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第三章 『本当は......』

 迷焦はリオンの剣銃に当たらないよう攻めてはすぐに後退。駆け抜け際に攻撃を繰り返したがどうにも分が悪い。

 氷の障壁は透明な糸で粉砕され、打つ手がない。迷焦の手札は切れかかっていた。

 そんな時、爆発的な閃光が轟いた。

 それが零夜が放った余波だと気づく前に、迷焦の五感は消し飛ばされる。


「何...が...」


 視界の確保が出来ない迷焦は一方斜めに下がった。五感が機能しない状態で攻撃されるとまずい。すぐさまアクウィールに周囲の情報を教えるよう伝える。

 そんな迷焦の不安もよそに、リオンからの攻撃は無かった。

 

『そのリオン君って人も五感がやられてるね。どうやらお仲間の攻撃を知らなかったらしい」


「なら、安全。でも無いですよね」


『そうだね。向こうは剣銃を所持しているし、ディオロス君も結構ダメージ追ってるから押されてるとしかいいようがないねこれ』


「さて、どうするか...」


 大分落ち着きを取り戻した迷焦は感情粒子の流れを読み、向かってくる弾丸を避ける。

 

(感情粒子を読むならある程度は動きが読める。ただ、接近戦となるとどうしても反応遅れるからな。それに近距離だと弾丸避けれないし。ディオロスの方もヤバい」


「さて、どうしたものか」


 改めて作戦を練る迷焦。

 と、いきなり零夜のいる辺りから超高密度の感情粒子が集まってくる。属性は水。

 そして、ディオロスは動いていない。水とはある意味手軽な処刑道具なのだ。

 水ん中に閉じ込めて息をたつ事も出来るし、時に鋼を切り裂く凶器となる。

 いくらディオロスでも生きているか怪しい限りだ。

 

(助けに行くか。でも二人一緒に死ぬかもだし。まだリオンいるし)


 ここに来て普段から一人で戦ってきた事を恨む迷焦。戦闘は一人で集中するものとなっている迷焦にはチーム戦は不得意なのだ。

 だからこそ迷焦とディオロス。

 それぞれが個々で撃破すればいいと単純に考えていた。

 それが裏目に出てしまった。


「アクウィール。どうすればいい?」


 もはや懇願。迷焦はアクウィールに教えをこう。端から見れば剣に頼る情けない少年である。

 しかし、紺碧色の剣はそんな情けない少年に慈悲をくれる。


『全く君は。ならこう考えよう。実は暗殺者が彼らで身内を殺すべく動い』


 そこからは必要無かった。一瞬の間にリオンに峰打ちで気絶させ、次に迷焦は三本の海流の渦とディオロスの前にたつ。

 荒れ狂う海流の勢いはまさしく海竜だった。

 それはいつかのレヴィアタンの戦闘を迷焦に思い出させてくれる。

 耳に響く潮騒に懐かしい塩の匂い。さらには迫り来る絶望の化け物を前にした緊張感。早まる鼓動を抑えつつ攻めて避けて。それはもう一瞬が数十秒にまで引き延ばされたようなほど感覚が高まっていた。それでもまともに一撃を食らえば即ゲームオーバー。そんな駆け引きが迷焦を熱くさせた。

 だからこそ、目つきを完全に変えた迷焦にはこの程度の水鉄砲は子供騙しにしか価値がない。


『アクウィール。全部凍らせろッ!」


 食らいつくそうと口を開けた三匹の海竜に向け、迷焦は剣を振るい正面から切り裂いた。

 海水が弾け、迷焦の眼前で爆発する海竜の頭。

 それが勢いを取り戻し、迫り来る前には全て氷のオブジェとなっていた。


「氷関連に関してなら僕は強いよ」


『ちなみに主な働きはボクなんだけど』


 アクウィールに指摘されたが迷焦はあえて聞かなかった事にする。プライド的な問題で。

 

「神級の攻撃も効かないのか。厄介なNPCだ」


 超高威力の攻撃だっただけに防がれると思わなかったのだろう。オブジェの奥で舌打ちをする。

 そんな零夜を目で捉えたままの迷焦は振り払った剣を肩に預け、後ろにいるであろうディオロスの気配を感じ取る。まだ闘志は死んでいない。それでこそライバルだと内心で呟きながら一言だけ交わす。


