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番外編 『ラルの思い出』

 これはラルが初めて王立治安院に来た時、つまり一年半前くらいの話だ。

 

************


<一年半前・王立治安院サンレンス支部>


 それは一言で言うならお城のようだった。柵の中には国会に似た形で、石を削って作った建物が立派に建っている。

 ここが王立治安院・サンレンスだ。

 その門の前で金茶色の髪の少女がドキドキと緊張した様子で警備の人に入れてもらえるように頼んでいた。

 このたび王立治安院のサンレンス支部に配属の決まったラル・チャイリは初日とという最大の難関へ踏み出そうとしているのだ。

 門をくぐり、道行く人に挨拶をし、指定された部屋へと辿る。

 

 扉を開けるとこれからお世話になるであろう先輩たちがデスク越しだがこちらに振り向く。

 ラルが会釈をすると向こうも会釈を仕返し、皆思い思いに挨拶をしてくれた。

 ここならなんとかやっていけそうだとラルは素直に思えた。

 中には「オッシャー可愛い子ちゃん来たー!」とガッツポーズをする人まで。さすがのラルもそれにはきごちない笑みを浮かべるしか無かったが。

 その中で一人、ラルに近づてきた一人の男性が向かい合って挨拶をする。


「今日はラルさんの案内をします石田です」


 その男性はきっちりとスーツを着こなしなんとも真面目な雰囲気で年齢は二十代前半くらいに見える。黒髪に石田と言う漢字の名字。典型的な東側の住人の証だ。その事からもなかなかなエリート臭が漂う。

 

(うわーさすが王立治安院。エリートさん多いな)


 と、素直な感想を心の中で呟き、ラルも挨拶をする。


「では、ラルさんが明日から働く事になる部署へ案内します。今日はこの支部の案内だけですので終わったら帰宅するなり部署の人の手伝いをするなり自由にしててください。まあ今日の部署はいずらいでしょうから帰宅する事をお勧めしますが」


「あっ、はい」


 後半の男性の言葉が意味ありげそうだがラルは緊張のためか最後まで話を聞けてなかった。

 そのまま男性に先導され、長い廊下を歩く。

 緊張のためか萎縮するラルを見た男性は優しく微笑む。


「そんなに萎縮してしまっては可愛い顔が台無しですよ」


「冗談が上手なんですね。緊張はします。なんたって初めての仕事ですから」


 すると男性はまたも優しく微笑む。


「大丈夫ですよ。困った事があれば何でも僕に頼ってください」


「はい」


 微笑み返すラル。そのまま歩き一つの部屋へと辿り着く。他と変わったところの無い部屋で、入り口の前には部署の人たちの名前が載っているのか三名ほどの名前が書かれ、現在部署にいるのは一人のようだった。

 

「ここが私の働く場所......」


 緊張のためか扉を開ける事を躊躇ってしまう。深呼吸をラルがしようとするがその前に男性が扉を強引に開けた。

 ノックも無しに無遠慮極まりない行為をとった事に対して驚くラルだったが男性の方はさして気にもしないままラルを部屋に入るよう導いた。

 

「ここがラルさんの働く部署です。現在は三名がここで働いており、ドリムや破綻者の討伐と言った事を主にする戦闘班となります。おい迷焦、新人に挨拶しろよ」


 ラルが部屋をよく見ると、一人の自分と年が同じくらいの少年がデスクから顔をこちらに向ける。今までいたのかよくわからなかったと言うほどその少年には気配が感じられなかった。

 少年も髪は黒、しかしその中に白髪が一カ所に線を描いたみたいになっている。

 少年は立ち上がる事もせず姿勢をこちらに向け、


「どうも」


 それだけ言うとはなから興味など無いかのように再び体をデスクへと戻す。無愛想とはこの事か。まるであまり関わりたくないように。

 その態度に男性も呆れたように肩をすぼめる。


「あいつは戦闘に関しちゃ天才的なんだけど性格はあれだから一部の人間としか関わろうとしないんですよ。それに何かの拍子に切れるもんですからおっかないんですよ」


 男性は疲れたようにため息をつく。恐らくこの男性も被害にあった一員なのだろう。

 

