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第三章 『急げ』

「ここは......生きてんのか俺」


 意識を取り戻した爆音寺はぼんやりと自分の手を眼前に持ってくる。

 どうやらあの戦いで死を覚悟していたらしい。実際、死ぬ寸前まで追い詰められたのだから無理も無いが。


「生きてるから安心してよ。それに例え死んでも蘇生魔法してもらえる可能性あるんだから諦めるなよ。最強になるだろ夢見がちの英雄もどきさん」


 迷焦がちゃかすと爆音寺は「夢見がちじゃねーし。最強になるんだし」と頬を膨らませた。


「そんで。兄貴は俺を生かしたって事はまだ俺の利用価値があるわけだ。何をすればいい?」


「利用価値って、僕その言葉嫌いなんだけどね。とにかく急いで三階層目に登るために早く出発するよ」


「急いで? ってことはもう時間が迫ってるのか?!」


「うん。爆音寺がお昼寝してる間に制限時間がかけられた。残り十分無いね」


 青ざめた爆音寺をよそに迷焦は立ち上がる。

 遠くにから見える三階層へ続く階段。そこまで行くにはドリムやら他の参加者たちとの衝突は免れない。

 それでも諦めたら終わりなのだから進むしかない。最短最速で階段を登るのは至難の業だ。

 でも、迷焦は表情を変えずただ階段の方を見据える。


「最短最速で行くよ」


 爆音寺はきょとんとした表情を見せるがやがて笑う。


「おうよ」


 ここから迷焦たちの障害物競争 (難易度強)が始まった。


************


 改めてこの階層、迷宮の狭間について説明しよう。

 道の幅三メートル、七メートル以上の壁に阻まれていて、巨大迷路の構造になっている。

 壁を登って近道をしようものなら飛行能力を持つドリムたちによって迎撃のオンパレードが待ち受け、迷子になろうものなら取り残され、参加者同士でつぶしあう事もある精神的にも肉体的にも苦痛を強いる階層なのだ。

 挙げ句、壁はとてつもなく硬く、今の迷焦では壊せそうに無い。

 

 なら、どうするか?

 答えは簡単だ。

 

 壁を壊せる人に壁を壊してもらう。

 

 シンプルでわかりやすい答えだ。

 そして該当者はいる。

 彼は迷焦に会うために散々壁をぶち壊して来たではないか。

 彼ならば壁を壊すくらいどうって事ないだろう。 

 彼の名は......


「この音の魔王と呼ばれる俺を阻めるものなら阻んでみろよ壁畜生がッ!!」


「だぁぁッ! 爆音寺、それ死亡フラグだし、しかもいたいッ!」


 ハイテンションで壁を壊しまくるバーサーカー事、爆音寺は迷焦にボコボコにされたにも関わらず再度頭に血が上っていた。

 しかも頭ネジが外れたのか中二病属性が加わっている。

 そのためやたら派手に壊す。

 砕けた破片が散弾のごとく後ろの壁や迷焦に降り注ぐ。(ただし迷焦は避けきる)

 荒々しい爆音が何度も鳴り響き、その光景はもはや爆撃か何かのようだ。

 最初は必要最低限の穴を作る事をしていた彼だが、元々爆音寺は派手な事を好む。

 それが能力の技にも現れている通り徐々に暴れまわりたいと言う欲求が......以下略。


「脆い、脆い、脆過ぎるぞ愚鈍な壁共。この程度で俺を押さえきる事など出来はしないのだよア、ハハハハッ!!」


 立て続けに壁をタンタンタンと突き破る。(ただし効果音はバンバンバン)

 荒れ狂う爆音寺の突進は永続的な爆撃そのもので、壁が豆腐のように砕け散って行く。

 それを後ろから追っている迷焦は静かにため息を吐いた。


「他の参加者の皆さんごめんなさい。罵倒するなら後で聞くから」


「何しょけた顔してんだよ兄貴。兄貴も一緒に壁を超越せし(ウォールブレイカー)になろうぜ!」


「嫌だよそんな恥ずかしいのッ!! だいたいこれ、観客たちに中継されてるんだからね。なんというか他の参加者が爆風に巻き込まれて宙を舞ってるんですけど?!」


「おーおーいいねいいね。楽しんでんじゃんあいつら。それ、もういっちょ」


 爆音寺が拳を振るたびに参加者の何人かが宙を舞った。なんというか凄い。

 ギャグアニメとしてならまだ救いがあっただろうがこれは殴れば血が出る簡単世界なのだ。

 彼らは残らず治療班のもとに強制搬送される事だろう。

 南無阿弥陀仏。


「こうなる事はわかってたけどそれに頼らざるを得ないこの気持ち......はぁ。こんな時身内がいてくれさえすれば」


「心配すんなよ、俺が全部蹴散らしてやるから」


「それがアウトなんだけどね」


 と、言いつつつ背後から迫る敵を容赦なく斬り伏せる迷焦。主に遠距離妨害する輩の排除を迷焦はそつなくこなしていた。

 本人はいやいやだが。(ただし躊躇は無い)

