第三章 『無情殲滅の氷の化身』
迷焦は瞬く間に爆音寺の死角へ来るや、あれほど脅威だったはずの爆音寺の体に剣を当てる行為を躊躇なく行う。
普通なら、剣はさっきと同様に返り討ちにあうだけだ。
しかし、迷焦が振り放った高速の一太刀は、青い光の残像を残しながらなんと、爆音寺を跳ね飛ばした。
壁に思い切りぶつかりめり込んだ爆音寺は、驚きと感嘆を脳裏に浮かべながらも状況を冷静に分析する。
(亀裂を入れる事前提で攻撃したのか? にしとは躊躇が無さ過ぎるぞ。いくら回復するとはいえそれじゃ消耗戦だろ。そんな不利な戦いを兄貴がするか?)
爆音寺はその理由を発見するため迷焦の剣に視点を移す。
すると、迷焦の手にあった剣にいつの間にか氷のコーティングが施されていた。その氷には傷が無く、透き通っており、中の剣がくっきりと浮かび上がる。
どうやら剣のダメージを氷の部分で抑えようとしているらしい。
しかしそれだけでダメージを抑えられるはずが無い。爆音寺は更に考える。
(つまりはあれか。路線にも使われる方法で、衝撃を受け止める箇所を多くする事で俺の超音波を分散させようってやつか。だとするとあの氷は幾つもの柱みたいので剣にひっついてると考えた方がいいか)
「ま、楽しみが増えるだけだけどな」
よっと壁から抜け出す爆音寺。
しかし次の瞬間、爆音寺が状況を分析する暇もなく氷に閉じ込められる。身動きの取れなくなった爆音寺を極寒が襲い、呼吸するための口すら開けない状態となる。
「あんまなめんなっ!」
無理やり氷を能力と身体能力で己を閉じ込める氷を無理やり破壊し、氷の欠片が弾け飛ぶ。
這い出てきた爆音寺には狂ったような笑みを浮かべ、少しでも追い詰められた事に喜びを見いだす。
「兄貴すげーな。今の攻撃は反応出来なかったぜ。いいぜ、もっとこい。それを乗り越えて俺は最強になるんだからよッ!!」
迷焦の方を向く爆音寺。しかしその場に迷焦はいない。
そして顔を上げ、見上げるや、いつの間にか二本の柱が迷焦を支えるようにして地面から生えており、空中で双槍を両手で携え、爆音寺を見下ろす。
その瞳にはもはや感情は感じられず、表情は氷のように冷たい。
そんな迷焦の姿を見て、爆音寺は今までの彼とは明らかに差がみられる事を見つける。
(氷の扱いやその大きさ。それが極端に上がってやがる。そもそも別人みたいになっちまってるぞ)
以前の迷焦は氷魔法を足止めや遠距離の攻撃としてよく使っていた。
しかし今は違う。倒すために。あえていうならバリエーションが増えたと言うべきか。
とっさの判断で様々な応用をする迷焦は普段よりも頭脳的で、冷静で、容赦が無い。
任務を遂行するためだけのロボットのように、迷焦は躊躇い無く次の攻撃に移る。
柱を蹴り飛ばし、爆音寺に飛び込むようにして剣を振るう。
速すぎる迷焦の動きに対して、爆音寺は防御の姿勢をとるが氷の剣によって弾かれる。
当たる際に超音波の影響で剣に纏っている氷が砕け、破片がダイヤモンドダストのようにキラキラと散るが、それもすぐに再生される。
そして爆音寺が体勢を整える前にまた迷焦が剣を振るい、容赦なく弾く、そして飛ばされる。
それはもはや戦いと呼べるものでは無かった。
ただの蹂躙だ。
「俺は勝って最強になるんだッッ!」
爆音寺は有りっ丈の咆哮をする。その声が衝撃波を生み出し、迷焦に浴びせようかのように迫る。
しかし、それに対して迷焦は驚きも焦りも無かった。
ただ呟く。
「どうでもいい」
迷焦が指を鳴らした直後、爆音寺の視界がぶれる。
爆音寺のわき腹に氷の柱がぶつかり、衝撃波の起動を強引に逸らさせる。
数メートル先まで飛ばされた爆音寺は直ぐに起き上がろうとするが氷の柱はそれをさせない。
生き物のようにうねる動きで爆音寺に追撃を始めた。
爆音寺に当たるたびに超音波で氷が削れるが、それを越すほどの氷の生成速度が早い。
結果的に押さえきれないほどの氷が爆音寺を襲う。
根元から連なる氷が生成され、蛇口に接続されたホースが一カ所からしか水を出せないように、氷の柱はただ爆音寺だけを狙うためにその勢いを注ぐ。
