第二章 『咲蓮家直接対面~ユーリの選択~』3
「ヒサミと結婚します」
一瞬の静寂。ユーリは何を言ったのだろう。まだ全員の脳は処理仕切れていないらしい。沈黙が続き、そして、
「「「「「......なぁにッッ!!」」」」」」
ヒサミは頬を赤らめ、ラルはまぁと上品そうに手で口を覆い、迷焦は開いた口が塞がらず、以下同じ。
驚くのも無理はない。ユーリの総体的イメージは女ったらしであり彼女持ちなのだ。なのにどっからそんな言葉が出るんじゃあー!って思うのも無理はない。
そう。あの泣く子も黙る咲蓮刀八ですら驚愕の表情をしている。ヒサミたちはユーリとの会話内容を相談していたに違いないがこの様子だとユーリが途中で変更したらしい。
周囲の反応を確認したユーリは言葉を続ける。
「もちろんヒサミの意思も考えてからですけど」
「お、お、お前にはすでに親しき関係の者がいるであろうが」
「別れます。俺はヒサミの方が大切なので」
「なぬっ......」
ストレート過ぎるユーリの言葉に咲蓮刀八は言葉を詰まらせる。この展開を予想していなかったのだろう。
苦肉の策とも呼べるように咲蓮刀八は苦しげに質問をする。
「ならば問おう。ヒサミのどこがいいのだ。それが答えられなくては無理じゃ! わしの納得する答えを言って見せろ」
咲蓮刀八は冷や汗を垂らしながら、しかしどこか挑戦めいた雰囲気を出す。まるでユーリを今一度見定めるようにその瞳はユーリを見据える。
ユーリは深呼吸すると瞳を閉じ、再び開く。
「まずヒサミは俺たちのリーダーだ。俺やラルはよくお説教食らうし、真面目過ぎるところもある。
でも、俺にはそんなヒサミが必要なんです。俺がふさげすぎた時だって後処理してくれるし、戦闘の時だって広いその視野で統率してくれるからすげー助かります。それにおちょくるとすぐに反応するところもまた良いです。
剣術が凄い。確かにすげーよ。速くて精密で。でもな、そろそろ必要だと思うんだよ。刀を支える鞘が。ヒサミは陰でかなり頑張っいるんだと思う。だからこそ俺はヒサミを支えてやりたい。いつもいつも世話になってばかりだけどこれからは助けてやりたいんです。
確かに今の俺はヒサミを恋人としては見れないと思う。仲間ってくくりはまだ取れない。でもそんなんは時間が解決する。
だから......どうか娘さんを俺にください」
白熱した言葉の数々。この言葉に嘘は無いだろう。元々ユーリも不器用な人間なのだ。
聞いていたヒサミは耳まで真っ赤に干上がっている。他の者もなるなぁという眼差しでユーリを見ている。
迷焦に至っては尊敬すら抱いていた。
(かっけーよ。カッコ良すぎですよユーリ先輩。あんたはあれか、ギャルゲの主人公ですか!)
