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第三章 剣帝試練編 『散りゆく命』

 武の聖地。マルスエーヴィヒと呼ばれるそこはサンレンスと桃源郷を挟んだ北東に位置するを大きな都市であり、四つの塔の中心にそびえ立つ天を突き抜けるほど巨大な塔、“バビロン”を象徴とする。バビロンの中は都市としても機能するほどの大きさを内包し、上に行くに連れて細くなっていく。

 それは剣帝試練の舞台である証であり、挑戦者はこの塔を登り幾多の罠や敵を排除し、決勝トーナメントへの頂上に来る事で出場権を獲得する事が出来るのだ。

 

 “剣帝の称号”

 それは最終試練に必要な切符。

 それはガブリエルになる事が有利になる証。

 それは剣帝試練の優勝の証であり、武の聖地に住み、武器を握る者なら誰もが一度は目指す物である。

 そのためこの都市に住む者は皆多少なりとも武の心得を持ち、他者の闘志や殺気には敏感だ。そのため彼らが強者の気配を見逃すはずもなくこの都市に来た者たちの気配を複数感じ、今年のは凄くなるぞと都市中で賑わいを見せていた。



************


<武の聖地 マルスエーヴィヒ>


 石畳で出来た都市の道はかすかに揺れている。人の足がそれを作り出しているのだ。それも皆一カ所を目指して歩いていく。

 迷焦たちはその群衆の流れに乗っかり、バビロンにへ向かっている最中だった。


「おい、あれ。去年準優勝の無道迷焦じゃないか!」


 今日開催される剣帝試練のためか都市はお祭り騒ぎとなり、会場のバビロンともなれば出場者を確認出来ると人が溢れかえっている。

 彼らの大半は誰に投資するかだ。一年に一度のイベントであるゆえ一部のギャンブラーたちはこの日を楽しみにしてきたのだ。

 そんな人混みの中、誰かが発した一言で辺りがざわめき出す。

 迷焦たち一同はさり気なくこの場をやり過ごそうとするがすでに人混みは二つに割れ、必然的に迷焦たち一同注目がいく。


「うお! まじだ。なら今回の優勝候補はやっぱり迷焦か」


「なら俺五百銀貨賭けるぞ!」


 注目の的となっている迷焦は人の視線があまりにも多いためユーリの後ろに隠れる。

 栞はあちこちから聞こえてくる迷焦の名になぜ?と不思議に思った。


「メイメイってそんなに凄い人だったの?」


 迷焦自身はポーカーフェイスを貫くために周囲の会話を聞かないよう意識を逸らしている。なのでラルが変わりに自慢する。


「これでも先輩は去年の剣帝試練で初出場ながら準優勝という輝かしい成績を収めているんです。だから間違い無く優勝候補に選ばれるはずですよ」


 自分の事であるかのように誇らしい。ラルは尊敬する先輩が有名人になっている事を素直に喜び、栞も迷焦の新たな一面を知ったと感嘆の声を出す。

 迷焦への歓声はさらに続くがところどころ侮蔑の言葉も混じっていた。それはほとんど囁いた程度の音量しかない。しかし明確に迷焦の耳に入ってくる。

 

「チート能力者どもが。とっとと負けちまえよ」


 こんな罵倒は日常茶飯事だ。元々異世界転移者つまりチート能力者は世間や宗教団体から疎まれている。たまたま迷焦のいたサンレンスが良心的であっただけだ。チート能力者が嫌われる理由はいくつかある。ゲーム感覚で建物を壊したり不法侵入をしたり、チート能力を使ってしたい放題。もちろん一部の人だがそんな事をしていればこんな罵倒を受けるのも納得だ。

 それに迷焦自身は罵倒にも馴れている。一人の時は無視するだけだ。しかし今回は身内まで一緒に罵倒された。それは迷焦にとって不快極まりない事だから。

 その侮蔑を聞いて眉を顰める迷焦は睨みつけるように声の持ち主を捉え、そして柄を握る。

 しかしそこでアクションが起きた。


「貴様ら。迷焦殿に向けそのような口を聞くとはボルス教を追われたいらしいな」


 見ると金髪で背の高い男が一人の男の頭を鷲掴みしていた。

 その金髪の男を見るや迷焦の手が柄から離れ、久しぶりに友人にあった時のような表情を向ける。


「誰かと思えばクレオスじゃん。やっぱり来てましたか」

 

