第三章 『決断する力』1
その後、クレオスの案内により走る事数十分。
数多の惨状を潜り抜け、迷焦たちはボルス教本部へとたどり着くのであった。
ボルス教本部は一言で言うなら大聖堂。
お城のように巨大な教会は白に統一され、聖域と思わすには充分な迫力を持つ。
門をくぐった先に続く教会までの道庭には青々とした芝生が風になびいており、これまでの惨状が嘘のように思える穏やかさだった。
壮大な教会を前に圧巻する迷焦は負ぶってもらっているユーリ先輩の上でふと、ある箇所に視線が引かれるのを感じる。
(教会のエンブレム、かな。双竜? 黒いのと白いの。ボルスに関係する事だよな)
それから開かれる扉から現れる教会の中を覗き、迷焦は感嘆の声を上げる。
「ここがボルス教本部」
以前迷焦はクレオスに時間があればと誘われていた。
ただ、行く機会に恵まれていなかったので今回の事は不幸地の幸いだろう。
大聖堂の中、端にボルス教徒と思わしき白修道服の人々がずらりと並んでおり、迷焦たちはそこを通っていく。
奥には一人の老人が優しそうに立っており、迷焦たちに軽く会釈をする。
黄金の刺繍の施された服装に柔らかに延びている髭が特徴の人だ。
クレオスはその老人の前で膝をついて座り、頭を下げる。
「大司教様。我らが神の生き写し、無道迷焦とその仲間たちをお連れしました」
クレオスの言葉に大司教と呼ばれた老人はこくりと頷き、迷焦の顔を見てにこやかに微笑む。
「ようこそ迷焦殿とそのお仲間方。私がボルス教大司教でございます。長らくお待ちしていましたボルス様の器よ」
「どうも。あの、その器というのはやっぱり僕で、ボルスに関わりがあるんですか?」
昨日、今日で迷焦は散々あの方の生き写しだとか器だとか言われてきた。
そうなると自ずと関わりがあるのは見えてくるというものだ。
頷く大司教を見てもそれは明白である。
そして、大司教は大聖堂に置かれた石像に手をかざす。
上にいる少女に下から必死に手を伸ばす少年。互いに届かぬままとなっている。
そして、それが、
「僕に似てる?」
「さようです。あれがボルス様の彫刻です。文献では光と闇の双竜、ウロボロスを従える存在だったとか」
「双竜、」
迷焦はふと、教会にあったエンブレムを思い出す。
大司教は更に続ける。
「そして、あなたのそのアクウィールは光の竜。もう一方は闇の竜を従えております。本来ならば双竜がいて初めて真価を発揮するのですがあのアンゴルモアはそれを断ち切ったのです。より多くボルス様の記憶を蓄積出来るように」
「それが僕ともう一人の僕、なの?」
「はい。迷焦殿は記憶に欠落した箇所があると感じた事はありませんか? 半々とはいきませんがそれでも失っているはずです」
もう一人の迷焦も迷焦だった。
一人がハルシオン。
もう一人がダストレーヴ。
もう一人の迷焦は言っていた。「器は二つもいらねえ」と。
つまりはどっちの迷焦に適合があるか選定するつもりだったらしい。
どちらかをボルスの記憶を持つガブリエルにするために。
ガブリエル側は神の力を手に入れるために、ダストレーヴはそれを横から奪うために。
事の重大さを今一度理解する迷焦。
迷焦の動き次第で世界が変わってしまうかもしれないと言う事だ。
でも、迷焦にとってそんな事は些細。
もっと大切なものが彼にはあるのだ。
「なら栞は? 何で栞が関係しているんですか」
それも大司教は間を空けることなく答える。
「先ほどみてもらった石像の少女の方。どことなくその方に似ておられませんか? 石像の少女はボルス様が永年探し求めた者なのです。言い方は悪いですが栞さんを餌にボルス様をこちらの世界に招くつもりなのだと思います。そして、その方は恐らくは死ぬでしょう。ボルス様の反感を買って」
「なんとか、ならないんですか?」
「出来なくは無いです。ボルス様の召喚を未然に防げればですが。ただしそのための力がありません。ガブリエル何十人を一度に相手取れる強さが無ければ」
「そんな......」
