第二章 『思惑交差の公式戦』
現在夜の六時四十二分。辺りは薄暗くなりつつあり蝉時雨が鳴り響く。本来ならシーカー(生徒)たちは皆、寮で夕食を取るために賑わう時間帯のはずだ。
しかし今日に限っては寮には足音一つせずただ蝉時雨だけが夏の風物詩であるかのように主張する。
そしているはずだったシーカーたちは皆一同に魔法自習室へと消えていった。
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会場の魔法実習室は魔法の誤爆にも耐えられるよう霊製級の素材を使った壁が使われている。さらに耐性を上げるよう魔法都市の科学と魔法の総力がつぎ込まれた結晶で強度は抜群との事だ。
例え壊されようとも壁自体が自己修復するよう都市が開発した最先端技術を駆使し疑似回復魔法を常時かけている。
ためにし選りすぐりのシーカーたちがこぞって破壊しようとしたが一度の破壊も出来ずに撃沈し、そこを教師陣に捕まった事から“破壊不能のオブジェクト”と命名されたらしい。
「で、合ってるよね」
迷焦は最初に説明された時の魔法自習室についての情報の記憶を手繰り寄せながら実物の魔法自習室を見た。
部屋全体に複数の光魔法が使われているのか思わず目を細めてしまうほど眩しい。
壁自体が奥行きを感じさせない作りになっているのか正方形に形どられたこの部屋が広く感じる。もっとも学院内のシーカーたちが全員が座れるほどの客席が周りを囲っているためその広さは言うまでもなく広い。
さらに宙には無数の足場らしき物が上空に浮遊している。それらの形は長方形、石版といった足場らしき物から矢印のような乗りにくそうな形の物まで様々だ。仕舞いには一部の物が宙で回転している。
これは空中でも戦えるという事なのかただ単に飾りなのかはわからない。だがそう言った形の物が地面にも転がっており巨大な積み木のようにフィールドを形成している事からその可能性は高そうだ。
(空中に浮かぶあの石みたいなの。何かに使えないかな。例えばあれを遮蔽物に使うとか)
そう考えた迷焦も実際のところそこまでプラスに頭を働かせていない。
迷焦はこのフィールドを見て目をぱちくりしていた。
迷焦がイメージしていた魔法自習室はなんというかもっと鋼に覆われた脱獄不可能なあれを思い浮かべていたためか本物とのギャップに動転している
騒がしくなる観客席からは迷焦の応援もあれどボルス教の声援がまた大きく少しアウェー感を感じてしまう。
それでもすぐに平然とした態度に戻りクレオスが入場するのを見届けた。
両者がフィールドに立ったのを見計らってマイクから司会らしき人の声がうなる。
『さあ始まります。無道迷焦の罰として開かれた公式戦。
相手取るは数少ない特等の一人でこの学院の二大派閥一つ、それをまとめ上げるカリスマに火炎の剣を巧みに操る歴戦の猛者。
クレオス・ラナベント特等!
お次は今回の罰を受ける側、無謀にも特等に剣を向けた愚かな人物。遅刻常駐犯の猛者。
無道迷焦初等!』
(おい、僕だけひでーな。違反者だから戒めも込めてだろうけど遅刻常駐犯の猛者とかカッコ悪!)
