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第三章 『開戦、剣帝試練』

 剣帝試練会場バビロン内部の最下層

“襲撃の狭間”


 眼前には滝のようになだれ込んでくる大量のケルベロス、骸骨騎士、巨人、マンティコア。

 様々なのドリムが参加者たちを襲う。

 それは修羅場など生ぬるい抗う事の出来ない脅威となって降り注ぐ。ある者は八つ裂きに、またある者は首を食いちぎられ絶命していく。

 辺り一帯を覆い尽くすほどのドリムがスタートエリアで立ち尽くす参加者たちを無惨にも藻屑と化させる。

 押し寄せる脅威に対応出来ない者を落とす最初の部屋。それが襲撃の狭間だ。

 廃墟のような空間が広がるフィールドで参加者たちは一斉に散らばる。それぞれが上の階に行く事を目指して走り続ける。

 

  迷焦は迫り来るケルベロスから一度距離をとってから五十メートル走のように駆けだし、一撃で首を三つとも切り落とす。

 ケルベロスを倒した迷焦は剣を腰に戻そうと鞘に触れるが、そこでまたもや敵が接近する。

 今度はゴーレムだ。


「はぁ~。きりがない」


 ため息と共にしまうはずだった剣を構え、二、三度軽く跳躍する。これは次の動き出しを速めるための行為だ。跳躍の間に意識を戦闘のものに切り替え、目の前のゴーレムだけを倒す事だけを視野に入れる。 

 駆け出す迷焦。ゴーレムは獲物を捕まえるべく腕を伸ばすがその動きは遅い。

 ゴーレムの腕に飛び乗り、体を伝って駆け上がる。迷焦はゴーレムの頭を蹴ってさらに上に跳躍。空中で一回転して姿勢を保つ迷焦は右手に巨大な氷の槍を生成。砲弾でも打ち込むかのような轟音を発しながら氷の巨槍がゴーレムの岩石質の体を貫き、内部から氷が侵食する。

 ゴーレムは氷に閉じ込められるような形となりやがて消えていく。


 迷焦は最後まで確認せず前に進む。溢れ出るドリム一々に黙祷なんてしていたらうっかり死にかねない。

 真っ先に押し寄せてくるドリムたちから逃げ、現在最前線にいるであろう迷焦の場所でさえこれほどの数がいるのだ。

 今頃立ち止まっていたら雪崩のように無慈悲なドリムたちによって脱落しかねない。

 これは大会だから多少は難しくなければいけないのだろうが前回と雲泥の差に前回準優勝の迷焦も顔をしかめる。


「いくら今回の参加者が多いからって難易度上げすぎ......まったく。第一層からこれとか運営側は僕らに死ねと言ってるんですかね。身内とははぐれるし、周りの脱落を目にしなきゃいけないし散々ですよ」


 愚痴る迷焦の目にはただ一点が映る。向こう側の壁に張り付く階段。この塔を登るために必ずあそこまで到達する必要がある。

 何をするにもまずは上の階に行かなくてはいけない。

 スタートエリアの対極に位置する階段までは直線距離でざっと五キロ。

 廃墟のように荒廃したこのフィールドでは物陰からのドリムの奇襲にも備えなくてはいけないために全力では走れない。

 それでも荒れ狂うドリムたちを倒す、もしくは回避して先に進まなければならない。


 これが今回の剣帝試練第一層の現状だった。


 迷焦の前に三匹のウルフが出現し、道を塞ぐ。迷焦は走りながら剣を取り出し、ため息混じりに言葉を吐き出す。


「やだけど、かかってこいやです」


 こうして迷焦のドリム掃討劇が始まった。



************


<剣帝試練のルール>


・剣帝試練会場、バビロンは塔内部の五つの階層を登りつめ、闘技場となる最上階にたどり着いた四人で準決勝、決勝を行う。


・次階層に一定以上の参加者が登った場合、まだ登っていない者には制限時間を設け、時間を過ぎても登れていない場合は脱落と見なす。


・各階層には係の者や監視水晶が見張っているが、わざと攻撃しない事。


・脱落条件は

1.降参と宣言し、係の者に確認が取れた者。

2.戦闘不能と判断された者。

3.バビロンの外側防壁の破壊活動が一定の限度を超えた場合。


・参加者どうしの協力も可。


・参加者の数をわざと減らすのも可。

 