 迷焦はその男に近寄り身内たちに先に行っててとジェスチャーで伝える。

 金髪の男。それは迷焦が二ヶ月ほどいたアルカディア学院の友人、クレオス・ラナベントだった。クレオスの方も迷焦を見て空いている手を振る。


「さきほどはボルス教の部下が失礼した。ほれ、さっさと持ち場に戻れ」


 クレオスが男の頭から手を離すと男は一目散に逃げ出した。


「持ち場ってここの警護でもしてるの?」


「まあな。最近強い奴は殺されているって話だからな。剣帝試練に出てくる可能性は高い。だから辺りに配置させているというわけだ。迷焦殿には兄上と戦ってもらわなければ困るからな」


「ならディオロスも来ているのか」


 辺りを見回す迷焦。その瞳にかすかな力を込める。ガブリエルになって以降のディオロスは一度迷焦の身内をボロボロにするという重罪を犯している。強さを認めてくれるのは嬉しいがまだあの時の事を許したわけじゃない。

 だからどうしても迷焦の体が萎縮してしまう。


「兄上ならもう控え室にいるぞ」


「早いな。なら僕もとっとと選手登録済ませてくるよ」


 選手登録をしないことには優勝は狙えない。

 走り出そうとする迷焦の肩をクレオスは掴む。


「ここだけの話だが迷焦殿には言っておこう。各地で暗殺者が猛威を奮っている。それは知っているな?」


「身内も襲われたしね」


 難しい顔をするクレオスを見た迷焦はそれがあまりいい知らせで無い事を察する。


「実はその暗殺者はどこかの軍では無いかとボルス教では意見されているのだ」


 それは各地でチート能力者やガブリエル、さらには神獣までもが狙われた事からもその範囲は広大だ。しかも同時期に。何人いるのかは知らないが全部暗殺ってところからも連携された動きを感じる。

 現在軍と呼べるほどの戦力を蓄えていて、なおかつチート能力者並みの実力を兼ね備えている者が何人もいるところは限られている。

 

「でもどこがやったかはわからない。どこも同じくらい被害受けてるし疑っちゃ悪いけどボルス教にそれをするだけの戦力も無い。というかガブリエルを殺せる野郎がそんだけいて足跡が掴めないってめちゃくちゃ怖い集団だな」

 

 そう。どこの軍規模の集団も少なからず被害を受けているのだ。それになぜ今なのだろう。どこの軍も最終試練攻略はまだ先だったはず。今は戦力増強を計っていたはずなのに。

 もっとも政治に関して無頓着な迷焦は詳しい内部事情を知らないのだが。


「まったくだ。しかし推測ならたてられたぞ」


 クレオスは迷焦の耳元で苦々しい口調で囁く。


「この世界では無い別の世界からの襲撃だとすれば合点がいく」


 クレオスはほぼ確信したとでも言うような顔で告げる。


「以前ガブリエルの大半が遠征にいっていると言ったがボルス教の情報によるとこの世界内のどこにもガブリエルの大軍の姿は見られなかったらしい。だとするとガブリエルは別の世界で侵略者たちと戦っていたが押さえきれず漏れてきた......なんと事が考えられる」


 あくまで推測だがなと付け足す。 

しかし本当の話だとしてそんな事があっていいのだろうか。迷焦がこの世界に二年半いるが戦争なんて聞いた事が無い。なんだかんだでこの世界は平和だと思っていたが侵略者がいる?