迷焦は司会の紹介に腹を立てるが心の叫びなのでもちろん届かない。
『そして知らない皆さんのためにルールを説明します。
勝利条件は
1.相手が降参と宣言する。
2.相手が再起不能になる。
3.相手がフィールドから出る。
そして観客とフィールドの間には魔法を弾く結界が張ってあるので魔法はバンバン撃ってもらって構わないです。その中で好き放題暴れてどちらかが勝つまで続く。単純です。
では両者武器を構えて!』
司会の声で両者が互いの剣を構える。一方は刀身の細い紺碧の剣。もう一方は刀身の厚いクレオスに似た金色の細工が施された剣。
双方の剣が今合間見える。
大人しくなる歓声を二人ははなから聞いていない。お互いの相手だけをその瞳で捉える。
『試合開始!』
合図と同時にクレオスは剣に炎を付与し、大地を蹴って迷焦に駆け寄る。そして左足に力を込めるなり迷焦の胴に向けて突きを放つ。
それを体勢を低くし、剣で防ぐ迷焦。剣を肩で押さえる事によってなんとか持ちこたえ、炎は氷魔法で相殺する。炎と氷ぶつかり煙となって溢れ出る。
煙によって辺りの視界が悪くなり止まっては危険だと判断した迷焦は後退する。
この分だと向こうもそう簡単には動けまい。剣を構えて煙が晴れる待っている迷焦に対しクレオスは動く。
己の業火を纏う剣で煙を切り裂き燃やし尽くしたのだ。そして両腕を使っての全力の横切り。迷焦の首めがけて深紅の一閃が一筋の弧を描く。それも一撃ではない。鉄球投げのように体を回転させながら二度、三度と遠心力で破壊力を増大させた波状攻撃を繰り出す。
迷焦は俊敏に対応し、剣を盾にして防ぐ。それも剣がぶつかる瞬間に僅かに後退する事によって威力を削ぐ。血の代わりに火花が盛大にはじけ散り、攻めるクレオスの威圧をまじかで感じる。
その後もクレオスは動きを止めることなく果敢に連続の剣技を繰り出す。一撃一撃が研ぎ澄まされた刃のごとく、クレオスの修練の成果の結晶が迷焦に放たれる。
「トランス・モードランス」
迷焦がそう叫ぶと剣が槍へと姿を変え、リーチの長くなった武器を巧みに使い、角度をずらしたりわざと力を抜いて弾かせたりと攻撃をいなす。
迷焦が叫んだトランス・モードランス。これが爆音寺たちと考えた魔法発動のキーセリフでまだ言い慣れていないが迷焦はそこに気にするほど余裕は無い。
槍の特性を活かして距離を取って右肩に二撃、最後に心臓めがけて一撃の乱れ突きを行う。
それをクレオスはまず右肩に迫る槍を剣で弾き次はステップで左に回避。最後の攻撃は槍の下に潜るようにして回避し、下から上へと軌跡を描いたクレオスの剣で槍を弾く。
反動で後ろに重心がいった迷焦は体勢を立て直すという選択肢を捨てそのまま地面を蹴って後ろに跳ねる。
「トランス・モードアーチェリー」
跳ねる際に槍を弓に変化させ宙で弓を引く。
そして放った一筋の光と化した矢がクレオスを捉える。クレオスは先ほどかち上げるようにして剣を振り上げてしまったため体ががら空きだ。その体に吸い込まれるようにして放たれる矢がクレオスの右肩の付け根に当たる、
その刹那、
振り上げてしまったその剣を今度は思い切り下に振り下ろす事によって一筋の光となった矢を切り裂いた。そして勢い余った剣が地面に突き刺さる前に腕力によって強引に中段のところまで持って行く。慣性の法則を無視した強引な手段だ。そんな事をすれば腕が悲鳴を上げそうだがクレオスの顔に苦痛はない。
止まる事を知らない猛獣と化したクレオスの剣は貪欲に迷焦に付け狙うように一気に距離を詰めてから炎を集結させたその剣で突きを放つ。
今までと桁違いの速さで放たれる突きを見て迷焦は弓での防御が時間的に無理だと判断し、魔法を叫ぶ。
