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第二章 『休息』

 現在迷焦たちが滞在する和の国、桃源郷は落ち葉が舞う紅葉の季節にさしかかり、その景観を楽しもうと散歩をする者が増えている。

 迷焦たちはそんな人混みの中、今日も各々の好きなように動くのだった。

 あれから数週間。残り僅かな休みを各自楽しむのだった。


 只今迷焦は団子屋で秋を楽しみながら団子を食している。誰かに頼まれた犬探しをようやく終えて一休みの真っ最中なのだ。一個、二個と口に頬ばり満足げな笑みを浮かべる。

 迷焦の服は周囲に合わせて今も和服であり、腰にさしてある剣もあってか侍に見えなくも無い。そのせいかよくドリムを討伐して欲しいと呼び止められるのだ。


「お侍様! どうか鬼を退治してくれませんか。報酬は十銅貨でどうです?」


 今日で何度目になるんだが。

 男の子の提示した額を聞いて迷焦は余っている団子を見る。十銅貨、それは団子一本分の値段しかないのだ。ドリム退治は命の危険が伴う。だから団子で鬼退治とか都合の良いことは絵本の中だけにしてほしいものだ。しかし訳ありだろう。男の子の服はボロボロで体はやせ細っているのだから。この街の侍共は何をしているんだがと押し付けそうになるが彼らも忙しいのだろう。

 男の子は迷焦の表情を伺い、何が言いたいのかを察する。


「見ての通り私は山奥の集落にひっそりと暮らしておりまして。あいにくお金があまり無いのです。お金が足りないのなら奴隷にでもしてお金にしてください。ですからどうか」

 

 男は地べたに頭を貼り付け土下座をする。男の子の声が次第に泣き声に変わり、地べたの色が黒くなっていく。

 男の子の必死の懇願を受けても迷焦は顔色を変えななかった。迷焦の守る範囲は身内で充分だ。

 他の人の場合はどうしても報酬が行動に割にあうのかで考えてしまう。

 団子一本分で死ぬリスク。さらに山奥の集落まで行って帰っての時間の浪費。割に合わない。

 結果だけを見れば。


「良いですよ。ただし君から貰うのはお金じゃないです」


 顔を上げて瞳を輝かせる男の子は神を見ているようだった。それほどまでに必死だったのだろう。

 

「君に大切な人がいるのならその人を笑顔に、君が集落の人を大切に思うのならその人たちを笑顔にしてあげてください。報酬はそれで」


 迷焦にしてはずいぶんと気前の良い言葉に男の子は泣いて喜ぶ。

 鬼退治で笑顔だけ。一見何も得ていないようだが迷焦にとってはリスクに値する事だ。

 迷焦にとって身内は何事にも代え難いほど大切だ。それと同じく男の子にとっての大切だと思える人たちのはずだから。

 一種の慈善活動だ。


「あの、本当にそれだけでいいんですか? なんで......」


 男の子は信じられないといった表情で迷焦を見る。

 迷焦の方は表情に和らぎを加えるだけだ。


「それだけって言われても......僕の中じゃお金よりも笑顔の方が価値があるんだよ。君は金貨払える?」


 首を振る男の子。当然だ。

 立ち上がりもう一度男の子を見る。


「え~と方角はあっちだな。君が来る頃には片付けとくから」


 それから、


「よく頑張ったよ。これから先は僕の番です」


 迷焦は男の子の頭に手を乗せ、軽くポンポンと叩く。それから鬼がいる集落まで駆け出した。

 走りながら迷焦はため息混じりに囁いた。


「僕も甘くなったなぁ」


 これは慈善活動だ。全ての行いにはそれ相応の報いが返ってくる。良い事をすれば良いことが。悪い事なら悪い事が。

 あそこで断っても目覚めが悪い。それにどうせやるなら良いことの方が良い。

 

(今から誰かの手助けをしてこれまで殺したドリムたちの償いが出来るとは思って無いけどさ。汚れちまった手は洗えない。だったらせめて心は綺麗に洗いたいな)