 唐突に言われてもわからない。元の世界で宇宙人が攻めてくる映画がよくあったがそれに近い状況なのだろうか。しかしラルいわく暗殺者一人の顔は迷焦とそっくりなのだとか。

 だとすると向こうも人間だ。実は裏の世界がありましたとか極秘に研究した殺人クローンが逃げ出したとかそんな話のレベルなのだろうか。もっと大きく、この世界の存続を賭けるような戦争になる。迷焦はそう思えて仕方がなかった。

 

 それでも迷焦がやるべき事は変わらない。剣帝試練で優勝するのだ。例え未知の敵が迷焦にたちはだかってもそれを乗り越えなくてはボルス)を倒す事なんて出来ないのだから。

 

「気をつけるよ」


「兄上との決戦は頼んだぞ」


「任せろ」


 互いに拳を重ねる二人。迷焦が選手登録をするべくその場を離れる、その前に。

 迷焦の体が左に傾く。見ると小さい子供が頭部からぶつかっていた。その子供はぶつかった反動で石畳に尻餅をつき、痛そうに色素の抜けた白髪の頭をさする。

 その顔は幼く男の子のようだがまだ十歳になったばかりに見える。

 迷焦は罪悪感もあり子供が立ち上がるのに協力すれべく手を差し出す。

 その手を男の子は掴み立ち上がる。男の子は質の良さそうな王子様が着ていそうな服から土を払い、その碧眼の瞳で迷焦を見る。


「あの、ごめんなさい。選手登録のために急いでいたもんで、その」


 その顔立ちは人形のように整っている。瞳の奥にうっすらとだが六角形の星が覗いている。

 それは男の子人形めいた顔を強調させる。



「僕は気にしてないよ。それより君も出場するの?」


 男の子の腰にはちょこんとした短剣が左右に二本、革の鞘に収まっていた。

 おもちゃみたいに見えるカラフルな色合いでそれで戦えるのかと迷焦は疑問に思ってしまう。それに男の子も背が百四十ギリギリある程度しかない。

 男の子からは戦うような戦意が感じられず、とても戦いに来たとは思えない。

 男の子は苦い顔をする。


「同行者優先席のために無理矢理。子供な僕は逃げ回って出来るだけ頑張ってからリタイアかな」


 この大会に参加する家族などが活躍をより良く見えるよう剣帝試練では同行者が優先して観客席に座れるというシステムが存在する。剣帝試練の観客は多く、全員が入れない状況のため観客席は貴重なのだ。

 そのため出場する選手の半数が男の子のように観客席の確保のために行かされるというしまつなのだ。その大半がすぐに脱落するのだ。

 それも結構な痛みと共に。

 まさかこんなに小さい子供が行かされる事になっているとは迷焦も思わなかったが。

  しかし男の子の方はさして剣帝試練の危険性を気にする様子も無く、微笑む人形のようなどこか人間離れしたような一歩間違えれば不気味と思えてしまうな表情を浮かべる。


「子供な僕とは違ってお兄さんなら上に行くだろうけど気をつけて。怖い顔をしている人の近くには本当に怖い人が集まってきちゃうからね」


「それどういう」


 迷焦が言葉の意味を尋ねるよりも前に男の子はこの場を去っていく。去り際男の子は離れて大勢の人が周りにいるにも関わらず背後で話をするかのような音程で迷焦の耳に言葉を残す。

 そう。

 背後に佇む死神のような気配と共に。


「子供な僕の名前はリオン・バナード。よろしくね、迷焦お兄さん」

 

 その言葉が迷焦の耳に届く頃、男の子は人の流れを縫うように潜り、やがて姿が見えなくなる。

 迷焦はその男の子に一瞬だが黒い何かを見るのだった。


 その後クレオスと別れ、無事に選手登録を済ませる。

 そして会場となる巨大な塔、バビロンの入り口付近で迷焦の身内たちはそこに立っていた。


「襲いですよ迷焦君。早く中に入りましょう」


 そう、全員が剣帝試練の参加者だったのだ。


「えっ、みんなこれ危ないんだよ。怪我するんだよ」


 身内の身を案じる迷焦だがユーリはニシシと笑う。


「何をそんなにひびってんだよ。俺たちみんなで最終試練だか臨むんだろ。なら全員参加だ」


 ユーリがハンマーを担ぎ上げるや身内全員が武器を取り出す。

 なるほど。どうやら説得は意味が無いようだ。迷焦は身内に過保護になりすぎていたのかも知れない。確かに全員で挑んでこその最終試練だ。元々迷焦が最終試練に挑むきっかけもまた身内で激闘を繰り広げたいと願っていたからだ。安全よりスリル。