「対戦相手の入れ替え。ほら、チェンジ」


 言いつつ、ボロボロのディオロスを見る。

 全身にダメージが入っており、もう一度さっきのような伝説系の攻撃を食らったらまじもんの天にいってしまう。

 ならばこう考えよう。リオンの攻撃なら大丈夫だと。

 ディオロスの方は少し躊躇う表情を見せるも頷いて岩のような巨体でリオンの方に向かう。

 

 元々相性が悪かったのだ。

 迷焦はディオロスに勝つために破壊力のある相手と多く戦ってきて、そっち面は強い。

 また、ディオロスの破壊力ならリオンに一撃当てれば勝ちなようなものだ。

 つまりこの戦い。迷焦たちに分が動いた。


 迷焦は凍らせた莫大な海水だったものを魔法で砕かせ、それを一気に上空へと押し上げる。

 それは天井に散りばめられた煌びやかな装飾にして殺戮の豪雨。


「それじゃあ眠れ」

 

 迷焦が人差し指を上から下にやると、一斉に氷結の雨が降り注ぐ。

 物体は落下するにつれ速度を増し、氷の破片のように細く鋭い凶器の場合、それだけで人体を貫くのに充分な威力を持つ。

 それが数千から数万。

 一つ一つは小さくとも数の暴力によって強者も倒せる。


「この程度。邪魔なだけだ」


 零夜は武器を再度変形させる。今度は手のひらサイズの槍だ。黄金に縁取られた槍は存在するだけで異彩を放つ。

 この武器の名は“雷霆”

 ゼウスの使う最強の武器。創造の書庫(アートアーカイブ)の保持する武器の中でも最強クラスの威力を誇る。

 槍から青い電気が発生し、纏うように穂の周囲を走る。

 それを天に掲げた。

 

 たったそれだけ。

 それだけのモーションで天井を雷が多い、凪払うように氷結の雨を消し炭にする。

 圧倒的すぎる。神をも恐れぬその力は強大すぎる。

 そして、だからこそ零夜は痛みを知らない。

 一度攻撃すれば第二撃なんて帰って来ない。

 防御する必要が無い。

 だから守り方なんて知らなかった。

 そこを迷焦はついた。

 零夜が雷霆を掲げた瞬間に己の感情を爆発させ、そのエネルギーを利用して超人じみた速度を叩き出し一気に距離を詰める。

 零夜がまずいと思った時にはもう遅い。

 迷焦の剣は振り抜かれていた。あえて寝かされたその剣はバットのように腹の部分に強打し、バキッと不快な音と共に零夜は数メートルを転がる。

 

「痛...い」


 あまりの激痛に顔を歪め歯を食いしばるが声は押さえている。ひとえに彼のプライドだろう。

 

「...殺す...NPCの分際で」


 這いつくばる格好で己の手を動かすが創造の書庫は無かった。殴られた時に落としたのだろう。少し離れた場所に雷霆のまま転がっていた。

 零夜は痛みに耐えながら立ち上がる。武器を拾いに、自分に苦痛を与えた迷焦を殺すために。

 拾い上げるとすぐさま霆を放とうと掲げようとする。

 だが実際はそうはならなかった。迷焦によって雷霆だけが弾き飛ばされる。

 今度は右手に激痛が走る。

 迷焦はただ興味があるのはあなたではなく武器だけなんですと言う風に悶える零夜を尻目に武器を眺めていた。


「クオリティーは神獣級で創造魔法と同じ性質で伝説の武具の特徴、性能になれる。まあ性能が劣化するのは雷霆の時でわかりましたけど。それだけでも充分チートなのが厄介なところだけどね」


 独り言のようにぶつぶつと解析する迷焦は不意に視線を痛みに耐えている零夜に向けた。


「ディオロスとの戦いから聞いてたけど何なんですかNPCって。まさかこの世界をゲームだと思っている的な。だとしたら久しぶりに見たなぁ。みんなガブリエルが潰しちゃうし」


 どこか楽しげに話す迷焦を見て怯えと怒りを覚える零夜。それでも動かないのは彼は武器を持っていなくて迷焦にはあるからだ。下手に機嫌を損ねると殺される。本能はそう叫んでいるのだ。

 その間にも迷焦は続ける。


「あれだよね。あんまやった事無いけどNPCを倒したら経験値が入るやつ。あれの影響かな。それとも剣帝試練優勝がクエスト成功の鍵なのかな。どっちしても殺さなくて済む命があるならNPCでも生かそうよ」


 あくまでも笑う。


「何が言いたいのかと言うとね。NPCだって生きてるんだよ。そりゃあデータだろうけどさ。それいったら人間や昆虫、だってロボットだってスペック、機能の差でしかしかないし。別に同列で見ろなんて言わないけどもう少し見る目を変えようよ。NPCだって生きてるんだから」


