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第三章 『残酷な選択と氷の心』

「何を、言ってるの?」


 いきなりの事に戸惑う迷焦にアクウィールは笑顔を崩さずに続ける。

 

「言った通りだよ。ラルと栞。どちらかしか生き残れないとしたらどちらを選ぶか。選ばないなら両方死ぬ。必ずどちらか一人を選んでね」


「だから何を」


「君なら簡単だろ。優先順位が決まっている君ならさ」


「簡単なわけ......」


「まあいいや。もっと簡単なものからやるよ」


 アクウィールは指を鳴らす。

 すると、天秤の片側からラルと消え、変わりに数百人の見知らぬ人が現れる。

 

「さあ選んで。五百人の命と栞の命どっちを救ってどっちを切り捨てる?」


 アクウィールはニコッと笑う。

 子供っぽい指差しを迷焦に向ける。

 迷焦は答えずらそうに唇を噛み締める。


「栞。それよりこんな事してなんになるのアクウィール?」


「もちろん君を強くするためさ。はい、五百人切り捨てられました」


 天秤の片皿にいた五百人が一瞬の内に消える。

 次に一万、次に一億、遂には地球全土の人類。

 それでも迷焦は栞を選んだ。

 迷焦が少し戸惑うも栞を選べたのは切り捨てた方がただ消えただけだからかもしれない。

 それが迷焦に殺人の心を薄らせる。

 ただの選択だと。

 これに断末魔や血飛沫があれば変わったのかもしれない。

 だから。


「あんまり動じていない? やはりもう少しリアリティーを追求するべきか? でも、ラルの時には迷いがあった。つまり人選だな。君の心はまだ温い。一度殺すか」


 そう、アクウィールは言った。

 笑みを消して。

 無情で、これまでの迷焦との思い出を忘れたように。


「この世界は心の強さが全てだ。だから君を一度壊すけどいいよね」


「アクウィール何を」


 迷焦は言いかけて、そのまま闇に飲まれた。




************


 ボルス教本部は現在ダストレーヴからの襲撃を受けていた。

 主格はリオン、零夜、ネル、千穂。

 防御壁は零夜のチート武器によって強引にこじ開けられ、そこに切り込む形となって大聖堂へと侵入する。

 ユーリたちが迎撃に当たるが相手はガブリエルと同等、あるいはそれ以上の力を包有しているため状況は芳しく無い。

 それでも迷焦の身内や仲間は簡単には屈し無かった。

 ユーリはその巨大なハンマーで零夜の疑似創造書庫“バージョンフルングニル”と打ち合う。


「お前らってどうしてそう強いわけ? 力分けて欲しいぜ全く」


 ぶつかり合う度にユーリが僅かに傾く。

 筋力ならばユーリが勝っている。

 だが、武器のクオリティーが違いすぎる。

 ユーリの息が荒く、体に汚れが目立つのに対して零夜は無傷に近い。

 もはや退屈だとばかりに零夜は剣を大振りにし、あからさまな挑発をする。

 

「お前チート能力者だと聞いたんだが。何故使わない? 死ぬぞ」


「ならお言葉に甘えて使ってやるよ。可愛い後輩を守るために手札大盤振る舞いだ!」


 ユーリは零夜との間に距離をとって、地面を抉るようにハンマーを傾ける。

 途端、ハンマーに電気が帯び始め、大地の亀裂と共に雷が零夜に迫る。

 

「そう来なくては。雷斬りがどこまて通じるか試すぞ」


 零夜は武器を納刀状態の刀に変化し、抜刀のモーションに入る。

 雷斬りとは日本神話に置ける雷を斬る刀の事だ。

 つまりユーリとは相性が最悪である。

 抜き放たれた刃が瞬く間に雷を切り裂いていく。

 そして、ユーリの武器はハンマー。

 一度振りかざしたら次のモーションに時間がかかる。

 だから、隙の出来たユーリに向けてリオンが透明な糸状の武器“モイライ”を放つ。

 零夜の火力は凄い。

 だからこそ相手はそれに注意をとられて背後の敵に気づけない。

 そこを狙うのがリオンの役目なのだ。

 音も無く迫る見えざる攻撃をユーリは避けれないし、防げない。

 リオンの糸はユーリの肩口に深く食い込......まなかった。

 ユーリの体に弾かれた糸が空を跳ねる。


「ええツ! 一応鉄くらいなら易々切り裂けるはずなのになんで?」


 リオンはあまりの事に間抜けな声を上げる。

 してやったりとユーリは笑う。

 零夜の一銭を避け、回避が遅れるリオンに一撃を与える。

 