 身内たちもそれを望んでいる。ならばみんなで目指そうではないか。

 迷焦も剣を取り出し天へと掲げる。


「なら皆さん、一歩前に踏み出しますよ」


 こうして最終試練への一歩。剣帝試練優勝を掛けて迷焦たちは動き出した。



************


 リオン・バナード。迷焦にそう告げた男の子は人通りの少ない煉瓦づくりの路地裏を一定のテンポ、それこそ階段を一段一段飛び乗るかのように次への動きまでに時間をかけてほ...ほ...ほと片足で交互に地面を蹴る。

 一歩一歩踏み出すたびに靴音が反響し、ふさふさの白髪は舞うように揺れる。

 後ろに誰かがいる。そう感じたのかリオンは両足を揃え、その場に止まる。

 そして、覗き込むように顔だけを後ろに向ける。白髪から覗く青い瞳は迷焦たちの時とは違い、黒い。まるで虚無へといざなうような底知れぬ闇。

 

「子供な僕に何かようですか? まあ用が無きゃわざわざ尾行なんてしないか」


 見えない誰かを挑発するようにリオンの声音は不気味に、悪戯をする子供が実は悪魔であったくらいに怪しげな雰囲気を漂わせる。

 そして尾行していた誰かは路地裏の迂回通路から現れる。

 それは黒髪の青年だった。顔はイケメンの分類に族されはにかむ笑顔が爽やかそうな青年だ。しかしその青年の顔は殺害対象を発見した殺し屋のようにたんたんとしている。

 

 この青年は以前童貞サバイバルデスマッチにおいて迷焦に情報を渡した人物であり、女と遊ぶからと誘いを蹴った垂らし野郎ユーリもどきだ。

 周りの者に能力者に対してのヘイト値を上げる。そしてその効果を受けた者の攻撃は効かない。というゲームめいたなかなかのチート能力の持ち主だ。

 その青年は静かに告げる。それは嵐の前の静けさ。怒りを押さえ込んでの事。


「暗殺者のうちの一人はお前だな。現場からの残留思念にお前に似た痕跡が残されている。てめーらがいろっいろしてくれたおかげで俺の雌豚共はみんな死んじまったよ。わかるか、死んで初めてその大切さに気づいちまったこの悲しみが。そりゃねえよな。失ってから気づくなんてよ」


