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第三章 『交差する運命』

************

 

「よっしゃ。じゃあ行ってきます」


 剣帝試練二日目の朝。威勢のいい声を上げ迷焦は身内たちに別れを告げる。

 準決勝からはバビロンの最上階、上にいくに連れて細くなりつつある塔の景観をぶち壊すよう受け皿みたく広がっている天空闘技場で行われる。

 身内たちは先に天空闘技場の観客席で応援の準備をしてくれるらしい。

 迷焦は選手専用の階段から最上階まで向かう。長い階段だが戦いに集中するには絶好の時間だ。


「最低でも二人。ガブリエルを倒さないといけないとは。さすがにしんどそう」


 げんなりとした表情で階段を一段一段登っていく迷焦。足音は空間内に反響し、壁に一定の間隔で置かれる蝋燭が静かに揺れる。

 そんな迷焦を心配したのか脳に直接声が送られる。

 アクウィールの子供っぽい声だ。


『お疲れぎみのようだね。そりゃそうだ。君は神の力を持っているわけでも破綻者の怒りも無い。そんな君が化け物たちと戦おうって言うんだ。しんどいのは当たり前だよ』


「うん、まあその事もあるかな。だから速めに決着をつけるよ」


『全く君は。まあボクは友である君のために力を貸すだけだから』


「ありがとうアクウィール」


『ただね......』


 アクウィールの表情は分からないがこの時は真剣な顔をしているだろう。


『君の時間が少ない事は理解しといてね』


「............わかってるよ」


 間を空けて返事をした迷焦の言葉はいつもとは違い、何かを悟る様子だった。

 まるで余命宣告を受け入れた関心のように。

 しかし、その後の迷焦はただこれからの試合だけに意識を向け、先ほどの様子を微塵も感じさせないよう気持ちを切り替えていた。

 ディオロスの話が脳裏を過ぎる。だけれども今は試合だとそれを掻き消す。

 一回の深呼吸の後、迷焦は前だけを見て最上階を登って行く。


「何事にもまずは一歩。進まないと始まらないですよ」


 自分に言い聞かせるように。迷焦は踏み出す足に力を込めていった。



 最上階にたどり着くなり迷焦は手で顔を隠す。いきなりの陽光に目が悲鳴を上げたからだ。

 そして、凄まじい量の歓声が迷焦の集中を阻害するだけに止まらず耳に地味なダメージを与える。

 つまりはうるさい。

 それでも迷焦は耳をふさごうとはせず、観客席を見渡す。

 応援に来てくれた身内を探すためだ。

 幸いにもすぐに見つかった。

 観客席の上から浮かび上がる巨大な『迷焦頑張れ!』の文字が。

 光魔法をラルが辺りが使ったのだろう。その下で身内が応援をしている。

 迷焦は恥ずかしそうに手を振り答える。


「一年ぶりだねここは。何というか緊張する」


 歓声の嵐の中、迷焦は独り言のように呟く。

 なぜか栞の姿が見えないのが気になるが恐らく選手専用の方に行ったのだろう。

 観客席からの声が次第に大きくなり、個人声援が多く聞こえ始める。

 もちろん迷焦にでは無い。そこまでの人望を獲得するほど迷焦は偉業を成し遂げたわけでは無いからだ。

 そして、声援は天空闘技場にたった今現れたディルムにだ。

 ディルムは最初の時と変わらずエメラルドの鎧を身につけ堂々とした態度で歩いてくる。

 腰には彼の持つ神獣級の純白な剣が携えられており、ファンタジーのザッ王国騎士という感じだ。数多の声援を受けるディルムは時々手を振り、アイドル顔負けの爽やかな笑顔を向ける。

 何気にガブリエルの人気は高い。なぜならこのハルシオン内の守護者にして時々出る迷惑なチート能力者を退治するからだ。

 それにディルムの容姿がいいからという理由もあるのだろう。

 おかげで観客席の大部分がディルムの声援というアウェー状態となり、迷焦は心底やるにくそうにする。

 

 そんな中、観客席の声に負けじと司会がマイクを使って叫ぶ。


『さあ始まりやがったぞ剣帝試練準決勝。対戦するのは......え~こんなん読むのかよ。ゴホンッ。ガブリエルの中でも未だ能力が不明な未知の騎士。ディルム選手と前回初出場ながら準優勝した氷の担い手無道迷焦選手。まあ頑張れ~』