まるで竜のように荒々しい攻撃が壁を砕き、爆音寺に迫る。
必死に押しとどめる爆音寺に余裕の表情は無い。避けて、逸らすので精一杯なのだ。
更に爆音寺を追い詰めるべく、もう一本の氷の柱が暴れ狂う。
双竜の猛攻に弾かれ、防ぐしかできない爆音寺は迷焦との距離を瞬く間に離されていく。
「君が抱える事情に僕は理解するかもしれない。相手にだって戦う理由、守りたい者があるんだと思う」
でもね、迷焦は冷たく言い捨てる。
「そんなのは関係無いんだよ。そんなのは当たり前なんだよ」
その言葉と同時に爆音寺が氷の柱に吹っ飛ばされて宙を舞う。
「人間の救える手のひらは小さく、限りがある。それを他人にまで使うほど僕は善人じゃないんだよ。僕らはいつも何かを切り捨てて生きているんだ。だから僕は身内を守るために君を斬り捨てる。ただそれだけの事だよ」
氷の心の持ち主が何度も弾かれ、吹き飛ばされる爆音寺に向けるにしては、かなり小さい。独り言のような声音で語る。
かつて博愛を実行しようとしてその難しさに絶望した少年は世の理を理解している。
全部は守れない。必ず何かを手放さなくては他の何かを手放す事になる。
人間、必ず何かを選択し、片方を切り捨てて進むものだ。それだけで周りに影響を与えてしまう。何もしなくてもそれが選択となって、他の選択肢を切り捨ててる。
幸福になる人がいれば不幸になる人が必ず出る。
例えば宝くじを買うとしよう。買えば必ず最後の一等が出る。
ここで選択するのは飢えに苦しむ家族と借金まみれで宝くじの一等が最後の望みと言う見知らぬ人だ。
・ここで宝くじを買うなら飢えに苦しむ家族は救われるがもう片方は自殺する。
・ここで宝くじを買わないなら借金まみれの人は救われ、家族は飢え死に。
どちらを選択してもどちらかは破滅の一歩を辿る。
こうした事はみじかな日々にさも当然のように起きている。
結局のところ、どちらかしか救えない。
だからどちらかを切り捨てどちらかを救う。
たったそれだけの事だ。
しかしそれでどちらかが不幸いなるとわかった上で、なおかつ命のやりとりである場合に躊躇無く選択出来る強さを迷焦は持っている。
どちらかが不幸に、死ぬ事を理解した上で迷焦はこれまでも行動して来た。
ドリムや破綻者を殺すたびに考え、そして切り捨ててきた。
博愛を本気で実行しようとした少年だからこそわかる事。
だからこそ迷焦は自分の行動に動じない。
溢れ出る感情粒子が極寒の冷気を作り出し、辺り一帯を氷の世界へと変える。
「すぐに終わらせるから............眠れ」
感情がこもっていない声が爆音寺の耳に届くなり、氷の竜の勢いが増す。
意思があるかのように追尾する氷の双竜はミサイルのように爆音寺を攻撃した。
爆音寺を弾き、避けさせ、囲うようにして動く氷の双竜が中央へ誘導させる。
この乱戦で爆音寺は気づいていないだろうが迷焦の得意分野は氷で相手の動きを阻害する事だ。
徐々に氷の双竜が爆音寺の退路を塞ぎ始める。
そして、爆音寺を閉じ込めるように螺旋状の柱となり、隙間を氷が覆い尽くす。
それは塔のように高くそびえる氷の柱となって階層の天井まで伸びていった。ガラスのように、あるいは水晶のように煌びやかで芸術と言われれば感嘆の声を上げてしまうほど美しいもの。
その場一帯だけが別世界とも思えるほど変わり果ててしまったのだ。
柱を中心とした氷の世界が辺りを浸食し、おとぎ話を思わせる氷の王国を形作る。
柱となった氷の双竜の跡がねじれた大樹を思わせるよう、根元から生え伸びている。
白銀の世界には絶えず極寒が肌を刺し、生き物が生きる事を許さない凍てつく環境と化していた。
それは氷。生命を喰らう氷の王国。
されど、この寒さが感じない遠目から見ればそれはさぞ幻想的に映っただろう。
そして、遠くから見上げる他の参加者たちは一瞬の間に出現した氷の柱を一同が見上げる。
そしてラルは、
「先輩、久しぶりに本気だしましたね。いつ見ても凄いですね。まあ二回目ですけど」
