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第三章 『迷宮の狭間』

 それからも迷焦は豪雨のように押し寄せるドリムたちを決死の覚悟で倒すべく、カオスな大乱闘を繰り広げ、見事に第二層へと到達したのだった。

 

 そして次の第二層は七メートルはあるであろう岩壁に囲まれた巨大迷路のフィールドだった。

 道幅は僅か三メートルと非常に狭く、挟み撃ちされたら場合の逃げ場が少ない。

 岩壁はよく磨かれているのか照明を見事に反射しているほどツルツルとしている。

 おかげで影によって暗くなるという問題は無いのだが、逆に壁に登るという事を困難とさしていた。

 出来なくは無いが悪目立ちしてドリムたちがよってくるなんて事も考えられる。壊すほどの火力は迷焦には無いわけで、迷焦は素直に歩く事を余儀なくされた。

 本人は大して気にせず、魔法の鍛錬を道中で行っている。


「え~と、何だっけな。確か生物は微弱な感情粒子の波を絶えず発しているんだっけ? ラルの言ってる事が正しければその感情粒子を魔法に変換すると」


 迷焦の周りから冷気が流れ、次第に辺りの壁や道が凍って行く。魔法の中で迷焦に親しみがあるとすれば氷魔法だ。ならば迷焦から漏れる感情粒子も必然的に氷魔法への変換が容易になりやすくなる。

 ただ、問題があるとすれば


「変換出来るのはいいんだけど歩くそばから周りを凍らしちゃう事はさすがに」


 冷気を放出し続ける迷焦が歩くだけで道や壁は氷の膜が張られる。おかげでここだけ別世界だ。これは街中で使わない方がいい。絶対。

 まあ利便性もたたある。

 例えば周囲の温度が下がった事により氷生成の時間の短縮、火炎魔法などの威力低下など様々だ。

 ただし迷焦の使い方は何というか怠惰そのもので、冷気の動き、温度を調整してからそれを自分に向けさせる。

 冷風と化した物が迷焦の体を突き抜け、修羅場を潜り抜けて披露していた体を癒やし、爽快といった表情を彼はする。


「魔法扇風機、やっぱ最高」


 迷焦の使い方は間違ってはいないが、必死に魔法の修業をしている者からしたら冒涜なのかもしれない。アルカディア学院で迷焦は底辺の初等であったため、魔法の応用についてはこの程度しか思いつかない。

 そもそも迷焦の氷魔法はなぜか水になる事は無く、温度も氷になるギリギリまでしか落とせない。そのため応用の幅が必然的に狭くなってしまうのだ。

 

「まあ、氷魔法の応用も幅を広げなきゃ駄目なのはわかってるんだけどね。さすがにいつも氷付けではい、終了じゃ駄目だろうし。創造魔法の場合も質を高めたいから練習しなきゃだよな~」


 今度は左手に創造魔法で無色の剣を生成する。現在、迷焦の創造魔法で同時に生成出来る数は剣くらいなら百を越す。しかしその武器クオリティーは依然として低く、敵に聖霊級以上の武器を持って来られたら一撃で破損だ。

 ならば一つの生成に百個分の労力を注げばある程度のクオリティーにならないかと迷焦は考えているのだ。

 魔法は今は創造魔法だけに集中したいから氷魔法での媒体は無し。だから迷焦から漏れ出る僅かな感情粒子を媒体にする。

 迷焦から漏れ出る感情粒子が左手の剣に集結しだし、徐々に青い輝きを放つ。

 それは迷焦の愛剣、アクウィールと同じ紺碧の輝き。

 アクウィールと全く同じ形の剣が完全し、納得するように迷焦は頷く。


「よし、これならある程度は騙せるよね。混乱に乗じて武器を盗むやからもいるから替え玉を作っとかないと」


 そう言って迷焦は腰の鞘にさしてある本物のアクウィールを取り出し、ブレスレットの形として右腕にはめる。

 そして新たに作った方の剣を剣帯にしまう。


「この剣の維持は常時漏れ出る感情粒子で補給させるとして、後は身内の安否の確認かな」


 迷焦は角を曲がり、ぶらぶらと歩く。

 ふと、何か音が聞こえたような。最初迷焦はそれを空耳かと思っていたが、その後も連続して聞こえてくる。

 爆撃にも似た轟音、そしてそのたびに地面は揺れ、次第にはげしさを増して行く。

 落雷が近づいているような緊張が迷焦に走る。

 