 偽善だって構わない。その積み重ねがいつか本当の善になる事を祈る。

 こうして迷焦は今日何度目かの慈善活動へと走るのだった。

 団子を食い忘れたまま。



************



 湯気が辺りを覆う。微かに見えるそこには岩に囲まれた大きな水溜まり、温泉にユーリは浸かり、鼻歌を歌いながら今日という日を謳歌していた。


「明日にはもうここを出るのか。ずいぶんと速ーな。剣帝試練ねえ。どうしたもんかねぇ」


 どうやらユーリはその大会に出るかどうかで悩んでいるようだった。

 ユーリも参加すればトーナメント形式の剣帝試練でその分優勝する確率が上がる。しかし危険度でいえばかなり危険な分類の大会であるが故に参加を躊躇ってしまうのだ。

 それに迷焦一人いればイレギュラーでも起きない限りは事足りてしまうはずだ。

 でも万が一がある。悩むユーリだったが馬鹿らしくなり考えるのを辞める。


「まあその時の気分次第ってことでいいや。俺には愛する身内たちのめんどうがあるかんな」


 


************


 ラル、栞、ヒサミの三人は近くの露店でかんざしを眺めている。どれも華やかな装飾が施されており宝石のように綺麗だ。

 そんなかんざしを一つ一つ手に取り、ラルは睨めっこをする。


「ど~れがヒサミ先輩に似合うかな~」


 そう言って一つをヒサミの髪に留める。それは少し黒っぽくヒサミの雰囲気には合わない。

 取り外しすぐに元の場所に戻す。

 

「ん~。ユーリ先輩とのデートに備えてのイメチェンですがヒサミ先輩はどれが良いですか?」


 ヒサミはデートという単語に反応したのか茹でた蟹のように顔が赤くなる。

 もじもじしながらヒサミは答える。


「そ、その私は武術の事なら簡単に答えられるが恋愛は不慣れでして......よくわからないのです」


 人は恋をすると綺麗になるというがヒサミはまさしくそれだろう。同性のラルですら魅入っている。


「先輩、顔が乙女です。もう飾りなんて気にせずその顔でいけばユーリ先輩の心をクリティカルヒットする事間違い無しですよ!」

 

「そ、そうですか」


「はい、かんざしはそれを際だたせる物を選べば完璧です。栞ちゃんはどれがいいと思う?」


 隣にいるはずの栞の方に振り向く。

 しかしそこに少女の姿は無く、栞は近くの和菓子屋で買ったお菓子を両手が塞がるほど持ってラルたちのところに戻ってくる。


「えへへ、沢山買えたよ。後で皆で食べよ」


 色気より食い気だ。

 子供のような悪気の無い無邪気な笑みを栞がすると呆れるを通り越して可愛いの言葉がラルの心に駆け巡る。


「駄目だよ栞ちゃん、そんな純粋な笑みを浮かべられちゃ例えそのお金が三人共同の物だとしてもお姉ちゃん許しちゃう」


 眩しい物でも見たかのように両手で目を覆う。

 それを不思議に見る栞と笑うヒサミ。


 こっちもこっちで満喫した休暇になったようだ。




************


 夜になると皆咲蓮家の屋敷の一角に集まってくる。ここが迷焦たちの寝る場所となっているからだ。

 男性陣二人は早めの風呂を終え、今は旅行の定番戦闘、枕投げを実行していた。

 

「これでも食らいやがれ!」


 そう言ってユーリは三個一編に投げてくる。

 アレルギー持ちがいるかもとわざわざ中身ビーンズにしてくれたのはありがたいが今となっては無駄な重さだ。さらにユーリの全力スイングのせいで弾丸と化した枕三個は迷焦の動きをそれぞれ制限させるように位置調節が施されていた。さらに距離は五m、足場は布団と動きにくいときた。

 普通に回避した程度では避けきれない。


 だから迷焦はジャンプした。身体能力の高さを活かして体を逸らすようにして二つを回避、残りの一つを手でキャッチ。体を一回転させて着地する。


「なんのこれしき。まだまだ甘いですよユーリリア充先輩」


 と、ソロの迷焦はリア充な先輩へと制裁の準備をし出す。

 元々枕の数がユーリ三個、迷焦二個で始まり先ほどユーリが三個投げたので今は枕全て迷焦の手の元にあるのだ。つまりは一方的な虐殺。まさしく制裁だ。

 迷焦は両手に枕を二個ずつ掴み、二つの枕を空中に投げる。そして手に持っている枕を連続で投げ、落ちてくる枕を掴み取りさらに投げる。迷焦の波状攻撃はここでは終わらない。最後の枕をサッカーのリフティング感覚で上げるやユーリめがけて蹴り入れる。

 五発の枕を誰が受け止め切れよう。


(ちなみにルールは体のどこかに当たってその枕が地面に落ちたら負けのドッチボール形式である)

 

 五発の枕に死角はない。回避不可能、絶対勝利。

 童貞が今、リア充に勝つ瞬間である。

 自分の勝利を信じて疑わなかった迷焦。


 しかし次の光景を見て迷焦はその考えを改めてしまう。

 なにが起きた?