「だから何かあったら僕に言ってください。すぐに部署を移さしてもらえるよう図りますから」


 確かに少年の態度はこれから共に働く人に対してのものではない。しかし一方的に決めつける男性の言葉もどうかとラルは思った。



「あ、はい。ありがとうございます。でもここで頑張って見ます」


 ラルは少年の方に軽く会釈をする。


「あの、明日から一緒に働く事になるラル・チャイリです。未熟者ではありますがよろしくお願いします」


 それに対して少年はまたも軽く会釈するだけだった。


「あの野郎、こんな可愛い新人が入ったって言うのに。行きましょうラルさん。こんな奴に構っている暇はありません」


 男性に後押しされ部屋を出るラル。去り際ラルはもう一度入り口に書かれている名前を見る。


(出勤しているのが......無道迷めい、迷焦って読むのかな。なんか他の人と違ったなぁ)


 それがラルが迷焦に対して初めて抱いた感想だった。

 それからも色々な部屋を巡り、きづけばもう終わりだった。


「では今日はこれまでとなります。何か困ったらいつでも相談して来てください。それと気が向けば一緒にお食事でもお誘いください」


「はい、こちらこそありがとうございました。親切にしてくださって本当に感謝しています」


「ではおきおつけて」


 こうして男性とは別れ、ラルは元来た廊下を歩く。

 

「なんとかなりそう......かな」


 今日一日ここにいてそう思える。ラルはそれだけで笑顔になる。廊下を歩く男性二人に軽く挨拶し通り過ぎようとする。すると後ろからさっきの男性二人の声が耳に入ってくる。


「あれが噂の魔法の天才だろ。すげー可愛いかったな」


「ああ、それに巨乳だぜ。明日も声かけてみようぜ。魔法学校主席なんつったら世間を知らないだろう真面目ちゃんだからな。断れねえさ」


 その会話を偶然聞いてしまったラルはそれだけで気分が下がる。

 

(なんでみんな私をそんな目でしか見ないんだろう)


 それがラルの心の声だった。ラルは表面で自分の事を評価されるのが好きじゃなかった。

 それに魔法の天才。この言葉もラルは嫌いだった。その言葉を聞いた時、ラルは過去のトラウマを思い出すかのように顔を曇らせる。


(ここに来たら変わると思ってたけどここでも同じか)


 諦めかけたラルは首を振る。


(まだ始まったばかりなんだよ。諦めない諦めない)


 前を向こうとするラル。

 そこで今度は一人の妙齢の女性が話しかけてきた。それなりには美形だ。気が高そうな顔立ちでラルを見る。

 なんでも、大量の荷物を運ぶのを手伝って欲しいんだそうだ。でもそれはお願いじゃなくて命令のような、上から目線の感じだった。

 

 荷物があるのはあまり人が通らない場所で、そこには大量の本が置いてあった。ざっと子供の秘密基地が作れそうな位の量があった。


「じゃあ全部資料室にお願いね」


 そう言い残して帰ろうとする女性。

 これ全部を一人に押し付ける。そんな事あっていいのか。

 慌ててラルは女性を止める。


「えっ、これ私一人ですか? いくらなんでもこれは......」


「嫌ならここをやめてもらっていいけど。あんたは男たちの前で可愛い子アピールしたいんでしょ。なら一石二鳥じゃない。それで男たちに自分は陰で努力しているんだぞって披露出来るわよ」