迷焦の気持ちも理解出来る。今のユーリは金髪の王子様みたいにカッコ良く見えるのだ。
そんな王子様はヒサミの前まで来ると膝を床に付け手を差し伸べる。
「俺と結婚していただけないでしょうか」
その言葉を聞いてまたしてもヒサミの顔が茹で上がったように赤くなる。
「(ヒサミ先輩立ちましょう。アングル的にそうした方が良いです!)」
ラルの助言もあってヒサミは立ち上がり、下に見えるユーリの姿を見る。
「あの......そのですね......私は......」
ヒサミは恥ずかしそうに、俯きながらも笑った。
「......はい、お付き合いからお願いします」
ユーリの手をとったヒサミは嬉し涙を浮かべる。
迷焦はちょいと遠くからその光景を見ていた。何もあのリア充オーラに負けたのかそんな理由ではない。ただ素直に羨ましかった。
迷焦は親も嫌いであれば大人も社会も嫌いだ。その理由の一つが男女の関係である。
地球もここでも皆、出会いを求めて大地を徘徊する野獣だ。そのためなら軽く犯罪を起こすのが人間だ。学生ならば青春、大人なら運命の出会いなどとほざき脳内お花畑の奴らが気に入らない。さらに奴らは己の欲求を満たすために獣になり果てる。
自身がサンレンスでただ一人、十五歳以上で童貞と言うある意味新境地の人間だからこその嫉妬なのかもしれないが。
そんな迷焦も素直に良いなと思えていた。ギャルゲの中なら良くある一ページに過ぎない。
でも現実ならばどうだろうか。もはやラブロマンスだ。
ただただ二人の甘酸っぱい光景に見とれる迷焦の裾を栞が引っ張る。
「メイメイもあんな恋してみたい?」
高揚した余韻を味わいながら迷焦は運命を待ち望むように口にした。
「ああ、してみたいね」
こうして舞台は幕を閉じた。かに見えたがただ一人、どうしたものかと頭を悩ませる者がいた。
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只今咲蓮刀八はおおいに難しい顔をしていた。何もユーリと娘であるヒサミがくっついた事がまずいのではない。むしろ誇らしい。さっきのセリフを聞く限りでユーリはいい奴だとわかったのだから。
なら問題は?
先ほど咲蓮刀八の部下から連絡が入ったのだ。それが凄くまずかった。父親として今の二人を切り裂くわけにはいけない。
ぐぬぬと悩んでいるや察しのいい迷焦は何事かと尋ねてきた。苦々しいながらも咲蓮刀八はこの少年の強さを知っている。だからこそ迷焦に告げる事にした。
「たった今マグナファクトゥムから娘との政略結婚をするから参上したと報告が」
マグナファクトゥム。確か最終試練の攻略最大手の集団であり、幹部あたりに迷焦や栞の元パーティーメンバーのノエルがいたらしいのだ。戦力などの関係で咲蓮家を吸収、ヒサミを欲する何者か、もしくは咲蓮家には秘密の宝があるとか。まあ大方この手の理由だろう。それで逆らったらご自慢のチート能力者たちが攻めいるなんて腹か。
誰が来ようと今の迷焦らには関係無かったが。
だから迷焦はちょい悪な笑みを含める。
「問題無いです。あの二人の愛があればどんな窮地も突破出来ますから!」
と、いってみたものの迷焦もそこまで希望論を信じてはいない。なので身内と話し合い、僕らに勝てたらと条件をつける事にしたのだ。
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マグナファクトゥムの奴らはすぐに来て偉そうな態度をとっていたが最低限の条件は守るくらいには誇りを持っているらしく、迷焦たちの条件を呑んでくれた。
『条件 そちらの五人とこちらの五人による団体戦で勝利』
「で、なんで抗戦するかだけ教えてくんねえか。姫を迎えに来たと思ったら、はい戦いましょうじゃ意味わかんねえからよ」