 この場に障害物は無く五発の枕を全部回避は不可能。ならユーリはどうしたか。


 布団だ。

 なんとユーリはあろうことか敷かれてあった布団を引っ張り出し、それを盾に使ったのだ。


「なっ......」


 気づいた時にはもう遅かった。迷焦が放った枕は吸い寄せられるかのように布団へと衝突する。

 防がれる枕、ドヤ顔のリア充。

 手持ちの枕全てを失った迷焦は五個の枕を持つ絶対王者の姿を最後に見た。


 為すすべもなく童貞が負けた瞬間なのであった。


 その後敷かれていた布団がぐっちゃぐちゃになっている事について女性陣に厳しく叱られるのが戦士の運命であることをこの時の二人はまだ知らない。



************


 その後お叱りを頂き、迷焦はユーリを置き去りに逃......十五夜を見るために廊下に座り、月の見える庭園から夜風に当たっていた。

 迷焦の横には栞から貰ったお土産の団子が積み上げられており、一人で月見をする予定なのだ。

 月にはうっすらとした雲がかかっておりまた風情がある。死にゆく者の感情粒子が風に運ばれる綿のように、夜空に走る天の川のようにどこかへと流れていく。なびく風が肌を通して心地よさを感じさせてくれるようだった。

 迷焦は月を見るのが好きだ。

 迷焦に見える月をまた別の場所にいる誰かが見ている。間接的に身内と繋がれるとアルカディア学院の頃によく見た物だ。

 懐かしむように月を見上げていると突如として視界が暗くなる。

 目の辺りに人の温もりを感じたので誰かが手で目隠ししたのだろう。しかし誰が、まさか敵襲?


 そんな迷焦の不安をぶっ飛ばすかのように甘い声が響く。


「先輩を目隠ししているのは誰でしょう?」


 バレバレだった。身内の中で迷焦を先輩と呼ぶのは一人しかいない。

 迷焦は目を覆っている手を優しく包み、そして離させる。


「どうしたのラル。まさか団子を奪おうなんてこんたんじゃ」


「違いますよッ! それにしても珍しいですね。先輩がロマンチストに浸ってるなんて」


 そう言ってラルも廊下に座る。二人の間には団子が隔ててあるだけで距離は二mくらいしかない。そりゃ迷焦だって健全な思春期男子であるために女子と二人っきりというシチュエーションはどうしても緊張する。

 その事を意識したのか迷焦はたどたどしく空を見上げ、団子をラルの方に寄せる。


「食べてもいいよ。その方が僕も助かるから」


 なら遠慮なく、とラルは団子をひよいっと摘まむと口いっぱいに頬張る。その美味しそうに食べる顔は迷焦にとって月よりも価値のあるものだ。

 迷焦がこの休暇中に行った事と言えば慈善活動くらいなものでそのたびにお礼と笑顔が向けられる。それはそれで気持ちの良いものだったが身内の笑顔はそれ以上だ。

 ちなみに迷焦は何も変な性癖があるわけじゃない。ただ単に誰かに喜んで貰える事が嬉しいのだ。ラルの笑顔を見てると迷焦はいつも思う。この笑顔を絶対守ってやると。


「あの、先輩......そんなに見つめられると恥ずかしいです」


 ラルが顔を赤くしている。


「え、あ、ごめん」


 どうやら結構長く見つめていたようだ。

 迷焦も恥ずかしそうに下を向く。

 それからしばらく二人の沈黙は続き、それからラルが静寂を切り裂くようにして呟く。


「先輩は次の剣帝試練、参加するんですよね?」


「ああ、ディオロスも参加するらしいからな」


「死なないでくださいね」


 どこか悲しそうな顔をするラルを見て迷焦は大丈夫と告げる。


「僕は身内を置いて死んだりはしないよ。まあ今回も本気出さなきゃヤバそうだけどね」


「先輩はいつ本気出したんですか」


 と呆れるようにラルは呟く。


「出してるって、奥の手を除けば。さすがにガブリエルとやった時は死ぬかもなんて考えちゃったけど」


「またそうやって。ちょっとは私の事も気遣ってくださいよ。前まで先輩はいつもボロボロになって帰ってきたじゃないですか。それを見て私がどれだけ苦しんだかわかってるんですか。わかって無いですよね。結構苦しいんですよ」


