『消え行く炎と凍りつく心』
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結果は分かり切っていた。
ヒサミ一人の力ではガブリエルよりもなお強いもう一人の迷焦に勝てないことくらい彼女自身がわかっていた。
迷焦の黒剣はヒサミの胴を易々と貫き、引き抜かれると滝のように鮮血が流れ落ちる。
支えを失ったヒサミの体は重力のもと、大地へ叩きつけられる事だろう。
(ごめんなさい迷焦君。私は駄目でした)
無念の内を心に秘め、ヒサミは死に行く自分の末路が怖く目をつぶると。
ヒサミの体から勢いが消える。
死んだのかと悟ってしまったヒサミは目を開けないが代わりに支えた人物がめんどくさそうに言葉を吐き出す。
「まだ遺言聞いてないぞ」
迷焦は両手で抱えたヒサミをゆっくりと地面にまで下ろし、次に手のひらから黒い炎をだすとそれをヒサミの胸に埋める。
とたん、むせる声が死に際だったヒサミから聞こえ、彼女は上半身だけを起こす。
「これはあなたが?」
「十分限りのプレゼント。それでお前んとこの治癒使いに蘇生してもらうなりすりゃいいだろ」
「やっぱり迷焦君は優しいですね」
「殺すぞ。セカンドで」
言い方はあれだが最初の頃よりは打ち解けてきたとヒサミはしんみりと実感する。
やはり迷焦は迷焦なのだと。
ヒサミはラルたちの元へ行こうとはせず、座った状態になる。
「私にはまだやることが残っていますからね」
「馬鹿野郎が」
「そうやって心配してくれるのもそっくりです。ラルという後輩が熱を出した時やユーリ君が骨折した時はそれはもう凄い慌てようでしたよ。治癒魔法でじっくり粘れば完治しますのにね」
「まあこっちの法則になれない奴はたまにそうなる。にしてもなかなかの溺愛っぷりだな。依存症の領域だぞそれ。」
「そうですね、ほんと。でも、私たちにとって迷焦君は弟同然ですからそれはもう可愛いです。後、お金にはうるさいです」
「僕とは正反対だぞ」
「そうなんですか。まあ彼はこっちに来てそうそう盗難に会いましたから無理もないでしょう。やはり人格とは環境や要因で生まれる物なのですね。ですがあなたも迷焦君です。彼とは違う双子の兄です」
「んなっ勝手に!」
そう言いつつどこか嬉しそうな表情をする。
次第に敵意を失っていくもう一人の迷焦にヒサミはいくつもの思い出を語った。
出会った日、ガブリエルに剣帝試練で負けて特訓として神獣と戦ってこてんぱんにされた事。
迷焦の好きな食べ物、迷焦の考え。
それをもう一人の迷焦の思い出であるかのように語った。
迷焦は真剣に、そして、時々懐かしむようにして頬を緩める。
それは母の子守歌を聞く子供のように幼く、剣を使う姿とはかけ離れていた。
そして、しばらく話し込んだ末、遂にヒサミの言葉の端に血がつき始めた。
吐き出される血は地面に池を作る。
座った体勢もきつそうにヒサミは体を迷焦に預ける。
息をするのも苦しそうなヒサミを見て迷焦はすぐさま治癒使いのもとへ運ぼうとするがそれを彼女自身が止める。「私は長くないから。それよりも話を聞いて」と。
「迷焦君はですね。私たちのために全力を尽くしてくれます。どんな時でも助けてくれます。あなたが辿るかもしれなかった運命のイチページです」
「馬鹿だろ。ほんとうに馬鹿だろあんた。なんで僕なんかのために」
迷焦の頬には二本の涙の筋が出来ており、彼の心境を物語る。
「ああ僕もあんたの話を聞いて片側の自分が羨ましいと思ったよ。でもそれは僕じゃない。なのに、だからこそ......殺した事が本当に辛い。こんな話聞かされるくらいなら生きててもらった方が良かった」
ボロボロと涙を零す迷焦の姿は死神では無く、子供だった。
迷焦がどんな二年間を辿ったか明確にはヒサミは知らない。
でも、ここにいるのは一人の我が子なのだとヒサミは確信する。
涙を拭うその手を握って。
「あなたが私の知らない迷焦でも私は大事です。身内です。だからこそお願いします。私と、あなたの身内を救ってください。あなたの手で」