「まさか誰かが暴れてる?? ていうか、何かこっちに近づいてるんですけど?! 何、お約束で壁を壊しながら進んでいるとでも言うのかよっ! チートだろ」


 不確定要素の存在に焦りを隠せない迷焦は鞘から創造魔法製の剣を抜き出す。

 その間にも轟音と揺れは増し、とうとう破壊された壁の一部が霰のように降り注ぐ。

 氷の壁を張り、それを防ぐ迷焦。

 

「力でごり押しって......何か知り合いもそんな事しそうだよな」


 と、爆音寺の顔が浮かび上がる。そう言えば爆音寺もこの大会に参加しているはずだからその内会えるよな。

 迷焦はそんな事を考えている間に眼前の壁に亀裂が入り、直後に爆発が起こる。

 猛烈な旋風に迷焦は思わず腕で顔を覆う。

 轟音が聴覚を麻痺させ、砂や塵を含んだ風で迷焦は目を開けられない。

 それは数秒で収まり、後からどこかで聞いた事のある声が迷焦に驚きを与える。


「おおっ! 兄貴じゃないか。一緒に戦おうぜ!」


 迷焦と共にガブリエルと戦ったり、アルカディア学院で共に底辺生活をしたりしていた爆音寺が無邪気とも呼べる笑顔で崩落した壁から姿を表した。

 なんというか、友達の家に扉を壊して入ってくるのが当然のような、そんな気軽さだ。

 迷焦は呆れてものも言えないといった表情をして、どう突っ込めばいいのかと頭を悩ませる。とりあえず剣を鞘にしまう。


「久しぶり...というか君はルールブレイカーか何かですかね? さも当然のように壁を壊しちゃって。あれがどんだけ固いかわかってるの?」


「ダイヤタートルと比べれば豆腐みたいに脆いぞ」


(ダイヤタートル? ちょっと見ない間にずいぶんと戦闘狂になったもんだな。まさかダイヤ製の亀とか。これだからチート能力は)


 と、迷焦はガブリエルがチート能力者をうざがる理由をしみじみ感じる。

 爆音寺はさっきから壁をぶち壊しているようだがこれといった怪我は無く、人間かと疑いたくなるほど強くなっていた。

 どんな壁も破壊して進む殺戮兵器のような強引さだ。

 爆音寺は最強を目指していると言っていた。

 案外本当にやってのけそうな気がしてしまうのではないか。

 爆音寺はまだ満足していないのか腕を伸ばしたりと体をほぐす。


「そういや兄貴は実力戻ったのか?」


「なんとかね。いまじゃ前よりも動けそうな気がするよ」


「そっか。そりゃ良かった」


 爆音寺は納得の表情で両腕を組む。迷焦は知り合いに会えた事で緊張を緩めていた。

 そんな迷焦は次の攻撃を予測する事が出来なかった。

 ブオンッ。片耳になびく風の音。たった今顔の近くを通過した腕が発生させたものだった。


「えっ......」


 周りの敵の気配を感じなかった。いるのは爆音寺一人。

 ならば、攻撃してきたのは。

 迷焦は油断していたのだ。今は大会中。裏切りもあるのだと。

 

「爆音寺なんで......」


「最初に言ったはずだぜ。一緒に戦おうって」


 そう。迷焦は根本的なところど間違えていた。爆音寺は最強を、強さに貪欲である事を。

 一緒に戦おうを迷焦は共に協力さようと解釈していた。

 しかし爆音寺の言う一緒に戦おうは、潰しあおうという意味だった。

 後退して迷焦は爆音寺に話し合いの余地はないか聞く。


「今戦わなきゃいけないの?」


「ああそうだ。こっちは兄貴と戦う気満々だぜ。強い奴との戦いはそれだけで経験値になるからな」


「なら仕方ない、か」


 諦めたように迷焦はため息を吐き、途端、顔つきを真剣なものにする。

 その様子を見て爆音寺も野獣の如き眼光を放つ。


「ここで負けても恨むなよ」


「同じく。僕が勝ったら階層踏破に協力して貰うから」


 迷焦はさらに邪悪な笑みを浮かべる。


「まあ、負ける気無いですけど」


「こっちもだぜっ!」


 爆音寺は一気に距離を詰め、拳の照準を迷焦の顔面に合わせる。

 迷焦はそれを姿勢を低くして、潜るように回避。剣を抜刀して爆音寺の横腹に斬り込む。

 

「無駄だぜ兄貴」


 爆音寺は音の能力者だ。さらに得意な事は超振動や超音波などをを体に纏い、触れた物を分解させるような現象を引き起こさせる。

 だから爆音寺に物理攻撃は相性が悪い。

 だけどそんな事迷焦は承知だ。なにせ二ヶ月ほど爆音寺と稽古しているのだから戦い方も熟知している。

 だからこそ生半可な攻撃では聞かない。

 