「そりゃお前ら。俺がいつ雷だけの能力者だと言った? 雷だけならチート能力なのか怪しいとこだぜ」


「はぁー。あなたの体は合金製なんですか、そうなんですか。子供な僕になぞなぞしてるんじゃ無いですよ」


「ごちゃごちゃうるさいぞちびっ子!」


 お次にユーリは大きく息を吸い込み、全力で吐き出す。

 吐き出された空気がとてつもない速さでリオンたちを襲う。

 衝撃波と同じそれは床を削り荒れ狂うが零夜はそれを防ぐ。

 眉を細め、零夜はユーリの能力についておおよその検討をつける。


「体のありとあらゆる強化か。生体電気の増大にに皮膚の硬質化。つまり己のクオリティーを上げる力といったところだな」


「あながち間違ってねえよ。ただ後三段階は上げられるけどな」

 

 ユーリは獰猛に笑い、地面を踏み割る。

 体に稲妻が走り、更に力を高めたユーリは拳同士で叩く。

 そこへ。


「ユーリ君。そっちは一人で抑えられる?」


 ヒサミだ。下位戦闘員たちを斬り伏せる彼女はふいに上を見る。

 反射と見栄で「おう」と答えるユーリにヒサミは「この場にいないもう一人の迷焦君を止めてきます」と堂々たる宣言をした。


「バカっ! 止めろ。あん時は三人で負けたじゃねえか! 捨て石になんじゃねえよ」


 零夜とリオンとやり合うユーリの顔色は悪い。

 今すぐにでも止めに行きたいだろうがダストレーヴの者たちはそう甘くは無い。

 「よそ見すんなよ」という言葉と共にユーリの腹に棍棒がめり込み、呻くようにしゃがみこむ。

 このままでは助けにいけない。

 好きな人が自身を捨て石にするなどユーリが黙っていられるはずが無い。

 そんな焦りと憤りを感じるユーリにヒサミが気高く告げる。


「ちょっと世間話をしにいくだけです。それに相手は同じ迷焦君ですよ。身内である私を殺せるわけないじゃないですか。だから安心してください。ユーリ君は迷焦君が戻るまでの足止めをお願いします!」


 それは虚言だとユーリは悟った。

 真面目なヒサミがついた優しい嘘。

 少し寂しげに、でも可憐に微笑む。

 これまでのヒサミとユーリは様々な思い出を作った。

 それは身内の中で一番長い。

 でも、今のヒサミの笑みはユーリの記憶に無いどこか儚いものだった。

 だからユーリは聞く。

 愛した人の最後になるかもしれない言葉を。


「子供たちを頼みましたよユーリ君」

 

 そう、言い残してヒサミは割れたガラス窓から外へと消えた。

 残されたユーリにリオンが不安を煽らせるよう悪ガキの顔で笑う。


「あ~あ~あの人可哀想に。子供な僕らが束になっても勝てない隊長様に喧嘩売りに行くとか馬鹿じゃ無い? 今術式の組立中だから機嫌悪いのに」


「おめーのその子供な僕ってのうぜーからやめやがれ!」


 ユーリの拳をリオンは糸を器用にまとめ、盾にして防ぐ。


「わざとだよ。それに僕、今すこぶる機嫌悪いんだー。だからモイライの本気見せてあげるよ。寿命が途切れて死んじゃいやがれ」


 もはやリオンの顔は表情の無い人気では無く、わかりやすい子供の怒りかただった。

 それだけ苦戦している事なのだろう。

 ただ、ユーリの方は怒りはすれど感情に任せては動けない。

 行ってしまったヒサミの増援に手の空いてる者を一瞥して探すが。


(やっぱみんな手一杯か。ラルはノエルって人の護衛に付きっきりだし、クレオスさんや他のボルス教の人も善戦してくれているけど)