と、楽しげに呟き、初めて見る栞は、
「メイメイなのかな? こんなに凄いのは初めてだけど」
不思議そうに首を傾げ、そんな栞を守るようにして周りを漂う対属性シールドの一つが攻戦中の敵の攻撃を防ぐ。
閉じ込められた爆音寺は、物凄い生命力なのか執念なのか未だに意識を保ったまま手足を動かし、脱出を試みる。
「......まだ......だ。まだ俺は負けてない」
しかし、その隙を与える暇無く迷焦は両手にそれぞれの槍を収め、助走からのジャンプで爆音寺を貫くように突撃する。
「チェックメイト、で、いいよね」
たんたんとした言葉を添えての一撃だった。
迷焦は薄々気づいているが、能力に勝るイメージ力や自信、感情の量によって例えどんな能力だろうと勝てる事がある。
今の爆音寺は迷焦に勝てるのかと疑問を持ち、迷焦は揺るぎない精神を持っている。
この差は明らかな勝敗を生む。
そして、迷焦はこの戦いを長引かせる事はしなかった。速攻で蹴りをつける。
迷焦の槍は塔を貫くために巨大化し、爆音寺ごと消し去らんと青き一閃の矢を放つ。
槍は吸い込まれるように大質量の氷に突き刺さる。
一瞬の静寂。
そして大爆発が起こり、轟音と共に氷の塔が一輪の花を咲かせるかのように華々しく砕け散る。
大質量の氷が砕ける破壊音が突風に混ざり、降下する迷焦の髪を横に靡かせた。
そこまでしても迷焦の瞳に感情は無かった。
氷の大地に着地した迷焦は辺りに砕け散った氷の塔の残骸を見渡す。
爆音寺を探すためだ。
本来なら消し飛ぶほどの一撃だったが迷焦は爆音寺を過小評価していない。それに爆音寺の消えゆく感情粒子を確認するまでは攻撃の手をやめない。
氷の破片が瓦礫のように辺りを埋め尽くす惨状は荒廃した世界を連想させ、その中で赤く染まる箇所はよく目立つ。
そこには倒れ伏す爆音寺いた。
爆音寺は血だらけで全身の骨は残らず砕けたので無いかと思えるほど痛々しかった。
体を起こせないのか手足がピク、ピクと微かに動く程度で、苦しげに呼吸する。
幸いなのは彼が五体満足な事だがそれも長くは続かないだろう。
留めを刺すべく迷焦は感情の無い瞳を倒れ伏したままの爆音寺に向け、槍を喉元に突きつける。
「精一杯戦えて満足した?」
ゴホッ、喉から血を吐き出し気管を確保する。呼吸するだけで精一杯なはずなのに爆音寺はうっすらとその顔に笑みを浮かべた。
「やっぱ......兄貴サイコー...ゴホッ......出来れば神の野郎とも......やり合って見たかった...ぜ」
「そっか。それは叶えて上げられそうだ」
迷焦は創造魔法で作った槍を消し、アクウィールの槍を氷の大地に突き刺す。
すると、爆音寺の体をまたもや氷が覆い始める。しかし今度は殺すためのものでは無く生かすためのものだ。氷の形が水晶に酷似し、爆音寺が結晶の中に閉じ込められたようになる。
回復するまで仮死状態にさせておく。だから爆音寺の体温を氷がどんどん奪っていく。
そして仮死状態にさせた爆音寺に迷焦は空気中に漂う感情粒子の流れを人為的に操り、爆音寺へと注ぐ。
徐々にだが、爆音寺の傷が癒え始める。
それが終えるまで迷焦は座りながらその場に座った。
迷焦は身内のために沢山のものを切り捨てる。
しかし爆音寺の命までも切り捨てようとは思わなかったようだ。
迷焦にとって爆音寺とは良き仲間にしてライバル。学院の同級生で共に最終試練に臨む戦友なのだ。
そのくらいには迷焦にとって大切な存在となっていたらしい。
だから迷焦は独り言のように呟く。
「君は僕が倒したんだ。だから僕以外に負けるんじゃ無いですよ」
迷焦は静かにアクウィールの形の維持に力を注ぎ、ゆっくりとスイッチを戻していく。
それから爆音寺が目覚めたのは一時間後。
既に一定数の者が三階層目に登り、時間制限が課せられた時だった。
どうも。主人公が覚醒?して圧勝しました。
これでまだチート能力が無いとかどんだけ強くなるんだよみたいに思います。
少しネタバレをするともう一人の迷焦が関わって来ます。




