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第三章 『子供』

************


 迷焦が二ヶ月ばかりいた学院での生徒、(現在組織を逃亡中の)ノエルはあろうことか敵対勢力であるはずのボルス教本部にづかづかと入ってきたのだ。

 しかし、大司教がそれを咎める事は無く、ノエルは言葉を続ける。


「さっそくだけどあんさんはこの世界の成り立ちと強くなるための試練。どっちを先に受けたいのや?」


 前にも増して変になった口調とは裏腹に声音は真剣だ。

 人差し指を顎に当て、ノエルのたるんだ瞳は迷焦に選択の権利を与える。

 

「僕は速く力が欲しい。栞を救うために」


「そっ、なら良し。これから与えるのは人格さえも変えてしまう試練だから気い付けなはれ」


「そんなの覚悟するまでも無いよ」


「なら速いとこすませるさかい。ほないくで~」


 ノエルは手を振りかざして声を上げる。

 でも、そこから後は聞こえなかった。

 ヒサミがノエルの腕を掴んで止めさせたからだ。

 でも、なぜ?

 止められると思っていなかった迷焦は戸惑いを見せる。


「なんで止めるんですか? ヒサミ先輩」


 迷焦はヒサミの考えに気づけない。

 なぜなら迷焦の行動、思考は身内を守る事に優先されるからだ。

 だからこそ今の迷焦には気づけない。

 自分が普段よりも焦っているという事も。

 他人の口から言われるまで気づけないほどに。

 

「迷焦君。今のあなたは少し考えるべきです。さっき言われた人格が変わる。それはどの程度のものなのかを。例えばあなたの守りたい者も変わってしまうほどなのかどうか」


「えっ、」


 迷焦はデメリットについて考えていなかった。

 人格が変わる。

 それで栞を助けるという意思さえも変わったら本末転倒ではないか。

 気づき始めた迷焦に対し、ヒサミはさらに指摘を続ける。

 腰に手を当てて、叱るその様は母親みたいだ。


「だいたい私たちの事も考えてください。試練がどういうものかもそのノエルさんがどんな人かも私にはわかりません。ですからこう見えてしまうのです。大事な仲間が見知らぬ人に勧誘を受けていると」


「どっかのあくどい商売みたいですね」


「まだ終わってはいません。例え迷焦君が力をつけたとして、すぐにガブリエルたちのアジトに行くとします。そして、死にます。残された私たちはどうすればいいのでしょう?」


「死ぬ事前提ですか?!」


 力を手に入れても死ぬと思われるとはどういう事か。

 そんな迷焦にヒサミは「当然です」と返してきた。

 ちなみに今まで大司教の説明を理解出来ず、会話に加わろうとしなかったラルとユーリもこの時ばかりはこくこくと頷く。

 理不尽だと思う迷焦だがヒサミは迷焦に発言の機会を潰していく。

 

「話を聞くと向こうのボスは今問題のボルスの力の一端を使えるのでしょう。それに恐らく百単位でガブリエルがいると思われます。召喚を邪魔されないように警備を厚くするのは基本ですから。つまりは死にます。そう、わかっていてもなお迷焦君は私たちを連れて行こうとは思わないでしょう」


 でも、とヒサミは不服そうに言葉を連ねる。


「それでは駄目なんです。私たちに頼るべきなんです。迷焦君がもっと頼っていてくれれば良かったんです。何事にも一緒に考えてその上で決断してください。これからを」


 迷焦の頭をヒサミは軽く叩く。

 その光景は親に叱られる子供のようだ。

 これまでの迷焦は悩みが多すぎてパンク寸前。おかげでディオロスから熱い一撃を喰らうはめになったのだがそんな事しなくても良かったのかもしれない。

 身内に相談して一緒に考えてもらう。

 それで迷焦にはない発想がでるかもしれない。

 迷焦は力を手に入れたらそのまま乗り込む気でいた。

 焦る気持ちが徐々に迷焦の選択肢を奪っていったのだ。

 