 投げやりな司会の第一声は武器を構える時間だ。ここから数十秒後に試合が始まる。

 迷焦はアクウィールを剣状にし、左手一本で構える。


「アクウィール。初手は様子見でいいよね」


『それがいいね。それで決められないなら高火力で一気に叩く。ただ忘れないで。前回の戦いを見る限り向こうも創造魔法を使えるから』


 突然のアクウィールの忠告は迷焦が知らなかった事だ。

 なぜならディルムが見せた事と言えば迷焦の魔法の制御を奪って、他人の能力を無効化する事くらいであり一度も何かを作ったところを見ていない。

 当然のように迷焦はアクウィールにに問う。

 すると、アクウィールは懇切丁寧に教える。


『ディルムのようにずっとこの世界で暮らす者にはこの世界で培った知識しかしらないんだ。だから相手の魔法を相殺する場合などには同じ魔法で対抗する。これがセオリー。というかそれが常識となっている。以上アクウィールの講座でしたパチパチ』


 つまりは創造で作った物の制御を奪おうとしたら同じく創造魔法を使わなければいけないとあう事だ。

 そんなこんなをしている内に数十秒は圧倒間に過ぎて行き、二度目の司会の声が聞こえ始める。

 ディルムの方も騎士の如く剣を建に持つ?


『んじゃあいくぞ。準決勝第一試合開始』


 開始の声と共に迷焦は剣を手首の力だけで上に放り投げると即座に創造魔法で作った投げナイフ二本をそれぞれの手で摘まみ、ディルムの顔面、手首、足、首にそれだけ狙いを定める。

 計四本のナイフが軌道を違えず飛んでいく。

 一本でも刺さればディルムの動きは大幅に軽減される。

 しかし、相手はガブリエル。小手先の手が通じるわけも無く、葉がひらりと地に落ちるかのように難なく避ける。

 あっさりと避けられた事で迷焦は目を細め、降下する剣を荒く掴む。


「初手は失敗。ならお次は」


 指を鳴らす迷焦の左右に縦に伸びる巨大な氷の塊が現れる。

 そこから発射されるのは拳サイズの氷の破片。ガトリング砲のように連続的に撃ち出される。

 一発当たるだけで腕が吹っ飛ぶ威力だ。それが蛇口から出る水のような気軽さで放たれるのだ。

 ディルムがいかに魔法の無力化を使えようが数で押し切られたら手も足も出まい。

 だからこそ彼は魔法の無力化では無く創造魔法で作った武器で防ごうとする。

 そこを迷焦は狙うのだ。

 迷焦の予想通りディルムは槍を複数生成して氷の連弾を迎え撃つ。

 

(ここだ!)


 迷焦はディルム本人から盗んだ魔法の無力化で迫り来る槍を打ち消す。それに驚くディルムの表情。当然だ。ディルムはまぐれ当たりの力しか見ていなかった。それにまだ迷焦がやったとはっきりとわかったわけではないのだ。

 そのまま二つの矛のように氷の連弾がディルムに突き刺さる。連続した金属音が響き渡りディルムの鎧にダメージを与えていく。

 ディルムの腕にも当たるため剣で防ぐという手段が使えない。

 続け様に迷焦は巨大な氷の塊を二個、ディルムの後ろに出現させる。これで後ろからの追撃にも耐えなくてはいけなくなる。

 迷焦は握り拳をぐっと溜めて手応えを感じる。

 

「あんまり舐めないで頂きたい」


 ディルムの発した一言が迷焦の耳に届く。なぜか届いてしまう。

 すると、迷焦の左右にある巨大な氷から突如として氷が発射されなくなる。

 それだけでは無い。なんと、四つ全ての巨大な氷の塊が盛大な音を立てて崩れ落ちたのだ。

 

「嘘だろ......消すじゃなくて崩すとなると物理攻撃。でも剣は使えなかったはずじゃあ」


『迷焦良く見て。彼の周りに何か飛んでる』


 アクウィールの言うとおりディルムの周りを旋回する二つの影がある。それは羽のような形をしており、空を切っている。


『多分武器の能力の一種。あの羽が氷を切り裂いたんだ』


「ってことは事実上ディルムの方は武器は三個か。えげつないね」


『まあ向こうはチート能力者相手に戦うんだよ。さらにえげつない能力があるだろうよ』


「そりゃ大変だ」


 迷焦は創造魔法でありったけの数の槍を生成し、ディルムに向けてぶちかます。さっきのが激しく降る雨なら今度は敷きつめられた高密度の雨だ。降り注ぐ槍の大半が羽に迎撃され、残る槍もディルムが生成した槍によって相殺される。

