第一章 『主人公は弱くない』
「この世界では感情粒子の密度。つまりは思いの強さで強くなれる!」
迷焦は前方に構え立つフードを被っている老人のような化け物、
《ザントマン》と対峙している。
体は砂で出来ていて四本の腕に腫れ物のように膨れたものがついており、それを破ると中から睡眠性のある粉を撒く厄介な敵だ。
その腕を容赦なく迷焦に放つ。迷焦のとった行動は自分から一歩前に踏み込む事だった。慣れるまでは怖いが、敵に近づく事により敵の攻撃範囲が攻めづらくなるのだ。
一本目の腕を避け、二本目の腕を切り落とすべく剣を走らせる。ラピスラズリを思わせる剣は青の軌跡を描き、腫れ物から外れた場所へと吸い込まれる。剣はするりと腕を切り裂き次は腫れ物だけを狙い、中身が出ないように削ぎ落とした。その腫れ物が宙を舞っている間にザントマンに横なぎを喰らわせ、砂で出来た体を切り裂く。
最後に宙を舞う腫れ物に一突きし、一度氷付けにする。剣をそのまま引き抜き、氷付けの物が落下し出すその時に再び剣を振るうとダイヤモンドダストのように腫れ物だったものが儚く砕け散る。
今日何度目かの戦闘を終えた迷焦は剣を鞘へと戻す。
「戦いで一番重要なのは自信を持つこと。この世界は感情の世界だから気持ちで強くなる事こそが最強への近道。
そして魔法、能力は想像力で変化する」
後ろを振り返り、戦い初心者の栞に向けて言う。
「だから敵に恐れず立ち向かえ! ......こんな感じかな。ごめん、僕もまだまだだけど」
「凄いよ。それだけの技術があるのならチート能力も凄いのかなぁ。なおさら最終試練に挑戦しない事が謎だよ」
栞は嬉々とした表情で、メイジを見つめる。興味津々に見つめられメイジは顔を赤くするがすぐに冷める。
ぞしてばつが悪そうに迷焦は視線を逸らす。
「実は僕。チート能力が無いんだよ」
「......えっ! ............」
栞の頭の中が真っ白になる。それもそのはずだろう。異世界転移、召還者には必ずチート能力 (ユニークアビリティとも呼ばれる)が与えられる。というか決めさせられる。
だから本来はチート能力が無い事は有り得ないのだ。
「まだ自分の能力を理解していないとかは?」
「こっちに来る前に能力を自分で思い描いて決めるあれ......それで凄い能力にしたはずだったんだけどね。なぜかいつまでたっても発現しないんだ」
あれは大まかな能力の方向性を決めるための儀式みたいなものだ。この世界は自由度が高すぎるため、自分はこの力を使えると思い込ませるためのものだ。中二病の人がガチで腕から火が出ると思えれば火は出るのと同じように信じる力を高めるのだ。
だからまだ思い込めてないだけかもしれない。そう栞は思ったのだ。
「まだ中二力が足りないのかも」
「むしろ人間には想像出来ないような物なのかも。この世界の法則に反する物だったら出来ないのは当然なのかもね」
「この世界で法則無視の能力なんてどんな能力ならそうなるのよ!」
「わかんないよ。なにせ二年も前だもん。僕はもう能力への未練はないからいいけどね。まあそれよりそろそろ帰ろう。この森に破綻者がいるってヒサミ先輩が言っていたから」
迷焦は栞を催促する。よほど破綻者という者が厄介なのか、この森を出たがる。
「どうして? さっきまで普通に戦っていたでしょ。怪しい。破綻者って何? そんなに強いの?」
栞は興味津々で聞いてくる。ゲームで言う中ボスかなにかとでも思っているのかもしれない。栞はまだ戦っていないのだからそろそろ腕試しをしたがっている。
迷焦はただ辞めたほうがいいと言う。
「破綻者は王立治安院やガブリエルが倒すべきの敵だから他の人が勝手に手を出すのは良くない」
「あなたもその、王立なんとかでしょ。ならいいでしよ。ほら行こう。ワタシの初陣は勝利しかないんだよ」
栞は迷焦の手を掴むと破綻者を見つけようと走り出す。いやいや連れられる迷焦は「どうなっても知らないよ」と愚痴をこぼしながら共に森を駆け抜けた。
「一つ忠告。破綻者を怖がらないでよ。勝てると思えなきゃ勝てないから」
「わかってるよそんなの。......ワタシは強いんだから」
「はいはい、この調子で最終試練も頑張ってね(棒読み)」
「腑抜けはなんでそんなに最終試練に否定的なの?」
「えっ、」
「気になる」
栞の顔がぐぐっと迷焦に迫る。とっさに後ろに下がる迷焦に栞は更に詰め寄る。
栞は知りたいのだ。迷焦にも叶えたい願いがあったはずなのだ。そしてその強さは何かを追い続けた証拠。
彼は栞と似ている。
何かのために一生懸命なところが。
だから知りたい。迷焦の願いが。今は諦めたようだがどうにもまだ捨て切れていないように感じる。
「あなたの願いが。なんでそこまで強さを求めたのか」
「わ、わかったからそんなに見つめないで」
迷焦は息を吐いた途端、目つきが変わる。
「くそったれの親父を殺すため」
「えっ! それって......」
「親父は僕の弟を殺したんだ。僕が六年前、弟が七歳の時に」