・医療班の治癒または蘇生が間に合わず死ぬ場合の責任は自己負担とする。


 以上の事を踏まえ、剣帝試練を踏破するために最低限のマナーのもと挑むよう。


 

 これが最初の第一層のスタートエリアで説明された事だ。

 そして次の瞬間、雪崩のように押し寄せるドリムの大群。

 初期の参加者五百人の内、すでに二百名が脱落。死亡者は今のところ無しだが今もなおドリムの脅威は続いている。


 現在ヒサミとラルは二人でドリムの群れを切り抜けていた。

 走る二人の前には棍棒を持った巨人型のドリムが立ちはだかる。

 二人も相当の数ドリムを倒しているのか顔に疲労が溜まる。

 ヒサミはそれでもやる気を奮い立たせ刀を握り、巨人と対峙する。


「援護お願いします」


「了解です。一気に突破しますよヒサミ先輩」


 ラルが杖を構え、ヒサミは先陣をきって巨人へと走り込む。


「喰らいやがれです。爆裂型火炎弾(簡易エクスプロレーション)」


 ヒサミを迎撃しようとした巨人の目と足下に爆発が起きる。爆発の衝撃で巨人の視界を塞ぎ、その隙にヒサミの正確無比な一太刀が巨人の片足を切り裂く。

 バランスの崩れた巨人はそのまま大地へと倒れ、衝撃音が砂塵と共にまき散らされる。

 

「行きますよ」


 二人は巨人にとどめを刺さずに早々と立ち去る。大量に押し寄せてくるドリムを倒さなくちゃいけないルールなんてない。

だから二人は必要最低限の労力でやり過ごすのだ。

 だから体力を温存出来る方法があるのなら何でもしなくては勝ち残れない。


「ところで」


 走る最中にヒサミが怪訝そうにラルの足下をちらちらと覗く。その瞳は『こんな暑い中、なんであなただけアイスを食べてるの?』みたいなドロドロとした負のオーラを感じさせる。


「先輩は走りで後輩が魔法でスーイスイって少々理不尽じゃないかしら?」


「えっ?!」

 

 ヒサミの目線の先、ラルの足下は浮いている。それもローラースケートにジェットエンジンがついているかのようにただ立っているだけで勝手に進んでいるのだ。

 魔法で浮遊と前進を同時に行うのだ。

 人一倍戦ってから走らされるヒサミからしたら羨ましい事この上ない。さらに廃墟を舞台にしているのか足場には石やコンクリートがゴロゴロと。

 正直その魔法、私にもかけてくれ!とヒサミは目で訴える。

 ラルはそれを知らずかわかってか、え~とと目まぐるしく視線を彷徨わせる。


「い、良いじゃないですか、体力が違うんですよ。そりゃぁそろそろ走らないと健康に悪そうですけどぉ」


「そうじゃなくてですね。先輩にも楽をさせたいな~とかそう言う発想は?」


「あ、これ一人用です。ドンマイ!」


「......このっ、アイドルもどきがっ! 年上への敬意を思い出させてやるっ!!」


 あはははと魔法の力を駆使して全力で逃げ出すラルをこれまた人間の馬力だけで追いつく臨界点突破状態のヒサミ。

 なんだかんだで二人が真っ先に階段を登ったのは行幸だろう。

 ただ階段の下から見える第一層の状況がなんともまあドリムだらけである。

 そんな中、ある一カ所だけが不自然なくらいにドリムが見当たらない事に二人はまだ気づかないのであった。

 



************


 掃討劇の一幕を終了させた迷焦は現在隠れながらの移動となり、瓦礫を盾に、尾行のような格好で階段を目指す。

 迷焦は近くで剣を振るう音が聞こえたので偵察がてらそこへ向かった。迷焦は他人にあまり興味を示さない。しかし今聞こえている剣の音に釣られている。

 なぜか。

 それはあまりにも剣が敵を斬る音が美しかったからだ。戦いの中、旋律を奏でるような剣技を一度見たい。そう思ってしまうのだ。

 そしてその姿を見て迷焦はさらに感嘆した。

 