 だからこそ今の迷焦には身内の大切さが身にしみる。

 支えてくれる者の存在がどれほど尊いかを。

 ラルは片目を瞑って可愛らしくウインクする。


「難しい事はわかんないですけど私は先輩を信じます。簡単な事なら手伝いますよ!」


「右に同意。力なら貸すぜ。可愛い後輩のためだかんな」


 ユーリはにししと笑う。この二人の微笑みが状況を理解出来ていない事を隠すためだと思うと情けない。

 と、迷焦は頭の悪そうな二人に苦笑いを送り、再びノエルに向き直る。

 すると、ノエルは迷焦が質問するよりも前に言葉を付け足した。


「試練ちゅうても亜空間で行うから体だけ倒れてるなんてことは無いから安心してええよ。ただ少し時間かかるし、うちが倒れると途中で止まるから護衛がいるくらいしかデメリットあらへんよ。それにやるのは(ボルス)の記憶の一部を見せるのと質問くらいやし」


「そっか。ならやるしかないよね」


 迷焦は身内の三人に向き直り、頭を下げる。


「行ってきます。栞を救うために」


それに対しユーリは「大げさすぎ」だと笑い飛ばし、ヒサミは「いってらっしゃい」と優しく微笑み、ラルは何か言いかけたが最後に「栞ちゃんを救ってください。後輩命令です!」といつもみたいに愛くるしい笑みをする。

 迷焦は今度、大司教とクレオスへと体を向ける。


「あのお世話になります大司教さん。それとクレオス。何かあったら僕の身内を頼ってよ。みんな強いですから」


 言い終えた迷焦にアクウィールがかたかたと動き、存在を伝える。


『ボクも行くよ』


「来てくれるのかアクウィール?」


『と言うかボクは与える側なんだけどね』


「えっ? ここでまさかの展開?!」


『ほら行くよ。ノエル、結界よろしく!』


 本来なら迷焦意外に聞こえる事の無いアクウィールの声。

 そのはずだがノエルはそれに返事をする。


「りょうかい。相変わらず謎めいてんね始祖様」


 ノエルは手を掲げる。

 直後、ノエルの手から急速に何かが膨らみ始め、迷焦の目の前にある空間が変化しだす。

 光が屈折したのか周りの物がゆがんで見えるみたいな。

 それは結界だ。

 迷焦は避ける間もなくそれに飲み込まれていく。

 完全に飲み込まれる寸前、迷焦は讒言のように呟いた。


「ラル、ごめん」


 そして、迷焦は消え去った。

 迷焦の消えた大聖堂でユーリは寂しげに下を向くラルの頭に小突きを食らわす。


「良かったのか行かせちまって?」


「大丈夫ですよ。先輩の心が傾いたのならまたこっちに引っ張るだけですから。それに私も栞ちゃんにはまた会いたいですし」


「まあ俺らが生きるのが先決だよな」


「全くです。私は栞ちゃんには負けませんので!」


 やる気を出すラルにそれを青春だと微笑ましく思うユーリとヒサミ。

 対してクレオスは不機嫌そうにノエルを睨む。


「お前、今までどこにいたんだ? 突然学院から消えたと連絡があったらボルス教本部に現れて」


「そんな怖い顔しないでや。うちはダストレーヴの連中から逃げてたんや。連中の武器とかかったるいし、いやや」


「訳が分からん。聖域の守護獣でも無い貴様が結界などと。何者なんだ全く」


「うちが気になる? でも駄目やで。うちは栞たん一筋なんやから」


「阿呆。それよりも結界の維持に全力を注げ」


 と、こちらも学院の級友同士話し合う。

 この光景を見ると外で戦争が起きているとはとても思えない。

 平和だと実感出来る。

 ただし、それが長く続かない事はここの誰もが知っていた。

 そして、真っ先に気がついたのは周囲の感情粒子の流れを把握出来るラルだった。

 突然、背後を振り返ると、壁を凝視する。

 まるで壁が透けてその先に何かがいるかのように。


「敵が来ます! それも五人。その中に先輩と同じ人がいます。距離は......凄い速さです。武器をとってください」


 とうとう来たのだ。もう一人の迷焦が仲間を引き連れて。

 みなが武器を構え終える頃、大聖堂の巨大な扉が真っ二つに切り裂かれて前側に倒れる。

 現れたのは白髪の子供だ。外の日差しが大聖堂の中に降り注ぎ、子供の姿を闇で覆う。


「子供な僕が始末しに来ましたよ」


 