 博愛主義を実現出来なかった少年は言う。独り言のように。誰に語るわけでも無いかのように。

 

 まあ、と今までなんとか優しくお説教しようと心がけていたように思える迷焦の声がいきなり下がった。


「僕みたいにリアルだろうがNPCだろうが食肉用の豚だろうが同列に扱っちゃう人もいるから。そこんとこ宜しくね」


 上げて落とす。零夜はそれで恐怖を感じた。

 底知れぬ殺意。隠れていたようで見えてしまうもの。

 それは命を奪ったことのある者の表情。

 迷焦は零夜が立ち上がらないのを確認すると、剣をしまいディオロスの戦いを見届けた。


(びびらせすぎたかな。まあ本当の事なんだけどね。僕はあまりにも殺しに向いてなさずきなんだよ。だから身内という優先度の高いくくりを作ったのかもね)


 感情を押し殺さなければドリムすら殺せない少年は静かに反省するのだった。



************


 ディオロスの方はすぐにけりがついた。

 全力で巨剣を振るうだけ。それだけで大地が砕け、衝撃波がリオンの小柄な体に多大なる不可をかける。

 回避する事に特化しているとはいえ、迷焦や感情粒子の時間感覚を操るラナベントのように速く動けるわけでは無い。さらにリオンの体つきは子供だ。

 だから広範囲に吹き荒れる衝撃波をリオンは避けれず、吹き飛ばされないようにしゃがむ事しか出来ない。

 剣銃でディオロスを撃っても巨剣に阻まれるか衝撃波に威力を殺されるかだ。

 

「あははは......子供な僕大ピンチ...」


 リオンはどうしたら勝てるのかわからないといった表情をしながらも腕は高々と振り上げる。

 見えない糸。空気でできていると言われているが未だに正体のわからない代物。

 鋼のような切れ味を持つ凶器。

 しかし、それも。


「温い!」


 ディオロスの巨剣に斬られた。だけでは無い。ついでの衝撃波をもろにくらったリオン。

 吹っ飛ばされて壁に激突。


「いでぇっ...」


 そう声を漏らすリオンは崩れるように地面にくした。

 ディオロスはこれでも加減はしたほうなのだ。本気でやれば五臓六腑が無事では済まないだろう。

 ひとえに彼が小さい子供を傷つけたくないと言う思いが表情を見て取れる。

 だからディオロスも一年前の事は今でも悔いているだろう。まだ幼さが残る迷焦を殺しかけた決勝戦の事を。

 だからリオンが立ち上がっても巨剣を振り上げなかった。すぐにへなへなと座り込むリオンは手を上げて戦闘の意思が無い事を伝える。

 これで迷焦たちの勝利である。

 誰もがそう思ったその時、


「俺の本気はこれから、だ」


 いつの間にか零夜は立ち上がり、その手には光輝く弓が携えられていた。それがなぜか黒い瘴気を放つ。


「シェキナー」

 

 零夜は迷焦に狙いを定めた矢を構える。

 神々たる光の矢を。

 実際迷焦は避けれなかった。とっさの対処が遅れ、体をずらす時間も無かったのかもしれない。

 けれども矢は放たれはしなかった。それどころか弓が零夜の手からこぼれていた。

 何故?

  何が起こったのかとっさには理解出来なかった迷焦も彼の腕から滴る血を見て零夜の攻撃が妨害されたのだと気づく。

 零夜の腕の穴はまるで見えない何かが通り抜けた後のようになっている。

 が、それも溢れる血ですぐに見えなくなる。

 

(これが出来るのは)


 振り返った迷焦が見たのはリオンの腕が胸の辺りで止まり糸を操っている証拠と、これまでの表情とは打って変わった殺気立った顔だった。

 笑みの消えたその瞳はとても冷たく、零夜にそれが向けられている。

 零夜は蛇に睨まれた蛙のように萎縮しだした。さっきまで怒りに満ちていたのにだ。

 

 今のリオンが放った攻撃。迷焦は目で捉える事が出来なかった。そればかりではない。

 零夜の弓も恐らく撃たれてから気づいただろう。

 つまり二人の実力はまだ上、隠していた事になる。本気を出して勝とうとした零夜をリオンが静止させた。となると、二人の目的は優勝とは別にあるのか。

 