 それは舞いだった。優雅に、そして気高く剣を振るう。それは剣舞と呼ぶに相応しい身のこなしだった。

 挑むは数多の魔獣。それを斬るは一刀の剣なり。舞うように敵を切り裂き、溢れ出る血飛沫までもがその者によって舞いの演出に変わる。

 白銀の鎧を身に付ける騎士の一閃が道を切り開く。一振り、また一振りと、美として化した完成された騎士の剣技が敵を散らす。

 騎士という指揮者によって紡がれる旋律は神々しい。

 白銀の騎士の前ではいかなる音や動き、そして物であってもが美に変わるという。もはや剣技の極地のようだった。


 しかしその姿を見て迷焦は近づく気にならなかった。ひっそりと物陰に隠れている。

 なぜなら白銀の騎士はラズワイトと呼ばれるガブリエルなのだから。

 さらにラズワイトの後ろには魔法の無効化、乗っ取りを得意としているエメラルド色の鎧を着込んだディルム、そして迷焦が二度に渡って敗北している怪力の化け物ディオロスがいるのだ。

 

 迷焦はわかっている。ここで不用意に近づいても袋叩きにされるだけだと。

 今はあれだ。豆腐を素肌で運んでいる状態だ。少しの振動で危険にさらされ、時間の経過でも危険度は跳ね上がる。

 そんな危険領域にいつまでもいられない。

 そんなわけで忍び足という古来の日本技術を駆使してこの場を去ろうとする迷焦。


(僕は忍び、僕は忍び)

 

 と、暗示領域にまで手を出し始める。

 しかし次の瞬間、何かの封印が解かれるかのようにして迷焦が隠れていた瓦礫が無惨にも崩れ落ちる。

 

「えっ?」


 驚くべき不幸。しかしそれが偶然に起こるわけもない。ディルムが瓦礫を払い、覗き見ていた迷焦を見つけ出したに過ぎない。

 しかし迷焦にとってはもはや絶望。見つかってしまった。

 三人のガブリエルがこちらを睨む。

 ガブリエル三人に一人でかなうはずがない。

 万が一もあるかもしれないが、基本迷焦は運を信じない。

 かといって逃げ切れるものならとっくにしている。以前爆音寺にあの白銀の騎士の能力について聞いたところ時間操作系だと言っていた。

 ならば逃げ切れるはずもない。

 よって迷焦がとるべき選択は一つ。

 剣をとる事だ。


「や、やぁ......また会いましたねガブリエルの皆さん。ほ、本当はこ、ここでけりを付けたいところですが時間が惜しいのでまた」


(殺される。というーか噛みまくってるよ。まずい、逃げなきゃ......怖い、なんでそんなに睨むんだよ。ちょっと見てただけだろ)


 自分の事になるとそれほど強くない迷焦。平然を装ったつもりが体はカチカチ、言葉は噛みまくり。

 カクカクとロボットのようにガブリエルたちと反対方向ほ歩き出す。

 

「おい、ちょっと待て」


「げぇッ!......僕が何かしたでしょうか?」


 背後からの呼び止めに思わず嫌な顔をする迷焦。

 (早くこの場を去りたい。なんでよりにも顔見知りのお前らが近くにいるんだよ。ああそうだよ、最前線で戦ってたらそりゃ強い人もいるよ!)


 と、もう人格崩壊クラスの異常事態と化した迷焦の脳内。

 しかしディルムは情け容赦なく言葉を続ける。


「死なない事を祈っている。それからディオロスもお前との再戦を待ち望んでいる......そうだ」


 えっ、怖くない。というかなんでディオロスの言葉をディルムが代弁?

 と、気になる事はあったが襲っては来ないらしい。迷焦がディオロスの方を見ようとするや彼らは背を向けて歩き出していく。

 

「なんなんだ」


 よくわからないが、ひとまずハルマゲドンの危機は去った。

 安堵感と共にその場にへたり込んでしまう迷焦。威圧感は前の比ではない。

 皆強くなっているのだ。

 迷焦は彼らに臆さないよう、よろよろと立ち上がる。


「あいつ等を倒さない事には(ボルス)には勝てない...か」


 当たり前の事だがここに来てその難しさを思い知らされる。

 しかし迷焦は立ち止まらない。約束したのだ。最終試練をクリアして栞の妹を生き返らせると。

 栞からは最終試練をなにが何でもクリアするという最初の鬼気迫るものは感じられない。しかし彼女なりに早く妹に会いたい事だろう。

 迷焦も弟が生き返るものなら生き返らせたいと思っている。そして何より迷焦は強者との戦いを楽しみにしている。貪欲と呼べるほどではないにしろそれなりには欲しているのだ。

 さっきはびびっていたが気持ちを戦闘モードに切り替えたなら今頃戦っていたのだろうか。

 それはわからない。だがこれだけは言えるだろう。今の迷焦は一年前よりも強いと。

 