「なっ!......」


 さすがのラルも今の女性の一言には頭に来る。ラルは一度もそんな事考えた事が無い。周りの態度は不可抗力だ。それにラルはそう言うのが嫌いな人間だ。

 表面だけで判断されたくないのだ。

 しかしそんなラルの心境も女性に分かるはずもない。大方猫を被っているのがばれて焦っている。そう思っているのだろう。

 それを訂正したくてラルは言い返す。


「別に私はそんなつもり」


 しかし女性はラルの反論すらも聞こうとしない。手をかざしてラルを制しさせる。


「どちらにせよ新人が上司の命令に逆らうなどあってはならない事です。逆らった場合はあなたの社会的地位を殺しますので」


 この人は何を言っても言い訳としか思わないタイプだ。もう言葉を交わしても無駄だ。そうラルは思った。


「終わるまで変える事を禁止します。なに簡単じゃない。そこら辺にいる男たちに「先輩運ぶの手伝ってぇ」って尻尾振れば集ってくるわよ」


 そう言い捨てて女性は去っていった。

 残されたラルは一人、黙々と本を運ぶのだった。


 資料室の窓から差す光はオレンジに変わり、夕暮れの時間となってくる。あれから資料室と荷物の山を何十回と往復するも終わりが見えない。

 ラルは新たに運んできた大量の本を下ろすと額から流れる汗を拭った。何度も重い荷物を持ったせいかラルの指先が震えている。それでもラルはめげずに本を種類別の本棚へと戻していく。

 

「まさか初日からこんなに失敗しちゃうなんて......明日から大丈夫かな」


 ラルはその事が何よりの気がかりだ。ため息の回数が本をしまう回数に追いつき、疲労感が体を蝕み始める頃、突如扉が開いた。


「ったく上司の野郎、散々こき使いやがりやがって。まあ僕がコミュニケーションとらないのが悪いだろうけど............ってあれ、まだ残ってたの?」


 そこには最初に見たラルが明日から配属されるはずの部署にいた少年、無道迷焦が立っていた。

 ラルはなぜ彼がここに来たのかという疑問のため目をぱちくりさせていた。

 手伝いに来た、という考えは捨てる。なぜなら迷焦は最初ラルの事を嫌そうに見ていたからだ。

 だからたまたまだろう。


「あの、無道先輩......でいいですよね。先輩はどうしてここに?」


「どうしてってそれこっちのセリフなんだけどなぁ。ここは僕の休憩所なんだけど。そう言うそっちは............」


 汗だくのラルを見て迷焦はだいたい察する。


「押し付けられたのか、可哀想に」


「い、いえ初仕事です」


 笑って誤魔化そうとするがラル自身の疲労は仕事の息を越えている。迷焦がそれに気づかないわけが無い。


「無理すんな。まさか初日でこの量の仕事を押し付けられるとは............ブラック企業だなここ」


 迷焦はやれやれと呆れた表情をすると本を拾い、本棚に戻す。

 ラルはそれを不思議そうに見つめる。


「あ、あの手伝ってくれるんですか? なんで?」


「ん~休憩所の整理整頓。それに一人の少女がせっせと働く部屋でだらけるとかさすがに駄目だなって。帰りたいなら帰っていいよ。後やっておくから」


「いやさすがにそこまでは......私もやります」


 それから二人で本の移動、棚に戻すを繰り返した。


「あの迷焦先輩。なんで最初あんなに嫌そうな顔をしたんですか、そのやっぱり私の事嫌いですか?」


「君の横にいた奴がね。あいつ入社半年の僕に仕事押し付けまくってるから。と言うかだいたい僕はあんな態度だけど。気に障ったならそう言う事だから気にしないで」


「そうなんですか......先輩は強いですね」


 自分はどうだろうか。ラルは自身に問う。上司に刃向かう事は愚か笑って何かと引き受けてしまう。

 そんなラルからしたら迷焦は羨ましい。ちゃんと自分の意見を持っている。

 ラルは本を抱えたまま迷焦に尋ねる。天才と賞される人の気持ちを。


「先輩は天才って言うレッテルが嫌だと思った事無いですか?」


 天才。ラルは魔法の才能が高くそれ故に辛い事があった。化け物と罵られる事もあったし、気味悪がられた事も多かった。


「私はあります。私は普通にしているだけで辺り数百メートルの人の感情がわかってしまうんです。だから周りから変な目で見られちゃいまして。それで魔法の天才。その言葉を聞くとどうしても私は他と違うんだなって思っちゃうんです」