「あーあー負けた負けた。こっちの迷焦も強いですねー。子供な僕と次会う時は糸で雁字搦めにしてやるのです。なのでまたねお兄ちゃん(ドッペルゲンガー)」


 何事も無かったように笑みを向けて手を振るリオン。

 もしも最初から本気を出されたらどうなっていたのだろう。

 それにリオンの言葉。こっちの迷焦とはなんだ。まるで他にも迷焦がいるみたいではないか。

 

「ほんと、わけがわかんないよ」


結局のところ迷焦たちは勝利し、準決勝への切符を掴んだ。ただしそれは疑問と虚無感の残るものとなっていた。

 そして、


「間違いない」 


 離れたところにいたディオロスは震える声でこう呟いた。


「奴らが...」


 近くにいたディオロスは微かにリオンが発した声を聞いていた。「死にたくなければ素直に負けろ」と。

 これほどの力を持っていて優勝を狙わない。さらにどこに所属しているかもわからない奴ら。

 ディオロスの口から彼らの正体が語られる。

 明確な敵の名前として。裏で蠢く暗殺者を指して。


「奴らがダストレーヴからの市客だ」


 



************


 

 薄暗い照明が通路の奥をぼんやりと照らす。

 ここは脱落者が観客席まで行くための通路。

 負けたリオンと零夜は負けたにも関わらず悔しがる事無く軽い足取りで進む。

 だがリオンは苛立っていた。顔は相変わらずの人形フェイスで感情が見えないがそれでもオーラでわかる。

 零夜が感情に任せて力を解放しようとしたからだ。おかげで阻止するためにリオンまでもが手の内を晒すはめになってしまった。

 恐らくリオンたちの正体に気づいただろう。

 リオンもリオンで苛ついた際に迷焦にヒントを与えてしまったのだが本人は気づいていない。

 とにかくこれは大きな誤算であり、どうにか修正しなくてはならない。


「とりあえず他のメンバーと合流しますよ」


「了解」


「反省はしてもいいけどもう過ぎた事だからね。あんま気にすぎないでよ」


「......了解」


 自分を攻める零夜をリオンがポンポンと背中を叩いて宥める。

 作戦に支障はきたした後が重要である事をリオンは知っているからだ。

 これからどうなるのかな。リオンは天井を見上げ、これからの事を考える。

 この作戦が失敗したら今度こそ彼らは終わってしまう。そんな事にはさせない。


(この世界を支配下におく。子供な僕にはスケールが大きすぎますね)


 薄暗い通路は形を変えること無くずっと続いている。次失敗したら許されない。その重荷が通路を無限に続くよう感じさせる。

 視線を前に戻しても、あるのは暗闇。


 ふと、暗闇から声が差し込んだ。


「千穂ちゃん、リオンを発見したよ」


「さすがネルちゃんの勘は良く当たるわね。おかげで探し回らずにすむわ」


「えへへ」


 暗闇から出てきたのは二人の少女だった。踊り子と民族衣装を合わせたような格好をしており、互いの腰には鞭や投げナイフなど護身用程度がある。

 一見すると、少し個性的な二人組の少女たちにしか見えない。会話の温度からしても何気ない日常会話程度のものだ。


 この通路を逆から通ってきてる事を除けば。

 

 本来この通路は負けた参加者たちのためのものであり、部外者は立ち入り禁止のはずだ。

 そして、運営の人が警備をしているから簡単には入れない。

 

 でも通っている。これが示す事は何か。

 

「お久しぶり、千穂とネル。そっちはどう?」


 リオンは居心地悪そうにしながらもとりあえず手を振る。


「こっちは大成功であります。千穂ちゃんが張り切ったおかげで大方制圧したよ」

 

「拍子抜けだったのは警備が脆かった事なのよね。ネルちゃんが頑張ったおかげだけど」



 何気ない言葉の中でさらっと出てくる異様な言葉。

 それを嬉々として互いをほめ続ける二人の少女を見て、二人を知らない零夜はリオンの横腹をつつく。


「あいつらは誰だ?」


「知らないの。二人は僕の幼なじみ」


 リオンの幼なじみ。確かリオンの驚異的な運動神経をもたらした人物では無かったか。

 そして、と続けるリオンはどこか恐れの入った声で続けた。


「第四部隊隊長。千穂とネル。スパイと奇襲を主に担当する班だよ」


 



どうも。ぞろぞろと敵が増えてきてきました。


 毎度の事ですがめちゃくちゃな僕の文章をて読んでくださってありがとうございます。

 自分なりのいい文章が書けるよう頑張っていきたいと思います。

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