結局は力が必要なのだ。そして、必要な力を迷焦は持っていない。
それが彼を落胆させる。
救う事が出来ない。
迷焦が全力で行って最小限の戦闘でも厳しいだろう。それに全力を出したら迷焦が先に力尽きる。
結局は手詰まり。
それでも行くと迷焦は言うだろう。
だがその前に大きく開かれる扉の音が大聖堂に響き渡った。
「うちが代わりに力を貸してやりましょか。栞たんのためやし」
扉の中央に立つ怪しげな服を纏う角生え少女はご自慢の金髪を弄りながら進んできた。
その少女を見た迷焦は思わず大声を上げてしまった。
「ノエル?! 今までどこに! というか家来の方みんな探してたよ!!」
ノエルレイド・テオス・ユニコーン。
通称ノエルは苦笑いと共に今の言葉をかわすのであった。
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バビロンの残骸の山に一人の少年が座り、そこから見える戦争の始まりをつまらなそうに眺めていた。
「ガブリエルも馬鹿なのかねー。まだ民間人に媚び売ってるよ。あれかな。『我々は悪を滅ぼすために行動してますアピールかな』みたいにカッコつけてる。本当に馬鹿だね~」
黒髪赤眼の少年は黒剣を持って立ち上がった。
すると、少年を囲むようにガブリエルが四人。
いつの間にか現れた彼らは武器を構えたまま命令する。
「無道迷焦。貴様を天界まで連行する」
警察官と同じような事を力しか求めていない連中がぬけぬけと。
もう一人の迷焦はそんな彼らに呆れてしまう。
「無料パスポートなら嬉しい限りだけどさ。僕って自己中だから見下されるのがちで嫌いなんだよな」
躊躇は無かった。
剣を地面に突き刺すと同時、迷焦の頭上から巨大な扉が現れる。
禍々しいオーラを放つそれはいかんとも視界に入れたくないと言った感想を頭に過ぎらせる。
重厚な扉は鎖で封じられており、開けていけない禁忌のように思えてしまう。
《地獄の門》冥界に繋がるそれは鎖を容赦なく引きちぎり、中に眠る地獄の断片を呼び覚ます。
『コール・《ヘラクレス》・クオリティー“神獣”』
開かれた扉から地獄の世界が顔を覗かせる。
それからすぐに甲冑をつけた巨人の剣闘士が姿を見せ、扉から出てくる。
着地のさいに僅かながら大地が揺れ、剣闘士の巨剣がぎらりと光る。
迷焦はあくまでもガブリエルを敵と認識していない。
レベル制のゲームで言うならば格下の相手を全力で葬って快感を得るに似ている。
そんな軽い気持ちで
「だから死ね、エセ天使共」
直後、巨大な剣闘士が発した咆哮と金属音が断末魔を掻き消した。
周囲を染めた鮮血の上を迷焦は歩く。
「なあリオン。お前ら的にどんな心境なの? この世界は神とかいうのの思い出のために作られて、こんなのは偽物だと壊される気分は?」
誰もいないはずの場で呟いた迷焦一言で応答がくる。どこを見渡しても隠れる隙間は無い。
でも、リオンはどこからか現れた。
「そりゃあ子供な僕よりもわがままだと叱りたいよ。僕はネルと千穂の安全を守らないといけないからね」
「そりゃ幼なじみ思いな事で」
「君にもいるだろ。確か記憶の中でしか知らない少女」
「それ、守りたいに含まれんのか? 会った事も無いんだぞ」
「でも君はその人のためにここまで来たんじゃないか。それはもう立派な奴だよ」
「そう言う事にしておく。そろそろ時間だ」
途端、それまでの和やかな雰囲気が一変し、殺戮の感情が周囲を駆ける。
リオンは少し寂しそうに視線を落とす。
「僕ら生き残れるかな。神様に刃向かうって相当だよ」
「大多数は死ぬ。それは覆らねえよ」
あくまでも迷焦は冷たく言い放つ。
「それを覚悟でやってきたんだろ。人間いずれ死ぬ。それが速いか遅いかの違いでしかねえよ」
「君は相変わらずぶれないし、冷たいなぁ」
「それが僕という人間だからな。標的はボルス教本部にいる無道迷焦」
もう一人の迷焦は宣言する。
遠くに見据える教会に黒剣を突きつけて。
「襲撃開始」