 そこからはごり押しの嵐だった。互いに生成した武器で攻撃しあい、魔法の無力化をして攻撃を通らせたり、逆に敵の武器を自分のにしたり、氷の壁を作って防いだりと雨のように武器が飛び交い、撃ち落とされ、砕け、消えていく。

 一秒に鳴り響く音の数は既に把握出来なくなり、砕けた武器の破片が辺りに散乱する。

 ぶつかり合う衝突による火花が視界をオレンジに染める。

 迷焦は合間を縫って飛び込んでくる槍をアクウィールの剣で弾く。

 

「きりがない」


『そう言ってる間に槍の数を増やせ!」


「精一杯やってるよ!」


 繰り返される攻撃の間を潜り抜け、ディルムはこちらに迫ってくる。

 迷焦は氷の竜を生み出し、ディルムの動きを阻害すると同時に迷焦が渡る橋となる。

 迷焦は走る間にも氷の蛇竜を二匹生み出しディルムに襲わせる。

 爆音寺との戦いで見せたものだ。もはや本気を見せなければ勝てない。

 二匹の氷の竜は互いに交差するように動き、ディルムを翻弄するもそれを全てかわす。しかし、効果があったのかディルムの槍の生成速度が著しく落ちる。

 ここに来て初めてディルムの顔が引きつる。


「我々は神の記憶を引き継いでいるのだぞ! 普通の人間が生成速度、質、量でガブリエルと張り合えるわけが無いのに。なぜイメージと精神力がそこまで持つのだ!!」


 ガブリエルの真骨頂とは神の記憶を使ってのイメージ強化。神それぞれの力は付属品でしかない。神の記憶は何億という人間が作り上げた創造のもの。

 それが人間の想像力の限界値を大幅に引き返しているのだ。それこそがガブリエルがチート能力者に勝て、守護者たる力。

 だからこそ驚く。

 迷焦はガブリエルのように誰かの記憶を引き継いだわけでは無い。なのにガブリエルであるディルムに張り合えてしまう。

 前回は魔法一つ打ち消すだけで息を切らしていた迷焦だが今は連発している。

 

「なぜ神の使徒たる我々が押される。本当に人間かお前は」


 橋からの跳躍でディルムに突っ込む迷焦。剣がぶつかり合い、激しく火花が散る。

 青き光の弧と純白の光の弧が交差し、幾度となく衝突する。互いに余裕は無い。

 それでも迷焦は僅かに笑みを浮かべる。


「人間なら人間で超えられる。それだけです」


 ディルムの剣は神獣級、迷焦は一個下の精霊級であり、打ち合えば迷焦の剣が先に折れる。

 それでも迷焦はアクウィールを信じて切り結ぶ。

 紺碧の色を持つアクウィールは主の期待に答えるようにディルムの剣を弾く。反動で腕も後ろへやられたためディルムの胴ががら空きとなる。

 この隙に終わらせる。

 迷焦はアクウィールをより一層強い力で握り、雷光のような速度で精密な突きを放った。

 それは迷焦の渾身の攻撃だ。爆発する力を剣の中に封じ込め、己の中の感情を有りっ丈の限りこの一撃に注ぎ込んだ。

 だが、それでもディルムはガブリエルだった。

 迷焦の剣をディルムは片手で受け止める。

 それでも完全には威力を抑えきれないのか徐々に剣が沈んでいく。

 

(ここで決める)


 迷焦の視界からは膨大な情報が流れ、前回と同じくスローモーションに見え始める。

 剣を携えるディルムの腕が迷焦に迫るように動きつつある。

 この一撃で決めなければ逆に迷焦がやられてしまう。そんな不安を押し殺して迷焦は剣に更なる力を込める。


「落ちろォォッッ!!」


 荒げる声が戦場と化した天空闘技場に轟く。

 そして、

 そして、


 迷焦の剣がディルムを貫いた。同時にディルムの一撃が迷焦の左肩に食らいついた。

 しかし、それから二人の動きがピタリと止まる。戦乱の嵐と称するほど激しかった武器の飛び交いが止み、互いに足りなくなった肺に空気を入れようと呼吸を荒げる音だけが響く。