迷焦の表情は重い。が、たんたんとした口調で語り続ける。あまり話したくは無いからとっとと話し終えようとするみたいに。
「報道では一人家にいた弟の不注意ってなってる」
「でも、それならなんでオヤジさんなの?」
「それは親父が政治家だから。本来こんな事で人気が上がると思えないんだけど、亡くなった息子のために躍進する政治家として有名になりやがった。普通に考えて得をするのは親父だけ。あとはおわかり?」
迷焦の父親は弟の死を利用して地位を上げたのだ。話が本当ならばそんな事が許されるわけがない。
親の中には自分の子供でさえ大切にしようとしない人はいる。
つまり、その父親を殺すための力をつけるために、そして、弟の蘇生のために迷焦は突き進んでいったのだ。
でも、本当にそうなのか。話からすると迷焦の主観でしかない。決めつけているだけなのでは無いのだろうか。
「それってただあなたがそう思い込んでるだけじゃないの。それにオヤジさんとちゃんと話し合って無いみたいな口ぶりだし」
「それを言われるといたいよね。確かにその通りだと僕も思う。どこか意地になってたんだとこの世界に来てからそう思った。あの時は養子をとるって話が重なったから冷静に判断出来なくなったんだ思う......はぁ。だから冷静になった今ならまた別の視点で物事を見れると思うんだ」
「養子?」
「そっちに食いつくか! 孤児院からね。それ自体は問題無いよ。ただ弟が死んで四年だよ! 今は六年だけど。いくらなんでも早すぎる!」
「いろいろ大変なんだね」
「本当にね......なんかごめんね。こんな話、仲間くらいしかしないのに」
申し訳無さそうにする迷焦に栞はどこか親近感を覚える。主に叶えたい理由の後者のみだが。
「その仲間さんたちはあなたにとって大切なんだね」
「彼らはこの世界で身よりのない僕に場所をくれた人たちだからね。とは言ってもこの世界でやる事も少なくなったしそろそろ帰ろうと思ってたんだよ。弟の供養もしないとこのもやもやもも晴れないだろうからね」
「ちゃんと考えてるんだね。あれ、最終試練に否定的な理由がまだ聞けてないような」
迷焦がそれに答える前、最初に焦げ臭い匂いがし、次に金属がぶつかり合う音、バキバキという何かが折れた音が聞こえてくる。
「もしかして......」
「他の冒険者が戦ってる」
「それって破綻者と......なっ!!」
栞は絶句に立ち止まった。見たのだ。この世界の悪魔。ドリムよりも歪で凶悪な存在を。
下半身が馬のような四足、上半身が人。そう遠目からはミノタウロスに見えた。
だが近づくにつれ、その形におぞましさが増す。背中から翼のように生える二本の腕。肩から伸びる腕は枝分かれしたよう新たな腕を生み出している。
胴体には血のついた大きな口が開いており、さっきの何かが折れる音の正体がこいつだと確定させる。
何よりも数ある腕すべてに剣や鈍器、針などといった物が握られている。これでは近づけば肉片にされてしまう。
そしてその化け物は今2人の冒険者に狙いを定めている。2人は足がすくんで動けないのか尻餅をついたまま固まっている。
周辺には大剣や弓が転がり、血がべっとりとついている。恐らくすでに何人かは殺されている。
「こんな事......なんでこんなに酷い事が出来るのよ......化け物なら何をしてもいいって言うの......」
「人間だよ。あの破綻者も」
「あれのどこが人間に見えるのよ!」
その問いに迷焦は答えず、冒険者に振り下ろされる腕たちを剣で弾く。だが、捌ききれずに何本かをまともに喰らい、服に血がにじむ。
「痛ってえなおい。ホント痛みには慣れないなぁ。心を直に抉られるのはいやだねまったく」
迷焦は痛みを耐えるために無理やり笑みを作り、斬られた箇所に手を当てる。
「栞は冒険者2人を街まで逃がしといて。僕は健気に頑張るからさ」
「嫌だ。ここはワタシの出番。あなたが2人を運んで」
言うなり栞は前にでる。そこら辺から拾った枝を手に持ち、杖代わりなのかその先端を化け物に向ける。
「ワタシの能力は魔法増加。この森ごと燃やします」
「いやその、森の聖女てきな服装の栞が言うと恐ろしいな」
迷焦は少々不安だった。この森が焼け落ちる事ではない。そもそも魔法を使えるのかと。この世界での魔法は温度、質量、発射速度、それが相手に当たり、燃えるかなど様々なイメージをしなければいけない。
栞はこの世界に来てまだ半日もたってない。さらに迷焦自身魔法の大半を使えないため教えていないのだ。
「ワタシは紅蓮の炎をだす。いでよ炎!!」
だから炎は出てこない。いくら魔法強化があるとはいえ魔法が打てなければ始まらない。やっぱり。迷焦は驚きもせず今後について考える。
「なんで......なんでよ......」
へなりと崩れ落ちる栞。怪物に勝てる手がないとわかった栞は無力だ。彼女は初めて眼前にいる化け物に恐怖する。死の恐怖が忍び寄る。虚無ともいえる底無しの恐怖。それは抗えない絶望の......