マグナファクトゥムからの使者は全員で五人、そして前に出てきた両手剣を背負うキザな野郎が政略結婚の相手だろうか。まあごもっともな意見だ。
「なら教えてやる。ヒサミは俺と結婚するからだ」
と、勝ち組のユーリが前に出て宣言する。
「強い奴がヒサミを得る。簡単だろ」
ユーリは言ってやったぜと満足げにする。
いきなりの事で理解出来ないキザ野郎だったが意味がわかるなり顔が引きつる。
キザ野郎にどんな思いがあるのかわからんが同情はする。たぶん上の命令で速急に決められた事なのだろう。それでなんとかその相手を好きになろうとしてここに来たら相手はもう結婚しますとかほざくユーリがいるのだから。
いっそのこと上に嵌められたとでも思うのだろうか。
迷焦はなんとなくキザ野郎を憐れむ。
キザ野郎は怒鳴り声でユーリに指を指す。
「いいだろう。マグナファクトゥムに逆らうとどうなるか思い知らしてやる!」
というわけで両者武器を取り出す。
向こうは前衛に盾持ち片手剣と両手剣使い。中衛に短剣やら小道具を入れるバッグを持っているたぶん罠発見師が一人。
後衛に魔法使いとスナイパーがいる。
ヒサミはすぐに敵の戦力を図る。敵はバランスの良いオールラウンダーなパーティーだ。
さらに彼らは最終試練へ挑戦するためにドリムとの戦闘をしていると思われる。強いドリムたちと戦うならばあとあと状態異常が必要になってくるものだ。
つまりは状態異常の属性を使える者がいる。
それも魔法使いは一人だから攻撃などに専念する。
とすればこの中で厄介そうなのは、
「あの罠発見師はたぶん毒や麻痺を使って来ると思うので真っ先に無力化してください」
あと、ヒサミはさらに銃使いの方を見る。
「誰か銃弾を斬れる人~。迷焦君出来る?」
「無理ですよ。目で見て避けるのが精一杯で銃弾に剣を当てる精密さは僕には......あ、でも今練習してる必殺技が完成したら消せは出来るかもですけど」
と、ヒサミの冗談で迷焦はブルブルと首を振るも逆に凄い事を言っている気もする。
「では、ユーリ君先頭、先に両手剣使いと戦ってください。私と迷焦君は続いて突撃。罠発見師と後衛を潰します。ラルさんと栞さんは後衛で各自援護、残りの足止めお願いします」
「「「「了解!」」」」
返事と同時に皆が一斉に動く。先陣をきったキザ野郎の両者剣とユーリのハンマーがぶつかり、轟音が鳴り響く。
迷焦は罠発見師とかち合う。迷焦は横払い、十時斬りと剣を振るうが罠発見師はなかなかにすばしっこい。迷焦の懐に潜り込むなり首を狙って短剣で突く。かなりうざったらしいが迷焦の身体能力はそこまで柔じゃない。首を左右に動かしそれをかわすと迷焦は回し蹴りを喰らわす。見事に吹っ飛んで障子を突き破った罠発見師は苦しそうにうずくまる。
これで終わりかと思い迷焦が近づくとなんと弓を取り出してきたのだ。あの表情は罠だった。罠発見師は躊躇いもなく撃つ。
さらに後ろでは敵の魔法使いがいつの間にか迷焦に向けて火炎魔法、さらに爆破魔法を放つ。
挟まれた迷焦は横に避けようと視線を向けるがそこにはスナイパーが狙いを定めていた。
囲まれた。なんと三人が一斉に迷焦を倒そうと襲いかかってきていたのだ。
三人から集中砲火されそうになる迷焦。
しかしその顔は涼しい物だった。まるでこうなることをはなから知っていたかのように。
迷焦は小さく呟いた。
「ヒサミ先輩、成功です」
迷焦は他の二つの攻撃を無視し、撃たれた矢を斬り落とすべく動く。スナイパーは狙いが動いたために構え直し、スコープごしから覗かせる標的を撃ち抜かんと雷光の如き速度でその銃弾を放つ。
確かにその銃弾は速かった。矢の対処のために動いた迷焦は避けれない。
しかしスナイパーがスコープごしから見たのは血を吹いた迷焦の姿ではなかった。
刀を振り抜いた女性。ヒサミ咲蓮が雷光とおぼしき銃弾を断ち斬った姿だったのだ。