「ようはガブリエルの野郎を倒せばいいんだろ。でも、僕はあんたを殺した仇だぞ」
「裏の役目を背負っても。それでも身内を救ってください。やっぱりあなたは迷焦君だもの。身内をほうってはおけません。すみません、最後にこんな事をお願いして」
「僕なんかでいいの?」
「あなたにしか出来ません。あなたは双子の迷焦君で、私の子供です。身内としてお願いします。迷焦君と共に栞さんを救ってください」
ヒサミの手を込める力が段々と弱くなり、死期が近い事を悟らせる。
それをダイレクトで受ける迷焦は何かを思い出したかのように目を見開く。
そして。
「今更そんな事言われても。遅いですよヒサミ先輩」
それはヒサミの知る迷焦と全く違わぬ口調だった。
「えっ。迷焦君......あなた、もしかして」
「僕がその任務請け負います。僕は栞のためにここまで来たんだから」
ただ任務のために殺し続けたもう一人の迷焦に救う心が目覚めた瞬間だった。
そして、ヒサミが命を落とす瞬間でもあった。
最後に「そう......それは辛いわね」とヒサミの口から零れた時、迷焦は剣をとっていた。
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それから僕は何回死んだのだろう。
僕はまたも深海の底に落ちていく。
肌を刺す冷たさは拭えない。
体が震えている。それは恐怖もまじっている。
何度海の藻屑と化しただろうか?
もう何度も繰り返される恐怖。
それに慣れる事は一向に無かった。
ただ、泣き叫んで食われてまた繰り返される。
いくら死んでも僕は恐怖に支配されていく。
そこで気づいたんだ。
僕は自分の命が惜しいのだと。
身内のために命を懸けられると思っていたはずの僕なのに結局は自分が大切だった。
異世界でも僕は何か変われたわけでは無く、ただ過ごしてきた。
人見知りも、弱さも手のひらの小ささもみんな。
僕の心が脆いからなんだとわかってしまう。
僕は墜ちていく。
結局僕は自分の命が一番なのかもしれない。
そう、僕は自分の中で何かが壊れていくのを止めなかった。
そんな最中、
ふいに、声がした。
『俺は救うんだ。神を殺しても、運命から見放されても......俺が必ず救ってやるから!』
誰の声だ?
聞いた事の無い声。
でも、僕は不思議とその声で栞の事を思いました。
前に僕が弱くなって、森のドリムにも勝てなくて恐怖してしまった時、栞は励ましてくれた。
学院では共に学び、夜は一緒に談笑を楽しんだ。
栞と海に行こうと約束をした。
それから、それから。
栞は僕にとってなくてはならない存在になっていた。
栞は僕を助けてくれたではないか。
この世界で誰よりも。
なら僕はなんであの時、手を繋げなかった?
あの時抱きしめれなかった?
答えは簡単。
僕は弱く、幼いから。
だから今度こそ僕が栞を助ける。
世界を敵に回しても。
僕は次第に意見を明確にしていった。
それと同時に体から熱が抜ける感覚に襲われるのを感じる。
まるで心が凍らされていくような、そんな冷たさが体を侵食する。
そんな中、再びアクウィールの声が届く。
『正解だよ迷焦。君に温もりはいらない。君は氷なのだから。なのに最近の君はおかしかったよ。身内以外も助けたり、変に友達を作ったり。とても無情には見えなかった。そんな温かさが君の心を溶かしてしまったんだ』
でも、とアクウィールはたんたんと告げる。
『君は研ぎ澄まされた氷。殺意の感情だけを溢れさせろ。後はわかるよね』
「うん。こいつを殺せばいいんだよね。簡単すぎるよ」
また、巨大な魚が迫り来る。
でも、それだけだ。
僕は手から氷の槍を作り出し、それを放ってやった。
それは巨大な魚の頭部に見事に刺さり、そして、そいつの細胞を凍らせていく。
最後には魚に巨大な甲羅がつけられたような風に見えて滑稽だった。
命の消えた巨大な死体は重力に任せて下に落ちていく。
それを僕はただ見ていた。
不思議な程僕の呼吸は乱れておらず、むしろ今までよりも安定している。
ただ、体が少し冷たい。
それは当然か。
僕は氷なのだから。