 青年はギリギリと奥歯を噛み締める。顎が砕けそうなほど強く。

 青年はモテるのが当たり前だった。それはこの世界に来てからも変わらず、青年は一人一人の大切さを、名前すら知ろうとしなかった。ただ道具であればいい。そう思っていた。

 だが突如現れた暗殺者によって自分以外の者が死に、一人ぼっちになるその前、最後の一人が死に絶える間際にこう言ったのだ。


『私はあなたに出会えて幸せでした』


 その言葉が青年を変え、そして復讐の道へと走らせる。


「俺は別に他のマグナファクトゥムのチート能力者が殺されたからとかそういう余計な言い訳は言わねえよ。シンプルにてめーをなぶり殺してーんだよッ!!」


 だから青年は容赦はしない。地を蹴りリオンへと走り出す。武器は無い。だから殴る。殴って殴って殴りまくる。相手が許しを願っても殴る。死ぬまで苦しめるのだ。

 青年の憤怒は青年にさらなる力を与え、振りかざす拳は易々と骨を砕くだろう。

 リオンは動こうともせずむしろ退屈そうに前に向き直ってしまう。だから青年の拳が見えなくなる。しかしその拳が自分には当たらないとリオンはわかっている。

 路地裏の真上から来る一筋の黒雷によって。


 青年は最初何が起きたのかわからなかった。

 確かに青年はリオンの顔面をぶち抜く勢いで拳を振り抜いた。しかしそれは二人の間に現れた一人の少年によって弾かれる。

 チート能力のおかげでダメージこそ無いが突然の事で一旦距離を取り、その少年の姿を見る。

 その少年は禍々しい瘴気を纏った刀身の分厚い剣を地面にめり込ませ、フードが落下した時の反動でふわりと捲れる。

 地面にめり込んだ剣を引き抜き少年はその赤い瞳から放つ視線を青年に突き刺す。


「全く。リオンの他人任せな癖は忌々しい。一応結界は張っておいたぞ」


「そっか。ありがとねー」


 二人の会話はごく自然に発せられているのにこの違和感。そして青年は後に現れた少年に顔が強張る。

 

「なっ、お前あの時の......なんで......」


 青年は驚愕の表情で少年の顔を見る。それもそうだろう。青年が見ている顔は童貞サバイバルデスマッチで情報を話した少年と全く同じなのだから。違いと言えば髪が全部黒な事と瞳が赤い事。しかし今の青年にその違いなどわかるはずもない。

 だから、


「騙したのか。俺から情報を手に入れてそれで......テメーもそいつらの仲間ではなから人殺しに荷担してたのかよ。身内を守りるためならそんな事もするような奴だったのかよ! 許さねえ。死ね死ねよっ!」


 青年は魂の限りの叫びを上げる。しかし二人は青年を脅威と判断していないのか剣を持っている少年は構えもしない。

 むしろ少年は別の興味で青年の方を見る。


「なるほど。お前もこの顔に覚えのある奴か。悪いなリオン、こいつは僕の獲物だ。邪魔はするなよ」


「そうかい、そりゃ残念だ。子供な僕は大人しく剣帝試練に参加してくるか。指令はよろしくね迷焦」


 言い終わるやリオンは路地裏の壁を走るようにして飛び越えてしまう。後に残った迷焦と呼ばれた少年は耳に手を当て指令をくだす。


「第三部隊隊長無道迷焦が作戦の一部変更を言い渡す。僕は剣帝試練に参加しない。よって第五部隊の中から出場させろ。残りの第一から第五までは予定通り。時間までは気配を隠しておけ。いいか、侵略者たちが仕出かしたダストレーヴでの悲劇を忘れるな! 以上」


 青年には迷焦が何をしているのか全部はわからなかった。ただ、何か恐ろしい、開けてはならない呪いの釜を開けてしまった。そんな感じだ。

 青年はこの瞬間誰よりもこの世界に今起こりうる悲劇を知った。

 しかし青年にはそんなの関係無い。仲間の敵を打つ。それだけが体を突き動かす。


「よくわかんねえけど無視してんじゃねえよ。さっきからご大層にしてるのを眺めてりゃ革命軍じみた事言いやがって。こっちはな、てめーらに雌豚共を殺された事で糞切れてんだよ!」


 青年は再び地を蹴り全力の拳を放つ。

 迷焦はただそれを感心の無いままに拳を絶つべく剣を動かす。


「一人身勝手な復讐か。哀れだな」


 剣は拳を弾き、青年は全力で吹っ飛ばされる。しかし青年の拳は切れる事無く繋がっている。迷焦は、これには驚いたと言えるように目を見開く。


「驚いたろ。俺の能力は無敵だ。てめーがいくら攻撃しようと俺にダメージは入らねえ。つまり死ぬのはお前なんだよッ!!」


「ああ、チート能力者か。失った者のため拳を振るうはた迷惑な行為だ。邪魔なだけのペーパー野郎さん」


 起き上がり腕を広げる青年を迷焦はただ感情の無いままに見つめる。歩き、次第に互いの距離は近づく。


「なら問おう。誰に頼るわけでも無くどこにも居場所の無い。日々は罵倒と投石の雨。ようやく出会えた居場所を侵略者に奪われ、それでも己の感情を押さえ込み皆を率いていくこの気持ち。貴様にはわかるか?」