 そうこう考えている間に上からの衝撃音がユーリに伝わる。

 どうやらヒサミと迷焦の戦闘が始まったらしい。

 ユーリの焦燥感がますます上がる。


「こいつら片付けてさっさと和風姫様を助けに俺はいくぞ!」


 ユーリは迫り来る二人の強敵へと立ち向かっていった。



************


「あなたがもう一人の迷焦君ですか」


 ボルス教会の屋根の上。

 一人怪しげな模様を空に浮かべる人影にヒサミは声をかける。

 その少年の顔はヒサミの位置から見えるのだがその目蓋はなぜか閉じている。

 それが怪しげな模様に関係しているのかわからないが、ヒサミはなんとなくそれを懐かしいと思っていた。

 迷焦はドリムを殺した際に感情粒子の行く末を見届ける習慣がある。

 それに近い何かだとヒサミは微笑ましく見つめる。

 

 ただ、容赦はしない。

 もう一人の迷焦にヒサミは刀の切っ先を向ける。

 気配に気づくも迷焦は慌てた素振りを見せず、うざったそうな赤い瞳でヒサミを睨む。


「邪魔すんじゃねえよ。せっかく僕が教会ごとぶち壊す魔術組み立ててるんだからさぁ」


 迷焦と同じ顔。

 でも髪の色は完全に黒で統一されており、瞳も赤く、鋭い。

 立ち上がって黒剣を構えるまでの動きも違う。

 剣はアクウィールとは違い、横に広いし、服や口調までもが違う。

 それでも根底はやはり迷焦なのだろうとヒサミは刀を構えたまま思う。

 迷焦の怒りは一種の防衛本能に近いものであり、それは彼にも似てとれた。


「やはりあなたも迷焦君なのですね」


「交渉なら無理だぞ。僕らは分かれたのはこの世界に来る前、つまり僕にはお前らとの思い出は無い。残念だったね」


「いえ。こうして迷焦君と話せる事が既に成功ですからそこはお気遣い無く。それにあなたも迷焦君なら私たちの身内です。話し合いは可能だと思います」


「あっそ。お前らんとこの僕がどうかは知らないけどここにいる迷焦さんは他人を簡単に殺せる人なんだぜ」


 迷焦の言葉の後半が終わるかいなか、二人の剣士が同時に踏み出す。

 周囲の色を刈り取る黒剣の軌道がヒサミの刀を捉え、そのまま破壊しにかかる。

 力勝負ではヒサミが圧倒的に不利。

 しかし、それを見越していたヒサミは刀における力の加減、場所を即座に切り替え、逆にカウンターを食らわせる。

 闇を貫く一筋の光の如く、美しき銀の刀が迷焦の袖を掠める。

 見事にカウンターをもらい、後退する迷焦にヒサミは続けざまに二撃、三撃と白銀の弧を描く。

 避けられこそすれどヒサミの精密な業に迷焦は剣を使ってのガードを選び、彼女の手数は更に増える。

 ただ、迷焦もただでは負けない。

 凌いでいるだけに見えてその瞳はヒサミの刀をしっかりと捉える。

 そして、徐々にヒサミの剣戟を捌き始めていった。

 序盤のカウンターに手数の多い、光速の剣戟で翻弄されていた迷焦だがものの数秒の攻防で相手を見極め、じっくりと攻略していく。

 これも片方の迷焦には無い性格だ。

 

 まずいと判断したヒサミはひとまず距離をとる。

 迷焦も深追いはせずにそのまま二人は睨み合う。


「剣を収めてくれませんか迷焦君。私はあなたとは戦いたく無いです」


「それはお互い様。攻撃際に来るあんたの感情粒子が邪魔でやりづれえ。もう片方の僕をしたってくれるのはありがてえんだけどこっちにねえ思い出見せられても迷惑なだけなんだが」


「迷焦君、あなたは人の感情粒子から思い出までも読み取れるんですか?! もう一人の後輩が優秀で私は嬉しいです」


「あんた阿呆なの? なんつーか皮肉なもんだよな。僕の知らない僕について語られて、それが少し羨ましいと思っちまうんだからよ。こっちは過酷すぎたぞ」


「聞かせて上げますよいくらでも。あなたが辿るかもしれなかったもう一つの未来を」


「死に際の遺書としてなら聞いてやるよ」


 黒き死神は命を刈り取るために、戦乙女はもう一人の後輩のために。

 二人の剣士は衝突する。

 

 


************

 

 