 迷焦はふと、自分のいる辺りが妙に暗い。まるで巨大な建物が日差しを遮ったようなだと感じる。それもそのはず。迷焦の背後には巨人が巨大なバスターソードを振り上げている最中であり、巨人の体が日差しを遮っているのだから。それは突如として現れかに迷焦は思う。

 いや、ただ迷焦が考え事をしていたから気づかなかっただけだ。 

 だがそれを好機と見たか、巨人はバスターソードを容赦なく迷焦に振り下ろす。

 バスターソードは地面を砕き、奇怪な音を上げながら深々と突き刺さる。

 砂煙が僅かな時間、バスターソードの辺りを漂う。今の攻撃は並の者なら避けられない。

 そもそも迷焦が巨人に気づいたのは既にバスターソードが振り上げている最中であり、そこから一秒も無かっただろう。普通なら胴体真っ二つだ。

 普通ならば......だが。

 

 砂煙が消える少し前、獲物を仕留めたと思っている巨人に少年の静かな、でもやる気が出てきた声が聞こえてくる。


「モーションが遅いですよ。ディオロスなら三倍速、ユーリ先輩でも二倍速い。この意味がおわかりで」


 巨人はうろたえる。確実に殺したはずなのに聞こえてくる獲物の声。思わずバスターソードの剣先、獲物の死体があるであろう場所を見る。

 同時に砂煙が消え、バスターソードのすぐ横でのんびりと立っている迷焦が目に付いた。

 巨人は震える。攻撃のギリギリまで迷焦は後ろを振り向かなかった。なのに避けられる。巨人の技量が悪いせいじゃない。確かに巨人のバスターソードは迷焦を捉え、切り裂かんとした。

 なのに生きている。

 避けた本人はさして凄い事とは思っていないのか、平然としている。


「背後からの攻撃なら気配を消した方がいいよ。物理的にもね」


 迷焦は強さは求めているが自分の変化にはさして驚きもしない。ただ良くも悪くもそれを当たり前のように受け入れるだけだ。

 現在迷焦は感情粒子の流れがある程度感じられるようになっている。それはディルムの使う魔法の無効化などの練習でごくごく自然と身につけたものだ。

 本人はそれを第六感と称しているが目を閉じれば自然と見えてしまう。巨人から流れてくる殺意の感情粒子が。

 だから避けれる。

 

 そしてこの時点で勝敗はついていた。巨人は既に動揺を隠せていない。理性のある者の定めと言ったところか。勝てないと考えてしまう。

 気持ちの強さで戦闘力が極端に変化するこの世界ではそれが致命傷だ。

 理性があるから考えられずにはいられない。

 こいつは強いと。周りからの影響でも強化されるのはあまりしられていないが今ならわかるだろう。

 巨人の瞳には迷焦が空想の中にしか存在しない英雄に見えたのだから。

 黄金に縁取られた鎧に紺碧の剣。ただ己の望みのため、何者にも曲げられぬ決意の色。

 そして一度のジャンプで巨人の心臓まで迫り来る。

 巨人の織りなすイメージが迷焦に力を、そして形を与える。

 静かに見据えるその瞳は奥底で熱を灯し、輝く(つるぎ)は生きた魂のように輝きを放つ。

 迷焦は巨人の心臓を貫かんと剣を前に押し込み、剣に魔法を込める。


「ロストブラスト(友の吐息)」


 それはもはやブレスでは無く、剣の肥大化。そう思えた。

 剣から延長するかのように氷が伸び、巨大な剣と化す。そして大樹のように伸び続ける剣が巨人の心臓を悠々と貫てゆく。

 

 巨人には微かに残る記憶の欠片からこの光景が前にもあった事を思い出す。

 巨人のドリムには巨人となるために源となる巨人の記憶が一部埋め込まれる。その源は迷焦が大きな湖で見た石の巨人であり、暴走した巨人を止めるべく剣を突き刺す(ボルス)の姿にそっくりだったのだから。

 だからこの時巨人は『強いわけだ』とそう思った。


 留めを差した迷焦は剣を肩に預け、崩れゆく巨人の方へ振り返った。


「次は勝てるといいね」


 上から目線とも敬意からとも取れるその言葉。

 迷焦はそう言うと振り返らずにただ次の階層へと続く階段目指して走っていった。


 

 

 

 



どうも。始まりました。剣帝試練。

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