 青年は沈黙し、迷焦はそれを答えと受け取ったのか動き出した。

 剣を青年の肩へ振るう。たったそれだけ。

 青年は能力によりダメージは通らないはずなのだ。

 しかし迷焦は振るう。正確無比に、単純な破壊力で押し込む。

  すると、青年の肩はストンと綺麗に切り裂かれた。


「えっ............だああああああああ!」


 青年は言葉を失い、その後痛みから絶叫が思考を支配した。血飛沫が路地裏に飛びかかり、滝のようにして血が体を出て行く。これまで襲われる事の無かった痛みが代償となったのかのように青年を苦しめる。

 それを迷焦は感情の無い瞳で見下ろす。


「馬鹿が。この世界に絶対は無い。意思の強さによる補正でお前のそれを上回ればいいだけの事だ。安心しろ。僕に敵を苦しめたいと思う感情は無い。とっととお空に言っちまえよ」


 迷焦は剣を石畳に剣を突き刺す。そして腰から抜き出したもう一本の剣を取り出した。それはドラゴンの形を装飾にしたような短剣だ。

 それを右手で刀身を下にして持つ。


「貴様等の世界とは少々概念が違うらしい。こちらは魔術。ダストレーヴの力をもって藻屑となれよ」


 迷焦はその身に纏う黒い瘴気を短剣に集中させる。


「コール・《インフェルノドラゴン》・クオリティー“神獣”」


 短剣が形を変えこの路地裏にギリギリ入るサイズになるまで巨大化、姿がラルたちを襲撃した時に姿を見せたドラゴンのそれになる。

 

“魔術”

 ダストレーヴに住む者の魔法。

 ハルシオンに住む者の魔法が属性重視で物理系ならこちらは呪い。

 見えない力で複雑な事を行う。


 そして今回は短剣を媒体としたドラゴンの召還。しかも神獣級のバケモノだ。


 その頃には青年は倒れ、もはや起きる力も残っていなかった。

 だからこそすぐに殺す。


「フィーネ」


 迷焦はそのドラゴンに死に行く青年を喰らわせようとした時、その青年が口を開いた。


「そうか、こんなところにいたのか」


 青年の肩口からは絶えず血が流れ、血の池が周囲に出来ている。

 もはや死ぬ寸前なのに青年は喋る。

 そして青年はどこか穏やかな表情で倒れ伏したまま腕を空にかざし、何かを掴みたそうに伸ばす。

 そこには何も無い。普通の者ならそう言うだろう。走馬灯だと。

 だが感情粒子の流れを読める迷焦には青年が何を掴もうとしているのかわかった。

 それは一つの光の粒子だ。それは青年にとって大切であった者の残留思念。それが青年の腕の辺りで浮遊している。


 「そっか。探しに来てくれたんだな。なら帰ろっか。一緒に」


 青年はそこで力尽き、のばした腕が地面に落ちる。青年の体からは霧散が始まり現れた光の粒子と共に空へ消えていく。

 迷焦はそれをただ感情の無いままに見ていた。


「見ているこっちは面白くもなんともないんだが......地獄行きの切符はいらなかったらしい」


 ポツリと呟く。そして空へ昇る感情粒子と化した青年の一部を迷焦は強引に掴む。


「こいつの中に存在するもう一人の迷焦。さてどういった者なのだろうか」

 

 それをポケットに突っ込み迷焦は立ち上がる。

 その瞳には数多の死が映っている。しかし止まらない。

 迷焦は復讐のためだけに動いて来たのだから。その点で言えばさっきの青年と同じだ。

 しかし迷焦の復讐はさらに深く、どす黒い感情と共に怒り狂っている。だから今日から始まる混沌が楽しみで仕方が無いのだ。

 路地裏から覗くバビロンの塔を見上げ、飢えた獣のように迷焦は笑う。


「さあ、戦争の始まりだ」


 剣帝試練の裏では大きな闇が蠢いていた。

 そしてその闇はすでに全ハルシオン内を侵略するよう動き出していた。




どうも。今回は長々となってしまいました。

もう一人の迷焦が本格的に動く。それも今度は軍規模で。

 

 そうとは知らない迷焦たち一行は剣帝試練をどう乗り切る?!

 

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