************



 ノエルが作り出した空間は森の中だった。

 秋である現在には有り得ないほど木々は青々と生い茂り、周囲には立派な自然が広がっている。

 優しく迷焦の頬を撫でるそよ風が木々を使っての音楽を奏で、その心地よさに動物たちはたまらずお昼寝を始める。

 葉の天井から漏れ出る木漏れ日、空を悠然と進む白い雲、森に活力を与える澄み切った川。

 そのどれもが迷焦に安らぎを与える。

 まるで誰もが描く楽園の一つのような。

 美人の森ガールが現れたらそのまま森の聖女と間違えてしまうかもしれないほどここは幻想的であり、迷焦に子供の頃の夢物語を味あわせる。


「ここは......なんなの?」


 迷焦がここに来たのは安らぐためてまは無い。

 気持ちを切り替え、状況を把握するために辺りを見渡す。

 すると、迷焦の横を十代前後の少年と少女が手をつなぎながら通り過ぎる。

 

 なぜ子供がここにいる?

 普通ならばまずそう思うのかもしれない。

 しかし、迷焦の関心は別のものにあった。

 すれ違う時間は一瞬。

 それでも迷焦は少年の顔をはっきりと目に焼き付ける。

 なぜかその時だけは時間がゆっくりと進んだ感覚に襲われていた。

 その少年の顔。

 どこか迷焦に似ているのだ。

 いや、この言葉よりももっと適切なものがある。

 ボルス教の本部にあった石像を更に幼くすればそのものに見える。

 それがわかった迷焦はここがどこだかを確信する。


「ここがボルスの記憶の世界。もう試練は始まっているのか」


 迷焦が独り言のように呟く。

 その時、


「正解。話が早くて助かるよ」


「アクウィール?」


 突如アクウィールの、少女や子供に聞こえるその声が背後に響く。

 反射的に迷焦が振り向く。

 アクウィールが竜の姿に戻ったのかと。

 でも、そこにいたのは竜の姿でも無く、小さな子供だった。

 半袖に膝までの短パンは現代の物で、背はジェットコースターに引っかかるくらいには小さい。

 黒髪に黒い瞳。

 幼いその顔には年相応の笑みが浮かんでいる。

 ただ無邪気に見えないのは中身が大人びているせいだろう。

 ここまでは普通の子供。

 しかし、腰にさしてある本物の刀がその認識を改めさせる。

 ただ、うっかりするとチャンバラをする子供に見えなくも無いので年というのは恐ろしい。

 そして、その子供はアクウィールの声で喋る。


「この姿は初めてだね。改めてよろしく迷焦。ボクが試練を与えるよ」


 直後、周りの景色が一変し、暗闇の世界に巨大な黄金天秤が出現する。

 左右の皿は戦争による負傷者たちを一編に寝かせられると迷焦が考えるくらいには広く、鎖によって繋がれたそれは驚くほど静かに図る物が来ることを待っている。

 世界には迷焦とアクウィール、そして巨大な天秤だけがその存在を主張した。

 そんな事もつかの間。

 天秤の皿の上にそれぞれに、ラルと栞が現れる。

 そして、子供の姿のアクウィールが二人に向けて指を交互に動かす。


「さあ選んで。ラルと栞。君はどっちを切り捨てる?」


 笑みのまま告げる残酷な試練は唐突に始まりを迎えた。



どうも。次回は更にめんどくさくなります。

よくある世界か一人の命、どっちを救いたいかです。

まあ、迷焦の場合はある適度線引きしてるとは思うのですが。


 問題はその一人に誰を選ぶかです。

 これからも読んでくれたなら有り難き幸せです。

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