ヒサミもフォローのつもりが迷焦の心をえぐる。
「お前ら一回喋るな。迷焦が灰になってるぞ」
唯一の救世主。ユーリが救いの手を差し伸べる事で迷焦はなんとか立ち直れた。
実はこの3人も昨日の迷焦の戦いを見てくれていたのだ。もっとも、胴体真っ二つになったときは全員迷焦の死を覚悟してしまったが。
ラルは台に手を着け、愚痴のように迷焦に話す。
「でも惜しかったですよね。先輩はあそこで遠距離からバンバン魔法を連発していれば良かったんですよ」
「それでもあのディオロスに決定打は与えられないと思う。やっぱり純粋な攻撃力がいる」
「大体あんな大きな剣をブンブン振れるなんてチートですよ」
「ラルよ。あの大会ではチートは使えないはずだよ。そもそもあいつは魔法すら使ってない。力の差がありすぎる」
迷焦は顎に手をやりどうすれば勝てるのかを考える。
「そこで諦めないのが先輩の良いとこです。まだ諦めてないんですよね。最終試練!」
「もちろん。僕は頑張るよ。えっへへ。それに今度こそディオロスをけちょんけちょんにしてくれる」
迷焦はパキパキと指の関節を折り、生き生きとした顔でそう言った。
<これはまだ迷焦が最終試練への挑戦を諦める前の話>
どうも。今回は一年前についてです。その頃の迷焦は最終試練への挑戦を試みる少年だった。
いかにして迷焦が最終試練を諦めたのか。
次回をお楽しみにです。
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これからも頑張って書いていきます。