「ごめん、もうラルを苦しめたりしないから。君は僕が守るから」


 直後、迷焦は自分が結構恥ずかしい事を言った事に気づき、顔に手を当てる。

 ラルの頬はまた赤く染まり、顔を俯かせる。

 そして今度は沈黙の間もなくラルは恥ずかしそうに言葉を切り出す。


「あの、先輩......もう少し寄ってもいいですか?」


「あ、うん」


 仄かに香る甘い匂いがふわりと迷焦の鼻にまとわりつく。それがどこか恋しくて、でも儚いとわかっていて。

 ラルとの距離が手が触れ合うほどまで近くに来る。彼女の赤い頬は可憐で、それだけで色香を発しているようだった。


「先輩。もし最終試練をクリアしたとしてやっぱり帰っちゃうんですか」


「そうだね。向こうにもやり残した事があるし。向こうに守りたいと思える人はもういないけどけじめはつけたいんだ。だからさ、まだ早いかもしれないけどラルと出会えて良かったよ」


「また来てくれますか?」


「ああ、必ず」


 ラルは満足したように、でも寂しそうに頷いた。その表情の理由を迷惑。焦はすでに知っている。迷焦は何も鈍感なわけじゃない。逆に身内の気持ちの変化ならすぐに気づいてしまう。

 これからラルがどんな行動に出るのかも。

 だから本当は言わせたくなかったのだ。


「あの、先輩」


 ラルの鼓動は脈打つように早くなり秘めた思いではちきれそうな感覚を体験する。もはや痛みと言ってもいいその感覚はラルの体を蝕んできた。

 ラルがこの感覚を覚えてからもう一年と半年くらいが過ぎていた。伝えればこの痛みが消えるかもしれない。でも伝えられない。そうしている間にその痛みは次第に強くなっていく。

 ラルはもう耐えられなかった。胸を抉るようなこの痛みに。

 だからラルは今この気持ちを迷焦に伝えるのだ。


「あなたの事が好きです。私のこの気持ち......どうすればいいですか」


 迷焦は何も言えなかった。言えるわけが無い。


(僕も君が好きだよ。でも僕はきっとすぐに君の前からいなくなる)


 だからこそ何も言えない。迷焦は結局そう長くはこの世界にいない。これは勘でしかないが近い日に迷焦は命がけの戦いを強いられる事になると感じてしまうのだ。

 どのみち最終試練で死んでも生きてもこの世界から一度去るのだからもう二度とラルとは会えないのかもしれない。

 仮にお互いが愛し合ったとして別れは来る。二度と会えないかもしれない別れだ。そうなればラルはどうなってしまうのか。それは迷焦にはわからない。

 ただ一つだけわかるとすればまだ間に合う。

 今迷焦がラルを拒絶すれば例え会えなくなっても愛し合った後よりは辛くなくなる。

 だから今は拒絶しよう。迷焦が口を開く、その瞬間。

 ラルが人差し指で迷焦の口を塞ぐ。

 迷焦の考えている事を見通すように。


「私きっと先輩と何も出来ずに終わると破綻者になってしまいますよ。そしたら先輩、化け物の姿の私の前で泣くんです。あの時君の手を握っとけば良かったって」


「そうなるかな」


 ラルはきっぱりと断言する。


「ええそうなります。例えそれで死ぬことになっても。私の先輩は優しいですから」

  

 ラルは小悪魔っぽく笑う。それで迷焦は愛おしく思ってしまうのだから策士だ。身内のそんな姿を見たくないであろう迷焦だからこその甘い罠である。これで迷焦は拒絶するという選択肢を失ってしまった。

 

(ずるいなぁ......ほんとに)


 迷焦は口を塞いでいるラルの手をそっと掴み、優しく握る。彼女の手の温もりや、少女の少し小さな手の感触が触れあっている手を通して伝わってくる。

 ラルは体をさらに迷焦に寄せ、自分の頭を好きな人の肩に預ける。


「じゃあこうしましょう。先輩が剣帝試練で優秀したら私を貰ってください。先輩がこの世界からいなくなるその時まで」


「わかったよ。その時はトロフィー担いで宣言するよ」


「約束ですよ。ようやく叶いそうな私の願いなんですから頼みますよ先輩。後輩命令です」


 空に昇る満月が二人を優しく照らし出すのだった。これから続く戦いの前、胸騒ぎのする感覚をどうしても迷焦は拭えないでいた。

 その不安感を紛らわすようにラルの手を強く握った。

 

 次の日の早朝、剣帝試練の会場、武の聖地へと彼らは旅立つのだった。


第二章終了


どうも。これから第三章。の前に番外編を入れたいと思います。

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