「しっかりしろ栞!」
迷焦は栞をおぶって化け物から距離をとる。何も出来なかった栞は悔しさのあまり涙をこぼす。
「ワタシ駄目だ。あれが怖い......あれには勝てないよ。魔法なんて使えたってたぶん勝てない。だから」
「諦めちゃうの? まだ魔法の使い方を覚えてない。ただそれだけだ。それに他者に恐怖を与えるのが破綻者だから仕方がないんじゃない」
迷焦は剣を構え、破綻者へと向ける。
「でもこの程度で逃げたなら最終試練だってクリア出来ない。よく考えたほうがいい。これから先こんな戦いはしょっちゅうだから」
迷焦は地面を蹴り飛ばし破綻者へ駆ける。武器だらけの腕を避け、背中の腕に一撃を加える。だが、切り落としきれず、別の腕に殴られ、吹っ飛ばされる。
木にぶつかり、空気が肺から無くなる感覚を迷焦は痛感するがなんとか踏みとどまる。
百を越す腕から繰り出される攻撃をギリギリ防ぐ。致命傷は免れるがそれでも体のあちこちが切り裂かれる。血はすぐに霧散するが痛みは消えてくれないらしい。
迷焦は苦しそうに息をする。
「早く逃げろ! じゃないと僕が困る」
「でもあなたを置いていくわけにはいかないよ」
「人の話を聞いてくれ!!」
腕をはじき、一端下がる。
迷焦1人だけなら破綻者を倒せる。だが、後ろに人がいるなら話は別だ。(せめて手練れの人が彼らを守ってくれれば)
そんな迷焦の願いが届いたのか、金髪のイケメン先輩がこちらに走ってくる。
「よお迷焦。こっちは俺に任せとけ! だからいつものようにスイッチ入れろや!」
ユーリは座り込む2人を抱えない栞を引っ張り遠くまで離れる。
それを見届けると、迷焦は大きく一呼吸する。そしてさっきまでと打って変わり、冷徹な表情で破綻者を見つめる。
「ユーリ先輩ありがとうです。では頑張って殺します」
破綻者は腕を鞭のように振るうが迷焦はその武器のうちの鈍器に足を乗せ、ジャンプする。そして即座に肩口を切り裂き、邪魔な腕を削ぎ落とす。さらに敵を蹴りつけなんとか地面まで着地する。
今の迷焦はいかに攻撃を受けずに攻撃を当てられるかだけを考えている。
迷焦は戦えば戦うほど集中していく。この世界での強くなる方法は何も感情を高ぶらせるだけではない。
静かにゆっくりと心の底に感情を堆積させてゆく。迷焦はそうやって身体能力を高める。
ただ、敵の攻撃を避け、己のここだと思えるとこまで高め続ける。
次第に敵の動きが遅くみえだす。そしてこちらの攻撃は狙った場所に入る。だが、まだだ。迷焦はさらに集中力を高める。
攻撃をはじき、避け、いなし、斬り込み、その動きは完成された舞のように美しく、そして容赦なく敵を斬る。
自分と剣が一つになり、勝利のイメージが迷焦の頭をよぎる。
「ここだ!」
******
破綻者と迷焦の戦いを栞とユーリは遠くから見届ける。さっきまでとは比べものにならないほど迷焦の動きは研ぎ澄まされ、破綻者を追い詰める。
「あの、確かユーリ......さん。破綻者はなんなんですか?」
「ん? ああ。ドリムが地球の人から出た余剰な感情の集合体なら破綻者はこの世界に生きる人が自身を周りを呪って、人の形を保たてせている存在理由となる殻を自ら壊した人間の醜い姿とでも言うべきかな」
「色々大変ですね。それに存在理由ってのはそんなに大事なのですか?」
「もちろん、肉体という魂の殻がないこの世界に体を維持出来ているのは存在理由という殻で人の形を保つから。少し形を変えるくらいならまだいいが、不完全に殻を破ると消えることも出来ずに化け物になり果てる」