「アイスフォール(氷爆の盾)!」
間一髪で氷の壁を作り、クレオスの剣がそれに弾かれる。
息をつく間もない戦いに迷焦は疲れを感じるがその思考を振り切り巨大な積み木へと駆け出す。幸いにも足の速さなら迷焦の方が速く、放たれる炎の魔法をアイスフォールを何度も発動させ、これを防ぎきる。
積み木みたいなそれを盾に身を隠す。
追いついたクレオスは積み木事斬り倒すが身軽な迷焦はすぐに別の場所に隠れる。何度となくそれを繰り返されたクレオスはめんどくさくなったのか広範囲に炸裂する火炎魔法の詠唱をする。
その直後、クレオスが詠唱をするその時を待っていた迷焦は積み木から姿を表すと力の限りで氷の剣で穿つ。クレオスは不意をつかれても冷製だった。詠唱を辞め剣を迷焦の剣を弾こうと己の剣をぶつける。
しかしここからがクレオスの予想を上回った。これまで一度も剣の衝突で勝てなかった迷焦の剣がクレオスの剣を押さえ込み、つばぜり合いへと持ち込んだのだ。
「どこにこんな力があったんだ。まさか本当は力押しも出来ると言うのか」
「いやいや。ただ感情を一瞬だけ爆発させただけですよ」
迷焦が怒りモードの時、負の感情を爆発させた事であれだけの力を生み出した。しかし今の迷焦にそれほどまでの感情は出せない。だが一瞬なら、その一撃のためだけにためておいたとしたら。
徐々に剣を押し返す迷焦にクレオスは告げる。
「ようやく感情が出てきたな」
「?」
クレオスの言葉の意図が何なのかもわからない。錯乱させて隙を狙うかも知れない。迷焦は雑念を振り払い、この一撃にありったけの力を込める。
「ダアァァッッ!!」
そしてクレオスの剣を弾き返した。迷焦はそこで終わらず体にひねりを加えてさらに一撃を喰らわす。さすがのクレオスも危ういと感じ炎の盾で防ぐと距離を開ける。
ここが勝負だと直感した迷焦はクレオスに食らいつくようにして駆け出す。
ニヤリ、クレオスの顔が不気味に微笑む。何かを感じた迷焦は自分の足に急ブレーキをかけるがもう遅かった。
何かが放たれた。そう感じた時には迷焦の腕から剣が弾かれて地面へと落ちていた。
これほどの速度での遠距離攻撃。炎魔法を得意とするクレオスから考えられるとすれば一つ。
「ちぃ、光魔法か」
四大元素から派生する音魔法、氷魔法のように光魔法は炎魔法からの派生だ。もっともそれは発動の感覚が違いでしかないが。
「その通りだ。そして私はお前が武器を取る前にその体を撃ち抜く」
隙を与えるつもりは無いらしくすぐに一本の光の矢を精製、発射する。
「鏡!」
迷焦は即座に創造魔法で鏡を精製して反射させる。もうカタカナ文字にするのも面倒になったらしくなんの変哲もない言葉だ。
第二、第三と繰り出される光の放射で鏡を作っては壊されてを繰り広げる。
次第にその距離を詰めた迷焦は素手のままクレオスに突進する。
それを見てクレオスはたまらず声を漏らす。
「武器が無いから素手でだと。駄作だな」
走りくる迷焦に剣を振るう。クレオス。
しかし迷焦は躊躇う事無く突き進む。
そう。クレオスは知らなかったらしい。迷焦の十八番を。
迷焦は両方の手のひらに氷の塊を精製、すぐに創造魔法で二本の剣へと形を変える。
「デュアルソードだと?!」
焦るクレオスの剣は素手の迷焦を想定して放ったものだ。だから新たな剣を、それも二本出されたらクレオスの剣も容易に防げる。
右手に握る剣をクレオスの剣にぶつける。そして滑らせるようにして体ごと迷焦は動き、もう片方の剣で今度こそクレオスの胴を掠める。
血飛沫が飛び散り、後ろに下がったクレオスは傷を軽い程度に留めるが痛みまでは押さえられないらしく顔が引きつる。