 ラルの思う天才はもはや普通の人として扱われない。そんな感じなのだ。人一倍感情粒子の操作、流れに敏感なのだ。天才っていうレッテルを見ただけで周りは距離をとってしまう。

 自分は普通に接して欲しいのに。


「私はただ魔法は楽しいから頑張っただけなのに。天才っていうレッテルが張られるだけで価値が上がる。でもそれは私の内面を見もしないままの価値。正直なところエリートの多いここならそんな評価無いと思ってたんですけどね」


 ラルが面接をパス出来た理由。それは容姿と魔法の天才という肩書きだ。頑張りやだとか勉強の成績とかは付属品でしかない。

 ならば同じく天才と言われていた迷焦はどうなのだろうか。やはりその事が嫌だから周りと関わっていないのだろうか。

 返答が気になるラル。

 そして迷焦の答えはシンプルだった。


「つまりただの天才コンプレックスだね。一回魔法の天才とかいう事を忘れればいいんじゃない」


「えっ?」


「僕は天才とかよくわかんないし、今の自分は努力の成果だし。それに他人にいろいろ言われるくらいなら一度魔法を使わなくすれば。そうすれば魔法の天才なんかじゃなくただの君になるわけだし」


 そう、簡単だった。魔法を使わなければ魔法の事で色々言われる事は無くなる。

 さらに付け足しで迷焦は言う。


「まあさすがに戦闘班入ったんだから魔法は使って欲しいんだけど。とにかく他人の事なんて気にしても無駄だしありのままで臨めばいいんじゃないですか。僕は変にたどたどしくされても困るだけだし」


 ラルはただありのままの自分でいればいい。

 そう、迷焦は言ったのだ。

 ラルは特別視だとか物みたいに扱われるのが嫌だった。しかしそれは全部自分が気にしなければすむ話なのである。

 とは言ってもいきなり気にしないようにするのも無理がある。

 ラルはそれも聞こうと尋ねる。

 迷焦はもう話すのがめんどくさいのかそれとも作業によるものなのか疲れ気味になっている。


「んなもん別の何かで覆っちまえばいいと思うけど。努力してますでも明るい性格でもいい。そっちを表に出すようにすれば良いんじゃないの。もしそんなの偽りだとか言うなら演技しろとでも言うしか無いんだよな。演技しているうちにそれが本物になっていくかも知んないんだからさ」


「なんか先輩って凄いお喋りなんですね。もっと無口な人だと思ってました」


「後者で正解だよ。僕の場合は口より手が動くから。だから今回は異例だと思っておいて。人間なんて信じれる、もしくは守りたいと思えるものがあればどんな環境だって生きれるもんだよ」


 迷焦は疲れた顔をしている。でもその瞳は生き生きとしていた。信じれる、守りたいものがあるという事なのだろう。それがラルに無いものだ。必ずどこかで心を許せなければそれは疲労として溜まるだろう。

 しかし今のラルは前とは違った。信じれるかはわからない。ただ尊敬出来る、そんな気がする人は見つかった。


「先輩の事尊敬させてもらっても良いですか?」


「えっ、嫌ですが。明日部署にもう二人来るからその人たちを尊敬した方がいいよ。これほんとに。それに例え君が化け物じみた天才だったとしても彼らは受け入れてくれるだろうから」


 どうやら迷焦の方はそこまで気を許したわけでは無いようだった。

 それでも今のラルにとって悩みが解決するくらいの価値は迷焦にあるのだ。

 だからラルは迷焦を見てにっこりと笑う。


「ならもう決まりです。私は実はお喋りな先輩の後輩にして誰にでも優しく接する事の出来るラル・チャイリです」


 資料室に二人。これが運命かなんて関係無い。二人の出会いはこういう形なのだから。

 そしてその後、仕事を終えた迷焦が真っ先に一人で帰っていったのは言うまでもない。

 迷焦がラルを仲間と認めるのはまだ先の事なのだから。



どうも。今回はラルのお話です。

 次回からは第三章、剣帝試練編です。

 最終試練クリアのために動き出す迷焦たち。その裏では不穏な影が迫る。的な感じです。

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