 迷焦の放った剣は弧を描くようにして爆音寺の腹に滑らせる。このままだと剣が砕かれてしまう。なので迷焦は爆音寺の横腹に向けて能力を阻害させる波紋を出し、剣が触れる部分の部分だけ能力を無効化させる。

 これで迷焦の攻撃によって爆音寺は致命傷では無いが深手はおう。

 迷焦は躊躇なく剣をウィークポイントまで動かし、後少しで爆音寺の横腹が切り裂くかいなかと言うとき、爆音寺はニヤリと笑う。


「だから無駄だぜ」


 爆音寺は剣が当たる前、とっさに体の向きをずらす。迷焦が能力を無効化させたのは本来剣を当てる部分にのみ。爆音寺が向きを変えた事により、迷焦の剣は能力の壁にぶち当たる。

 剣を通して迷焦の腕に強い痛みが走り、手塩をかけて生成した剣がいとも簡単に砕け散る。

 支えを失い、前のめりに倒れそうになる迷焦はとっさに足を踏み出し、体を前に進める。

 爆音寺に背を向ける形となった迷焦は、ブレスレットにしていたアクウィールを剣に変化させ、追撃の対処として無理やり振るう。

 爆音寺は追撃して来なかったため剣は空を切ったが、迷焦は地を蹴り、距離を開けて着地する。


「へーえ、さっきの剣は偽物か。ちぇっ、せっかく壊したと思ったのに」


「んな簡単に壊されてたまるか。というか人がせっかく苦労して完成させた能力無効の奴を何簡単に無力化してるんだよ!」


「そりゃずっと練習台にされてたら嫌でも覚えるぜ。それより兄貴の本気はこんなもんか? 俺はもっと強くなりてぇんだよ。こんなもんじゃ話にならねえぞ」


「......この戦闘狂が」


 爆音寺はその能力自体に依存している。なにせ爆音寺の肌に触れる前に相手に超振動を与え、逆に壊してしまうのだ。それに彼の本気はこんなものじゃない。衝撃波も使えるし、格闘術を覚えた事で手数が増えている。

 元々触れたらアウトの爆音寺は今や超ド級モンスターだ。

 爆音寺は獰猛な野獣の笑みを浮かべ、迷焦に襲いかかる。


「消し炭になるんじゃねえぞッ!!」


 一気に迷焦の目の前まで来た爆音寺は標的の頭上に拳を振り下ろす。とっさに迷焦は回避したが、一瞬前まで彼がいた地面が超振動によって砕け、そして砂となる。


(あっぶね。爆音寺は本気で殺しにきてる。というか完全に血が上ってるよ)


 迷焦は超ド級モンスターと化した爆音寺を眼前にどう勝かを模索する。


(爆音寺のチート能力はまじで厄介だ。というかどうやったら勝てるんだよ)


 アルカディア学院の時だって迷焦は一度も爆音寺に勝てていない。

 この世界は意思の強さが勝利の秘訣と言われているが爆音寺を前にしても同じ事が言えるのだろうか。

 しかし爆音寺も完璧と言うわけじゃ無い。

 繰り出す技が皆、大業なのだ。

 音の能力なら、相手の不快な音波も出せるし、何より精神攻撃も可能なのかもしれない。

 でもしない。

 爆音寺の流儀に反しているからだろう。

 それでもこの強さ。

 爆音寺は目の前の障害をいかにぶち壊すかを楽しんでいる。

 そして壊した分だけ自信に繋がり、爆音寺はさらに強くなっていく。


「俺はな、弱い人間としての自分が嫌なんだよ。道具にしか頼れねえ人間の肉体じゃ熊やライオンには絶対に勝てねえ。なら、肉弾戦をやり続ければ? 俺は熊にも格闘だけで勝てるんじゃねえかって考えてるわけだ」


 もはや次元が違う。爆音寺が言っている熊とはおそらく向こうの世界での話だ。

 格闘で熊に勝てる人間なんているのだろうか。

 勝てるとしたらこの世界でチート能力たよりにガブリエルたちを倒すより遥かに難しい事だ。

 迷焦はリアルで父を殺す程度の強さしか望んでいなかった。しかし爆音寺は熊を殺す強さ、それも素手で。

 次元が違う。強さも、覚悟も。

 爆音寺は笑う。その瞳に強さと言う欲望を渦巻かせながら。


「だからよぉ。俺の経験値になりやがれよ」




 

 



 

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