「あれは怖い。それにあれと戦えてる迷焦は凄い。なのになんで試練を諦めたの?」
ユーリは迷焦の戦闘に視線を向けながら口を開く。
「あいつはガブリエルにボコボコにされたんだよ。ちょーとおいたがすぎてな。それで気づいたんだよ。自分が最終試練へ挑戦すれば、周りを巻き込み仲間も傷つくかもしれないと」
頭をかき、めんどくさそうに語る。
「敵には容赦しないが一度大切だと思えた人は命がけで守る。ようはどっちかを切り捨てられる心をもってるんだ。そしてあいつは自分の夢を切り捨て、俺たちと生きる道を選んだ」
「それが彼が最終試練に挑戦しない理由なの。納得したわ。でも前までは彼も目指したのよね」
「そうだな。いくときも戦闘で速度、身体能力なら指折りもんだ。だから迷焦が未だに諦めているのがもどかしい気もするんだよな。クリア出来なくても一緒に戦いたいぜ」
ユーリも本当は最終試練にみんなで挑みたいらしい。ならば話は簡単だ。迷焦を説得する。彼も本当は挑みたいはずだから。チート能力なしであんなに強くなったのはひとえに努力の賜物だ。それだけ頑張っていたという事なのだから。
「なら、ワタシが説得します!」
******
「終わった」
迷焦は地面に剣をさし、動かなくなった破綻者を見る。元は人間。いや今でも人間なのだ。魂の形が化け物でも同じ人間だ。
この破綻者も何か苦難があってこんな姿となってしまったのだ。どうしようもなく苦しかっただろう。迷焦はその苦しみの念を肌で感じながら破綻者へと視線を向ける。
王立治安院の決まりとして破綻者になった者の最後はしっかりと見届ける。迷焦がいつもやっている事だ。こんな姿になり果てようと元は人間なのだ。この人がどこに住む誰なのかは知らない。それでも死ぬ時は一人よりも誰かに見送られた方が絶対にいいはずだから。
破綻者にこれ以上苦しみを与えぬよう速やかに終わらせる。
剣を破綻者に刺し、一言呟く。
『安らかに眠れ』
剣に触れた場所から瞬時に凍る。氷の精霊竜を素材とした紺碧の剣には氷魔法を使える効果がある。
氷の結晶となった亡骸に向け一筋の軌跡を描いた剣が走る。
切断された結晶は瞬く間にバラバラに砕け、形も残らずに霧散した。そして光の粒子が空へと昇って行く様を迷焦は静かに見届けた。
迷焦は今の生活に満足だ。そこそこの敵とは戦えるし、仲間と共に語らうのが何よりの幸せだ。
しかし、本音でいえばギリギリの戦いがしたい。格上の相手と全力でぶつかり合い、勝利をしたい。最近迷焦はそう思えてきた。
最終試練こそふさわしい。しかし挑戦すれば仲間が傷つくかもしれない。それだけはあってはならない事だ。
大切な仲間を失う苦しみを味わいたくない。そんな気持ちが迷焦を縛っていた。
「無道迷焦っっ!!」
「っ!」
振り向くと、距離が離れたところにいる栞が似つかわしくない大声を上げていた。
「ワタシと一緒に最終試練を目指そうよー!」
彼女の変わらぬ意志は恐怖を前にしてもだった。栞の言葉は揺れる迷焦の心に一筋の道しるべを示したかのように思える。
意志を曲げないその強さ?そんな栞を見ていると迷焦もなんだが挑戦したくなってきていた。
例え負けても楽しければ、悔いが残らなければいいのではないかと。
その答えを言うべく迷焦は手をメガホンの形にして、有らん限りの超えを出した。
どうも。なんとか毎日投稿出来てます。
今回はメイジの戦闘シーンが多いです。普段は穏和、戦闘は冷徹的な感じです。
次回はメイジの過去。最終試練への挑戦を諦めた回にたぶんします。
今回はこの辺で。