 気付けば迷焦は水の中にいた。

 暗くて冷たい。

 迷焦が口に含んだその水はしょっぱく、ここが海だと結論づける。

 ほんの僅かな光が次第に薄まり行く。

 光を、生命生み、そして、死を招く深海だ。

 底知れぬ闇に落ちていく。

 人間は五感が機能出来ないと不安を覚えるというのは本当らしい。

 迷焦は消えゆく光を求めて上下左右と視線を彷徨わせる。

 でもそれは間違いだった。

 周りには魚の死体が無数に迷焦と共に深淵に誘われていた。

 大小問わず既に死に絶えた生物が落ちていく。

 海とは底知れぬ闇なのだ。

 死に行く者が集まっていく。

 まるで死体の行き着く宛の場所のように。

 時折聞こえる歪な音と、下から浮き上がる気泡の存在。

 それだけが迷焦の耳に入ってくる。


(怖い)


 迷焦は素直にそう思った。

 ここが本当に深海を模造しているならば彼は知っている。

 ここに何がいるのかを。

 彼は知っている。

 海とは人間に欠かせぬ物だが、同時にここでは生きれない、と。

 

(嫌だ。だってここには)


 ふいに、深淵の遥か底から何かが動く。

 それを感じた迷焦は生ける死神のようにその何かに怯えた。

 口から洩れる気泡が気力ごと迷焦から離れていく。

 恐怖心に刈り取られる彼はもう動けすらしなかった。

 深淵から恐怖が迫る。

 黒岩のように大きな何かが蠢き、迷焦に近づいていく。

 

「嫌だ......まだ」


 あまりの恐怖に迷焦は震えが止まらない。

 それは人間にとって逃れられない本能なのだから仕方がないのだろう。

 人は生身で海で生きれない。

 なぜなら海の世界の支配権が人でわなく彼らにあるからだ。

 人はそれを海洋生物と呼ぶ。

 さらに底に生息する深海魚たちは恐ろしい。

 彼らはいつも飢えているのだから。


 黒岩のように大きな何かの横幅はわからない。

 迷焦が見える真っ正面だけですら巨大なのだ。

 そして、遂に。

 その目が開いた。

 深淵に宿る二つの光。それは迷焦に焦点が当てられる。

 続いて巨大な黒岩が縦に引き裂け、白く研ぎ澄まされ、生え揃った刃物の口が開かれる。

 開かれた口から吐き出される膨大な水量がそれだけで迷焦を遠くに押しやる。

 バランスを崩し、慣れない海中でもがく迷焦を食らうべく、ゆらりと巨大な黒岩が動き、その巨大な全貌を見せる。

 まじかだと尾ひれが暗闇に隠れるほどそれは大きい。

 逃げようと動かない腕で水をかくが巨大な海洋生物には止まっているも同然だ。

 すぐに追いつかれる。

 

「嫌だよ。僕はこんな......それに知らない。こんな生き物」


『でも、似たようなのなら地球にもいるだろ。ガブリエルと戦うのにこんな海洋生物に負けるようじゃ栞は駄目だよ』


「アクウィール。やっぱり僕は無理だ。もう終わりにしてよ」


『なら栞は諦めるんだね』


「なぁっ」


『言っとくけどこれはこのメガロドンのような奴を殺すまで続くから。精々沢山死ぬんだよ』


 どこからか聞こえるアクウィールの声は酷く冷たい。

 アクウィールは、迷焦の友であったはすの彼は突き放す。

 そして、

 直後、迷焦の眼前で巨大な口が飲み込むべく姿を見せる。

 人間は殺されると分かると体が萎縮する。 

 ただ、自分より遥かに巨大で圧倒的な物に対しては更に別の恐怖も加えられる。

 勝てないと、自分ってこんなにちっぽけだったんだと悟ってしまう。

 人の存在が無意味に見えるそれが今の迷焦に起きていた。

 例えば象に踏みつぶされるアリのように、巨人に食われる人のように。

 あまりにもちっぽけで弱くて無意味だと、存在理由が否定される。

 涙をこぼす迷焦の体は、そのまま海洋の守護者の開かれた口に収められる。


「ぁぁ、死ぬって怖いな」


 迷焦に言えたのはそこまでだった。

 

 次の瞬間、迷焦は一度死を迎えた。





 

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