 それを繰り返していると階層内に警告が響く。


『残り五分となりました。制限時間を過ぎても二階層にいる参加者は強制脱落となります』


 繰り返される警告に焦りの顔を見せる迷焦。

 爆音寺がこのまま壁を壊しても間に合うかわからない。

 その事を爆音寺は気づいたようだ。


「兄貴、どうするよ。このままじゃ間に合わねえぞ」


「ちょい静かに!」


 迷焦は指でピントを合わせ、階段との距離をざっと推測する。


「ギリギリかな」


 迷焦はそう言って指を鳴らす。

 すると、迷焦の足下から氷の板が伸び始め、階段の上層辺りと繋ぐ架け橋となった。


「走るよ」


「おうよ!」


 架け橋と言ってもただ氷を階段まで伸ばしただけだ。安全性なんて考慮されちゃいない。

 それでもこの二人はバランス感覚がいいのか滑らない。

 迷焦たちの後にこぞって渡ろうとする者もいたが、途中で滑って転倒。最悪転落した者もいた。

 南無阿弥陀仏。

 そんな者たちにかまっていられるわけも無く、迷焦たちは階段を目指す。


「兄貴、氷で俺たちを押し上げれば速ーんじゃねえの?」


「そんなに便利な代物じゃないよ。爆音寺との戦いで相当消費したからね。それにこれからの分も残さないと」


 空中から羽を生やしたガーゴイル型のドリムが槍を持って飛行してくる。


「じゃまだ!」


 爆音寺の拳が見事にガーゴイルの顔面に命中し、そのまま塵となる。

 しかし脅威はそこで終わらない。

 道を阻むように次々とガーゴイルが集まってくる。

 次々と、

 次々と。

 蜂の巣を叩くと迎撃するべく蜂が溢れ出すみたいに。溢れ出す溶岩がもたらす被害が甚大なように。

 ガーゴイルの集団が今もなお走り続ける二人を三階層にたどり着かさせないよう道を阻むのだ。

 正面突破しても階段までたどり着けるかわからない。爆音寺の能力で倒せる。ただ全く素通り出来るかと言えばそうじゃない。僅かながら反動を受けるのだ。

 それが蓄積し続けるとなると時間の関係上危うい。

 一人なら時間いないに突破出来ないだろう。

 だけど今は二人だ。

 爆音寺と迷焦は互いに拳を合わせる。


「行けるよな兄貴」


「もちろんだよ。一歩前に踏み出す。僕らがこの程度で踏み出せないようになるなんて有り得ないよ」


「よく言ったぜ。先陣は任せろ!」


 爆音寺は立ち止まると大きく息を吸い、そして衝撃波を吐き出す。

 それは目に見えない空気だけの衝撃。

 それだけで先を塞ぐガーゴイルの集団に穴があく。

 しかし、すぐにその穴を塞ごうとガーゴイルたちが動く。

 そうはさせない。

 迷焦は架け橋となった氷の一部を操作し、爆音寺が開けた穴を留めるように氷を張る。

 ちょうどトンネルのような感じに。

 それを階段まで続かせる。

 そして、二人は走る。


 氷のトンネルを潜って。一秒も無駄に出来ない。

 走る。

 走る。

 

 ガーゴイルたちの壁を抜け、階段へとたどり着く。しかし、ここからも長い。

 塔の壁をなぞって作られた階段はぐるぐると続いており、疲労している迷焦たちにはそれが果てしなく続くと思えてしまうほど遠いように感じられた。

 それでも諦めるわけにはいかない。

 ここからがスタートなのだから。


「いくよ」


「おうよ、へばっても見捨てるからな」


「それこっちのセリフ」


 ぐるぐると走り続ける二人。


『残り一分です』


 最後の警告が鳴り、そこからカウントダウンが言い渡される。

 五十九、五十八。

 迫るリミットに必死に食らいつく二人。

 唾液に混じる血の味すら感じている暇は無い。

 後少し、後少し。

 

(ここで終われない。最終試練をクリアするために。こんなとこで終われるものか)


 迷焦は最後の力を振り絞り、全力で声を上げる。


「掴まれ爆音寺ッ!!」


 とっさに爆音寺は迷焦の手を掴む。

 迷焦は有りっ丈の力を注ぎ氷魔法を使う。

 命を枯らすほどの勢いで。

 今迷焦が出すのはただの氷だ。

 ただし質量と発生速度は桁違いで。

 足下からタケノコのように氷の柱が生えてくる。しかも、速度は音速の領域で。

 そのまま二人を階段の終わりまで押し上げる形でぶっ飛ばす。シンプルだけどだからいい。

 

 しかし、なぜこんな便利な使い方を今まで使わなかったのか。使っていたなら最初から間に合っていたのではないか。

 そんな疑問はすぐに打ち消される。

 バキリと言う異常な音が二人の足下、迷焦の足から鳴る。

 いきなり音速の衝撃を受けたのだ。例え威力を吸収しようと調整しても押さえきれない。

 迷焦の足は何本の骨が折れたかわかったもんじゃない。

 それほどまで音が異常まった。迷焦の顔にも苦痛が見える。

 二人は一緒に三階層目の前まで投げ出される。


『十、九』


 爆音寺は最後の力を振り絞って走る。

 まだ間に合う。

 ただし、迷焦は......

 立つことも出来ないまま足を動かせずにいた。

 自身から漏れ出る感情粒子も今となっては数が少ない。それでもかき集めて足の修復に使う。

 

「諦められっかよ」


 少し動かせるようになった足で無理やりに立つ。激痛の走る体で一歩、また一歩と踏み出す。

 踏み出すたびに死ぬほど痛い激痛が走る。

 それでも進む。

 後、少しで手が届く。

 

「後......少し」


 そんな迷焦の苦労の間にも容赦なくカウントダウンは迫る。


『四、三、二』


 そして、


 


今回もやや長くなってしまいました。

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