 自然と観客席は静かになっていた。

 そんな中、沈黙を壊すように迷焦がぽつりと呟く。

 

「僕の......勝ちです」


「の、ようだな」


「なんでディオロスみたいに神の力を使わなかったんですか。していたならあなたは......」


「本気の戦いがしたかった。手に汗握る真剣勝負。案ずるな。我は粛正の際な力を使う。だからその時を待つ事だ」


 言い残してディルムはずるりと迷焦の剣を自ら抜き、その場に倒れた。

 

『な、なんと勝ったのは迷焦選手。ブラボー』


 司会の棒読みな台詞で観客たちが静寂から解放され、祝福なり罵倒なりの声が飛び交う。

 すぐに医療班が駆けつけディルムの治療を始める。

 迷焦は一人勝利の余韻を噛みしめていた。

 

「勝ったよ。ガブリエルに一人で勝てたよ。一歩前に進めた」


 呟いた迷焦は立つのがやっとのようで、なんとか身内の方にVサインを送る。

 

「アクウィール。なんとか持ったよ」


『おかしーなー。ボクの推測だと途中で気絶すると思ったんだけど。よく頑張りました迷焦』


「こちらこそありがとうアクウィール」


 迷焦は観客席を見渡す。見ているであろうディオロスに勝利のVサインを見せつけるためだ。

 しかし、そこで迷焦の笑みが消える。

 歓声が耳に入らなくなり、見知らぬ寒気が迷焦を襲う。

 最初、迷焦の思考は空白となりそれから底知れぬ恐怖が沸き上がってくる。

 本来それは見えてはいけないもののはずだった。

 

「なん......で......まさかあれがラルの言っていた......」


 震える声から必死で紡がれる言葉には怯えがある。それを察したアクウィールは何事かもと迷焦に呼びかける。しかし、アクウィールの声が耳に入らないのか数回の呼びかけでやっと気づく。

 そして、迷焦の言葉から発せられる声をアクウィールは黙って聞いた。


「僕と同じ顔の人が......笑ってる」


 迷焦の視線の先、観客席の一カ所に一人の少年がいた。

 迷焦と瓜二つの顔を持っている。ドッペルゲンガーと言っても過言では無いように。

 世界には同じ顔の人が三人いるとされる。

 しかし、これはそんなもので表していいものじゃ無い。離れていてもわかるその雰囲気。

 それは二年前迷焦が親に復讐しようとしていた頃のものと全く同じだった。

 迷焦と違うのは黒髪に混じる一筋の白髪が無い事と目が赤い事。

 

 そして、その少年は迷焦がこちらを見ていると気がつくと口だけを動かしてこう伝えたのだ。


『ハローもう一人の僕。ボルスの力は僕らが貰う。だから邪魔をするな弱い方の無道迷焦』


 たったそれだけで迷焦の体は金縛りにあったように動かなくなる。そして、迷焦が動けるようになる頃にはその少年は消えていた。

 

「なんで僕がもう一人いるんだよ」


 ぽつりと呟く。

 ラルは言っていた。迷焦と同じ顔の者に襲撃されたと。

 リオンは言っていた。こっちの迷焦と。

 それでもにわかに信じがたいものであり、それが迷焦の思考を圧迫する。

 

(あれは僕。雰囲気が似ている。じゃあなに僕は偽者とでも言うのか。そもそも僕はこんな性格だったか? 親を殺すための力を欲してこの世界に来たはずなんだ。だとしたらなんで僕は呑気に戦っている。むしろあっちの目つきが本来の僕なんだ。じゃあ僕は誰なんだ。向こうが無道迷焦だとしたら僕は一体............)


 裏の世界の侵略者にガブリエルとの戦争。ボルスの力に、身内が関わっていて、剣帝試練はまだ終わっていないくて。それに栞の事やタイムリミット。

 昨日から迷焦はずっと考え事をしていた。

 それでさえ大変だと言うのに今度はもう一人の自分。

 迷焦の思考は限界となり、その場で立ち尽くしてしまっていた。


 これが二人の迷焦の初めての対面である。

 二人が立つべき場所は異なっており、運命の歯車は狂い始めていた。


 


どうも。今回も長くなってしまいました。

次回は決勝の合間の話となります。

さて、今後迷焦はどうなるのか。

楽しみにしていただけたなら幸いです。

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