「方向さえわかってしまえば斬るのは容易です」
ヒサミの剣術の凄さはカウンターの他にも剣の速さと狙いを違えぬ精密さにある。さらにヒサミは方向さえわかってしまえばと言っていた。つまりは迷焦に敵が狙いを定めるとはなからわかっていたのだ。
いや、たぶん誘導したのだろう。
戦う前にヒサミは迷焦に対し銃弾を斬れるかと聞いていた。そんな芸当をわざわざ出来るかなんて一番技術のある者にしか聞かない。迷焦の返答から見ても彼が一番強いぞとアピールしていたのだ。
それでまんまと乗せられた彼らは真っ先に迷焦を狙う手はずとなったのだ。
「その手の物は銃弾を込めるまでに時間がかかる。ならば一発撃たせてしまえば良いだけのこと。覚悟ッ!」
ヒサミは敵のライフルを切り裂く。そもそもこんな狭い場所でライフルは駄目だろう。今回は地の利に救われた。
迷焦も矢を斬り裂き、続く火炎魔法を練習しまくった魔法の打ち消しを行う。爆破魔法は爆破した周りから消滅させる。
「魔法が......消えた......」
魔法使いは一瞬の間混乱する。その一瞬で充分だ。迷焦は罠発見師の弓を斬り、足をストッパーのようにして体を挟む。
「おらよっと」
そして腕を軸にして罠発見師を魔法使いの方角に向けて思い切り罠発見師匠の体を投げ飛ばす。
「ラルさん魔法使いの足止め!」
「了解」
魔法使いがその場を離れぬよう足を泥の茨で固定する。そして罠発見師に当たる間際に魔法を解き、二人は仲良く吹っ飛んで行く。
起き上がろうとした二人をラルが魔法で妨害。
とまあ二人を撃破。その間にヒサミもスナイパーを撃破。さすがに殺すのは駄目なのでラルが魔法でガッチガチに固定する。
残りは片手剣と、両手剣の二人だ。
盾持ち片手剣の人は栞の風魔法をいなすがラルの重力魔法で動きが鈍い。
栞やラルは爆雷や豪雨といったとんでもで片手剣の人を倒す。ちとやり過ぎだが本人たちは満足そうだった。
残るは両手剣使いのキザ野郎。鈍器のごとく重くのしかかる両手剣とまさしく鈍器のハンマーがぶつかり合い鈍い音がする。
ユーリはハンマーの重量を活かして攻め続ける。
連続して放射する火花が畳を焦がし、互角の戦いが続く。
「なぁ、なんでいきなり政略結婚なんかすだそうとするんだ?」
互いの動きを視野に入れながら次の一歩を伺う。
「暗殺者の話は聞いた事があるだろう。それでこっちのチート能力者が何人もやられてね。戦力不足になってわけだ」
「なるほど。そっちも厳しい状況なんだな」
だがよ、ユーリは力強く言い放つ。
「悪いがこっちも忙しいんでな」
ユーリのハンマーがキザ野郎の両手剣を砕く。凄まじい破壊力だ。キザ野郎の武器はひょっとしたらユーリの武器よりもクオリティーは高いのかもしれなかったのに。いつもよらも断然力が上がっていた。ヒサミの時もそうだがこれが愛の力という奴なのか。
敗北したキザ野郎たちは悔しそうに帰って行く。これにて一件落着だ。
部屋から出て行くキザ野郎を迷焦は引き止める。
「なんだよ。まだやんのか」
「いえいえ。実はそちらのマグナファクトゥムのお偉いさんのノエルさんと知り合いでして。これも何かの縁。ですから暗殺者たちは僕が殺......倒すので安心してください」
「あの人とか......ありがとよ」
キザ野郎が立ち去ろうと動くがすぐに足を止める。
「そうそう、あの人今逃亡してっから見つけたら引き渡りしてくれ。これで何度目だよ」
迷焦は苦笑いで彼らを見送り、かつてのパーティーメンバーがなにも変わっていない事を嘆いた。
「やっぱりノエル、君は向こうでも問題児なのか」
と、しみじみする迷焦だった。
剣帝試練まであと残り数週間。それまで迷焦たちはこの国でこれから旅行気分を楽しむのだ。
どうも。ユーリとヒサミは見事ゴールイン(?)ですね。迷焦の春はいつ来るのやら。