背を向けるとクレオスは走り逃げる。
「これはさすがに............だが負けられん。ボルス教の一人として大観衆の前で負けるわけには」
(あっ、フラグだ)
死亡フラグを言ってしまったクレオスに対し、迷焦は怒涛の攻撃を仕掛けるべく追いかける。ぶっちゃけ死亡フラグは運要素だがまあ死んでくれ。迷焦は心無しに二本の剣をクレオスの背に投げつける。捉えた背中に剣が刺さる。
その、一歩手前。
クレオスは振り返るなり炎を限界まで集結させた火炎の剣が二本の剣を消し炭にし、その炎が迷焦を襲う。熱風が地面を削りながら迫る。
すかさず氷の障壁を貼る迷焦だが灼熱の熱風には耐えられずに吹き飛ばされる。
迷焦は立ち上がれずに倒れ伏したままとなる。迷焦の体力を考えれば限界だったのだ。これまで懸命に戦えていた事を称えるほどだ。
「単純な罠に引っかかったな。安心しろ、殺さぬ程度に殺してやる」
クレオスはゆっくりと迷焦へと歩み、そして剣を振り上げる。
絶体絶命のピンチ。だが迷焦は企み満ちた顔で笑った。
「死亡フラグは立てないほうがいいよ。負けたらカッコ悪いから」
迷焦の言葉にクレオスが後ろを振り向く。だがもう遅い。空中に浮遊している足場からなんと無数に剣が放たれたのだ。そこ数ゆうに数百を超える。
迷焦が設置していた創造魔法製の武器。一本一本のクオリティーは低い。しかしこれだけの数の武器を作ったまま形を維持するのには相当な集中力を要求される。時間ギリギリまで動きを潜めていた剣は放たれた猛獣の如くクレオスに食らいついた。
何本か弾くクレオスにも無数に剣が刺さる。さらにその場で剣の雨を凌ぐクレオスに氷魔法でその体を凍結させてゆく。
「よいしょ」
倒れ伏したはずの迷焦は最後に感情を爆発させ限界を超えた力でなんとか起き上がる。剣を精製し、氷付けのクレオスに歩み寄る。
「負けを認めますか? 正直剣を降る力が僕に残ってるとも思えないんで」
気の抜けた言葉にクレオスは力を抜いて宣言する。
「降参だ」
その瞬間に歓声が嵐のように響き渡る。
『決まったー!勝ったのはなんと初等の迷焦だっ!!』
クレオスの氷や刺さった剣を解き、崩れ落ちるクレオスに迷焦は駆け寄る。
クレオスの体からは血が溢れ出ている。ただ致命傷ではないし、もうすぐ回復魔法の使える医療班がくる。
迷焦はクレオスの隣で座る。
するとクレオスの口が開く。
「私の望みはガブリエルである兄上が望んだお前との再戦を叶えさせたかった」
喋り出したクレオスはやり切った顔をしている。
「だが最初ここに来たお前を見ると強さと感じるものが何もなかった。兄上が戦いたいのは弱いお前ではない。原因を考え、お前には自分で何かしたいと思えるものが無かった、何かに執着するあまり自分の感情が欠如した。そう判断した私はお前の感情を呼び覚ますべく怒らせたりしたのだ。
例え私の悲願のためだとはいえすまなかった」
彼にも彼なりの思いがあったのだろう。ガブリエルの兄が認めた凄い奴。それが雑魚だったと知って心苦しい思いをしたに決まっている。
迷焦はそれを聞いて呆れたような笑ったような顔をした。
「なんか迷惑かけちゃいましたね。でもおかげで久しぶりに暴れまわれました。仲間に嫉妬して、君に怒り、勝利に喜び。様々な感情をありがとうです。
ディオロスは僕が責任を持って仮を返させていただきます」
迷焦も寝そべりクレオスの握り拳を向ける。
「だからこれからもよろしくね、クレオスさん」
そして二人は互いに拳を重ねた。
なんとか迷焦の勝利に終わりました。クレオスとはこれから友好的になるのか。だとしたらこのあとの派閥争いや最終試練にどう関わってくるのか。




